第113話 月あかりの時計広場
前回、りくくんとさえちゃんは「時のねこ」に導かれて、時計の中の世界を垣間見ました。
今回は、その続き。満月の夜に起きた不思議なできごとです。
その夜、りくくんはなかなか眠れなかった。
窓からさしこむ月の光が、やけに明るく感じられるのだ。
「……なんだか、呼ばれてるみたい」
そんな気がして、布団から抜け出すと、そっと窓を開けた。
外はまるで昼間のように白く照らされている。庭の木々の影までくっきりと伸びていた。
そのとき――小さな影が、月あかりの中をすばやく横切った。
「ねこ……?」
灰色の毛並み、長いしっぽ。間違いない。あの“時のねこ”だ。
りくくんは胸がどきんと高鳴り、あわててスニーカーをつっかけた。
こっそり玄関を抜け出し、ねこのあとを追いかける。
――すると、不思議なことに、いつの間にかさえちゃんも一緒に走っていた。
「やっぱり……さえちゃんも気づいたんだ」
「うん、窓から見えたの。りくくんも同じだなんて!」
ふたりは顔を見合わせ、笑いながらも真剣にねこのあとを追った。
ねこは細い路地をすりぬけ、やがて学校の裏に広がる小さな広場へとたどりついた。
そこは、昼間はただの草地だけれど、月夜の下ではまるで別の世界のように輝いて見えた。
中央には、不意に現れた大きな日時計。
普段そんなものはなかったはずなのに、月明かりを浴びて銀色に光っている。
ねこはその日時計の上にぴょんと飛び乗り、「にゃあ」と鳴いた。
すると、広場じゅうの草むらから、カチカチカチ……という時計の音がわき上がった。
「わ……なんだろう……?」
「いっぱいの時計が、どこかに隠れてるみたい」
ふたりは耳をすます。すると、月の光がゆらぎ、広場がまるごと「時計の広場」に姿を変えた。
足元にはまるでタイルのように無数の小さな文字盤が並び、まわりをぐるりと取り囲むように巨大な時計塔が立っていた。
「……これが、“時計の世界”の広場……?」
圧倒されるふたりの前で、ねこは日時計の針をちょいと前足で押した。
すると、塔のひとつが大きな鐘を鳴らし、夜空に響いた。
――ゴーン。
その瞬間、ふたりのまわりに、光の粒がふわりと浮かんだ。
よく見ると、それは人の形をした小さな影たち。
「これは……だれ?」
「うごいてる……!」
影たちはひとつひとつが時間のかけらなのだ、と直感した。
止まりそうになった思い出や、忘れられそうな笑顔。
それらが光の姿になって、空を舞っていた。
ねこはふたりを見て、ゆっくりとうなずいた。
――まるで、「君たちに見せてあげる」と言っているように。
りくくんとさえちゃんは、心を奪われるように光を見つめた。
すると、一つのかけらがふわりと近づいてきた。
そこには、小さな子どもと、その手をひくお母さんの姿。
二人が楽しそうに笑っている光景が映し出されていた。
「……これ、ぼくがちっちゃいころだ!」
「ほんとだ、りくくん!」
記憶のかけらが、月明かりの中で再生されている。
思い出は決して消えない。ただ、時計のねこが、忘れそうになった時間を守ってくれているだけ。
ふたりは胸がいっぱいになった。
やがて、影たちはゆっくりと溶けていき、再び星のような粒となって夜空へ吸いこまれていった。
時計の音がすっと静まり、広場はただの草地に戻る。
日時計も、塔も、影もすべて消えてしまった。
残ったのは、ねこの柔らかな鳴き声だけ。
「にゃあ……」
りくくんとさえちゃんは、顔を見合わせ、深く息をついた。
忘れてはいけない大切なものを、今日また見せてもらったのだ。
「ありがとう、ねこさん」
ふたりが同時に言うと、ねこは満足そうに目を細め、月明かりの中へ消えていった。
――そして、ふたりはそっと手をつなぎ、静かな夜道を歩いて帰った。
時計の世界の秘密を胸にしまいながら。
時計のねこは、ただ不思議な存在というだけでなく、子どもたちの大切な思い出を守る存在でもあるようです。
りくくんとさえちゃんが体験したのは、ほんの一部。時計の広場は、まだまだたくさんの秘密を隠していそうですね。




