第2話 目玉焼き、勇者(仮)になる!
桶の水面にプカプカ浮かびながら、俺はぼんやり考えていた。
——異世界って、意外とサバイバルだな……。
神様に「転生特典」とかもらえるかと思ったのに、俺に与えられたのは"白身"と"黄身"のみ。
しかし、さっきの「エグゾーストジャンプ」のようなスキルも存在するらしい。
もっと分かりやすいチートが欲しかった。
水の中でぷかぷかしながら、ふと気づいた。
……この桶、城下町に置かれてるじゃねえか。
つまり。
つまり、俺は、自由だー!
喜びをかみしめながら浮かんでいた俺だったが、そんな平穏も長くは続かなかった。
ドシャァッ!
桶が豪快にひっくり返された。
「お、なんだこの珍妙な卵は?」
大きな手に、掴まれる俺。
ぐにゅりとつぶされそうになりながら、俺は声なき叫びを上げる。
やべええええええ!!
ついに捕まったァァァァ!!
男は土ぼこりまみれの服を着た、いかにも「下町のごろつき」って感じのチンピラだった。
俺をまじまじと見つめ、ニヤリと笑う。
「へへっ、食うか?んっ!?動いてる?こいつ、市場に持ってったら金になるかもな!」
——は?
俺、そんな価値あるの??
疑問に思う間もなく、男は俺を麻袋に放り込み、ヨロヨロと歩き出した。
袋の中は暗く、狭い。しかも、他にも野菜とかゴロゴロ入ってて、押しつぶされそうだ。
とはいえ、ここで抵抗しても多勢に無勢。俺はじっと次のチャンスを待った。
市場は、活気にあふれていた。
異世界らしく、牛に似た巨大なトカゲが荷物を引いていたり、耳の長いエルフが果物を売っていたり。
「さあさあ! 珍品だよ! 動く卵だよ!」
チンピラ男は、道端に布を敷き、その上に俺をドンと置いた。
……やめろ。目立つ。
めっちゃ目立つ。
案の定、人だかりができる。
「え、これ生きてるの!?」「動いた!」「食べ物じゃないのか?」
興味津々の視線が俺に注がれる。
ついに一人の少女が、俺に手を伸ばした。
「すごい……かわいい……!」
ふわりと、俺は彼女の手のひらに乗せられた。
少女はふわふわ金髪に、透き通った翡翠色の瞳。
白いワンピースを着た、小さな貴族風の子供だった。
その背後には、見た目だけで「超つええ」とわかる騎士っぽい大男が控えている。
チンピラ男は慌ててペコペコ頭を下げた。
「あ、あのぅ、お嬢様ぁ! これは……ええと、珍しい品でして!」
少女はにっこりと微笑む。
「この子、私がもらっていきますわ。お代は——」
横の騎士が無言で金貨を一枚投げた。
チンピラ男が地面に這いつくばって金貨を拾うのを見ながら、俺は悟った。
——この子、絶対ただものじゃねえ。
少女に抱えられたまま、俺は城下町を歩いた。
少女は俺を胸に抱き、嬉しそうに言った。
「あなた、"聖なる白き勇者様"なのね?」
えっ、なにそれ。初耳なんだけど。
「伝説では、白き生命の魂が、世界を救うために現れるって……お爺様が言ってたわ」
やばい、ハードル上がってきたし、絶対に人違い?卵違いだ!
「だから勇者様、私と一緒に来て下さい!」
少女の顔は本気だった。
その無垢な笑顔に、なぜか胸(黄身)があたたかくなった。
【新しいクエストが発生しました!】
【『聖女と共に世界を救え!』】
ちょっと待て。
俺、目玉焼きだぞ??
世界救うとか、絶対無理だろ!!
しかし、聖女リリアの腕の中で、俺はふわりと浮かび上がる感覚を覚えた。
この世界で、俺はきっと——
いや、たぶん、
……たぶん、なんとかなる。
(たぶんだけど。)
こうして、目玉焼きだった俺の新たな異世界冒険が、本格的に始まったのだった。