『覚朝、朗読絶命のこと』速記談4029
熊野別当湛増のもとにいた桂林房上座覚朝は、武勇において並ぶ者がなかった。湛増の子や孫のころには、頭領になるかと思われたが、五十歳を過ぎると、深く速記に帰依し、武器をプレスマンに持ちかえ、ひたすら朗読にふけった。承元三年ごろ、湛増の墓堂において、近隣に勧進を行って、七日間の速記会を行ったところ、何日目かの夜半、犬がやたらに吠えるので、集まった人々があやしんだが、当の覚朝は、何でしょう、ちょっと見てきます、と言って、堂門を出ると、抜き身の剣を持った二人が待ち伏せていて、切りかかってきた。覚朝は、少しもよけることなく切られ、五秒前、はい読みます、五秒前、はい読みます、五秒前、はい読みます、と、息絶えるまで大きな声で唱え続けたという。
教訓:大きな大会になると、朗読開始の一分前が告げられるが、書き手としては、一分間も緊張状態に置かれるのはつらい。