古き血脈の囁き
初めまして西乗寺 ねこです。
今回から気ままにここなろう小説にて小説を発信していくのでどうぞ末永くよろしくお願いいたします。
ヨークシャーの荒涼としたムーア地方。灰色の空から霧雨が絶え間なく降り注ぎ、視界を白く染めていた。その霧の奥に、まるで巨大な鴉が翼を広げたように、陰鬱なシルエットを浮かび上がらせる屋敷があった。鴉の館――代々ブラッドレイ家が所有するこの屋敷は、今や朽ち果て、まるでこの地の歴史と共に風化していくのを待つばかりのようだった。
屋敷へと続く古びた鉄門は、錆び付いて軋み音を立てながら開き、アーサー・ブラッドレイを迎え入れた。ロンドンで新進気鋭の推理作家として名を馳せるアーサーは、叔父であるエドマンド卿の訃報を受け、この忌まわしい場所へと戻ってきたのだ。葬儀を終えたばかりの屋敷は、ひどく冷え切っていた。 not only physically, but also in atmosphere. まるで、生きている者の息吹を拒絶するかのように。
アーサーは、固く結んだ口元をさらに引き締め、深く息を吸い込んだ。都会の喧騒とは全く異なる、湿った土と苔の匂いが鼻をつく。彼はこの土地の出身ではあったが、幼い頃に両親を亡くし、ロンドンの親戚に引き取られて以来、故郷とは疎遠になっていた。叔父であるエドマンド卿とも、数えるほどしか会った記憶がなかった。
葬儀には、アーサーの他に、エドマンド卿に長年仕えてきたミス・エヴァンスと、村で唯一の医師であるドクター・ハリスの姿があった。ミス・エヴァンスは、やつれた顔に深い皺を刻み、まるで屋敷そのものの化身であるかのように静かに佇んでいた。彼女はエドマンド卿の死を「呪い」のせいだと呟き、アーサーに屋敷を去るように懇願した。「ブラッドレイ家の血を引く者は、皆、この館で不幸な最期を遂げるのです…」と、嗄れた声で彼女は繰り返した。
アーサーは、叔父の死が本当に心臓発作によるものなのか、疑念を抱いていた。彼は、エドマンド卿から送られてきた最後の手紙を思い出した。「助けを求む…鴉の館…呪い…」と、走り書きのように記されたその手紙は、アーサーの心に深い不安を植え付けていたのだ。
屋敷の中は、薄暗く、埃っぽかった。壁には、ブラッドレイ家の先祖たちの肖像画がずらりと並んでおり、そのどれもが暗い影を落としているように見えた。アーサーは、まるで彼らの視線に監視されているかのような、息苦しさを感じた。
彼は、エドマンド卿の書斎へと足を踏み入れた。重厚なオーク材の机の上には、インク壺と羽ペンが乱雑に置かれ、引き出しは開け放たれていた。アーサーは、机の奥に隠されていた革表紙の日記を発見する。それは、エドマンド卿が書き綴っていた私的な記録だった。
日記には、エドマンド卿がオカルト研究に傾倒していたことが記されていた。彼は、古の魔術書「ネクロノミコン」に魅せられ、禁断の儀式に手を染めていた。日記の最後の方には、不可解な記号や呪文が書き連ねられており、まるで狂気に取り憑かれたかのような内容だった。
「…影が…迫ってくる…鴉が…囁く…血の代償…呪いを解く鍵…」
アーサーは、日記を読み進めるうちに、背筋に冷たいものが走るのを感じた。彼は、叔父の死が単なる事故ではないことを確信し始めた。
その夜、アーサーは奇妙な夢を見た。深い霧に包まれた荒野を彷徨うと、無数の黒い鴉が彼の頭上を旋回し、耳をつんざくような鳴き声を上げる。そして、夢の中で彼は、エドマンド卿の死の瞬間を目撃する。書斎で何者かに襲われ、胸に短剣を突き刺される叔父の姿。朦朧とする意識の中、エドマンド卿はアーサーの方を向き、何かを伝えようとするが、声は霧に遮られ、届かない。
アーサーは、冷や汗をかきながら目を覚ました。夢で見た光景があまりにも生々しく、現実と区別がつかない。彼は、エドマンド卿の死は殺人であり、犯人はこの屋敷の中にいると確信した。そして、この館に隠された秘密を解き明かすまでは、決してここを離れないと心に誓った。窓の外では、霧雨が降り続いていた。まるで、鴉の館が深い嘆息を吐き出しているかのように。