【第5話】『名乗れ、レッド──裏切り者の正義』
仮面の国家──新日本政府とディープステートの正体。
かつて、この国には“選挙”という仕組みがあった。
だが震災と疫病、経済崩壊が連鎖した2028年以降、政党政治は消え失せ、国家運営は“国家治安情報庁(NISBA)”と呼ばれる特務機関によって一元管理されるようになった。
名目は「非常事態対策国家」──つまり臨時措置だった。
だがそれから今日に至るまで、非常事態は一度たりとも解除されていない。
それが、今の“新日本政府”の正体である。
表面上の国家は平穏を装っていた。
巨大モニターに映し出される仮面の総理“スカーレット・プレミア”。
定期的に放送される“安心・安全・安定”というスローガン。
機械化が進んだ都市構造、AIによる監視、ドローンによる治安維持。
だがその裏側では、思想、報道、医療、さらには出生・教育に至るまで国家が完全に管理している。
“統制型幸福”という名の、情報鎖国と精神の鎖。
そんな中、国民は“正義の象徴”として戦隊セイガンを崇拝するようになる。
週一で配信される戦闘中継。
危険分子(とされた者)を排除する鮮やかな演出。
市民は声を揃えて叫ぶ──「セイガン、正義の力を!」と。
そのすべてが、情報庁による“国家的プロパガンダ番組”だった。
“正義”とは、視聴率と支持率のために作られた虚像。
選ばれし戦隊ヒーローたちもまた、国家の駒にすぎなかった。
この新日本政府を、陰で操る存在がいる。
それが「ニューオーダー(New Order)」と呼ばれる超国家ネットワーク。
旧欧米の一部諜報組織やグローバル金融財閥、AI開発企業、軍需複合体が手を結び、この日本を“モデル国家”として新秩序を実験しているのだ。
ディープステート──闇の世界政府。
その触手は政界・司法・宗教・医療・教育にまで及び、国民は無意識のうちに彼らの奴隷となっていた。
セイガンもまた、彼らの意思で創られた「反乱抑制兵器」に過ぎない。
■
その施設は、山間部の旧・演習地跡にひっそりと建てられていた。
表向きは「戦隊特別育成プログラム(PHE:Patriotic Hero Education)」──
優れた身体能力と忠誠心を持つ少年少女を集め、国家の“守護者”として育て上げる名目だった。
だが、内部の実態はまるで違った。
【Phase 01:選別】
入所対象は6~10歳。
人工的に構成された家庭環境や孤児支援施設から“適性者”が選ばれる。
AIが収集したSNSの発言履歴、行動分析、親の職業、ストレス耐性。
テストはゲーム形式で行われ、本人たちは自分が「ヒーロー試験」に参加していると信じて疑わない。
しかし、落第者の情報は抹消され、戻る場所はない。
【Phase 02:再構築】
次に施されるのは《正義感情定着処置(JPI:Justice Perception Implant)》と呼ばれる処理。
これは徹底した映像教育と、脳内報酬系への微細な電気刺激で構成される。
「正義の行い=快感」
「命令違反=不快」
この条件反射を刷り込むことで、彼らの正義は国家の意志と直結するようになる。
教育初期ではよく、子どもたちの夢に“仮面の教官”が現れる。
それは、AIによる人格調整シミュレーションだった。
【Phase 03:疑似戦闘と敵の定義】
敵の名は、ネメシス。
授業では「怪人の恐怖映像」が日々流される。
捏造された“人体実験”や“市民襲撃”の映像は、子どもたちの心に深く焼き付けられる。
敵は異形、敵は悪、敵は言葉を持たない。
そして──
「敵に同情する者も、敵と見なされる」
この一文を、子どもたちは“正義の誓い”として暗唱する。
【Phase 04:感情制御】
中等課程では、人格調整のための薬物投与も行われる。
「自己犠牲を讃えるホルモン調整」
「疑問を抱く回路の制限」
「“命令に従った”ことへの快感誘導」
その結果──
セイガンの現隊員たちは、いかなる命令にも疑問を抱かない“忠実なる正義の執行者”へと変貌する。
隊長格の者には、さらに《洗脳耐性破壊スパイク》が仕込まれ、
もしも価値観に“揺らぎ”が生じた場合、自動的に意識を遮断・上書きされるプログラムが施されていた。
【ある少年の記録】
「彼は毎日、夢を見ていた。
“正義とは何か”を問いかける夢だった。
でも朝が来るたびに、彼の記憶は一枚ずつ削り取られていった。
最後に残った言葉は──“敵を殺せば褒められる”」
これは記録班員のメモに残された言葉だ。
この少年の名は、イオリ。現在のセイガン・レッドである。
──誰かを救うために戦う。
──弱き者を守る。
──命を懸けるのは、未来のため。
その理想は、ネメシスも同じだったはずだ。
だが、セイガンのヒーローたちは今や“真実”から目を背け、国家の意志そのものに成り果てている。
彼らにとって、正義とは信念ではない。
“刷り込まれた命令”であり、“快楽”であり、
そして“存在理由”そのものなのだ。
そして、ネメシス。
この世界に“悪”として名指しされ、メディアにより「怪人」「テロリスト」とされている彼らこそ、かつてこの国の自由を信じた科学者たちと、その遺志を継ぐ者たちだった。
彼らは知っている。
真の敵は“怪人”などではなく、
人の思考すら支配しようとする、目に見えぬ“秩序”そのものだと。
ゆえにネメシスは戦う。
歪められた正義に、異形の姿で抗うために──
■
黒い霧が立ちこめる旧都ビル群。月明かりさえ届かぬその一帯に、ネメシスの戦闘員──シャドウスーツ隊が、無言で展開していた。
全身黒の強化繊維スーツ、頭部には無機質な赤いゴーグル。声なき影たちは、通信すら発せず、完璧な静寂の中で“掃討任務”に従事していた。
敵──セイガン。現代の正義の象徴にして、かつての主君・日向イツキを葬り去った組織。
その情報だけを胸に、戦闘員たちは動く。
先行した二名が、建物の角を曲がった刹那──
「はっ!」
振り下ろされた鋼鉄のトンファーが一人の頭部を砕く。
悲鳴すら発する間もなく、ゴーグルの破片が闇に舞う。
「っち、見えてんだよ、暗視くらい──こっちはこっちで慣れてんだよ!」
聞こえる声は、イエローのマコトのもの。即座に次の戦闘員が反応するも、背後から伸びた何かに脚を絡め取られる。
「甘ぇな──バランス、悪いぞ」
暗闇から飛び出したのは、ブルーのレン。鋭く跳躍し、手斧型の武器で肩口を粉砕。
シャドウスーツ隊の一人が、首を不自然な角度でねじられ地面に叩きつけられた。
「第六分隊、沈黙……!? 連絡が取れません!」
ネメシス本部との通信が切れる中、戦闘員たちは即座に戦術を切り替える。分散行動──だが、それすらも敵の掌の上だった。
「お前たちの弱点、全部見抜いてるんだよ。だって……」
白銀の装甲が宙を舞い、電撃を放つ。
「俺たちは、元仲間の技術も訓練も、全部引き継いでるんだ!」
それは、新たに加わったセイガンの“シルバー”──副隊長格の新ヒーロー、朝倉ユウトだった。
高出力のパルスブレードが、二体を同時に切り裂く。人体の限界を超えた反応速度。ネメシスのシャドウスーツ隊では、到底太刀打ちできなかった。
地に伏す黒影。血飛沫と火花。装備品は破壊され、通信は遮断され、退路は断たれる。
一人、また一人。
屍の山となって崩れていく仲間の姿に、残されたシャドウスーツ隊員たちは、もはや恐怖も表情に出せぬまま機械的に突撃を繰り返す。
だが、それすら──正義の名を背負った“ヒーローたち”の餌食にしかならなかった。
この夜、戦闘員17名、全滅。
正義は語らず、ただ、容赦なく“敵”を駆除するだけだった。
鉄骨むき出しの旧都ビル群、その一角にて爆煙が立ちこめる。
直前まで、そこでは戦闘員たちの断末魔が響いていた。
ネメシス所属の量産型戦闘員──通称シャドウスーツ隊が十数名。強化繊維と暗視装置で武装していたものの、セイガンの前には無力だった。
「やはり歯応えがないな。これがネメシスの雑兵か」
神谷イオリ──セイガンレッドは肩の埃を払いつつ、次の敵の気配を探る。
レン(セイガンブルー)は戦闘員の一人を地面に叩きつけながら、呆れたように言う。
「数ばっかりで、統率もクソもねぇ。昔の俺たちのほうがまだマシだったな」
その言葉に、イエローのマコトが静かに頷いた。
「でも……こいつら、囮だろ。本命が来る」
その瞬間、上空から重い音が落ちてくる。
鉄塔の骨組みの上に、黒き影が降り立った。
日向イツキ──元・セイガンレッド、現・ネメシス幹部候補。
黒曜装素のスーツが月光を鈍く弾き、静かに敵陣を見下ろしていた。
「お前……本当に、イツキなのか」
静かに問うレン。その目には驚きでも懐かしさでもない。ただ敵を前にした鋭さだけがある。
イツキは言葉を返さず、一歩踏み出す。
今回の任務は敵拠点の偵察を兼ねた彼の単独任務だったが、必要最低限の戦闘支援ユニット──戦闘員たちを連れてきたのは、最初からセイガンと接触する覚悟があったからだった。
「……怪人に肩入れするとは、つくづく落ちたな、元隊長」
マコトが憎悪をにじませながら言う。
「お前のせいで、あの日俺たちは敗れた。仲間を見捨てて逃げた裏切り者が、今さら何を守る?」
「そうだ」
レンの怒気を孕んだ声が重なる。
「俺たちは、あの日お前を信じてた。けど……お前は俺たちを捨てた。責任を全部背負ったフリして、勝手に消えた。あの日のこと、忘れてねえ」
イツキは黙って聞いていた。
彼らの怒りは正しい。かつての仲間を救えなかったこと、イツキ自身が誰よりもよく知っていた。
だが。
「俺が守れなかったものを、今、取り返すだけだ」
その一言が、全員を黙らせた。
イオリが前に出る。
「ならば証明しろ。お前の“正義”とやらを──この剣で」
スカーレットブレイカーが赤く閃いた瞬間、イツキの足元が弾ける。
加速装甲が駆動。両者の距離が一気に詰まり、衝撃音が夜を裂いた。
鉄壁の防御と鋭い斬撃が交差するたび、ビルの外壁が削れ、瓦礫が降り注ぐ。
「こんな力……ネメシスが与えたのか」
イオリが睨む。
「まさか、自分で選んだというのか? 怪人の側に立つことを」
「そうだ」
イツキの声に迷いはなかった。
「お前たちが信じる“正義”が何も救えないと分かった時──俺は選んだ。たとえ敵と呼ばれても、“守る”ために立つ道を」
「寝言を言うな!!」
マコトとレンが同時に斬りかかるが、イツキは最小限の動きで受け流す。かつて培った連携は、彼の肉体にも刻まれていた。
だが今は、背中を預ける相手はいない。
「──名乗れ、イツキ」
レンが再び構え直し、鋭く叫ぶ。
「今ここに立つ、お前の名を!」
イツキは一瞬、躊躇った。
だが、過去から目を逸らさず、彼は言う。
「幹部候補──ナイト・ファントム。ネメシス所属だ」
その瞬間、空気が張りつめた。
それは宣戦布告だった。
かつての仲間は、もはや敵。
イツキの戦いは、ここから本当の開戦を迎える。
夜のビル街に、黒い影が再び舞い上がる。
※※
登場人物紹介
■【主人公】
日向 イツキ(ひなた・いつき)
元・戦隊セイガンの初代レッド。現在は秘密結社ネメシスの幹部候補“ナイト・ファントム”として再起中。
仲間との戦いに敗れ、時空の歪みに呑まれた末に、ディストピア化した日本で目覚める。
「お前のせいで負けた」とかつての仲間たちに追放され、ネメシスに拾われる。
改造手術により身体能力を大幅に強化され、正義とは何かを問い直す戦いへと踏み出す。
■【ネメシス側】
ラミア
ネメシス所属の女性怪人で、イツキの“相棒”。下半身が蛇という妖艶な姿の毒蛇型改造怪人。
冷静沈着で戦闘能力も高く、諜報・潜入任務にも長ける。
改造される前は人間だったが、過去を語ることはない。
イツキに対しては“共に作られた者”としての絆と、複雑な好意を抱いている。
ドクトル・メディアス
ネメシスの改造手術を統括するマッドサイエンティスト。生体工学と再生医療においては世界トップレベル。
ラミアやイツキを改造した張本人。常に礼儀正しいが、その言葉の中身は常軌を逸している。
人体実験を「美学」として語るサディストでもある。
シャドウスーツ隊(ネメシス戦闘員)
ネメシスの汎用量産戦闘員。黒いボディースーツに赤いゴーグル、無口・無個性。
戦闘能力は中程度だが、忠誠心が高く、命令には絶対服従。
セイガンのヒーローたちとの正面戦闘では劣勢になることが多い。
■【戦隊セイガン】
神谷 イオリ(かみや・いおり)/現レッド
イツキの後任として、現在の戦隊セイガンのレッドを務める。
冷静沈着で統率力があり、機械剣を使いこなすリーダータイプ。
洗脳教育により“国家こそ正義”という信念を疑わず、イツキを「裏切り者」として排除対象と見なしている。
マコト/セイガン・イエロー
明朗快活で仲間想い。軽口を叩くが戦闘では真面目。棒術の使い手。
イツキに対して強い怒りを抱いており、「お前のせいで俺たちは地獄を見た」と憎悪を隠さない。
レン/セイガン・ブルー
クールな頭脳派。斧を使った豪快な攻撃スタイルと冷静な分析を併せ持つ。
イツキを信じていたからこそ裏切られたと感じ、怒りと失望を抱えている。
イオリに絶対の忠誠を誓っており、感情より任務を優先する傾向が強い。
朝倉 ユウト/セイガン・シルバー
副隊長格としてイオリを補佐する。電撃系の武器を操る精密戦闘のスペシャリスト。
ネメシス戦闘員17名を単独で殲滅した実力者。
感情をあまり表に出さず、命令に忠実。
セイガン・ゴールド(コードネーム:オウガ)
セイガン本隊には属さない独立行動型の単独ヒーロー。政府直属の「特命処理官」のような立ち位置にある。
金色のアーマーに身を包み、圧倒的なパワーと神速の剣術を併せ持つ孤高の戦士。
任務には絶対の忠誠を誓っており、仲間に情を抱くことはない。
イオリたちとも一定の距離を保ちつつ、ネメシス殲滅のために動いている。
その正体や過去は一切不明であり、セイガン内部でも「危険な味方」として恐れられている。