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完結『戦隊ヒーロー追放された俺、なぜか敵の幹部になって世界を変えていた件』  作者: カトラス


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【第28話】『蘇る影──銀の死を越えて』

 作戦コード:Epitaph -03。

 ネメシスが極秘裏に進行させる“怪人戦術試験”が始まった。


 標的は、旧インダスト地区の郊外に点在するセイガン補給基地群。

 民間人避難済。だが内部には、まだ残存兵力が籠もっている可能性がある──


「標的確認。腐敗場、展開開始」


 腐蝕のベルゼヴュートが低く唸ると、地面がじわじわと黒く濡れていった。

 それは彼の体内から滲み出した“生体腐食液”と無数の蛆虫群。

 触れた金属はひときわ高い音を立てて、泡となって溶けていく。


 一方で、影の中から滑るように現れた漆黒の影──

 神喰いの怪人ネファリウムがゆっくりと顎を鳴らし、獣のような呼吸音を漏らした。


「……命、命……もっと……殺していい?」


 ドクトルのリモート制御ルームでは、モニターに二体の出撃データが映し出されていた。


「美しい。これこそ“進化した怪人連携”の第一歩……ネファリウムとベルゼヴュート。君たちこそ、破壊と腐敗の理想的融合だよ」


 彼の声に陶酔が混じる。


 怪人二体は呼吸すら噛み合うように無言の共鳴を示し、基地へと進軍を開始した──


 ──その瞬間、東側の森林ラインが閃光と共に爆ぜた。


「敵反応! ヒーローシグナル確認……一名はコードネーム“シルバー”!」


 警報が鳴り響く。空間を斬るようにして銀の稲妻が駆け抜けた。


「敵戦力──最低でもS級……だが引けない。突入するぞ、隊形βで!」


 鋭い命令が森の中で響いた。

 現れたのは、セイガンの独立小隊。そして、その先頭には──


 銀の装甲を纏い、電撃の刃を構える男が立っていた。


 《セイガン・シルバー》──朝倉ユウト。

 独立特務戦闘員、通称“銀の死神”。


 その目が、ベルゼヴュートとネファリウムの並び立つ異形の存在を鋭く捉えた。


「──くるぞ。腐蝕と捕食、二重の殺意……」


 小隊の隊員たちは圧倒的な殺気に思わず後ずさる。

 シルバーは小さく息を吸い、低く言った。


「動くな……俺が、前に出る」


 そして。


 ネファリウムが、笑った。


「おいで、“ヒーロー”。骨まで、舐め尽くしてやるよ」


──戦闘開始、三分。


 セイガン独立小隊、全滅。


 喉を食い破られた者。

 体を蛆蟲に巣食われ、内側から破裂した者。

 幻覚毒で錯乱し、味方に斬りかかった者。


 生き残った兵士は誰一人いなかった。

 銀の戦士セイガン・シルバーこと朝倉ユウトだけが、地獄と化した補給基地の中心に立っていた。


 血の池。

 溶けた骨。

 泡立つ腐肉。


 上空にはセイガンがプロパガンダ用に展開した数機のドローンが旋回しており、惨劇の様子をリアルタイムで中継していた。だが、兵士たちが惨殺された瞬間には、即座に自動モザイクが挿入されていた。


 無惨さがありながらも、“演出された戦争の一場面”として利用されているのだ。


 その中心に、二体の異形が悠然と立ちはだかる。


「まだ動けるのか、人間……? 気に入ったよ」

 ネファリウムの声は粘つくような嗤いを含み、獣の舌が黒い唇を舐めた。


「……冷えた内臓から食うのが、俺の好みだ」

 ベルゼヴュートは唇の裂け目から、腐食液と共に無数の蛆を垂らした。


 ユウトは返答しなかった。銀の戦闘装甲が蒸気を吐き、通電モードに移行する。


 ──バチィィッ!


 装甲に電撃が走る。

 背のユニットから放たれた四本のインパルスブレードが、空気を焼く。


「ターゲット固定」


 次の瞬間、銀の稲妻が閃光となって地を裂いた。


 まずベルゼヴュート。

 腐蝕液の飛沫と蛆の噛みつきを避けながら、ユウトは瞬間加速で側面へ。

 インパルスブレードが一直線に振り下ろされる──が、


 ジュボォッ……!


 触れた刃先が、溶けた。


「腐るか……!」


 ユウトは即座にブレードを切り離し、次の瞬間には上空へ跳躍。

 だが、上空にはネファリウム。


 彼の巨大な腕が、空中のユウトを押し潰さんと振り下ろされた。


 ゴォン!!


 地面がめくれ上がり、銀の影が爆風と共に吹き飛ぶ。

 しかし──着地は乱れなかった。


「……やはり、単体でもA級以上。

 そして連携──予測不能な“殺意の同期”。厄介すぎる」


 ユウトは吐息を整え、再び双剣を展開。


 ベルゼヴュートが地面に口を開けた。無数の蛆が再び、染み出すように地を這う。


「銀の死神よォ……次はどっちから解して欲しい?」


 ネファリウムの腕が軋む音を立て、地を抉るように拳を握った。


 ユウトは、構えた。


「どちらでも構わん。貴様ら二体とも……


 ──まとめて“地獄へ還れ”」


 閃光、再び。


 銀の死神と、異形の怪人たち。

 死と電撃、腐蝕と捕食が交錯する、極限の戦場が幕を開けた。


銀の死神、地に堕つ。


 ──戦闘開始、十二分。


 セイガン・シルバー、戦死。


 死の狩場と化した補給拠点跡地。あたりは腐臭と焦臭が入り混じり、空気そのものが腐っていた。ぬかるんだ地面には溶けた骨と焼けた肉片がこびりつき、白濁した膿がぶくぶくと泡を立てていた。


 銀色だった戦闘装甲は、今や煤にまみれた焦茶色に染まり、無惨に断たれたインパルスブレードが泥中に突き刺さっている。


 その中央。


 ユウトは──まだ生きていた。


「……ッ、く、そ……ッ……」


 叫びすら、血泡まじりで喉に詰まる。


 腹から下が、存在しない。

 骨も、筋肉も、皮膚すらも、すべてがベルゼヴュートの腐食液に焼かれ、ただの“ぬめった空洞”と化していた。


 装甲の断面からは、ぐじゅぐじゅと黒い肉塊が零れ落ち、蛆が群がり、腸の残骸を喰い漁る。


「へへ……立とうとしてるのか、マジかよ」


 ベルゼヴュートが吐き捨てた唾液すら、地面を穿つ猛毒だ。

 口元から滴る腐食液のせいで、足元のコンクリートは炭のように崩れていた。


 ネファリウムはすぐ背後。

 その拳はまだ血と肉で濡れており、先程潰した兵士の頭蓋片が指の隙間に挟まっていた。


「死神ってのも、意外としぶといもんだな」


 ユウトの意識は霞んでいた。

 視界は赤黒く染まり、血で曇る視界に浮かぶのは、仲間の死体と、無数の蛆。


「……こいつらを……止めなきゃ……」


 残された腕に、最後の力を込めた。

 電磁スパークが走り、残された右肩のブースターが駆動。


 その瞬間、背後からネファリウムの巨大な掌が──彼の頭部をわし掴みにした。


「終わりにしようか、銀の死神」


「──ユ、ウトッ!!!」


 誰かが叫んだ気がした。だがそれは、脳の残滓が生んだ幻聴だったかもしれない。


 ──グシャッ!


 こめかみを抑え込んだ手が、ゆっくりと力を込める。

 骨が軋む音。

 装甲が変形し、鉄板の中でミチミチと内圧が高まる。


 ユウトの目が見開かれ、口から腐敗液が逆流し、蛆が舌の上を這う。


 ──ミチ……メリ……グシャア!!


 頭蓋が圧縮され、破裂。

 白目を剥いた両眼が飛び出し、片方は宙を舞い、もう片方は地面に転がり蛆の餌食となった。


 飛び散る脳漿。

 粉砕された頸椎。

 焼けた神経片。


 死神は──沈黙した。


 その瞬間、上空に浮かぶ複数のドローンが一斉に旋回。

 高解像度カメラが、その“英雄の死”を余すところなく収めていた。


 ただし、セイガンの世論対策班によって、脳圧潰壊と目玉飛散の映像には即座にAIモザイク処理が施され、配信中の映像ではユウトの顔面が静かに“黒塗り”にされていた。


 だが──


 世界は知ることになる。

 かつて“銀の死神”と恐れられた戦士の、あまりにも無惨な最期を。


 正義の象徴が、地に堕ちたその夜──世界のバランスは、確かに一度、傾いたのだった。



 セイガン・シルバーが死んだ──。


 その報は、瞬く間にセイガン内部へと伝わった。戦闘記録と共に送られたのは、モザイク越しでも分かるほどの凄惨な映像だった。


 ユウト、コードネーム“シルバー”。セイガンの裏部隊にして、最強の実行部隊員。

 その無慈悲な最期に、セイガン本部は沈黙し、現場のヒーローたちは戸惑いを隠せなかった。


 だが、最も強く揺さぶられたのは──レンとサクラだった。


「……嘘、だろ……?」


 薄暗い休憩室。壁際のモニターには、ニュース風に偽装されたプロパガンダ映像が流れていた。

 空中に飛ぶドローンから中継された、セイガン小隊壊滅の様子。

 無数の死体と、真っ赤に染まる地面。その中心に転がる、銀色の装甲の破片。

 映像には自動モザイクがかけられ、無惨な死体の一部が黒く塗り潰されていた。


 レンは両拳を握り締め、震えを止められなかった。


「ユウト……なんで……あんたが……!」


 ゲロス戦の直後、瀕死の彼とサクラを救出したのが、他でもないユウトだった。

 無言で背負われ、運び出された記憶が、脳裏に焼きついている。


「……あのとき、もう死ぬ覚悟で……動いてたのか……」


 隣に座るサクラも、唇を噛みしめていた。

 彼女の体内で暴れだすゲロス由来のDNAが、悔しさと怒りに反応するように疼く。


「私たちは……まだ何も……返せてなかったのに……」


 シルバーの死は、ただの戦死ではなかった。

 『ヒーローが、怪人に殺された』──その事実は、セイガンの象徴性を崩壊させる衝撃だった。



 一方、ネメシス地下施設。


 ゼクスはモニタールームで、ドクトル・メディアスと並び、先ほどの戦闘映像を解析していた。

 映像には、ベルゼヴュートが放つ溶解液が地面を黒く焼き、ネファリウムがシルバーを強引に制圧する姿が映る。


「……完璧な連携だな。計画以上の成果だ」


 ゼクスは低く呟いた。


「ベルゼヴュートの溶解液は、頭部に命中すれば即死。今回のように下半身を崩壊させて無力化、という使い方も悪くない」


 ドクトルは唇を歪めて笑った。


「ネファリウムとの連携も上々。もう、セイガンの“人間”どもに勝ち目はない。あとは……」


「……イツキ、だ」


 ゼクスは目を細めた。


「奴だけは、まだ読めん。甘さを捨てきれぬ男だ」


「いずれ怪人化するか、死ぬ運命さ。気にすることはない」


 ドクトルが吐き捨てるように言ったが、ゼクスの瞳は鋭さを失わなかった。



 その頃──イツキは、ネメシス幹部棟の自室で一人、報告書と映像を見ていた。


 再生停止された映像の最後のフレームには、血に濡れた銀の破片が映っている。

 静かに目を伏せ、彼はその場に立ち尽くした。


「……ユウト、お前もまた、犠牲になったのか」


 かつての戦友。

 イツキが“セイガンレッド”として組んでいた時代、ユウトは“セイガンブラック”だった。

 無口で、だが確かな力と正義を信じる男。


 セイガンが腐り始め、DSの影が濃くなる中、ユウトは裏部隊に回され、イツキは追放された。


 だが──どこかで信じていた。

 まだ、正義を貫く男がこの世界に残っていると。


「……ネメシスは腐ってる。セイガンも、正義を見失った。けど……」


 言葉の続きを、イツキは喉の奥で止めた。


 静かに背後に近づいてきた気配。ラミアだ。


 彼女は何も言わず、そっとイツキの肩に手を置いた。


「彼の戦いを、無駄にしないわ」


「……ああ」


 二人の間に言葉は少なかったが、確かな決意と哀しみがその沈黙に込められていた。


 ──物語は、新たな戦火へと進み始めていた。



 0時00分、地下研究棟・第7実験室──そこは、死と再構築のためだけに存在する部屋だった。


 手術台には、身動きできないよう拘束された若い女性の肉体が横たわっていた。顔は蒼白に染まり、肌は既に冷たく、生気が抜けたかのようにも見える。だが、瞳孔は虚ろに開いたまま動かず、それでも意識だけはどこかに微かに残っていた。


 口は縫い合わされ、声も出せず、ただ涙腺だけが機能を残しているのか、頬に一筋の水が流れていた。


「さぁ……始めようか、第三実験体ルクシィア。お前の精神がどこまで“渦”に耐えられるか、見せてくれ」


 ドクトル・メディアスが皮手袋をきしませながら、銀色に鈍く光る手術用ノコギリを持ち上げる。

 室内には生体強化液が満たされたカプセル、光る神経管、脳波干渉針、そして脊椎を露出させるための多関節クレーンアームが整然と並んでいた。


 ギリギリギリ……。

 頭蓋骨が三日月状に切り裂かれ、骨と肉の摩擦音が室内に反響する。焦げた脂の臭いが立ち込め、白煙のような湯気がふわりと浮かぶ。


「ふむ、前頭葉の形状は優秀だが、このままでは精神汚染には持たん」


 ドクトルは小さなケースを取り出す。中に浮かぶのは、薄く透明な螺旋状の物質──“精神螺旋素子”。

 異星由来とされ、意識の底に幻覚を定着させ、脳神経の構造そのものを書き換えるという禁忌の素材だった。


「記憶の接続部、シナプスの中枢に直接注入。……さぁ、狂え。徹底的に、官能的に」


 螺旋素子が脳に注がれると同時に、彼女の体が震えた。拘束具が軋み、血管が浮き上がる。

 舌を噛むことすらできぬよう、ドクトルは彼女の歯列すら再構築していた。


 次は背中。

 皮膚が裂かれ、肩甲骨が開かれる。そこへ“第二神経網”を縫い合わせ、さらに生きた髪のような黒触手を移植。


「この髪は、神経信号を読み取り、周囲に快楽か恐怖を伝播させる。……君の意思ではなく、渦そのものが支配するんだよ」


 触手はぬめりとした音を立てて蠢き、彼女の首筋から頬へと這い回った。吐息が漏れ、閉じた目蓋の奥で夢のような光が明滅する。


 皮膚は黒革状の擬態細胞に差し替えられ、下腹部には新たな器官──“第二口腔”が縫合された。

 その中には、甘い香りを放つフェロモン囊と、獲物を溶かす小さな歯列が蠢いている。


「君の武器は美しさじゃない。その美の皮を被った、“絶望”だよ……ルクシィア」


 しばしの沈黙。


 やがて、彼女の目がゆっくりと開いた。

 瞳孔の奥で渦が回る。

 舌先で唇を舐め、破れた唇の隙間から鋭利な牙が覗いた。


「……ふふふ、ああ……世界が、色づいてきたわ」


 その声は甘く、冷たく、陶酔に満ちていた。


 L-Disaster計画、第三実験体──ルクシィア・メイルシュトロム。

 その美は、人を惑わす螺旋の毒。


 死と狂気の手術室に、淫靡で絶望的な笑い声が、いつまでも響いていた。


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