その2
ふるふるプリンの店の周りを『王立』が取り囲んでいた。
「交渉はどうする?」
「中の様子を確認する方法は?」
「警戒を怠るな!」
指揮所でグリュンワルド中隊長が指示と確認にあたっている。
「茶店に立て籠もるって、何考えてんだ連中?」
「三兄弟の一人が酷いけがをしているっていうじゃないか。」
「逃げた跡が血で真っ赤だって。」
「ふるふるプリンの店の側で消えていた。」
ゾーイがルーエの肩に手を置いた。
「センセイたち、まだ帰っていないそうだ。
副団長もこっちに来るって。」
「おい!
店の戸が開いた!」
小さな姿が走り出してきた。
「おじちゃん!」
ルーエも走り出す。
「エイミー!」
ルーエがエイミーに追いつき抱き上げた。そのまま指揮所まで連れ帰る。
エイミーのあとから娘たちが出てきた。
「保護しろ!」
『王立』が出てきた女性たちを全員保護した。
ルーエがエイミーを抱きしめたまま座り込んでいた。
「ルーエ、離してやれ、エイミーが苦しそうだ。」
「あ、ああ。」
ルーエの腕から力が抜けた。
「出てきた女性たち、全員保護した。」
ゾーイが息をついて続けた。
「センセイは、いない。」
ルーエから血の気が引く。
「おじちゃん、センセイがおじちゃんにわたしてって。」
エイミーが書付けをルーエに渡した。
ルーエが中を見る。
「なんだ?」ゾーイも覗き込む。
見慣れない薬剤や道具の名前が並んでいる。
「骨鋸って?」
「治療院、来てたな。
ここに書いてある道具、揃えてもらってくれ。」
ゾーイが書付けを受け取って、治療院の指揮所に向かった。
「エイミー、怖かったな。もう大丈夫だからな。」
「センセイは?」
「すぐ、助けに行く。」
「うん。」
エイミーがルーエの首に抱きついた。抱き上げてそのまま治療院の指揮所に向かった。
診察台の上に、道具と薬剤が並べられている。
「全く、足でも切り落とすつもりか、あの弟子は!」
怒り声なのはグラハム法医だ。こういう時、『王立』に帯同してくれる。
「グラハム先生?」
「ルーエか。
おい、これを全部、かごに入れろ!」
グラハムは、ルーエが抱いているエイミーのほっぺたを撫でた。
「怖かったな。」
エイミーがこくんと頷く。
「エリーのヤツ、壊疽した足を切り落とす気らしい。」
「!」
「できるわけなかろう? 非力のくせに!」
「グラハム先生、それは酷いです。
エリー先生は優秀なお医者様でしょう。」
「あの小娘一人で、男の足の骨を切り落とせる力があると思うか?」
「あ?」(そこ?)
「ごしごし鋸を引いたら、患者が気の毒だろうが!
スパっと切り落として止血をする、それが大事だ!
よし、わしが行く。準備しろ!」
「グラハム先生、それって一刀で骨を断てばいいんですね。」
「ルーエ?」
「力なら、俺の方がずっとある。
俺がセンセイのところに行きます。
処置は、エリー先生ができるなら、俺はきれいに骨を断てばいいんですね。」
「ま、まあそうだが。」
「ルーエ、グラハム先生、」
声をかけたのはジェイド・ヴェズレイ副団長だった。
「うちの義妹は?」
「立てこもり犯に外科手術をするそうだ。」
「は? 全く…」
「用意できた。」
「閣下、お願いいたします。」
ルーエがエイミーをジェイドに渡した。
「おじちゃん?」
「いい子で待っていなさい。すぐセンセイと戻ってくるから。」
ルーエは腰の剣を外し、緑の隊服の上着を脱いだ。
その彼にグラハムが白衣を投げた。それをルーエが羽織る。
「君の方がいいだろうな。」
グラハムの言葉にルーエが笑みを浮かべた。
ルーエは器具の入ったかごを肩に被いた。
そのかごに重みが加わる。大剣がのせられていた。
「骨鋸より役立つだろう。」
剣を乗せた中隊長は肩を聳やかした。
「センセイの言う骨以外は斬るなよ。
全員、生きて捕縛だ。」
ルーエが大きく頷いた。
◇◇◇
かごと大剣を担いでルーエは大きく深呼吸した。
この一歩を踏み出せば、相手の間合いだ。
中にはエリーがいる。
ルーエが扉を叩いた。
「『治療院』が道具をお持ちいたしました。」
扉が少し開いた。
「荷物だけおいていけ。」
「ダメだ。センセイには助手がいる。」
ルーエが片足を扉の隙間に差し込んだ。
「もっと大きく開けろ!
中に入れないじゃないか!」
ルーエがどなった。
扉が大きく開けられた。
「兄貴! こいつ、剣を持ってやがる!」
「センセイ、お待たせしました。
助手が参りました。」
ルーエが穏やかに言う。こちらを向いたエリーの顔がほころんだ。
ヘイゼルの瞳がキラキラする。
ルーエは道具のかごをエリーの側に置いた。
「剣を取り上げろ!」
「触るな、これは道具だ!」
「信じるか!」
「じゃ、調べろ。ほかに武器は持っていない。」
「両手を上げて、おとなしくしろ。」
男の一人が手を上げたルーエの身体をバンバン叩いた。痛みまで伴うほど叩かれたが服の下に何もないことがわかると男が離れた。
「痛いことをしやがる。
で、センセイ、俺は何をすれば?」
「ルーエさん…」
「グラハム先生が足を切り落とすのかって。」
エリーが頷いた。
「膝の上を切ります。
壊疽が拡がっていて、切らないと全身に毒素が回って死んでしまいます。」
「わかりました。俺が斬ります。」
「ルーエさん?」
「グラハム先生が骨鋸を使うのは患者さんがかわいそうだって。
一刀で切り落とせって。
センセイじゃ非力だっておっしゃっていましたよ。」
ルーエがエリーを見つめた。
「俺ならできます。」
エリーが頷いた。
「火を起こして、足を切る刃をあぶって消毒してください。
お湯も沸かして下さい。他の器具も熱湯消毒します。」
「わかりました。」
ルーエが立ち上がる。
「おい!」ルーエに剣が向けられる。
「その人の邪魔をしないで!
あなた方も手伝ってください!」
「お前!」
「『先生』だ!
『先生』とお呼びしろ!」
ルーエが凄味をきかせてどなった。
男たちが動揺したが、エリーは冷静だった。
「ルーエさん、お湯をお願いします。
お二人は四角いテーブルを並べてください。
彼を寝かせられるだけ長く!」
エリーの有無を言わさない勢いに、男たちが剣を置いてテーブルを並べた。
「この白布を敷いて!」
エリーが白布を渡した。男たちが黙ってその布を拡げる。
「彼を台の上に。」
男たちがフロリンを抱えて台の上に横たえた。
エリーは別の丸テーブルの上に白布を拡げ、器具と薬瓶を並べた。
手のひらほどの長さの竹筒を長い白布で包む。
「フロリンさん、っておっしゃいましたね。」
怪我の男が頷いた。
「私は『治療院』のエリー・ケリー・アナスンと申します。
医者です。
これから、貴方の左足を膝上で切断します。
そうしなければ、全身に怪我の毒素が回り、一日と持たずに死んでしまいます。」
「…切ったら、助かる?」
「化膿が酷く、助かるとはいえません。
それでも、生きることを求めるべきだと思っています。」
「もう少し、長生きできる?
どうせ、俺ら、死罪だろ?」
「弁明の時間ぐらい貰える。」
湯を運んできたルーエが口を挟む。
「『王立』は、捕縛命令しか出していないと聞いた。
明日を生きることを望んでもいいってことだ。
どうするかは自分で決めろ。」
フロリンがエリーを見た。
「お医者様は?」
「私は、患者さんが明日も生きてくれることをいつも願っています。」
「俺、明日も生きてていい?」
エリーは微笑んで頷いた。
「もちろんです。」
フロリンが他の男たちを見た。
「俺、まだしたいことある。足、なくてもいい…。」
「わかった。
『先生』、どうしたらいい?」男たちが尋ねる。
エリーは、薬瓶から緑の液体を匙二杯、カップにとり、同量の水でのばした。
それをフロリンの前に差し出した。
「これを飲んでください。」
「…なんだ? 毒か!?」
「痛み止めです。眠り薬も入っています。」
「の、飲めばいいんだな。」
エリーが頷いた。
男たちが二人がかりでフロリンの半身を起こして、その口元にカップを当てた。少しずつ流し込む。怪我人の喉が動いて、飲み込んでいくのがわかる。
「ぜ、全部飲んだぜ、『先生』。」
「横にしてください。」
エリーが脈を取り始める。しばらく脈を診ると竹筒の白布を男に渡した。
「彼にこれをしっかり噛ませてください。」
「なんで!」
「自分の舌を噛まないようにです。」
男がフロリンの口に白布を咥えさせた。フロリンの目が閉じられ、寝息に近い呼吸になっていく。
「センセイ、沸騰したの、ここに置きます。」
ルーエがぐらついた鍋を器具のテーブルの側に置いた。
エリーが竹ばさみで、手術用の器具をお湯につけ、それを白布の上に並べる。
「ルーエさん、灯りを用意して。傷のところを明るくできるように。」
ルーエが店中のランタンやろうそくをかき集める。順に火をともし、影を作らないように丸く並べていく。
その横でエリーがいくつかの薬剤を鉢に開け、練りあげていた。糊のようにねっとりしている。それを自分の近くに置く。
「おい!外から丸見えになる!」
「今更だろ、マダル三兄弟。『王立』にはバレてる。」
「お前、『治療院』じゃ、」
「ルーエさん!」
エリーの声が厳しい。
「彼に白布をかけてください。」
「は、はい!」
ルーエが布を開いて、フロリンの身体を覆った。
「ルーエさん、前掛けを。」
エリーがルーエに緑の前掛けを渡した。グラハム法医が解剖の時に着けているものだ。彼女も同じ前掛けをする。
エリーは、冷めた方の湯で自分の両手を肘まで洗った。
「始めます。」
エリーの言葉にルーエが頷いた。
エリーが左足の部分の白布を切り裂いた。
丸見えになったフロリンのズボンを足の付け根近くまで切りとった。
膝の上まで、どす黒い色に変わっている。色の変わっている境目にエリーはヨウド液で線を引いた。
「止血の準備です。」
それより足の付け根に近い方に布を巻き、その端を棒に巻き付けるとその棒を捩じりあげた。
「あなた方も彼を押さえて。両肩と両腕。」
「お、おお。」
フロリンが痛みに身体を大きく動かす。あわてて二人が押さえつける。
「センセイ、もっときつくですか?」
ルーエが頷いたエリーからねじりあげの棒を受け取り、もっと力を込めた。
フロリンが大きく身体を跳ね上げたが、ばったりと倒れこんだ。
エリーがフロリンの顔をちらりと見たが、すぐに戻る。
「ルーエさん、膝の上の線を切ってください。
切り口をヨウド水で洗って、薬剤を塗布します。
そのあと周りの皮膚を寄せ集めて縫い絞ります。
その後に化膿しないように薬湯で消毒を続けないといけないのですが、ここでは無理です。治療院に搬送してもらいましょう。」
「治療院にはいかねぇ!」
「も、もういい。兄ちゃん、終わりにしよ。フロリンがかわいそうだ。」
「もう、逃げられないよ…」
「逃げ延びなきゃ! 捕まったら首切りだぞ!」
「そうなんですか。」エリーが小声でルーエに訊ねた。
「罪状がね。
でも、捕まれば弁明の機会はもらえます。」
「…弁明は、大事です。」
エリーがルーエを見上げた。
「ルーエさん、切断をお願いします。」
ルーエが奥から持ってきたのは、刀身が赤く焼けた大剣だった。
その切っ先は大剣に似合わない薄刃だ。
その大剣を見てエリーも声を失う。
「センセイ、離れてください。」
ルーエが大剣の先と足との距離を注意深くとる。
「斬ります!」
ルーエが大剣を振りかざした。
振り下ろされる大剣の軌跡は朱の線を持つ銀色の光に見えた。
光が通り過ぎたあとは、肉の焦げる匂いと木の焦げる匂いがした。
その匂いでエリーは我に返るとフロリンの傷口を見た。
歪みも何もなくまっすぐ線維も骨も断たれていた。
熱で断たれた分、傷口も焼けて止血になっている。
焦げ臭いのは、台にしているテーブルのせいらしい。
エリーは手早くヨウド水をかけ、練った薬剤を切り口に薄く塗布した。
次に薄刃で皮膚に切り込みを入れ、皮膚を引っ張って切断口にかぶせ始めた。皮膚を止めるために針を刺していく。
(エグいな…)思わずルーエの眉間が歪む。ルーエも汚れた大剣を床に置いた。
エリーは、両手に短いピンセットを持ち、糸の通った鉤型の針を取り上げた。
細く削られた先を皮膚に差し、器用に右へ左へと縫いかがっていく。
下手をすると出血が止まらない状態になるが、今のところ滲んでいる血以外の出血はほぼ無い。
縫い目は均一で歪みもなく綺麗だ。
フロリンは眠ったままで、彼を押さえている二人はエリーに背を向けている。
エリーが縫っている光景は見られていない。
ヘイゼルの瞳は針先に集中し、額からは大きな目に入りそうなくらい汗が流れている。
ルーエは、清潔な布を小さく畳むとそれでエリーの汗を抑えた。
エリーはそれにも気づかないくらい集中して縫合をしている。
(人が見るものじゃないな。)
ルーエは、エリーの手元が暗くならないようにランタンの位置を微妙に変えながら見守っていた。
エリーが縫い目の最後を綺麗に処理して、糸を切った。
エリーが肩で大きく息をした。
「終わりましたか?」ルーエがそっと尋ねた。
エリーが頷く。
ルーエに顔を上げるとほっとした笑みを見せた。
額の汗がこめかみから大粒になって首元へと伝っていく。
ルーエが布でその汗をおさえた。
「あ、」
「ご立派でしたよ。」
エリーが少し恥ずかしそうな顔をした。だが、すぐにまた厳しい顔に戻る。
今度は、切り落とした患部の足に向き合っていた。
エリーが次に何をするのか、ルーエも男たちも窺う。
患部は膿で汚れている。ヨウド水で絞った布でその汚れを拭って綺麗にする。
「センセイ…?」
エリーは大きな白布を拡げ、そこに患部の足を乗せようとしているらしい。
重いのか、たいして持ち上がらない。
「センセイ、俺が。」
ルーエが手を出した。
どう考えても女性が切り落とされた足を持ち上げるなんて気味が悪いだろうに。
(センセイ、怖がってないのか?)
ルーエは足をそっと持ち上げて、白布の真ん中に静かに置いた。
エリーはその足を布できっちりと包み込んだ。
「どうするんだ、足。」
男の一人が言った。
「…大切な『足』です。治療院では手術で切除した患部を焼却して、弔うようにしています。そこで、一緒に焼いていただきましょう。」
「…罪人の足だぞ。」
「そんなこと、どこにも書いてありませんよ?」
「…。」
「ルーエさん、治療院の方を呼んでください。
彼を搬送してもらいましょう。」
エリーの前に剣が突き付けられた。
「ダメだ!」
ヘイゼルの瞳が大きく見開いた。
「誰に向かって剣を!」
ルーエがエリーを庇おうと動くが彼の首にも剣が突き付けられる。
「俺らは、生きる場所なんか無い! 外に出れば切り捨てられる。
明日なんか無いんだよ、先生。」
「だから、少しでも遠くへ行く。」
「悪いが人質になってもらう、先生。」
「バカ言うな!」ルーエが声を荒げた。
「馬車を用意させろ!」
(やれるか!)
ルーエがつま先をじりじりと大剣の方に向ける。柄を蹴りあげれば手に届くはずだ。
「ルーエさん、動かないでくださいね。」ふいにエリーが言った。
「え? センセイ!」
「こいつ、剣を!」
男がルーエの大剣を遠くに蹴りだした。
「どうして!」
「私の患者さんに手を出されては困るからです。」
「患者はフロリンだけでしょう!」
「ええ、ですから治療院に運んでもらいます。
でも、このお二人も私の患者です。」
「センセイ!」
「いっぱい、傷があります。消毒して、傷薬を塗らないと。」
「アンタ、馬鹿か!」
「医者です。」
ルーエも目を丸くする。
(センセイ、小児科で、怪我だの外科は専門外って!)
「診察簿を作ります。
名前と綴りを教えてください。」
自分に向けられている剣を無視してエリーは手近の紙とペンをとった。
「フロリンさんの綴りは?」
「…。」男たちが黙ってしまった。目線が床に落ちる。
「センセイ、
…綴り、わからないんですよ。」ルーエが言った。
「…たぶん、読み書きができない…。」
「え?」
「地方ではね、貧しい平民に読み書きなんて誰も教えないんですよ。」
「…。」
「こいつら、山のように罪状があるんですが、本当に自分の罪なのかもわかっていないんですよ。」
「うるさい!」
「投降して、罪状の認否を弁明しろ。」
ルーエが諭すように言った。
「がたがた言わずに馬車だ!」
そう叫んだ男が自分の背中を見た。フロリンの手が男の上着の裾を握っていた。まだ、意識が戻っていないというのに。
「先に手当です。」
エリーが消毒水を染み込ませた布を手にした。
彼女に剣を突き付けた男の手首を掴んだ。腕についた切り傷を拭う。しみる痛みに男が唇を噛んだ。
「貴方のお名前は?」
「名前って… マダルだ。」
「ルーエさん、彼らの名前の綴りがわかりますか。」
「はい、『王立』の手配書と一緒でよければ。」
「では、それで。
これからいうことを書きとめてください。」
「は、はい?」
ルーエが軽く剣先を手で避けると紙に名前を書きつけた。
「マダルさん、男性。右肘下に裂傷。消毒、化膿止めを塗布、包帯処置。」
ルーエがせっせと書きつける。
「次は貴方、お名前は?」
「オ、オーガ。」
エリーはオーガの頬の傷を拭った。
「オーガさん、男性。左頬に擦過傷。消毒だけで処置完了。」
さっきまで剣を向けていた男たちが呆然と立ち尽くしていた。
エリーはフロリンの顔を覗き込み、彼の枕元で手術と処置の内容を手早く書きつけた。
「ここで出来たのは応急処置です。
この診察簿を持って、治療院の外科医に診てもらってください。」
「あ、アンタ、医者なんだろ?」
「…センセイの専門は、小児科だ。」
ルーエがため息交じりに言った。
「投降しろ、センセイのために、だ。」
マダルとオーガが剣を離した。音を立てて床に落ちた剣を今度はルーエが隅に蹴りだす。
二人は動かなかった。
「ルーエさん、急いで下さい!」
ルーエが大きく店の戸を開け、叫んだ。
「全員、投降!
重傷者を治療院に運んでくれ!」
グラハム法医が『王立』を数人連れて駆け付けてくる。
「ルーエ!」
グリュンワルド中隊長が小隊を率いてやってくる。
フロリンを運び出した法医たちと入れ違いに店に入ってきた。
すかさず、小隊が男二人を取り囲む。
「中隊長、すみません。捕縛できていません。」
ふっと中隊長が笑った。
「先生に言われた骨以外は斬らなかったんだな。」
「はぁ、そうなんですが、テーブルを切っちゃいました。」
「?」
ルーエがフロリンが寝ていたテーブルの足をつま先で蹴った。
テーブルの一部がゆっくりと床に倒れた。
皆が目を丸くした。
「連れてけ。」
マダルとオーガが連行されていく。
縄は打たれず、両脇を抱えられて、大人しく従っていく。
マダルが少しエリーを見た気がしたがエリーにはわからなかった。
ルーエが緑の前掛けを外して、大きく頭を振った。長い白髪が揺れる。
そして、エリーの前掛けにも手をやる。
「センセイも外してください。少し、汚れましたね。」
そして、彼が微笑んだ。
「終わりましたよ、全部。」
「は、はい。」
エリーは、ルーエに前掛けを外してもらった。なんだか、頭がふらつく。
「センセイ?」
ルーエはボーっとしているエリーを隅の綺麗な椅子に座らせた。
「センセイ?」
エリーのヘイゼルの瞳がルーエを見た。
「疲れましたか?」
「…ルーエさん、」
「はい?」
「手が震えています。」
よろよろと上げられたエリーの指先が震えている。
さっきまで、堂々と傷口を縫い、診察簿を書いていた手。
ルーエは自分の大きな手でエリーの手を包んだ。
「センセイは大丈夫です。ご立派でしたよ。」
エリーの顔に安堵が浮かぶ。
「皆のところに戻りましょうか。」
「あ!
エイミーちゃん!?」
「ジェイド閣下に子守りをお願いしました。」
ルーエがまた微笑んだ。
「行きましょうか。」
ルーエがエリーの腕をとって立たせた。
肩を支え、ゆっくりと歩き出す。
彼らの後ろでは『王立』が現場検証を始めていた。