【第51話】『真に選ばれし者たちの夜明け』
──旧防衛施設上空。
黒雲を裂くように、五つの光が降下していく。
Ωシャングリラと、それに随伴するΩ計画の新怪人部隊が、それぞれの降下ユニットに乗り込んでいた。
「目標地点、各員一致。作戦展開、開始する」
ノアの指揮通信が全員の耳に届く。
施設全体は巨大な五つのブロックに分かれ、各エリアにはゼロディバァイドの一人が配備されている。
【Z-DIV BLACK:ジーン】──幻覚領域・制御フロア
【Z-DIV WHITE:クラリス】──医療棟・再生エリア
【Z-DIV YELLOW:オルカ】──情報塔・電子統制区
【Z-DIV BLUE:レンのクローン】──中央処理区・戦術演算フロア
【Z-DIV RED:ヴィル】──最深部・戦略中枢中枢区域
「各員、持ち場へ向かえ。目標は個別撃破、制圧後合流だ」
ゼクスの命令が落ちる。
地上までの数秒。
機内では誰もが静かに息を整えていた。
ラミアは目を伏せて呟いた。「……私たちで終わらせよう。人間が“正義”に使い潰される時代を」
バルムが淡々と続ける。「相手は処刑兵器、だが……俺たちは“選ばれなかった”ぶん、踏み越えられる」
カレンは両手を握り、胸の前で祈るように言った。「私は……この力で、ようやく自分を守れる。誰かを、守れる」
イツキは短く「行くぞ」とだけ告げ、隊を見渡した。
新怪人たちも静かに応えるように、それぞれの対応エリアへ視線を向ける。
それぞれが、対ゼロディバァイドのためだけに生み出された“異端の希望”だった。
──そして、地上に衝撃が走る。
五つの着地衝撃が同時に大地を震わせる。
Ωシャングリラと新怪人部隊が、それぞれの“運命”と対峙するエリアへと進軍を開始した。
その背には、総帥クレインの呟きがあった。
「お前たちに……このネメシス、いや、この国の未来が懸かっている」
──旧シェルトファウス・高層制御棟フロア57。
ガラスの割れた床。崩落しかけた鉄骨。
その隙間から滲み出るのは、形を持たない“幻覚”だった。
「……ここか」
レンは一歩、足を踏み出す。
目の前の空間が揺れた。
視界の端に、かつての仲間が立っている──そんな気配が漂った。
「見えてるわけじゃない……でも、“思い出させられる”な」
その後ろから、静かに現れたのはバルム。
複眼のような光学センサーが全身で脈打ち、周囲の幻覚信号を吸収・中和していく。
「幻覚濃度、Aランク。侵食型、持続性あり。BLACK、確定だ」
レンは頷いた。だが次の瞬間、あたりの空間が一変する。
焼け落ちた街。血に濡れた瓦礫。泣き叫ぶ声。
──あの作戦の日だ。
「やめろ……」
レンの拳が震えた。
目の前には、かつて助けられなかった少女の姿──
「お前が、ブルーのレンか!」
声が響く。鉄骨の梁の上に立っていたのは、黒鎧を纏う巨体。
Z-DIV BLACK──ジーン・オルフェル。
「痛みを知らないお前が、何を守れた?
お前が救わなかったその日を……今度は“感じて”もらう」
瞬間、空間がねじれ、バルムが身を投げ出して幻覚信号の波を遮断した。
「レン、立て」
「……俺は……あの時……」
「後悔は後にしろ。敵はここだ」
バルムの“虚無視界”が展開。
すべての幻覚が強制的に無色透明へと“再構築”される。
レンの視界から、幻影が剥がれた。
「……見える。あいつの本体が」
鉄骨の裏、目立たぬ死角。
ジーンの実体は、幻覚の迷路に隠れていた。
「回避予測、逆転パターンでいく」
レンは腰に装備された専用ブレード──《ブルーインパクトセイバー》を引き抜いた。
戦隊時代の名残でありながら、Ω仕様に強化された切断兵装だ。
「──行くぞ!」
銃撃、足場の崩落、幻影の視覚妨害。
それらをバルムが全て“静寂領域”で打ち消していく。
「俺はもう、過去に縛られない」
レンは跳躍し、幻影の奥へと突入。
セイバーの刃が光を裂いた。
「ブルーインパクト──斬制!」
回転するエネルギー波がジーンの鎧を砕き、胴を貫通する。
「……なぜ……お前まで、“感情”を手に入れた……」
ジーンの声が震える。
「守れなかったことを、悔やむのも……戦う理由になるって知った」
ジーンの背後に、幻影の少女が再び現れる。
だがその手は、今度はレンの背中を押していた。
レンが最後の一撃を振り下ろす。
「もう、終わりにしよう」
ジーンは、倒れながら幻影の少女の姿を見上げた。
「……やっと……名前、思い出せたよ……エミリー」
呼ばれた少女は今は亡きジーンの妹だった。
そのまま、彼の身体は崩れ、幻覚と共に消えていった。
──Z-DIV BLACK、撃破。
高層フロアの風が、静かに吹き抜ける。
レンは天井を仰ぎながら、深く息を吐いた。
「バルム……助かった」
「礼はいらない。俺も、守りたかったからな」
彼らの戦いは終わった。
だが戦場全体は、まだ静かにはならなかった。
──旧シェルトファウス・白亜医療棟・中枢エリア。
無数の光が淡く揺れる白い空間。
自動注射機器、再生装置、薬液のチューブが複雑に絡み合うその一角は、かつて「戦場で唯一、安らげる場所」と呼ばれていた。
だが今、その中心に立つ女は、死をも癒す白の処刑者だった。
Z-DIV WHITE──クラリス・ノイシュヴァン。
「さあ、始めましょう。今日は、治すためじゃなく……壊すための手術よ」
優しげな微笑みのまま、クラリスが構えるのは、注射器型の長剣。
白銀の聖衣が光を跳ね返し、周囲に柔らかく広がる。
「……っ、いやらしい雰囲気」
サクラが前に出る。背後からは、青白い光を纏う少女が歩み寄る。
イレーナ──コードネーム《ヴァイタル・ロザリオ》。
「回復と破壊を同時に扱う存在……だからこそ、彼女は自壊寸前」
イレーナの瞳が、静かにクラリスの生命波を解析する。
「来るわよ!」
クラリスが振るう剣から飛び出したのは、敵味方識別を無視した“治癒弾”。
サクラの脇腹をかすめたかと思えば、その傷は即座に再生──だが、再生と同時に強烈な痛みが襲う。
「っ……これが、“ヒューマニティ・パラドクス”……っ!」
肉体を癒しながら、精神を破壊する矛盾の攻撃。
イレーナが前に出て、祈るように掌を広げる。
「逆再生波動、展開──」
周囲の治癒エネルギーが反転する。
再生のための因子が、クラリス自身の肉体へと跳ね返り、制御不能な増殖を引き起こす。
「なっ……!? この痛み……この、感じ……」
クラリスの顔から笑みが消える。
自らが扱っていた“痛み”が、今度は自分にのしかかってきた。
「治せない……? 私が……?」
その動揺を逃さず、サクラが突撃する。
右手には、ピンクのエネルギーブレード。
「あなたが痛みを与えた人たち……その分、私たちは、苦しみを分け合ってきた!」
サクラの斬撃が、クラリスの聖衣を裂く。
白い装甲が砕け、光の粒となって消えていく。
「でも、もう終わりにしよう。私たちが受けた痛みは、誰かを守るためにある」
クラリスは、倒れ込みながら、ふと笑った。
「……本当に、守れるのかしら……その優しさで……」
「うん。だって、私は……一人じゃないから」
共鳴する声。
サクラの中に宿るもう一人の自分との会話だった。
サクラが手を差し伸べると、クラリスは微かに頷き──静かに、目を閉じた。
──Z-DIV WHITE、沈黙。
かつての医療棟には、再び静寂が戻っていた。
「……サクラ。あなたの想い、届いたね」
イレーナが穏やかに言う。
サクラは小さく頷き、そしてもう一度、倒れた敵の前で手を合わせた。
──旧シェルトファウス・中央制御塔・電子戦管理ブロック。
機器の動作音すら吸い込まれるような沈黙が支配する空間だった。無数の端末は不規則に点滅し、壁一面のモニターには砂嵐とノイズが渦巻いていた。
「……なんにも、見えない……っ」
カレンは眉をひそめ、手探りで壁伝いに進んでいく。頭部の通信機はすでに沈黙し、ヘルメットの視覚センサーは無効化されたままだ。
「ここは……視えないだけじゃない。“記録”すらも消されている……」
セフィ──コードネーム《メモリア・クレスト》が、低く呟いた。
彼女の周囲にだけ、歪んだ情報の波が収束し、かろうじて安定した空間が存在していた。
唐突に、塔の中心を電子の奔流が裂く。
そこに現れたのは、黄色の電脳装甲を纏い、輪郭さえ曖昧な影のような存在。
Z-DIV YELLOW──オルカ・ゼルナート。
「記録のないものに、証明はない。おまえたちは……ここで消える」
重ねられた幾重もの声が共鳴し、まるで空間そのものが言葉を発しているようだった。
「だとしても──私は記録する。ここで起きた“真実”を」
セフィは目を閉じ、静かに右手を掲げる。
掌に浮かぶのは、青白く輝く観測固定陣──《観測固定:イデアロック》。
その瞬間、空間の流れが一変する。
空気の揺らぎが止まり、塔内に漂っていたノイズが霧のように晴れていく。
そして──オルカの姿が、明確に視認できるようになった。
「これは……視えている? 私の姿が……!?」
「観測された瞬間に、それは“存在”として確定される。あなたの不可視は、もう通じない」
セフィの声が静かに響き、彼女の背後からカレンが躍り出る。
「……怖くない。私はもう、“見せられる”んじゃない。自分の目で“見る”って、決めたんだ!」
エネルギーが迸る。
カレンの手から伸びたピンクの光のリボンが、オルカの胴を正確に捕らえる。
「情報を書き換えてきたあんたに……私の“本当”を、見せてあげるっ!!」
リボンが電撃を帯びて弾け、オルカの装甲を打ち砕く。
セフィの支援波動が時空間の軌道を固定し、確実な一撃が通る。
「う、あ……っ! 俺は……ただ……」
仮面が砕け、中から現れたのは、若き男の素顔だった。
「……誰かが作った“真実”なんかより……自分で見た世界が、欲しかった……」
その声は、どこか憑き物が落ちたように穏やかだった。
「……この世界の、真実を書き換えたかった……それが、俺の正義だった」
情報の光が彼を包み込み、輪郭を溶かしながら消えていく。
「……記録、完了」
セフィが一言だけ呟き、制御塔に漂っていた電子ノイズが完全に消失した。
静まり返った空間に、足音だけが残る。
カレンはしばらくその場に立ち尽くし、やがてそっと目を伏せた。
「セフィ……ありがとう。私、ちゃんと“見れた”よ」
「うん。あなたの“目”は、もう誰にも奪われない」
それは、カレンがセンターに立つ瞬間だった。
二人は無言でうなずき合い、次の戦場へと足を進めた。
──旧シェルトファウス・鉄骨トンネル地帯。
鉄骨の梁が幾重にも重なり合う迷路のような空間。照明の多くは破壊され、断続的な赤い警告灯だけが脈打つように点滅していた。金属の軋みと、どこからか漏れる蒸気の音が、不気味な残響を伴って響く。
「……ここまで酷似しているとはな」
レンは深く息を吐き、目の前の影と向き合った。
その影──Z-DIV BLUE。
彼自身の思考パターン、戦闘データを基にして造られた、もう一人の“レン”。
つまり、セイガンが造ったブルーのクローン。
どちらが動いても、もう一方が同時に同じ動きを取る。姿勢、呼吸、タイミング──すべてが一致していた。
「予測不能が存在しない……これは……最適化された俺そのもの、か」
背後、鉄骨を軋ませながら現れたのは、怪人兵士・ガラム。
巨大な体躯と異形の装甲をまとい、しかし目だけは静かにレンを見ていた。
「副官どの。見事に嫌な相手に当たったな」
「……皮肉だよ。自分と戦うなんて」
BLUEが滑るように前進し、無音のままレンへ拳を振るう。
レンも同じように反応し、ブレードで軌道をそらす。
──完璧に互角。完全なるミラー。
「このままじゃ、どちらも決着がつかない」
「ならば俺の出番だな」
ガラムが一歩前へ出た。
その巨体がトンネルの空気を揺らし、掌から青黒い粒子が放たれる。
「《断絶フィールド・展開》──戦場の論理、ここで断ち切る」
粒子が空間に網を張るように拡がり、周囲の感知センサー、モーション補正、視覚演算をすべて沈黙させた。
「!……干渉、強度高……応答不能……!」
BLUEの動きに、一瞬の鈍りが生まれる。
「今だ、レン!」
「──わかってる」
レンは地を蹴った。だが、それは訓練では教えられない“ブレた”動き。
感情のままに飛び、焦り、揺れる。
「そんな動き……それは最適じゃない……理解できない……」
「最適じゃなくてもいい。俺はおまえじゃない。俺は──俺だ」
彼の手に握られていたのは、“ゼロ・バーストブレイカー”。
Ωシャングリラの特注ブレードが、青い残光を放つ。
「ここで、終わらせる」
放たれた一閃が、BLUEの肩口から胸部を断ち割った。
火花が散り、内部の電子回路がむき出しになる。
BLUEは膝をつき、虚ろな目でレンを見上げた。
「……俺の中の、論理が……ようやく……破れた……」
その体は、音もなく崩れ、煙のように消えた。
静寂。
断絶フィールドが収束し、機器の再起動音が微かに響き始める中、レンは肩で息をしていた。
「……勝ったというより……解かれた気分だ」
「ようやく、“人間らしい”戦いができたな」
ガラムの低い声に、レンは小さく笑った。
「皮肉を言うようになったな、お前も」
「副官殿が感情で動き出したからな。感染るんだよ、そういうのは」
二人は互いに視線を交わし、無言のまま、次の戦場へと歩を進めた。
──旧シェルトファウス、最深部中央広間。
金属とガラスが混ざったような音が天井から落ちてくる。天井まで吹き抜けたドーム状の空間には、戦闘の熱が充満していた。焦げた匂い、散った火花の残光、割れた床面に刻まれた戦闘の爪痕。
「全員……そろったな」
日向イツキは、背後から聞こえる仲間たちの足音を確かめながら、息を整えた。
「ここが終着点ってわけか」
隣に立つラミアは、静かに頷く。
その瞳は冷静でありながら、どこか緊張と怒りを含んでいた。
中央の台座──異形の騎士が一歩も動かず、仮面の下から威圧するような沈黙を放っていた。
「Z-DIV RED、ヴィル・クロード……」
イツキが呟いたその名と同時に、ヴィルの口元が僅かに開く。
「正義とは、明確な基準によって定められる。曖昧な情や感情は不要だ」
その声は冷たく、まるで法廷の判決のようだった。
「バイナリ・ジャッジメント、開始」
瞬時に、空間に投影された演算式が回転し始めた。
ヴィルの目元が赤く光り、Ωのメンバーとなった新怪人一人ひとりに“罪”が告げられていく。
「イレーナ、非倫理的身体改造──有罪」
「ガラム、殺傷衝動の逸脱──有罪」
「セフィ、情報の非正規操作──有罪」
「……来るぞ!」
裁きの光が放たれた。三本の光槍が、それぞれの対象に向かって一直線に走る。
「いまは“俺”じゃない。識別を切った」
ガラムが吠えるように叫び、黒い霧のようなエネルギーが周囲に広がる。
《匿名化領域──起動》
「真実を、こちらから“固定”させてもらうわ」
セフィは笑みを浮かべながら掌をかざすと、宙に幾何学模様が浮かび上がる。
《観測固定・マニュアルオーバーライド》
「この痛みは……返してもらう!」
イレーナの声が響く。
紅い波動が光槍にぶつかり、エネルギーが逆流して消失した。
《反転治癒波》が判定に介入し、システムエラーが生じる。
「演算、錯乱……再定義不能……」
REDの仮面が微かに揺れる。
「貴様ら……“罪”を隠すのか」
「違う!」
イツキが叫んだ。
「罪も痛みも、俺たちは真正面から向き合ってきた!」
彼の手に、Ω専用ブレードが現れる。
ラミアがその背にそっと触れると、電磁粒子が二人の間を繋いだ。
「意志、同期します──フルシンクロ・モード」
《Ωリンク──起動》
青と金の光が刃を包み、二人の気配が重なる。
「行くぞ、ラミア!」
「ええ、一緒に終わらせる」
REDが巨大な審判の剣を振り上げる。
それに対し、イツキとラミアは真っ直ぐに飛び込んでいった。
「Ω・クロスバースト!!」
放たれた光刃が交差し、REDの中心──仮面を真っ二つに裂いた。
「……正義を……否定する者に……未来は……あるのか……」
ヴィル・クロードは膝をつき、崩れる寸前、静かに問いを残した。
そして。
爆音と共に、その姿は四散した。
──Z-DIV、壊滅。
──Ω計画、勝利。
爆風の残滓の中、イツキは肩で息をしながら、剣を静かに地に突いた。
「正義ってのは……誰かに押しつけられるもんじゃない。俺たちが、生きる中で選び取るものだ」
その言葉に、誰も異を唱えなかった。
■
戦いの余波が、まだ空気の中に燻っていた。
旧シェルトファウス──すべてが終わったはずの戦場には、なお赤黒い残響が残っている。
「……終わった、のか?」
セフィが言った。が、誰も即答できなかった。
爆散したゼロディバァイドの装甲片が、辺りに無数の歪な陰を落としている。機械でありながら人の形を模したそれは、まるで無機の仮面を剥がされた“正義の亡霊”のようだった。
イツキは、剣を静かに地面に突き立てた。
すぐ傍らには、ラミアの姿がある。先ほどのフルシンクロモードによる負荷が残る彼女の息は少し荒い。
「ありがとう、ラミア」
「礼は要らない。……私も、守りたかったから」
短いやり取りのあと、沈黙が場を支配する。
そのとき──
「おーい!」
爆音と共に、やや離れた位置に軍用車が急停止した。
そこから姿を現したのは、ゼクスとノアだった。
「やっと見つけたぞ、お前ら……無事で何よりだ」
ゼクスはここに一刻も早く着きたかったのだろう。
やや乱れた服装のまま、車から降りて肩で息をしていた。ノアは同じく車から飛び降り、端末を手に何かを計測している。
「確認終了……ゼロディバァイド、全ユニットの信号、完全停止」
ノアの報告に、全員がようやく安堵の息を吐く。
だが、すぐにイツキが口を開いた。
「これで全部、終わったわけじゃない。ゼロディバァイドはただの先兵。背後には……いや、やめておこう」
言いかけたその言葉を、イツキは噛み殺した。
「……いずれにせよ、この世界の“表”を牛耳ってる連中と、俺たちは必ず向き合うことになる」
「セイガン……いや、日本という国自体が、もう“正義の名前”を好きに使っていい場所じゃないってことか」
ゼクスが、あえて曖昧な言葉で呟いた。
ノアは、端末を閉じると、ゆっくりと顔を上げた。
「クレイン──総帥からの伝言だ」
皆の視線がノアに向く。
「“お前たちに……この国の未来がかかっている”」
その言葉に、誰もが息を呑んだ。
戦場にはいなかったが、クレインは最前線の全てを見守っていたのだ。
「仮面は壊れた。だが、顔を隠していた奴らは、まだこの国のどこかにいる」
ノアの声が、風に乗って響く。
「Ωシャングリラ。次は……“この国の定義”そのものを問い直す時が来る」
その言葉に、イツキが深く頷いた。
「もう“選ばれる側”じゃない。俺たちは、自分で“選ぶ側”に立ったんだ」
それが、この戦いの“意味”だった。
そして、真の夜明けは、まだ先にある。




