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完結『戦隊ヒーロー追放された俺、なぜか敵の幹部になって世界を変えていた件』  作者: カトラス


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【第38話】『黒く染まる決意──ネメシス再起動会議』

 セイガン本部・地下第九隔離区画。分厚い鋼鉄扉が鈍く唸りをあげて閉まった。

 その奥、冷気の漂う手術室に横たわっているのは、かつてネメシスの禁忌──L-Disaster計画を推進した科学者、ドクトル・メディアスだった。


 すでに彼の身体は本来のものではない。今、その脳は“ある男”の肉体へと移植されようとしていた。


 ──男。

 過去にDV、幼児虐待、女性暴行の凶悪犯罪で死刑判決を受けた元・死刑囚。

 その屈強な肉体が、ドクトルの新たな器として選ばれた。


「……ふさわしいと思わないか?」


 モニター越しに笑っているのは、セイガン技術部の九頭博士。

 白衣の袖を軽く払う仕草で、血液の飛沫が無造作に床へと滴った。


「これまで君が解剖してきた少年少女、摘出した脳、引き裂いた内臓。魚の開きのように楽しんでいた君には、この肉体がよく似合う」


 手術台の上で、脳神経と肉体の接合部を調整する冷却式ナノマシンが作動する。

 開かれた頭蓋からは、ドクトルの脳髄が慎重に摘出され、そのまま電極付の強化脊髄に接続されていく。


 ──ジュル、シュル、カチリ……


 骨が開かれ、筋肉が剥がされ、人工血管が編み込まれていく。

 手術室はまるで屠殺場のような匂いに満たされ、手術ロボットの無機質な動きが、感情の一切を拒絶していた。


(これが……私の末路、か)


 かすかに残された意識の中で、ドクトルは思う。

 この肉体が完成すれば、表面はヒーローのような洗練された装甲と容貌を持ち、セイガンのニューヒーロー部隊と同様に運用されるだろう。


 だが、外郭は“第一形態”に過ぎない。

 暴走すれば──その精神汚染値が閾値を超えた時、外装は剥がれ、現れる“第二形態”は──


 【拷問特化型怪人】。


 視神経を通して相手の痛覚を精密にコントロールし、筋肉繊維単位で“切り分け”る快楽を得る。意識を残したまま内臓を曝し、苦悶を“芸術”として演出する。


 その名は──『デモナス=レクエリス(Demonas Requellis)』。

 拷問の記憶と怨念を宿した、真なる“悪魔”の名。


「ふふ……傑作だよ、ドクトル」


 九頭はモニターに映る“変身途中”の新生体を見つめ、呟いた。

 その目は狂気と合理性を両立した異様な輝きを放っていた。


「君が過去に育てたL-Disaster計画。その知見と方法論、そして君自身の身体。すべてが、我々の“未来”のために使われる。嬉しいだろう?」


 ──グチャッ、バキン、ジュルル……


 新たな“生命”が、肉の奥で蠢いた。

 ヒーローの姿をした怪物が、今この地下で、静かに──しかし確実に誕生していた。


 ただひとつ確かなのは──

 ドクトル・メディアスは、もう“人間”ではなかった。



 セイガン本部の最深部──誰も立ち入ることのない隔絶された医療フロア。

 薄暗い手術室の中で、無数のホログラムが脈動するように壁面を照らし出し、無菌処理された空気が低く唸るように循環していた。


 中央の手術台には、一人の少女が拘束されていた。


 まだ十代半ば。

 光に透けるような細い手足。まつ毛の長い目元。芸能プロダクション所属の、慰問部隊のアイドルだった。

 名前は──今やもう、誰も呼ばない。


 静かに手術着を整えながら現れたのは、セイガン技術局の責任者にして、怪人計画L-Disasterの研究成果を我が物とした男──九頭博士。


「……可憐だな。人々に希望を与える“偶像”だったか。だが──」


 彼は手に持った鋼の器具を、少女の頬にそっと当てる。

 冷たい金属に、微かに少女の身体が震える。


偶像アイドルとは、祀られるものだ。ならば、神に仕立ててやろう。私の手でな」


 彼の眼には、理性のかけらもなかった。

 先日移植を終えたばかりの“デモナス=レクエリス”の成功が、九頭の精神に火を点けた。


 暴走、狂気、進化、怪物化。

 それら全てを含めて、彼にとっては“生命の高み”だった。


 L-Disasterの知見を活かした怪人開発。

 だが、既に旧個体(壱号・ゲロス、弐号・ベルゼヴュート 参号・ルクシィア)は処分された。ルクシィア以降は開発が凍結されていた。


「だから私は、禁忌を越える」


 九頭は、ホログラムに浮かぶ少女の生体データに目を通す。


 神経感受性:極端に高い。

 免疫反応:標準範囲内。

 遺伝子異常:なし。

 情動反応:人並み以上。


「……素晴らしい。純粋で、未加工な恐怖が、この肉体からは引き出せる」


 彼の目は血走っていた。

 この少女は、単なるヒトの材料ではない。

 “第二の神経共有型怪人”として、痛みと感情を変換する“共鳴個体”として、新たに設計されていた。


「記録開始。被験体コード:L-Goddess-α(ゴッデス・アルファ)──」


 電気メスが起動し、冷たい金属音が走る。


 その時だった。

 拘束された少女の口元が、かすかに動いた。


「……たすけて……っ……おねえちゃん……」


 九頭の手が止まる。


 それは、かつての“ルクシィア”を思わせる声だった。

 だが彼は、嘲るように笑う。


「安心しろ。君は“芸術”になる。生きたまま、感情の神経すら記録可能な、新しい神経の器──」


 ドク、ドク、ドク……

 モニター上の心拍数が上がる。

 恐怖、絶望、希望……人間の情動が、解析され、記録されていく。


「私の“神”となれ──小さな偶像アイドルよ」


 ──手術開始。


 それは神の座を求めた狂人の、第二幕の始まりだった。


■ 

 

 ネメシス本部・第零戦略会議室。

 幾何学的な文様が脈動するホログラムの中央で、赤い警告マーカーが淡く点滅していた。

 その前に立つのは、日向イツキ、ラミア、そして最高幹部ゼクス。


 戦略会議というより、残存戦力の確認だった。

 かつて隆盛を誇ったネメシスの各拠点は、今や次々と失われている。

 相手はセイガン・ブルーとピンク──レンとサクラ。


「……またひとつ、潰されたか」


 イツキが苦々しく呟いた。

 前線マップには赤く×印が浮かび、その中心にあった拠点番号が虚しく消えていく。


「拠点β-8、交信断絶。完全制圧されたと見て間違いありません」


 ラミアが静かに報告する。

 しかしその瞳の奥には、冷静さの裏に小さな怒りが宿っていた。


「……セイガン、明らかに意図的にうちの主力を叩いてきてるな」

「ええ。しかも……ただのヒーローじゃない」

「……ああ」


 イツキは頷く。

 レンとサクラ──二人はすでに“人間”の域を超えていた。

 ネメシスのL-Disaster計画、その技術をセイガンが応用し、

 “怪人に匹敵するヒーロー”を生み出していたのだ。


「皮肉だな。俺たちが開発した技術で、今度は俺たちが狩られる側になるとは」

「ルクシィア……彼女も、その技術に飲まれて消えたのですね」


 ラミアの声がわずかに震える。


 彼女の失踪。そして干からびた遺体の発見。

 そこには誰も立ち入ることができなかった“想い”があった。


「ベルゼヴュート、ネファリウム、そしてルクシィア……三体のL怪人がすべて沈黙した」

「残るは旧怪人群と小規模部隊。……これでどう戦えと?」


 イツキの声は、焦りよりも怒りに近かった。


 ゼクスは沈黙ののち、椅子から立ち上がる。


「……問題は“誰が”この現状を変えうるか、だ」


「ドクトルは逃げた。セイガンに亡命しやがった」


 イツキの言葉に、ラミアが付け加える。


「しかも、手土産にL計画の全データを持っていったようです。九頭博士の笑い声が聞こえてきそうです」


「旧ネメシスの遺産は、今や敵の手にあるということだ」


 ゼクスの口調は、冷たくもどこか諦念を孕んでいた。


「ならば……俺たちは、模倣ではない“何か”を作るしかない」


 イツキが拳を握る。


「模倣じゃ意味がない。こっちは“戦場”で命を懸けてきた。その想いを背負える連中が必要なんだ」


「ネメシス第二段階を起動する」


 ゼクスの言葉に、空気が変わる。


「必要なのは、単なる戦力ではない。“信念ある怪物”だ」


「俺にやらせろ」


 イツキの声は、静かに、だが明確に響いた。


「……俺はもう、正義なんて信じちゃいない。でも、俺の背中についてきたやつらを、泣かせたくないだけだ」


 その言葉に、ラミアがそっと目を細めた。


「ならば、進め。我らが“怪物”よ」


 ゼクスが歩み寄り、イツキの肩を叩く。


「この戦争の意味を、お前の手で塗り替えろ」


 そのとき、ホログラムが新たな命令を表示した。


 『第二段階:選抜型戦力再編成──承認』


 混沌が進みゆく中、怪物たちの新たなる夜が──始まろうとしていた。


 その時だった。


 金属と黒水晶を組み合わせた重厚な円卓の上、光の粒子で浮かび上がった戦略ホログラムが回転している中。


 空間の一点が、ゆっくりと歪んでいた。


「……っ、圧が……来る……」


 ラミアが低く唸りながら、手でこめかみを押さえる。イツキは即座に前に出て、彼女の前に立った。


「これは……まさか」


 ゼクスの双眸が、冷静さの奥にわずかに揺らぐ。彼でさえも、表情を崩すほどの“異常”が起きていた。


 ──ズ……ッ……!


 空間の一点が蠢き、音もなく裂けた。


 歪みによって捻じれた光の中から、一人の黒衣の男が現れる。その足音はどこにも響かないはずなのに、心臓の鼓動と同調するように室内を支配した。


 男の顔の半分は仮面で覆われており、残る片眼だけで空間の“質”を変えてしまうほどの存在感があった。


 ネメシス総帥──


「……総帥……!」


 ゼクスが最初に膝を折った。


 次いでラミアも、静かに頭を下げる。


 イツキだけが、膝を折らずに視線を交わす。その表情は警戒と好奇の混ざった色を滲ませていた。


「ようやく、顔を見せてくれたな……伝説の亡霊かと思ってたぜ」


「……無礼を咎めるほど、私は狭量ではないよ。日向イツキ」


 総帥の声は柔らかいが、どこか機械のように感情を排した調子だった。


 その直後、総帥の背後からもう一人、若い青年が姿を現す。


 白銀の髪。黒と紅の細身の軍装。年齢は見たところ十代後半から二十代前半。しかし、その瞳には年齢に不相応な“沈黙の深淵”があった。


 総帥は青年の肩に手を置く。


「紹介しよう。彼は“アドレー=ノア”。私の後継者として、今後ネメシスの核を担う存在だ」


「……後継者? ネメシスの……?」


 イツキが一歩前へ出ると、青年が軽く礼を取った。


「アドレー=ノアです。未熟ではありますが、ネメシスを新時代に導く責務をお預かりします」


 その声は驚くほど静かで、澄んでいた。しかし、どこか“人間の情”がすっぽり抜け落ちているようにも感じられた。


「……何者だ、こいつは」


 イツキがぽつりと呟くと、ラミアが横で答える。


「私にもわからない。だが──ただ者ではない」


 総帥はゆっくりと円卓の前に立つと、ゼクスに顔を向けた。


「ゼクス。君が推し進めてきた“改革”、私は常に監視していた」


「……畏れながら。成果は、満足いくものではありませんでした」


「その通りだ。だからこそ、私は今日ここに来た」


 総帥の視線が全員をなめるように動く。


「ドクトルの亡命により、L計画はもはや“閉じた遺物”となった。よってこれに代わる新たな構想を、彼──アドレーに託す」


 ゼクスが静かに眉をひそめる。


「“新計画”……?」


「ああ。怪人という概念自体を進化させる。単なる兵器や破壊者ではない、“存在の価値そのもの”を世界に問う存在だ」


「……それは、英雄でも怪人でもない“何か”だということですか」


 ラミアが問いかけると、総帥はわずかに頷く。


「必要悪であり、救済者でもある。善悪を超えた存在。人が畏れ、人が頼る存在。それこそが……新生ネメシスの象徴となる」


 言葉の意味を咀嚼するように、室内に再び沈黙が走った。


 総帥は青年の肩を軽く叩く。


「アドレーにはそれを成し遂げる素質がある。感情に支配されず、計算に徹し、無私であること。それは神に最も近い“怪物”だ」


 そして、再び仮面越しにイツキを見た。


「君には、彼と共に世界を見てほしい。英雄の眼で、怪物の世を」


「……あいにく、俺の目はもう“正義”じゃねえ。けど──」


 イツキはアドレーを見据えた。


「……あんたがネメシスを背負うってなら、その覚悟、本物か見させてもらうぜ」


 アドレーは答えない。ただ、頷いた。


 それだけで全てが済んだような空気が流れた。


「私は長くこの場に留まれない。異次元の裂け目を通して、ここに干渉しているだけだ。だが“監視”は続けよう。ネメシスも、セイガンも──君たちの行く末も」


 そして、総帥は背を向けると、その身が風に解けるように消えていった。


 後に残されたのは──静かに微笑むアドレーだけだった。


 ネメシス本部・深層資料区画。

 作戦会議室の下層に位置するこの空間は、かつて封印された“L計画”の記録群が保管されていた場所だ。


 赤い警告灯が点滅し、空調は不安定に唸っている。老朽化したセキュリティの残滓が、かえって異様な緊張感を漂わせていた。


 イツキとラミア、そしてアドレー=ノアの三人が向かい合っていた。


 アドレーの白銀の髪が、微かな照明に鈍く光る。


 その表情は一貫して冷静だった。まるで感情というものを“不要な軟弱性”として切り捨てているかのように。


「……君たちは、弱い」


 唐突に放たれたその言葉に、空気が静止する。


「……なんだと?」


 イツキが眉をひそめた。思わず拳を握るが、その眼光には怒りよりも探るような警戒心が宿っていた。


 アドレーは怯むどころか、わずかに首を傾ける。


「肉体ではない。精神が、だ。

 ──迷い。感情。過去の呪縛。それらは美徳ではなく、戦力低下の要因だ」


「……それが人間だ。合理性だけで動いてたら、とっくにこの世界は終わってる」


 イツキが皮肉を込めて返すと、ラミアが静かにアドレーを見据えた。


「私たちが“弱い”というなら、あなたは何者なの?」


 その問いに、アドレーはわずかに微笑んだ。それは機械的な制御の中で、ごく僅かに“演出された”笑みだった。


「“新時代のネメシス”を担う、神の手足だ」


「……!」


 イツキとラミアが、同時に息を呑む。


 アドレーは続けた。


「セイガンは怪物をヒーローに仕立て、正義を偽装している。

 ならばネメシスは、“神”を創造すべきだ」


 彼は二人の前に、掌を差し出す。そこにホログラムが展開された。

 赤い十字が幾何学的に交差し、L計画とは異なるコードネームが浮かぶ。


 ──《造神計画・Ω-Zionオメガ・ザイオン》──


「君たちは、まだ再生可能だ。だがこのままではいずれ壊れる。心が、もしくは肉体が。

 ──だから“設計し直す”。君たちを、“神”として最適化する」


 イツキが身じろぎもしないまま、彼の瞳を睨みつける。


「……その“神”ってやつは、感情も、迷いも全部捨てるのか?」


「不要な要素は排除する。だが、演算上“人間らしさ”が効果を示す場合は残す。──戦略的な感情だ」


 まるで製品を語るような口ぶりだった。


「お前は……人を“構造体”としか見ていないのか?」


 イツキが静かに問いかけると、アドレーの視線がわずかに逸れる。


「私は、過去に家族も、国家も、信仰すらも失った。

 だから私は、“設計された意志”として生きることにした。感情は、もう不要だ」


 ラミアが僅かに眉を寄せる。彼女の冷静な声が空間に響く。


「それがあなたの痛みなのね。──でも私たちは、それを棄てて生きたいとは思わない」


「痛みは、武器になる」


 アドレーはそう言い残すと、ゆっくりと背を向けた。


「いずれ、君たち自身が選ぶことになる。

 ──“滅ぶ正義”か、“神になる怪物”か」


 その背中が闇に消えた瞬間、イツキは低く呟いた。


「……ああ、たしかに。

 お前は“神”になれるかもしれないな。

 けど俺は、怪物でも構わねぇよ。

 ──“あいつら”の未来さえ守れるならな」


 その言葉に、ラミアも微かに笑んだ。


「なら私も、怪物でいい。……あなたと一緒なら」


 深層区画の天井に吊るされた廃モニターが、かすかに火花を散らした。

 古びたシステムが、再び動き出す音が聞こえた。


 それは、ネメシスの“第二段階”に向けた、確かな胎動だった──。



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