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人間の一生

ユメがすっかり回復して元気になった頃

母親のイヨが病に倒れた

心労が重なり、無理をした身体の余命は残り少なくなっていた


今度は、ユメが母親の看病をした

咳き込む母の背中をさすり、母親に代わって家事をした

七歳になるユメは、ほぼアルとして覚醒していた

近所でも評判の賢くよく働く娘になっていた



「ユメありがとう、本当に優しい子で私は幸せ者だわ」


母親の周りでかいがいしく働くユメに、イヨが言う


「母様の子どもに生まれてきたユメが幸せなんだよ」


元気一杯の笑顔でユメが返事をする

母様、大好き、と抱きつく

痩せ細った母の体から、死の匂いがした

死に際が近い人間の、特有の匂い


嫌だ、死なないで…

一日でも長く、一緒にいたい…


ユメも、母と同じように朝晩祈った

どうか、私から母様を奪わないで…

大好きな米も食べなくていいから、母様が生きられるのなら、何も要らないから…



数日前からイヨはもう、何も口にできなくなっていた


「この米は…、ユメが食べて…」


ユメが米断ちをして祈っていることを知っているイヨが言う

首を振るユメ


「ユメ…、ユメが生まれる前に不思議なことがあったんだよ…」


宙を見つめる虚ろな目をしてイヨが話し始めた


「兄様たちが亡くなって、母様は生きているのが辛くてね…」


ユメは母親の手を握りしめて、黙って聞いていた


「川に入って死のうとしたの…

でもね、……火の鳥が救ってくれた

母様は見てないのだけど…後で助けてくれた人が言ってた……


その夜に光輝く夢を見て……

女の子が生まれる夢を見たの…本当だよ?……」


「母様は嘘なんか言わないの、わかってる」


「それで、信じられなかったのだけど……

でも、ユメを身ごもって……あなたが生まれて、……ユメって名前をつけたの」


無言でうなずくユメ


「本当に幸せだった……

ユメが生まれてくれて…生きててよかった…って」


静かに微笑むイヨ

父様は泣いている


母様、それ、私だよ

その火の鳥は私

アルの心の中で声にならない声が叫んでいた


「母様…!」


涙が溢れて、とめられない

ずっと泣かないようにしていた分の涙が

止め処なく流れ出る

それきり意識は戻らず母様は穏やかに微笑んだまま、しばらくして静かに息を引き取った


母様…!母様…!

心が張り裂けそうだった

短すぎる、人間の一生

一時の人生、一瞬の幸せ


自分がユメなのか、アルなのか、母様を失った痛みで涙が止まらなかった

愛する人を失い、泣き続けた





月日は流れ、イヨが亡くなってから十年が過ぎた


今日も山の向こうの夕陽に向かって手を合わせるユメ

父も母も兄様たちも皆、山の向こうで見守っていてくれる

無事に一日を終えられることに感謝する


優秀なユメは身分の高い王族に仕え、その屋敷で働いていた

ある日、屋敷の主が亡くなり大きな墓が建てられることになった


屋敷の使用人の男手や奴隷の身分の者たちが集められた

ユメや女性の使用人らは、その男たちの世話をした


休みなく重労働をさせられて、寝床は野宿

ろくな食事も与えられず、怪我人が出てもほったらかし


ユメは屋敷の身分の上の者に、事情を説明して改善をはかるよう求めた

日頃の行いから、死刑は免れたが使用人はクビになった


ユメは奴隷たちと一緒に墓の建立に加わることになった

事のいきさつを聞いた身分の低い者たちや、屋敷の使用人の皆は、隠れてユメに米を差し入れたり、寝床を用意してくれたりした


奴隷の身分の者たちも、ユメに感謝し敬い、辛い労働の手助けをしてくれた


ユメは辛くはなかった

仲間がいて、幸せだった

皆親切にしてくれて、負担の大きな肉体労働は奴隷の者たちが代わってくれた

相変わらず米は食べられたし、働くのは楽しい


そんなユメと一緒に働く者たちも、ユメの明るい笑顔に影響されて、生き生きとしてきた

身分が低いからといって、不幸ではない

むしろ、身分が高い屋敷に生まれたばかりに、生き埋めにされる親族のほうが嘆き悲しんでいた


天使たちの働きかけにより、人柱から埴輪の埋葬へと風習は変わりつつあったが、未だに古いしきたりを守る王族もいた

ユメの仕えていた屋敷の主は、昔ながらの古い考えの持ち主だった


墓の完成もあと少しとなった頃、現場で大きな事故が起きて、たくさんの怪我人が出た

ユメは無事だったが、奴隷の者たちがひどい状態で放置され、苦しんでいた


ユメはアルとして、天使に助けを願った

夜、人目につかないようミカエルに、またお告げを頼んだ


屋敷の親族の長の夢に、亡くなった主が現れた

親族を人柱にするという遺言を悔いており、土の埴輪に変えたいと願って夢に出てきたという

ただし、その条件として墓を建てている者たちも手厚く扱うことをしなければならぬと神様からお告げを受けた、と


慌てて飛び起きた親族の長は、奴隷の者たちの手当てを命じ、急いで現場の状況を改善した


屋敷の親族は人柱を免れ、ユメたち墓の建立を強いられている者たちの待遇はとても良くなった



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