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完結『戦隊ヒーロー追放された俺、なぜか敵の幹部になって世界を変えていた件』  作者: カトラス


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【第27話】 『交錯する因果──セイガンの亡霊とネメシスの怪物』

 ネメシス本拠・第十三解析層。

 白磁の壁と冷気が支配する、機密階層の中枢にて、ゼクスは無言のまま報告書を見つめていた。


 〈粛清任務:コードR-Type1──失敗〉

 〈対象:幹部候補イツキ/L-Lamia〉

 〈報告者:レイブン(現在、深層医療カプセルにて強制昏睡中)〉


 沈黙を破るのは、ゼクス自身の深い息だけだった。

 ペン先が紙を叩くような音が一度だけ鳴る。だが署名はされない。


「――生き延びたか。やはり、“神を討った者”は並ではなかったか」


 独り言のように、ゼクスは言った。

 その声には怒りも嘲笑もない。ただ、静かな計算だけが宿っている。


 粛清は、失敗した。

 ゼクスが送り出した切り札、レイブン──かつて“セイガンブラック”と呼ばれたかつての英雄であり、今はネメシス最凶の殺戮者。

 彼でさえも、イツキとラミアの連携には敵わなかった。


 ゼクスは手元の端末に目を落とす。画面には、未送信の命令ファイルがいくつか並んでいた。


 その中には、「再粛清指令」も含まれていた。

 だがゼクスは、それに触れようとはしなかった。


「排除は容易ではない。ならば、“管理”の選択肢を取るべきか」


 ゼクスは立ち上がる。背後には、壁一面に広がる情報分析モニター。

 そこには、イツキとラミアの行動パターン、発言履歴、戦闘時の反応速度、そして心理的プロファイリングまでがリアルタイムで流れている。


「イツキ……君は“外部からの異物”でありながら、内部の改変を志す奇形的存在。だが……」


 ゼクスは短く笑った。


「その異常性こそが、ネメシスを次の段階へ導く触媒になるかもしれない」


 粛清対象から“観察対象”へ。

 それが、ゼクスの下した“選択”だった。


 もちろん、ゼクスが彼らを完全に信じているわけではない。

 裏切る可能性は常にある。だが同時に──

 「“時が満ちれば”取り込む」

 それもまた、ゼクスの思考回路における一つのシナリオだった。


 背後の扉が、静かに開いた。


「報告に参りました、統括官」


 部下の声にも、ゼクスは振り返らず答える。


「イツキには、引き続き“自由行動の裁量”を与えろ。ラミアも同様に」


「……粛清は、凍結ということで?」


「ああ。彼らは今、“処分”よりも“利用”の価値がある。来るべき戦いの“導火線”としてな」


 ゼクスは窓のない部屋の中心で、ゆっくりと背筋を伸ばす。

 その目には、まだ来ぬ未来を見通すような遠さがあった。


「……私は、ネメシスの“進化”を見届けねばならない。滅びるのか、生まれ変わるのか。イツキよ、君にその答えを託してみるのも……悪くはない」


 誰にも届かぬような、だが確かな言葉が、静寂の中に落ちていった。


 ――選択の刃は、振るわれなかった。

 だがその刃は、今もなお、イツキの背中に静かに突き立てられているのだ。



──ヴォルガノス第7区域の惨劇から三日後。


 ネメシス本拠・地中深層区画。無機質な金属の壁と、人工灯に照らされた冷たい空間の奥に、監視室はあった。


 幾つものモニターが並ぶ中央に立つ男、ゼクスの顔に、感情の影はなかった。


「L-Disaster……第一号体“ネファリウム”の初任務、想定以上の殲滅率ですね」


 低く呟く声。スクリーンには、血に染まった瓦礫の山と、蟲に喰われて原形を留めぬ人影。

 破壊された建物の隙間からは、まだ微かに煙が立ちのぼっていた。


 その背後に立つラミアが、腕を組んだまま、冷たい声を投げつけた。


「ただの大量殺戮にしか見えないわ。……子どもまで巻き添えにして」


「それが“殲滅”という命令だ。感情は関係ない」


 ゼクスの目は変わらず、スクリーンの中心を見据えていた。


 ラミアの瞳に、怒りの色が滲む。だが、それを声にはしなかった。


 沈黙を貫いていたイツキが、スクリーンに目を凝らす。

 彼の背は、僅かに震えていた。


 ──チッ。


 突然、別のモニターが点灯した。警報音もない無音の切り替え。


 セイガンに密かに送りこんでいるスパイの仕事の一つ。

 

 映し出されたのは、セイガン基地の医務室。


 そこに横たわるのは、セイガン・ブルー──レン。


 「……レンか」


 イツキが低く呟いた。


 ベッドに固定された手足。無表情の顔。焦点の合わない瞳。

 かつて仲間として共に戦った男の姿は、今や人形のようだった。


 その傍らで、サクラが静かに泣いていた。

 震える指先で、レンの手を握りしめる彼女の姿に、ラミアの目が揺れる。


「……彼は、もう限界だわ」


 ラミアの言葉に、イツキは短く呼吸を整えた。

 そして、スクリーンの向こうのサクラに目を向けたまま、唇を歪ませた。


「それでも……まだ終わっちゃいない」


「何が……?」


 ラミアが問いかける。


「“正義”がだ」


 振り返ったイツキの目は、ゼクスを真正面から捉えていた。


「ゼクス、L-Disaster計画は中止すべきだ。あれは制御できない。もう暴走の兆しが出てる」


「暴走の可能性は、どの兵器にもある」


 ゼクスは静かに言った。


「だが成果は確かだ。ネファリウムは“神に最も近い兵器”となりうる」


 イツキの拳が音を立てて握られる。


「また同じ事を繰り返すのか? あれだとゲロスの二の舞いになる……お前の“神”は、人を喰らうのか?」


 言葉が、室内の空気を震わせた。

 ゼクスの瞳が一瞬だけ揺れ、そして逸れた。


 その沈黙は、肯定と同義だった。


「……ならば、次の行動で証明してみろ。君の“正義”とやらを」


 ゼクスは踵を返し、無言で部屋を出ていった。


 監視室には、イツキとラミアだけが残された。


 モニターに映るサクラの泣き顔。

 その隣で、虚ろな目をしたレン。


 ラミアが、小さな声で呟いた。


「私たちは、また選ばなきゃいけないのかもしれない。“誰のために戦うのか”を──」


 イツキは答えなかった。

 拳を強く握りしめ、瞼を閉じる。


 だが、その背に宿った光は、確かに、迷いとは異なる色を放っていた。



 地中百メートル。ネメシス研究棟“第零実験房”。


 鉄錆にまみれた格子の向こうで、男は這いずる音に耳を澄ませていた。

 白濁して爛れた眼球の奥で、もはや理性というものは残っていなかった。


 この収容房には十数名の男たちが収監されていた。

 食事も与えられず、水もない。

 空気は腐臭と金属の錆で濁り、ただ“待つ”ことだけが強制される空間。


 最初に死んだのは、隅で静かに蹲っていた初老の男だった。

 二日後、その腹部から蠢く白いものが現れた──蛆虫だ。

 それは一匹、二匹……やがて数十匹となり、死体の内臓を這いずる。


 男は生きるために、それを食べた。

 湯気も香りもない、ぬめついた命。

 腹が膨れる感覚に涙を流しながら、喉奥に呑み込んだ。


 そして──生き残った。


 扉が開いた。白衣の男が現れ、笑った。


「見事な適応だ。“蛆の王”にふさわしいな。君に、新たな進化を与えよう。名を──《ベルゼヴュート》とする」


 白い手術室。

 男は手足を固定され、皮膚のあちこちに膨らんだ腫瘍のようなものが蠢いていた。


 ドクトル・メディアスは、分厚いゴム手袋をはめながら呟いた。


「“ベルゼヴュート”──これはヘブライ語で“バアル・ゼブブ”、つまり“蠅の王”を意味する名だ。旧約における七つの大罪の悪魔の一柱。腐敗と支配の象徴。ふさわしいと思わないかね?」


 メスが皮膚を切り裂くと、体内からは血ではなく蛆虫の群れが噴き出した。

 それはまるで、肉体そのものが巣になっていたかのようだった。


「神経接続、成功。人工神経核、投入──」


 ドクトルは慎重に、培養槽で育てられた“強腐性同調体”を男の脊髄基部に接続。

 異物は生き物のように蠢きながら、男の神経系に取り込まれていった。


「ふふ……美しい融合だ。人と蛆、意志と腐敗……これぞ神の“逆位相”たる芸術だよ」


 男の口が裂け、舌のかわりにねじれた触手のようなものが飛び出す。

 それと同時に、口腔内から酸性の溶解液が滴り、床をジリ……と焼いた。


 数時間後。


 その男──いや、怪人は目を開いた。

 表皮は灰色に変色し、全身の毛穴という毛穴から蠕動する蛆が顔を覗かせる。


「コードネーム:L-Disaster・ベルゼヴュート。覚醒確認。攻撃本能……制御、開始」


 ドクトルがモニター越しに指示を出すと、怪人はゆっくりと起き上がり、手をかざした。

 その掌から滴ったものは、血ではなかった──


 ──生きた蛆と、溶解性の胃液。


 ベルゼヴュートは、その眼の奥に、かつて“男”だった頃の記憶すら残していなかった。


 ネメシス地下研究棟・第六生体培養室。

 蝋燭のように揺れる非常灯の下、冷気すらもよどむような空気の中、ドクトル・メディアスは白衣の裾を翻しながら培養カプセルの前に立っていた。


「来たか、ゼクス君。君にはぜひ、こいつの“御披露目”を見てもらいたくてね」


 ゼクスが無言で近づく。重厚なガラスの向こうでは、濃緑色の培養液に浸された何かが、ぶくぶくと泡を立てながら脈動していた。


「怪人弐号……“ベルゼヴュート”。命名の由来を聞きたいかね?」


 ドクトルは問うと同時に、満足げに笑う。


「ベルゼブブ……蠅の王。旧約に記された悪魔の名だ。腐敗の象徴であり、死を呼ぶ風の中に舞うもの。その名を冠するにふさわしいだろう?」


 ゼクスの眉がぴくりと動いた。


「名前などはどうでもいい。性能はどうだ」


「フフ……まったくもって“上々”だよ。見たまえ」


 ドクトルがリモコンを操作すると、カプセルの中の存在が、ぬるりと動き出す。


 異形だった。人型に近いが、肩から背中にかけて黒光りする翅が生え、複眼のように無数の赤い眼球が顔面に埋め込まれていた。

 口元は裂け、内側からは触手のような器官が蠢いている。そして、その奥には、まるで蟻酸のような溶解液が溜まっている嚢──。


「こいつの最大の武器は、口腔から噴射される“腐蝕液”だ。通常の装甲など意味をなさない。

 さらにその液は空気中に散布されると、五感を侵す幻覚毒素としても作用する。

 まさに腐蝕と幻覚の王……だからこそ、“ベルゼヴュート”だ」


「制御は可能なのか」


「君は心配性だな。ネファリウムの時とは違う。今回は、精神構造の抑制領域に“ゼクス様信仰中枢”を組み込んである」


「……狂信者として仕込んだというわけか」


 ドクトルはニヤリと笑い、培養カプセルの横にある脳波モニターを指さした。


「この子はね、目覚めた時から“君を神”と認識するよう、設計されている。安心していい。こいつは裏切らんよ」


 ゼクスは黙って、赤黒く光るベルゼヴュートの眼球を見つめた。

 その奥で脈打つ何かが、まるで世界の終わりを胎動させているかのように感じられた。


 ──腐蝕の王の誕生。

 それは正義も悪も呑み込む、黙示の風の始まりだった。


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