螢の夏、黄金の傷
10年くらい前の記憶を思い起こしながら書きました。
街の名はアリエス。島で最大にして唯一の都市だった。
街は巨大な円壁に囲まれていた。囲みの中には、都市機能の他に農地や採石場、地下水の豊富に湧き出る泉もあり、生涯を囲いの中で終えるものも珍しくなかった。中心には高塔が聳え立ち、夜になると定期的に光ってその存在を知らせた。どんな星にも月にも負けない鮮黄色の明るさは、遠く街の外にも、島を包囲する海を航行する船にも届いていた。
「街の外に何があるか知ってる?」
ペナの顔をメイファが覗き込んでいる。ペナはメイファの視線を避けるように顔を背けて言う。
「原野と、海と、深い森」
「実際に見たことは?」
「ないよ」
ペナが首を振り、メイファは身を乗り出した。
「わたしは見たことある」
メイファは海の向こうで生まれて、まだ幼い頃、母親の故郷の街へやってきた。その時に見たのだという。
「海岸沿いの原野に、羊の群れがいたの」
「羊?」
「野生の羊ね。草を食べてるんだって」
羊なら知っている。ペナは本で見たことがあった。白い毛で覆われた獣だ。街の中にはいないとされている。
「羊の群れの中に、黄金の羊が紛れ込んでいたの」
「黄金の、羊?」
「そう。本当にいるんだなって。お父さんが昔教えてくれたお話に出てきたわ」
「こっちじゃ聞いたことがない話だね」
メイファのお父さんは、海の向こうの人だった。きっと街では知られていないお話も、メイファの記憶には残っている。ペナはそれが少し羨ましかった。メイファの整った顔をうすら見る。
メイファの顔立ちのエキゾチックさは、きっと、街の人の血を半分しか引いていないことに由来している。ティーンエイジの子どもたちの中で、整った顔はそれだけで武器になった。毒になった。
その毒に冒されつつあった一人がペナだ。
「黄金の羊を探しに行きたいの。一緒に行かない?」
誘われて、ペナは少し迷った。「一緒に行く」というのがどのくらいの温度感か分からなかったからだ。本気で探しに行くなら、きっと何年もかかる。街からも出ることになる。
けれど、好奇心が優った。
「行こう」
こうして、ペナはメイファのパーティーに加わった。
「他に誰かいるの?」
「あとはジョンと、アグリン」
ジョンもアグリンも、みんな同窓だった。
学校を卒業した後の三年間は、子どもたちに与えられた最後の自由な時間だ。職業訓練と人格陶冶のための時間とされている。この間に子どもたちは学問をしたり、職人に師事したりすることになっている。街の外に出る仕事──たとえば林業や狩猟に憧れ、勇んで外に出る者も少なくない。
武者震いが止まらない。
「ペナ、怯えているのか?」
ジョンが冷やかすように笑った。
「大丈夫だって。あんまり遠くに行くわけじゃないし」
その言葉にアグリンも同調する。
「武器もレンタルしたやん」
ギルドが貸し出している拳銃には、対魔物特攻のシルバーブレットが装填されている。質感はパン生地のように柔らかく、弾丸が人に当たっても怪我はない。ただし、魔物に対しては特攻となる。一発が致命傷となり得る威力を発揮するのだ。
「街の外が本当に危険なら、わたしはとっくに死んでいるはずよ。大丈夫」
メイファの言葉で、いよいよ臆病は表に出せなくなった。
ペナとて、本気で恐れていた訳ではなかった。両親も「やってみろ」と背中を押してくれたのだ。
備えを終えて、ペナたち四人は街の外へ繰り出した。
開けた平野を見渡す。
「物陰ひとつないね」
ペナは安堵した。草むらや藪から不意打ちされたら、スライムやアルミラージのような小型でありふれた魔物ですら対処できないように思われたからだ。
「神経質だな」
ジョンがしたり顔で笑う。
「不意打ちしてくるような小さな魔物なら、この銃で一撃さ」
「それに、今日はわたしたちだけじゃないからね」
メイファの言う通りだった。
街を出る時偶然一緒になった男の人。見慣れない恰好をしている。職業は医者だという。
「島の外から来たんですよ」
男の人はそう言った。
「だからあんまり医者っぽくないんですね。外とは知識のレベルに差があるから」
「確かにわたしは医者のようなものであって、医者そのものではありません。
それと、あなた方が思われているほど、アリエスは発展している訳ではありませんよ」
医者はそう言って窘めた。
「でも実際、外にこれはないでしょう?」
銃を示して見せる。
「優れた武器も、有効に使えなければ意味がありませんよ」
たとえばあの魔物、と男の人が示した先に、ナメクジをそのまま大きくしたような魔物が見えた。とにかく大きい。森の中に入れても、木々の上から目を突き出して辺りを睥睨できるほどだ。
「警戒しているようですね」
胴体をもたげるたび、粘液が滴り落ちている。
怖い、気持ち悪い。足がすくむ。ペナは泣きそうだった。
「普段はこんな場所に棲息する魔物じゃないと思うのですが」
「もしかして、この間大雨が降ったからかも」
「ちょっとした氾濫原になっているのでしょうか? 水が引いて磯みたいに取り残されたとか?」
考えていても仕方ありませんが、そう男の人は言って、銃の有効射程距離を尋ねた。
ペナはジョンとアグリンと顔を見合わせた。そのようなことは知らなかった。
「約50メートル、です」
メイファが記憶の底を掬うように言った。教師に指されて問いに答えるようだった。
「そうですね。ただ、命中精度を考えると、もっと近付く必要があるでしょうね」
こともなげに男の人が言うもので、ついペナは異を唱えてしまう。
「戦わないといけないんですか」
笑っているかの如く声が震えていた。
「だってほら。まだ気付かれてないですよね。今なら逃げられるんじゃ?」
メイファが目を丸くし、それを見てアグリンが「今更何言うてんの? 街の外に出んねんから戦うのは当たり前やろ?」とペナを詰めるように問う。
「敵う相手か見分けるのは、重要なことです」
男の人は臆病風に吹かれたペナを肯定するような言葉をくれた。僅かに顔を明るくするペナの気勢を削ぐように、しかし、と続ける。
「あのサイズの魔物が現れたとなっては、街にとっては放っておけません。倒しましょう」
「やるのか? ならあの不味そうなやつ、なんだか様子が変だ。気をつけろ」
「え? 女の人の声……?」
「ああ、気にしないでください。わたしの相棒です。それより、もっと近付いて観察してみましょう」
男の人にメイファ、アグリン、ペナ、ジョンの順で続く。師資のようだった。
「中にいる。人間だろう。数は二」
「食べられているのか?」
「それにしては動きが変だ。熱源があちこち動き回っている」
「体内を? 覚えがある気がするね」
男の人が誰と喋っているのか、ペナにはさっぱり分からなかった。会話の内容も耳から耳へ抜けていった。
「ペナ、こっちこっち」
気を取られて呆けていると、少し離れた場所に匍匐していたメイファが手招きをした。
「だいたい50メートルね」
メイファが言った。
「撃つよ」
「当たるかな」
「俺、まだ練習中だから……」
メイファがジョンをギロリと睨んだ。
「ジョン。外に出るまで練習する時間あったでしょう?」
「親がうるさくてあんまりできなかった」
「言い訳は聞きたくないわ」
どうせ嘘だとメイファが考えているのがありありと伝わった。ペナは嘘じゃないんだろうなと思ったけれど、火中の栗に手を突っ込むことは無かろうと沈黙を選んでいた。微笑すら浮かべていたと思う。
「じゃあ、撃つよ」
メイファが放った銃弾は、たちまち視界からかき消えた。真っ直ぐに飛んだのかさえ分からなかった。ただ銃声が空気を裂いて鼓膜を震わせた。
魔物がペナたちの方を向いた。
「気付かれた!」
「当たってないってこと!?」
恐慌する。
ペナもアグリンも、自信がないと溢していたジョンも銃を向けて引き金を引くけれど、効いた様子もなかった。緩慢な動作で、魔物が近付いてくる。
逃げ出したかった。
ただ腰抜けだと嘲笑われたくなくて、見栄だけでペナたちはそこに立っていた。メイファだけが果敢に銃を向けて、シルバーブレットを撃ち続けていた。いくらも効果がなかった。
「筋は良いですよ」
男の人の声が、風に乗って聞こえてきた。
おもむろにペナたちを庇うように前に立って、魔物をよく引き付けて、引き金を引いた。
効果は覿面だった。
ゆっくりと身体を崩す魔物。断末魔の悲鳴は、ペナがこの世で見知った中でも指折りに恐ろしく聞こえた。
「……すごい」
メイファがうっとりとして呟いた。その声は魔物の死体が地面にぶつかる音にかき消えた。
土煙が晴れていく。「やはりあなたたちでしたか」と医者の声がする。
「銃を持っていなかったんですね」
「なんだそれ?」
「武器です。魔物に対しては文字通り一撃必殺となります。街で貸し出ししていますよ。その気になれば購入もできます」
「そうですか。実はこれから街に行くところだったのです」
「そうでしたか。よかったら街までご一緒しますか」
「それはありがたいです。そうですよね?」
医者が、男女と話していた。
男は鉱夫を思わせる無骨な雰囲気で、女はシスターと見紛うような格好をしていた。
歩き出す三人の後を、ペナたちは自然に追っていた。
「なんだったんだろう」
「魔術みたい」
少年たちは顔を突き合わせた。
紅一点のメイファはひとり輪を離れて、前を行く三人のヒーローに絡んでいった。街に着いて、ギルドの中にまで。メイファははしゃぐ幼子のようだった。
「メイファが楽しそうや」
アグリンが少し悔しそうに言った。
「ギルドの中まで一緒にいることはないだろうに」
ジョンの言葉で、ペナは自分の中に漠然とした不安が宿ったのを自覚した。
少しして、メイファがギルドから出てきた。
「最初から、街が見えなくなるまで遠くに行くのはお勧めしないんだって」
「そんなことだろうと思っていたよ」
ジョンが腕を組んだ。メイファとアグリンがジョンの不遜を咎めるように睨みつける。
「準備の時間が足りなかったんだ。俺は分かっていたけどな」
「じゃあ始めから言えばよかったのに」
メイファが苦々しげに言うが、準備が足りなかったという点は認めざるを得ないようだった。
こうして四人の初めての冒険は幕を下ろした。
それからすぐに冒険に出ていれば。
足並みは揃わなかった。
メイファが街の外に繰り出すことを主張し、ジョンが準備不足だと拒む。その応酬が続いた。
「本当にやる気あるのかな」
ジョンのいないところで、ペナは度々愚痴をこぼしていた。
その都度、ペナは曖昧に笑っていた。
「仲間外れにしようか」
「それは……どうなんだろう……。よく考えた方が……」
冗談めかしてメイファが言う。ペナは二の句がつげなかった。
さりとて、ジョンは「まだ外に出られる実力じゃない」の一点張りで、話は一切進まなかった。
やがて、メイファはペナたちとではなく、ギルドに出入りする冒険者たちの中に即席で混じって、街の外に出るようになる。
ペナが仄聞する限り、名声を高めているようだった。才能と若さと容姿と愛嬌の何れによるものだろうか。
四人で街の外に繰り出した日が、遠い過去のように感じられた。まだ半分も季節が巡っていないのに。
「いい加減外に出るべきだ」
ペナはジョンに談判した。
「期限を切らせてほしい」
ペナが提示したビラを、ジョンは目を細めて受け取った。
「ホタル狩り?」
「そう。夏になると火垂虫が大量に発生するんだ」
火垂虫は最大で成人男性よりも頭ひとつほどにもなる魔物だ。一年の特定の日に集団で羽化する性質がある。
羽化して体が硬化するとまもなく、一斉に発火するので、放置すれば林業に大打撃が及ぶ。
さりとて幼虫もその甲殻のために、シルバーブレットが貫通しない。水中深くに棲むことも対策を難しくさせている。
羽化したての柔らかい体を叩くのが最も良い。
「水面に頑丈な網を張って、羽化してきた火垂虫たちを一網打尽にするんだ」
祭りみたいなもんさ、とメイファは聞いたらしい。
「しかも僕たちだけじゃない。他にも大勢がいるんだ」
「まあ、それなら……」
ジョンは頷いた。
そして迎えたホタル狩りの日。
「大丈夫かな」
緊張するペナと対照的に余裕気だったのは、メイファだ。アグリンもジョンも、口に出さないだけでペナと同じ心地なのはあからさまだった。
「大丈夫。先輩もそう言ってるし」
そう言ってメイファはツンと視線を逸らした。氷瀑のように凛とした表情だった。
そうして始まったホタル狩りは愉しかった。
水面近くまで浮上してきた幼虫たちは、次々と背中を割って水の中から空へと進出しようとする。そこに張られた罠に搦めとられて、身動きの取れなくなったところに乱撃されるシルバーブレット。落ちて沈んでいく仲間の死体を気にもかけない。異変が起きていることが分からないし、分かったとしても羽化を止めるつもりもないのだ。
昆虫型の魔物に知性などはなく、ただ本能のみがある。
一方的な殺戮。駆除。
残酷な快感を刺激され、ペナは恥も外聞もなく興奮していた。
「楽しい」
「な!」
アグリンが共感し、爽やかな笑みを浮かべていた。ジョンも、普段の賢しらな雰囲気が引っ込んで、少年相応の興奮を露わにしていた。
「来年もやろうな!」
「「おう!」」
三人が息を弾ませていたところに、メイファがおずおずと水を差す。
「盛り上がっているとこ悪いんだけど、わたしはもう抜ける」
「……え?」
「わたしは本気なの。三人と違って。本気で黄金の羊を見つけたいの。本気で冒険者になりたいの」
申し訳なさそうな表情の裏に、強い意志が感じ取れた。
「三人で仲良く、『冒険者ごっこ』してたらいいわ」
言い捨てて、メイファは他の冒険者の輪の中に入っていった。
引き留めることができなかった。
以来、メイファを見かけることはめっきり少なくなった。
『冒険者ごっこ』と揶揄されても、ペナたちはそれを認めたくなかった。だからとて街の外で何日も野営したりすることもなく、たまにギルドに顔を出してたまに近隣の魔物の討伐を行うだけの、中途半端な生活が続いた。
季節が巡った。
「そろそろホタル狩りの季節かな」
ペナが呟けば、
「去年の今くらいに誘われたんだよな」
ジョンも相槌を打つ。
ペナ、ジョン、アグリン。三人はもはや街の外に勇んで出る者たちでは無く、モラトリウムを揺蕩う遊び仲間の様相を呈していた。
遊びであるからして、ホタル狩りは魅力的なエキサイティングスポーツな訳で。
「また四人で参加したいな」
「四人? メイファはもういないでしょ?」
「いや。あいつ、街に帰ってきてるぜ」
「ほんとに?」
久しぶりに会ったメイファは、どこかくたびれたようだった。
「龍に遭ったの」
街から少し離れた森の中だったという。
「わたしが最初に捕まったの」
硬い鱗に阻まれ、シルバーブレットは効かなかった。
「気付いたらわたしを見捨ててみんな逃げてた」
メイファを捕らえた龍は、愉しむようにメイファに顔を近付けた。きつい臭気がメイファの鼻を突き、涎がメイファの薄化粧を落とした。
「通りがかった人たちが助けてくれた」
「龍に立ち向かえる人なんていないんじゃ……」
知識だけは豊富なペナがそう呟くと、メイファは力なく首を振った。
「初めて街に出た時、あのナメクジの魔物と戦っていたカップルを覚えてる? 助けてくれたのはあの人たち。魔術が使えるんだって」
「魔術?」
「そう。なんでも『触れたものを液状化して、液状化した中を自由自在に泳ぐことができる魔術』。それで、龍に触れていなくなった思ったら体内で、内側から直接銃を撃って終わり」
メイファは身の程と、実力を思い知った。仲間に裏切られた心地も知ってしまった。
「頼み込んで、黄金の羊がいたところまで護衛してもらった。でも海に拓けた草原があるだけで、何もなかったの。……記憶が間違っていたのかな」
何にもやる気がしなくなって、メイファは街に帰ってきたのだという。
「じゃあ、ホタル狩りは……」
「悪いけど、参加できないかな」
「そっか。残念」
魔物と戦うなんて、それが一方的な殲滅戦でも耐え難いのだろう。そう慮るペナに、メイファは「そんなに深刻な理由じゃなくて」と手を扇ぎ振った。
「いろんな人に、一緒に魔物を倒しに行こうとか、ちょっとした遠出をしようとか、冒険者としてのいろはを教えてほしいとか言われてるの。忙しいと思うんだ。
ほら、ホタル狩りって言っても、準備が要らない訳じゃないでしょ。去年もシミュレーションしたりしたし。だから無理かなって」
ペナは拍子抜けした。
「まあなんにせよ、メイファは参加しない訳だ」
「ほんまに残念やわ。また一緒にやろ。来年とか」
ジョンは腕を組み、アグリンは肩を落とす。
「うん。きっと来年は」
メイファは聖女の如き笑みを浮かべて、三人を見送った。
「残念やわ」
「けどまあ、俺たちと永遠に絶交だって言ってるわけじゃないし」
ジョンはそう落ち込むアグリンを慰める。
「またいつか、メイファと四人で一緒に冒険に行ける日が来るよ」
果たして、その機会はすぐにやって来た。
ホタル狩りまで二週間を切った頃。
街の外で手近な魔物を狩っていたペナたちの前に、メイファが現れた。目を丸くして、拍手せんばかりの表情で言った。
「ちょっと見ない間に、すごく魔物狩りが上手くなっててびっくりした」
「え? そう? ありがとう」
ペナはメイファの言い方が気に障ったけれど、アグリンは照れて賞賛を受け止める。
「メイファみたいな人に褒められて嬉しいわ」
「それで、僕らに何か用?」
「あぁ。大したことじゃないんだけど」
メイファは頬に垂れた横髪をくるくる指に巻いた。くすんだ金髪が、夕日に照らされて艶やかに輝いた。
「忙しいって言ってホタル狩りを断ってたでしょ。あれ、暇になったから、一緒に出ても良いかなって」
どうする? とペナたちを見据える瞳。
「そりゃもちろん……!」
「ちょっと待って」
身を乗り出すアグリンをペナはとどめた。
「相談させて」
「もちろん」
メイファは至極当然だとばかりに頷いた。
「──なんで止めたん!? 一緒にやってもらえた方が楽しいし心強いやん!」
「なんでって……だって……。なにをいまさら。…………厚かましい」
ペナは眉を顰める。うつむいて、選んだ言葉をひとつひとつ、搾り落としていくように言う。
「アグリンが言うように、一緒にやれた方が心強いかもしれない。僕らよりも街の外にいて、魔物と対峙した経験も多い。良いことしかないように見せて、…………僕らの選択肢を奪ってるような、見透かして高を括ってるような、そんな感じが……どうしても、納得できない。そんな状態でやったって、きっと僕は楽しくはない」
「でもペナ。メリットが多いって、自分でも今認めただろ? 感情論なんてやめたらどうだ?」
「一緒にやるとしても、次からだ。自分の都合で僕らを振り回すな。……ホタル狩り以外でまた一緒に何かしようっていうならそれでもいい。けどっ、とにかく、僕は今回は三人でやりたい」
「……ぼくは四人が良いねん」
「ペナもアグリンもいい加減にしろよ」
腕を組んでいたジョンが溜息を落とした。
それが合図となったかのように、三人は黙り込んでしまう。
そんなペナたちの肩越しに、メイファが覗き込むようにして言葉を投げ込んできた。
「やっぱり勝手だし迷惑だよね。……ごめん。聞かなかったことにして。またしばらくして……たとえば次のホタル狩りの時とかに──」
「メイファ待って」
メイファの言葉をジョンが止めた。
「ペナ。多数決だ。メイファの加入について。ペナは反対。アグリンは賛成。それで俺も、賛成。二対一だ。平等な決め方だ。文句ないだろ」
「……………………」
不承不承。ペナはゆっくりと頷いた。夕日の赤をこれほど恨めしく感じたことはなかった。
「メイファ、一緒によろしく」
「ありがとう」
メイファは顔を明るくして、アグリン、ジョン、ペナをそれぞれ見た。
「ペナ。そんな睨まないでよ」
「睨んでない。眩しいだけ」
ますますペナの目は剣呑になっていく。感情が渦巻いて消化しきれなかった。
「ねえ。どうしてあんなに言われないといけないの!? わたし何か悪いことした?」
「いや特になんもしてないと思う……」
「そうでしょ!? わたし忙しかったけど、それでもちゃんとやったよ!? ホタル狩りで、最優秀新人パーティー賞も取れたのに! 狩りの最中も終わってからも、いやそのだいぶ前からムスッとして!
関係ない他の人たちにも迷惑かけて! こっちに手を回せるよう、調整してもらったんだよ!?」
「落ち着いてや。納得のいく方法で……そう、たとえば……謝らせるから。それでさ……ええ?」
「それと、こんな感じじゃあ、来年のホタル狩りは、もう一緒にできないでしょ? 代わりを見つけてみるよ」
「謝れって? なんで? 何か悪いことした?」
「雰囲気壊したやん。すごい気まずかったんやで」
「忙しい忙しいって言って、こっちのシミュレーションとか準備とか、全然協力的じゃなかったからでしょ? 自分から手を貸すなんて来ておいて、忙しくなったら手を抜きますなんて通用しない!
それに、忙しいの中身って大体、全部自分でほいほいと安請け合いしたり、自分主体で始めたりしたものじゃん! マッチポンプってやつだ!」
「まあまあ。気持ちは分からなくもないけどさ。もう少し大人になろうよ。もう遊んでもいられなくなる頃合いじゃん」
「正直、頭を下げてくれさえすればなんとかなりそうやねん。我儘抑えるようにぼくらも頑張るからさ」
「…………チッ。貸しひとつな」
「ああ。絶対返す」
「代わり、見つかったよ。昔街の外で家族が林業をやっていたんだって。ホタル狩りも経験あるって言ってる」
「しかも同い年! 気が合いそう!」
「ホタル狩りの時期にはギリギリ間に合いそうやな。良かった。あとはどうやって辞めてもらうかやけど」
「ちょうどいま鬱憤溜まってるみたいで、俺、『やめたい』とか『これだけ一生懸命やってるつもりなのに空回ってる』とか相談された」
「こういうのはどうかな。三人で会って、三対一の格好作って、わたしが『一緒にやっていても楽しくないから辞める』っていうの」
「三対一でそれを言われたら、もう『辞めろ』って突きつけているようなもんじゃん……」
「でも実際事実だし。
あっ、それと。どうせなら、わたしたちがギルドに迷惑をかけてたりしちゃった分とか、全部責任押し付けちゃえないかな」
「噂流すくらいなら簡単に出来るかもな……」
夜になっても、アリエスの街は明るかった。
中心には街を照らす高塔が聳え立っている。ペナは猫背になって、気も漫ろに、物語に登場するリビングデッドのような力のない足取りで街の中心に向かっていた。外には行きたくなかった。
何がよくなかったんだろう。
ペナは自問する。どう転んでも最後は辞めることになっていた。過去に戻れるなら、やり直せるならもっと前だ。
たとえば、黄金の羊を探しに行きたいと言われたあの瞬間。
高塔を囲むように、立ち入り禁止の鉄柵が巡らされている。頂点には有刺鉄線が張られ、侵入者を拒んでいる。
街の中のことなのに、本の虫で知識の豊富なはずのペナですら、柵の向こう側に何があるか知らなかった。額を金網に当て、崩れ落ちる。涙はとうに涸れていた。頬に垂れてきたのは、額にできた新鮮な擦り傷から垂れた血だ。
黄金の羊はついに見つからなかったという。
それが本当かは分からない。
龍に襲われて逃げ出したのはメイファだ。メイファの当時の仲間たちではない。魔術を使って冒険者が龍を倒した場面を、メイファは直接見聞きしていない。ペナはこれを、メイファのかつての仲間から聞いた。
自分を正当化するためなのか、自責の念から逃げるためなのか、虚勢を張ったのか。メイファがどうして嘘をついた理由など、ペナには分からなかったし、どうでもよかった。いずれにしても、失ったものは戻らないからだ。
妙に身体が重い。
薄れゆく意識の中で、ペナは柵の向こうに、黄金色の輝きを見た気がした。
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