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完結『戦隊ヒーロー追放された俺、なぜか敵の幹部になって世界を変えていた件』  作者: カトラス


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【第18話】『反逆の序章――動き出す影』

 夕暮れの空は、まるで焼け爛れたように赤黒かった。

 セイガン本部の格納庫の奥。救急搬送されたピンク・サクラとブルー・レイの姿が、無言の看護部隊に囲まれて担架で運び込まれる。


 そこには、もうイエローの姿はなかった。


 右腕をちぎられ、血を撒き散らしたまま、それでも最後まで立っていた男――マコト。

 彼は、ゲロス第二形態の触手によって文字通りバラバラにされ、仲間たちの前で、無残な最期を遂げた。


 そしてグリーン。

 酸性の体液を吐きかけられ、肉を焼かれながらもレイを庇って戦い抜いたタケル。

 彼は本部の医療班に運ばれたが、すでに臓器のほとんどが溶かされ、間もなく絶命した。


 仲間内で追放され元レッド(イツキ)の代わりに新レッドとなったリーダーはゲロスとの死闘中に逃亡したか、それとも殺されたのか安否消息不明でセイガン本部内では殉職扱いとなっている。


 ──生き残ったのは、ブルーのレイだけだった。


「……シルバーが来なきゃ、俺も……」


 ベッドの上、ぼんやりと天井を見上げながら、レイは誰にともなく呟いた。


 助かったのは、偶然ではない。

 地獄のような戦場に、一人現れた男。

 シルバー――朝倉ユウト。

 かつての仲間、そして現在の“強化型セイガン”の最強戦士。


 彼はゲロスに一矢報いることで、生存者をジープに押し込み、撤退ルートを切り拓いた。

 それがなければ、全員が、今頃名もなき死体だった。


 ラウンジの片隅で、壊れたヘルメットが静かに並べられていた。

 イエローのものと、グリーンのもの。


 修理する者も、取り上げる者もいない。

 ただ、そこに“いた”という記憶を刻むために、静かに置かれているだけだった。


 ピンクのサクラは、未だ目を覚まさない。

 強酸に侵された肌と内臓、そして……触手によって犯された心。

 何が彼女の中に残ったのか、それを知るのはまだ少し先の話になるだろう。


「俺たちは、どうすればよかったんだ……」


 レイは、自分の両手を見つめた。

 何も救えなかった両の手。

 掴もうとした命は、触れた瞬間に砕けた。


 そしてその沈黙の中。

 誰にも知られず、ただ一人――

 朝倉ユウト(シルバー)だけが、静かに格納庫に花を置いていた。


 小さな黄色い花と、緑の葉を添えて。


 言葉は、なかった。

 ただ、死者への祈りと、未来への責任を胸に。


 白い蛍光灯が瞬く医務区画。

 無音の部屋に、ピッ……ピッ……と心拍モニターの音だけが響いていた。


 そのベッドの上に横たわる少女。

 セイガンピンク――桜庭サクラは、いまだ意識を取り戻していない。


 隣に座る蒼月蓮は、膝の上で拳を握り、ただ彼女の顔を見つめていた。

 その両腕には、包帯が幾重にも巻かれている。

 ゲロスとの戦闘で被った裂傷と火傷。右耳はもはや聴こえず、左脚もまともに動かない。


 だがそれ以上に痛んでいたのは、心だった。


「なあ……お前は、あいつのこと……恨んでないか」


 レンはサクラの眠る顔に、そう問いかけた。


 答えは、当然返ってこない。

 でも、もし彼女が目を覚ましたら、こう言うのだろう。

 イツキを信じていたと。


 ──イツキ。

 本名、日向イツキ。

 かつて、セイガンファイブの中心にいた男。

 戦術理解力、フィジカル、冷静な判断。全てにおいて秀でていた“リーダー”だった。


 だが、レンにはそれが気に食わなかった。

 人当たりの悪さ。どこか他人を見下したような物言い。

 仲間との“情”よりも“合理”を優先する姿勢。

 そのすべてが──レンには妬ましかった。


 あの頃、戦隊は連戦連勝だった。

 世間の喝采。ヒーローとしての名声。

 だが、その中心にいたのはイツキだった。


 だから、レンは噂を流した。

 「あいつ、信用ならないよな」

 「イツキがいれば安心、なんて危険だ。俺たちの中を壊すかもな」

 「勝ってるのは、チーム全員の力なのに。アイツだけ評価されすぎだよ」


 ──やがてそれは、セイガン内部の空気を変えていった。


 主張を聞かなくなったレッド。

 曖昧に笑うイエロー。

 何も言わずに従うサクラとタケル。


 そして──追放。


 理由は後付けだった。「命令違反」「暴走傾向」「統率不和」。

 本当は、レンの言葉が皆を動かしたのに。

 あの日の敗北で、レンが最後に言った言葉は、

 「イツキ、お前とはもう一緒にやれない」だった。


 ──それから、チームは崩れた。

 勝てなくなった。

 仲間が、次々と傷つき、そして死んでいった。


 イエローは死に、グリーンは焼かれ、ピンクは……今ここに。


 残されたのは、傷だらけの自分ひとり。


 レンは、ベッドの手すりに額を押し当てた。

 涙は出ない。

 それでも、胸が張り裂けそうだった。


「……これが、罰なのか。俺が、イツキを追い出した“報い”か……」


 何も見えなかったわけじゃない。

 ただ、認めたくなかった。

 あの男が“正しかった”ということを。


 そして今、イツキはネメシスで──“英雄”になっている。


 だが、レンはそれを羨ましく思う気持ちよりも、

 ただ、赦してほしいと願っていた。


 心の奥で。

 かつての青い仮面の下で。

 誰よりも、自分の弱さを責めていた。


白い蛍光灯が、手術室の無機質な壁を照らしていた。

 セイガン本部地下・極秘医療区画──ここに、今まさに“命”を賭けた選択が横たわっている。


 レンはサクラの寝かされたガラスカプセルの前で、ただ立ち尽くしていた。

 呼吸器が繋がれたその少女は、もはや意識の戻る見込みすらない。ゲロスとの戦闘で致命的な内臓損傷と脳血栓を併発していた。奇跡的に心拍は保たれているが、医学的には「臨死」そのもの。


「選べ」


 そう言ったのは、セイガンの医療技術責任者──ドクター九頭だった。

 白衣の袖には乾いた血痕がこびりつき、目の奥には医師というより“解剖学者”の狂気が宿っている。


「脳だけは生きている。問題は器だ。……このままでは、2時間以内に脳も壊死する」


 レンの喉が、音もなく動く。


「……どうすれば……助かる?」


「ボディを用意する。昨日、廃棄予定のクローンボディが一つ回ってきた。お前のピンクに適合率90%以上」


 九頭は言いながら、隣のモニターを操作する。映し出されたのは、若い女性の裸身──人工胎育により培養された“生体素体”だ。


「待て、それは──人間じゃないのか?」


「違法ではない。人間と判定されるのは、意識と自己を有する段階からだ。彼女はまだ目覚めていない。感情も学習も未発達。法律上は“臓器ドナー相当”だ」


 冷たく言い放つ九頭の声に、レンのこぶしが震える。


「倫理的に、許されるのか……!」


「倫理など、君の友人を救う手段にはならん。……選べ、隊長」


 刃物のような静寂が落ちた。


 レンの脳裏に、サクラの笑顔がよみがえる。

 隊の紅一点として、過酷な任務のなかでも仲間に寄り添い、冗談を言ってくれたあの笑顔が──。


「……やってくれ」


 その言葉が口をついた瞬間、九頭は笑った。


「手術開始。脳中枢冷却開始。移植まで──あと300秒」


 手術室には数人の補助医師と、自動化されたマニピュレーターが並ぶ。

 サクラの頭部が剃毛され、メスが入り、頭蓋が電動カッターで切開される──ゴリゴリという“骨の悲鳴”が部屋に響く。


 脳髄は、血管ごと丁寧に抽出され、微細な栄養液によって一時的に生かされる。


「脳梁接続準備完了。視神経束、延髄、海馬──断裂点、予測誤差2.3mm」


 新たなボディの頭部も同様に開かれ、空洞の中に移植用の冷却剤と神経伸縮液が注ぎ込まれる。

 医療機器のアームが、まるで蜘蛛の足のように脳を吊るし、慎重に……慎重に──“新しい肉体”へと落とす。


 ズルン──という濡れた音と共に、脳は新たな骸に沈む。


「接続開始……神経同調反応、観測中──」


 ピクリと、仮死状態だったボディの指が動いた。


 レンは震える唇を噛みしめ、カプセル越しの“サクラ”を見つめた。

 それは、かつての彼女の顔にそっくりでありながら──わずかに異なっていた。目元、頬の骨格、筋肉の付き方、そして指先の爪の形までもが──他人のものだった。


「これで……彼女は、生きてるのか……?」


 九頭は応えなかった。ただ冷たく笑って、手術室を後にする。


 レンの胸には、深く深く、拭い切れぬ違和の影が根を張った。



──ネメシス本部・幹部階層、対話許可区画。


 幹部専用の防音会議室。その一角にある個室で、イツキとラミアは向かい合って座っていた。

 壁際の監視機器はすべて電源を落とされ、録音・録画の痕跡はゼロ。ここだけは、ネメシスの目すら届かない場所だった。


「ようやく、こうして普通に話せるな」


 イツキの口調は静かで、どこか柔らかい。それにラミアは微笑で応える。


「ええ。でも、普通……とは少し違うわね。こんな場所じゃなきゃ、話せない時点で」


「確かに」


 イツキは苦笑し、軽く肩をすくめた。


 ラミアの瞳には、ゲロスとの死闘を生き抜いた者特有の深い静けさがあった。だが、その奥にあるのは、信頼と――共に立つ意志。


「……お前に伝えたいことがある」


「何か、あったの?」


「ゼクスと話した。彼は……ネメシスの“今”に、少しだけ疑念を抱いている」


「ゼクスが? あの人が?」


「意外だろ。でも、あの男は本気だった。少なくとも、俺が変えようとしていることに対して、明確に“否定”しなかった」


 ラミアはしばらく黙っていたが、やがて静かに頷いた。


「ゼクスがそう言ったのなら、動く価値はあるわね。……でも、それ以上に、イツキが動こうとしてるなら、私はついていく」


「ありがとう。お前となら、どんな地獄でも進める」


 ラミアは小さく笑った。


「その台詞、何度か聞いた気がする。でも……嫌いじゃない」


 部屋に流れる沈黙は、決して重苦しいものではなかった。


 その一方で、ネメシスの闇は確実に深まっていた。


──同時刻、第六監察室。


 粛清部隊“ブラックエイド”の隊長・バルグは、すでに監視対象の映像が途絶えたことに舌打ちしていた。


「幹部会議用区画か……さすがに無理か。ま、あの二人ならそのうちボロを出すだろうがな」


 報告書に雑なサインを入れ、バルグは椅子に背を預けた。


「反逆の芽……摘む前に、どこまで伸びるか見せてもらおうか」


──その頃、地下第七研究棟。


 L-Disaster計画の第一体が、無音の培養液の中で蠢いていた。

 銀色の装甲、蛇のようにうねる神経管、異常なまでの再生能力を持つ新たな怪人。


 ドクトル・メディアスの目は、まるで芸術家のような陶酔に濡れていた。


「ようやく……我が“制御可能な神”が形になった……!」


 培養槽の中で怪人の瞳がゆっくりと開き、白く、淡く輝きを放った。


──反逆の序章は、今まさに始まろうとしていた。

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