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⑤チョコレート争奪戦



最近悩んでいる事があります


それは――…


バレンタイン



全員に同じのをあげるのも何かつまらないし…かといって全員違うものを作るのは時間的に厳しい


…というか何より誰かしらに見付かってしまう


左之さんが居るから准兄の厨房は借りれないし…


そんな事を考えながら私は食卓テーブルに座りノートパソコンでバレンタイン特集サイトを巡っていた



【大好きな彼へ届け!手作りチョコレート教室】



『これだ…ッ!』



“大好きな彼”とは少し違うけれど、お菓子を作れる場所を確保出来れば問題ないもの


それに事前に伝えておけば当日材料を沢山持って行っても、きっと全員違うものが作れる…ハズ!


そう結論付けた私は直ぐに申込みを済ませた


あとは皆に上手い口実を作らなきゃ


実はそれが一番難しいのよね――…



永倉「…ん?美月ちゃん、何か言ったか?」



リビングでニュースを見ていた新八さんが振り返り尋ねてくる



『あっ、いえ!WEBゲームの話ですよ!あはは。』



私が咄嗟にそうごまかすと、新八さんは首を捻った



永倉「????そうか?」


『そ、そうですよ…!』



そう言いながら慌ててパソコンの画面を他のサイトに切り替える



沖田「――ふ~ん?“うぇぶげーむ”ねぇ…?」


『ひゃ!?』



突然真後ろから居ない筈の人の声が聞こえ、驚いた私の身体は思わず跳びはねてしまう



沖田「ただいま♪」


『!?!?』



悪戯っ子の笑みを浮かべる総司に私は金魚の様に口をぱくぱくさせることしか出来ない



斎藤「…総司、帰宅早々美月で遊ぶな。」


沖田「~♪」



そう一くんが言ってくれるものの、総司はどこ吹く風



藤堂「あれ?総司、今夜は遅くなるって言ってなかったっけ。」


沖田「――うん、遅くなると思ったんだけど撮影が順調で早く終わったんだ♪」



そう答える総司に私は一人顔を引き攣らせる



『お、おかえりなさい!…あの、総司くん…?ちなみにいつからそこに居たんですか?』



私は平然を装いながら総司に尋ねた


自分の声が震えてる気がするのはきっと気のせいだと信じたい



沖田「ん~、秘密♪」



満面の笑みで答える総司に私は肩を落とす


今日は総司が遅くなると聞いていたからこそ、食後のニュースタイムを狙ってパソコンを使っていたというのに――…

※総司以外はニュースを見るのが日課です。


まさかそれが(あだ)となるなんて思ってもみなかった



『――わ、私、稽古してきます…!』



萎える気持ちを奮い立たせるように私はそう言ってパソコンを閉じ、足早にリビングを立ち去ることにした



藤堂「へ!?今から!?」


永倉「お~!精が出るな~!」


斎藤「………。」



こんな時こそ剣術の稽古…!


冷静さを取り戻すには稽古が一番…!



沖田「――僕稽古に付き合おうか?」


『いえ…!素振りの稽古をするだけなので一人でやります。では!』



総司の申し出を断ると一瞬顔をしかめたような気がしたけど、敢えてそれを無視して私はリビングを出る


そして私は自室に戻り手早く着替え、髪を一つに束ねた



原田「ん?美月?どうかしたのか?」



部屋を出て玄関に向かう途中、お風呂上がりの左之さんに鉢合わせる



『あ、左之さん。私、今から少し素振りの稽古してきます。』


原田「はぁ?今からかよ?」



私の言葉を聞いて、左之さんは動かしていた手を止めた


濡れた髪からぽたりぽたりと滴が落ち、タオルに吸い込まれていく


そんな左之さんの色気にあてられたせいか、私は顔が紅くなった気がして顔を背ける



『早く髪乾かさないと風邪ひきますよ…!?じゃあ行ってきます!』


原田「あ、おい!美月!?」



強制的に会話を終わらせた私は急いで靴を履き玄関を出た



バタン…!



『ふぅ…。さすがにちょっと無理があったかも…。』



玄関を閉めて一息つきながら私はそう呟く


だけど、さっきのは…まぁ仕方ないと思う


歩く18禁恐るべし…!



『――さてと。素振りだけだけど、やっぱいつもの場所だよね。』



そう言って私は河原へと足を向ける


私はいつも近所の河原で自主稽古をしていて、有り難い事にいつもは土方さんがついてくれているのだけど今日は突発的だし、たまには一人でするのも新鮮だ



『よぉし!今日は短めに千回!』



思い切り深呼吸をして私はそう決め素振りを始める


まさかそれを見ている人達が居ることに少しも気付かず私は無心で木刀を振り続けるのだった―――…





斎藤side



【――わ、私、稽古してきます…!】



突然、美月は顔を引き攣らせながらそう言い出した



【いえ…!素振りの稽古をするだけなので一人でやります。では!】



まるで“逃げるように”部屋を出ていくように見えた


いつもの早朝稽古には副長がついているようだが、今夜は美月一人


しかも夜となれば一人で稽古させる訳にもいくまい


だが――…


美月は総司の誘いを断っている以上、恐らく“一人で”稽古に打ち込みたいのであろう


ならば遠くから様子を見守れば問題ないはず


そう俺は結論付け、立ち上がった



藤堂「ん?一くん、どうかしたのか?」



広間の扉に手をかけようとした所で平助に声をかけられる


そして丁度、風呂上がりの左之が広間へ戻ってきた



永倉「平助、そんなの厠に決まってんだろ?おまえ、そんなこと言ってると“けーわん”て言われるぞ!けーわん!」


藤堂「けー、わん…?」



俺が返答する前に新八が平助に答える


それを聞いた左之が溜息を吐き出した



原田「新八。おまえ、それを言うなら“けーわい”だ、けーわい。」


永倉「んあ?そーか?あ~、そうだったかもな。じゃあ“けーわい”だ、平助!」



呆れ顔の左之を他所に新八はそう言い直し、歯を見せながら笑う



藤堂「“けーわん”?“けーわい”?あ"ぁ"っ!どっちにしろよく判んねぇよ!」



頭を抱える平助を尻目に、俺は今度こそ広間の扉に手をかけた



沖田「…まさか一人で美月ちゃんとこ行くつもり?」


斎藤「―――ッ!」



総司にそう言い当てられ、またしても手が止められる


振り返ると総司はしてやったりな表情を浮かべていた



藤堂「なんだよ、一くん。一人で美月のとこ行くって。」


永倉「斎藤。そういうの“むっつり”っていうんだぜ。この助平~。」



平助はあからさまに不服そうな顔をしているし、新八は…言わずもがな



斎藤「――既に夜も更けている上に今日は副長がいらっしゃらない。故に護衛をだな…。」


沖田「そんな事言って、隙あらば一緒に稽古するつもりなくせに。」



そう言いながら肘で小突く総司に俺は言葉を失う


どうして総司はこう無駄に絡むんだ…



藤堂「はぁ!?一くんそんな事考えてたのかよ!?ずりぃ!!」


永倉「斎藤、抜け駆けはよくないぞ。うん。」


斎藤「………はぁ。」



平助も新八も明らかに勘違いをしている


だが弁解しても理解は得られないのが明白な現状に、ただただ俺は溜息を漏らした



原田「――じゃあ全員で行けば良いんじゃねぇか?それなら総司も平助達も文句はねぇよな?」



左之がそう言うと、皆それぞれに頷く


…結局はこうなるのか――…


だが、それもまた致し方ない


そして俺達は美月がいつも稽古をしている河原へと向かうのだった―――…




****************************************


美月side



『452…ッ453…ッ』



元々はバレンタイン作戦を総司に見付かってしまった事で、パニックに陥った私が冷静さを取り戻すために始めた稽古だった筈なのに――…気付けば私は無心で木刀を振るっていた


冬の冷たい空気が熱くなった頬や耳を心地好く刺激して、とても気持ちが良い



『456…ッ457…ッ』



そういえば稽古当初は百を数える頃になると腕の筋肉が悲鳴をあげていたんだよね


…身体は正直だから翌日あまりの筋肉痛に耐え切れず、こっそり湿布を張る結果になる事、PCのタイピングミスが多くなる事が判っていても――負けず嫌いな私は、土方さんの号令がかかるまで止めることをしなかった



『459…ッ460…ッ』



いや、本当の理由は一刻も早く“強くならなくてはいけない”と思っていたから。


…ううん、今でもそう思っている


何故なら皆がいつ消えてしまうか解らない以上、少しでも早く、少しでも多くの事を学ばなければ――…


そして私はもっともっと強くならなくてはならない


“一人でも戦えるように”


…だからこそ私は弱音を吐かなかった



『463…ッ464…ッ』



稽古の甲斐あってか素振りは多少、数をこなせるようになったものの私はまだまだド素人


毎日の稽古は欠かせないし、時々皆に手合わせをしてもらう事で力をつけていくしかない


うん、頑張らなくちゃ…!


そう自分を励まして、私は木刀を持つ手に力を込めるのだった―――…




沖田side



僕達が河原へ着くと、美月ちゃんは額に汗を浮かべながら無心で木刀を振っていた



『456…ッ457…ッ』



何人たりとも近付かせない空気を身に纏っている美月ちゃんを、僕達は見守ることしか出来ない



永倉「――何か…すげぇな…。」


「「「「…あぁ(うん)。」」」」



これでも試衛館に居た時から数多くの使い手を見てきたけど――…彼女のような“異様なまでの気迫”を放つ人は近藤さんも含めて誰ひとり居なかった


しかもこれで素人っていうんだから、今まで剣術を磨いてきた僕達はただただ苦笑いするしかない



【――えぇ!?総司くんまで何言ってるんですか!?私全くの素人ですよ?土方さんが師範になってから剣術を習い始めたんですし――…】



以前、美月ちゃんに聞いたらそう言って笑っていたけど…



沖田「――しかもこれを本人は無意識でやっているところがまた、ね…。」



何とも言えない心境になる


僕は昔からずっと周りの人達が僕の才に嫉妬する事を《悔しいなら努力すれば良いだけ》と鼻で笑っていたし、そんな感覚は理解出来なかったけど…


その意味を僕はやっと解った気がした



永倉「――なぁ、美月ちゃんって一体何者なんだ…?」


原田「…………。」



そんな独り言のような新八さんの問いに答えられる人間は此処には居ない


美月ちゃん本人だって解らないのに誰なら解るというのだろうか



藤堂「――あ。そういえば、総司。おまえ、さっき何見たんだよ?美月があんなに顔引き攣らせてるの、俺初めて見たぞ。」



新八さんと一緒にてれびを見てたくせに、平助ってそういうとこだけはしっかり見てるんだよね



沖田「ん~。あんまり言いたくないんだけどなぁ…。やっぱり言わなきゃ駄目?」



苦笑しながら僕がそう言うと、左之さんと一くんは溜息を吐き出した



原田「はぁ…。総司がそう言うって事は何か企んでるいい証拠だな。」


斎藤「――俺はあんた一人ですることなら一向に構わない。…が、今回美月が関わっているのであれb「あーもう、わかったよ。話すってば。」…うむ。」



僕は降参、とばかりに両手を軽く上げてそう言う


一くんて、じわじわと攻撃してくるから他の皆に比べて質が悪いと思うんだよね



沖田「――皆は“ばれんたいん”って知ってる?」



この行事を知らなければ話にならないから、僕はまず皆にそう問い掛けた


そして皆がそれぞれ頷くのを確認し、僕は話を続ける



沖田「――さっき美月ちゃんが見てたのは【大好きな彼へ届け!手作りチョコレート教室】だよ。」


「「「「なッ!?」」」」



僕が正直に見たものを伝えると、皆一斉に振り返った


うん、わかるよ?

“既婚者”の美月ちゃんがそんなの見てるなんて違和感あるしね


…まぁ、約二名は意味を理解してないだろうけど。



原田「――おいおい…。それって…。」


斎藤「美月は慎吾以外に渡したい相手がいると――…?」


永・藤「「!!!」」



一くんの言葉にやっと状況を理解した二人は目を見開く



沖田「――うん。普段素直な美月ちゃんが新八さんに嘘ついた上にあれだけ慌ててたからね。少なくとも僕はそう受け取ったけど?」


藤堂「なら、美月が渡す相手って一体誰なんだよ?」



僕は先程の美月ちゃんを脳裏に蘇らせながら話すと、平助が眉間に皺を寄せながらそう尋ねてきた



沖田「…そんなの判らないよ。解らないからこそ――美月ちゃんを監視しようと思って。」


原田「おい、監視っておまえ…。」



僕の言葉に左之さんは呆れた顔をする



沖田「じゃあ左之さんは渡す相手が見知らぬ人とかでも許せるの?僕は嫌だよ。」



僕以外の誰かの為だなんて嫌だ…例え仲間でも。


それが見知らぬ人なら尚更



原田「まぁ…、うん。慎吾は仕方ないにしろ、それ以外は正直ちょっとな。」



そう言って左之さんは頬を指で掻いた



藤堂「美月が、俺達も知らない奴に…?そんなの嫌だ!絶対に嫌だッ!!」


永倉「あぁ、同感だぜ!」



平助と新八さんが声を荒げてそう主張する



沖田「――それに渡す相手が僕達の中の誰か一人って事も考えられるし。」


「「「「!!!」」」」



もちろんそれが“僕じゃなかったら”絶対に邪魔してやるけどね――…



土方「おい、おまえら何してんだ?」


「「「「「!!!!」」」」」


ばれんたいんの話と美月ちゃんの稽古を見るのに集中していた僕達は、全く人の気配に気付かなかった


それだけこの世界の平和過ぎる毎日に身体が馴染んできてる証拠だと、そんな自分の身体を恨めしく思う



土方「しかも揃いも揃って一体何を見て――…って美月…?一人で稽古してんのか?」



どうやら眉間に皺を寄せていた土方さんは僕達の見ていた方向を見遣り、美月ちゃんの存在に気付いたらしい



斎藤「――はい。稽古をすると言い出した美月に総司が付き合うと申し出たのですが“素振りだけだから一人でやる”と断られました。…しかし今はもう夜更けという事もあり警護も兼ねて此処で見守っておりました。」



一くんがそう説明すると土方さんは口角を吊り上げた



土方「…ほぉ。それを“わざわざ全員で”…か。」


「「「「………ッ。」」」」



何か意図があると感づいたのか、わざとらしく土方さんはそう言った


本当、いちいちカンに障る人だよね



藤堂「ち、違うだ土方さん!俺達は抜け駆けをしようとした一くんについて来ただけで…ッ!」


斎藤「平助…!」



平助がそう土方さんに向かって弁解すると、一くんが慌てて制す



土方「抜け駆け…だと?」



そう言って睨む土方さんに言葉を失う一くん


それを見た左之さんが溜息をまたひとつ吐く



原田「ったく平助、余計な事言うな。ややこしくなるだろうが。…土方さん、違うんだ。そもそも美月が稽古する事になったのは総司が――…。」



****************************************



土方「――なるほどな。」



左之さんの説明を一通り聞いて土方さんはそう呟き、美月ちゃんに向かって歩き出す



永倉「え、おい!土方さん!?」



僕達は美月ちゃんの発する空気に当てられて見守ることしか出来なかったのに、土方さんはものともせずに近付いて行く


そして――…



土方「止め!」


『!!!』



土方さんの号令にぴたりと美月ちゃんの木刀が止まった



『へ!?ちょ、土方さん!?どうして…?今日は遅くなられるって…。』



美月ちゃんはぱちぱちと目を見開いて言う



土方「――おいおい。もう既に“遅い”時間だろうが。」



美月ちゃんの言葉に苦笑しながら土方さんがそう答える



『え?…あ!本当、もう遅い時間…ですね。あはは。』



美月ちゃんは時計を取り出して時間を確認すると苦笑いを浮かべた



土方「どうせ集中してまた回りが見えなくなってたんだろ?ったく、仕方ねぇやつだな。」


『す、すみません…。』



そう言って、がっくりとうなだれる美月ちゃんの頭に手を乗せる土方さん



土方「ほら、帰るぞ。」



くしゃくしゃと不器用に美月ちゃんを撫でて、土方さんは穏やかに笑う


こんな優しい表情をした土方さんを僕は初めて見た気がする



『はい…ッ!』


沖田「―――ッ。」



そして、そんな土方さんに向かって美月ちゃんもまた嬉しそうに笑う姿を見て、僕の胸はつきりと痛んだ



永倉「ま、まさか美月ちゃんの相手って土方さんじゃ――…?」


「「「「!!!!」」」」



新八さんのその一言に僕達は凍り付く



斎藤「…ま、まさか…。」


藤堂「…えぇ…ッ!?」


原田「――でも、まぁ確かに有り得る話だよな…。」



驚愕する一くんと平助だけど、左之さんだけは肯定の言葉を口にした



沖田「ちょっと左之さん?」



それに対して僕は腹が立ち、左之さんを肘で小突く



原田「――あぁ、悪ぃ悪ぃ。ついな。」



そう苦笑する左之さんをちらりと見遣った後、美月ちゃん達に視線を向ける


僕は“お似合い”だなんて絶対に思わない


悔しいけど美月ちゃんの隣に居て良いのは慎吾くんだけなんだから――…



『――あれれれれ!?何で皆さんまで此処に居るんです!?』



やっと僕達の存在にも気付いた美月ちゃんが走り寄ってくる



永倉「あ!いや!その、気になってよ…。」



そう新八さんが頭を掻きながら言うと『全く、皆さんは過保護なんですから。』と美月ちゃんは苦笑した



原田「――まぁ、そう言うなって…へっくしょん!!」


『ちょ!…まさか左之さん髪乾かしてないんですか!?』



左之さんのくしゃみを聞いた瞬間、美月ちゃんは顔色を変えて左之さんに近付く



原田「いや、タオルでしっかり拭い『ほら、やっぱり濡れてるじゃないですか!!』わ、悪い…。」



美月ちゃんの剣幕に左之さんもたじたじになる


そしてそのまま美月ちゃんは左之さんの腕を掴んでぐんぐん歩いて行く



藤堂「…み、美月…。」



そんな二人を見て平助が声をかけると、直ぐさま美月ちゃんは振り返り『皆さん、急いで帰りますよ!』といつもより低い声色で言った


美月ちゃんは気付いてないみたいだけど、左之さんと美月ちゃんの体格差はかなりある為、左之さんは美月ちゃんに合わせて身体を縮めながら歩いている



沖田「ぷぷっ。どう考えてもそれぞれ別に歩いた方が早いと思うけ『何か言いました!?』…イエ、ナニモ。」



小声で呟いた僕の独り言に反応する美月ちゃんは絶対に地獄耳だと思う


そして僕達には目もくれず、美月ちゃんは『そもそも普通の風邪ならまだしも、この世界にはインフルエンザという質の悪い感染病が△※○★?℃♂@□!』とよく判らない単語を発しながら左之さんを引っ張っている



土方「――過保護なのは美月だって同じじゃねぇか。」


永・藤「「…確かに。」」



そんな事を言いながら僕達が笑っているとまたしても美月ちゃんが思い切り振り返った



『明日、全員問答無用で予防接種しますよ!!答えは聞きません!!』



頭から湯気が出そうな位、顔を赤くしながら怒る美月ちゃんを見てつい頬が緩む


…だって美月ちゃんが怒る時はいつだって人の心配をしているのだと知ってるから。



「「「「「…本当、美月(ちゃん)には敵わないよな(よね)。」」」」」



そして僕は改めて美月ちゃんが“手作りちょこれーと”を“僕以外の誰か”に渡すつもりなら、絶対に阻止しようと心に決めたのだった―――…




美月side



==バレンタイン前日==



昨日無事全員分のチョコを作り終えた私は今、大きなスーツケースに沢山のチョコを入れて、とある場所に向かって歩いている


全員バラバラのチョコを作った以上、同時に渡すと角が立つと思い皆の職場に持って行く事にしたのだ


そしてまず向かったのはスポーツジム


そう、新八さんの職場だ

※詳しくは働かざる者食うべからず~永倉の場合~参照


受付でマイルさんこと館長さんを呼び出してもらい、数分後――…


館長「美月さん?待たせたわね。」


『あ、マイルさん!ご無沙汰しております。お元気そうで何よりです。』



相変わらずのヒラヒラブラウスで颯爽と現れたマイルさんに挨拶をする



館長「貴女も元気そうで良かったわ。…で、今日はどうしたのかしら?」



その言葉に本来の目的を思い出した私は手元に用意していた紙袋からひとつ包みを取り出した



『――日頃お世話になっているので(主に新八さんが)、バレンタインも兼ねてささやかなお礼です。受け取って下さい。』



私はそう言ってお礼チョコ用パウンドケーキの包みを渡す



館長「まぁ!これは手作り?嬉しいわ!ありがとう。」



思った以上に喜んでくれるマイルさんを見て安堵する


…が、本番はこれからなのだ



『――で、お手数なんですが…これを明日新八さんに渡して頂けないでしょうか?』



私はそう言って新八さん用に作った【濃厚チョコレートタルト】の包みを渡す



館長「あぁ、なるほどね。私の分まで戴いた以上、無下に断れないし。…良いわよ。彼のロッカーに入れておいてあげる♪」



マイルさんはそう言って私にウィンクをした


まるで某デスウ○ンクみたi…ゲフンゲフン!


ともあれ、目的を終えたなら急いで次の場所へ向かわないと一日で配り切れなくなってしまう



『ありがとうございます!それでは、私はこれで失礼します。』



私はそう言いながらお辞儀をし、踵を返してその場から離れる



『――次は猫カフェ、かな?』



ジムから一番近い場所にあるのが猫カフェこと一くんの職場


いつものように可愛い猫たちと戯れたいけど、今日は我慢しなきゃ…


そんな決意をしつつ、私は改めて今日の予定を確認する


えっと、

①新八さんのスポーツジム×

②一くんの猫カフェ

③左之さんのお蕎麦屋さん

④総司のモデル事務所

⑤カズさんのEleganceBeauty

※詳細はそうだ、お台場に行こう~美容院編~を参照

⑥吉野くんの病院

⑦平助くんのひまわり

⑧土方さんの道場…だよね


…で、渡すのは――…


②一くんはチョコラスク

③左之さんは生チョコ

④総司はチョコマフィン

⑥平助くんチョコレートスクエアクッキー

⑦土方さんにはほろ苦チョコぷりん


猫カフェの店長さんやカズさん、准兄、橋本さん、吉野くんにはマイルさんと同じパウンドケーキを用意した


あ!でも井上先生だけは、もちもちチョコ団子を用意したんだよね


それから、ひまわりの翠さんと子供達には生チョコを挟んだハート型マカロンを沢山用意した


こんな感じ、かな…?


それにしても去年は准兄、カズさん、吉野くん、ひまわりだけだったのに今年は6人分増えたから大忙しだ


もちろん出費がかさむのは避けられないけど…嬉しい悲鳴だと思う


そう考えると自然と頬が緩んだ



『――さて。サクサクっと回っていかないと時間なくなるよね。よし、頑張ろうっと!』



私はそう自分に気合いを入れて、想いの詰まったスーツケースを引くのだった―――…



****************************************


永倉side



昨日、美月ちゃんは“誰か”の為に何とか教室っていう所で長時間菓子を作っていた


「もしかするとその相手が判るかも…。」って総司が言うから後をつけて様子を窺っていたものの、結局判らず仕舞い


ただひとつ判ったのは、嬉しそうに楽しそうに菓子を作る美月ちゃんの姿だけ。


あれだけの表情をするのは余程そいつの事が――…



永倉「あ~、クソッ!何か胸糞悪ぃ!!」



昨日の事を思い出していたら腹の底から苛々が込み上げてきた



藤堂「つか、新八っつぁん煩いよ。」


沖田「ほんと。美月ちゃんに見付かっちゃうじゃない。」



俺の嘆きにすかさず平助と総司が駄目出しをしてくる



永倉「うるせぇ!俺は今切ない想いに苦しんで「…煩い。」モゴゴッ!」



俺が反論している途中、斎藤が俺の口を思い切り塞いだ



斎藤「総司の言葉が聞こえなかったのか?これ以上騒ぐのであれば、あんたをこの場で斬り捨「わ、判った!悪かった!大人しくするからそんな睨むなよ。」…なら、いい。」



凄い形相で俺を睨み木刀に手を添えている斎藤に俺は慌てて謝る


つか、一体木刀なんて何処から出したんだよ…


ったく、ホントこいつらって物騒な奴らだよな


俺は溜息を吐き出して美月ちゃんに視線を向ける



原田「――にしても、やたら大荷物だよな。」


永倉「…確かに。」



美月ちゃんは女が持つには大きすぎる箱を引きずって歩いている


しかも腕には紙袋を提げて。



藤堂「美月って意外と力あるんだな。普通女だとあんな大荷物軽々と持てないだろ。」


「「「…確かに。」」」



俺達が平助の言葉に頷いていると総司が呆れた顔をした



沖田「――違う。美月ちゃんが力持ちなんじゃないよ。あの入れ物には女の人でも楽に動かせるようなカラクリが施されてるから軽々としてる様に見えるんだよ。…って、此処新八さんの職場じゃない?」



総司の言葉に顔を上げると、確かに俺の職場に美月ちゃんが入るところだった



藤堂「どういう事だ…?」


沖田「さぁ…?」



平助の問いに俺でさえも答えられず、また確認するだけの為に俺がジム内に入る訳にもいかず、俺達は美月ちゃんが出て来るのを待つしかない


そして暫くすると美月ちゃんと、満面の笑みを浮かべた館長が現れた


…しかもその館長の手には見覚えのある菓子の包みを携えて。



永倉「!?!?」



あまりの事に俺は絶句してしまう


美月ちゃんの相手が館長だったなんて――…



永倉「――なん…で…。」



俺の方が館長より長く美月ちゃんの傍に居たってのに、それは俺の傲りだったんだな


…すげぇ悔しい



藤堂「ま、まぁ新八っつぁん。そんな落ち込むなよ…ッ!」


原田「…新八…。」



そう言いながら俺の肩を叩く平助と左之の励ましを受けても、俺の気持ちは落ちたまま



沖田「あ。美月ちゃん別の場所に向かうみたいだよ?」



総司はそう言って美月ちゃんの後をつける


くそッ…!

絶対、明日館長を問い詰めてやる…!


俺はそう心に決め、総司の後を追うのだった―――…





斎藤side



口には出さなかったが、先程美月が新八の上司に菓子を渡したのは美月にとって“お礼”のようなものだと思う


…故に気にする必要はないのだ


俺が新八に言わなかったのは…不思議と口に出したくなかっただけで、深い意味はない


そんな事を考えながら美月をつけていると、現在向かっている道に違和感があり俺は首を傾げた


もしかして次は俺の店、なのか?


いや、まさかな――…



****************************************



藤堂「此処ってさ、一くんの職場だよな?」


斎藤「――あぁ。」



平助にそう聞かれ、俺は頷く


美月は先程、何の躊躇もなく店に入って行った


そして店から美月が出てくると――…



店長「美月ちゃんチョコありがと~!またいつでも遊びに来てね~!」



店の窓際に子猫を抱いて手を振る店長が居た…しかも満面の笑みを浮かべて。



斎藤「なっ…!?」



俺はあんな店長の顔見たことないし、聞き間違いでなければ今“ちょこありがとう”と言っていた


確かに美月はこの店の常連なのは判っている


…が。

俺の方が店長よりも遥かに長い時間を一緒に居るはずだ


なのに美月は俺じゃなく、店長を選ぶというのか――…?



原田「ま、まぁまぁ斎藤!そんなに落ち込むなって。」


永倉「…斎藤。お前の気持ちはよぉ~く判るぜ…!」



呆然とする俺を左之と新八が慰めてくる



斎藤「新八、あんた…。」



あぁ、そうか

新八も先程こんなに辛かったのだな


何だか申し訳なくなる



藤堂「あ。また美月が移動するみたいだぜ。」



そう言って平助は美月の後をついていく


そして俺は新八ときつく握手をし、男の絆を再確認しながら、改めて明日必ず店長を問い詰めようと心に決めたのだった―――…



****************************************



原田side



俺は判っている


美月は日頃のお礼も兼ねて色んな人に手作り菓子を配っているのだと――…判っている


だけど万が一って事も有り得ると思い、こうやって後をつけているのだ


新八、斎藤の流れで来たら次は准也の蕎麦屋だろ


などと考えているうちに蕎麦屋の前に着いた



斎藤「――どうやら次は、左之の職場のようだな。」


原田「…だな。」



今回は新八達とは違う


准也は美月の実兄だし、美月なら当然渡すと踏んでいたしな


だからこそ、それに対して俺が誰かさん達みたいに落ち込むことはない


そう俺は安心して待てるのだ――…



****************************************



暫くして蕎麦屋の引き戸が開き、美月が出て来た



『准兄。絶対、左之さんに見付からないようにしてね!?』


准也「――はいはい、判ってるって。」


原田「!?!?」



念を押すように准也へ忠告する美月に俺は絶句した


どういうことなのか全く判らない


ただ美月と准也の間に俺には言えない秘密があるということは間違いないだろう


確かに俺は准也に比べて美月と一緒に居る時間も思い出も少ない


…それでも俺は少しくらい美月の支えになれているのだと思っていた


でもそれはただの傲りだったんだな――…


そう思うと胸がつきりと痛んだ



永倉「…判る。判るぜ左之!おまえの辛さが…ッ!」


斎藤「――左之、気にするな。」



俺の肩を掴んで共感する新八と言葉は少ないものの励ましてくれる斎藤


さっきまで二人を少し馬鹿にしていた事を後悔した



沖田「――何か、徐々に鬱陶しい人が増えてるんだけど。…って美月ちゃん、次は何処行くんだろ?」



総司は横目で見下すように俺達を見遣りながらそう言い、美月の後を追う


総司、次はおまえの番だぞ…?


心中でそんな悪態をつきながら、俺は明日絶対准也を問い詰めようと心に決めたのだった―――…




****************************************



沖田side



美月ちゃんが次に向かったのは僕達の髪を切ったお店だった


美月ちゃんは日頃のお礼として色んな人にお菓子を配っていることくらい僕は最初から判ってる


カズさんにもだけど、前の3人にだって同じ


美月ちゃんがそういう義理堅い性格なのは知ってるけど、万が一ということがあったら全力で阻止しようと思う


それは慎吾くんの為じゃなく…僕自身のために。



斎藤「此処は…?」


沖田「――あ、此処は僕の事務所。まぁ、職場みたいなものだよ。」



美月ちゃんの行く順番を考えると次は僕の事務所だと判っていたんだ


そして事務所に入って暫く経ったし、そろそろ――…



永倉「あっ!美月ちゃん出て来たぜ。」



新八さんの言葉に反応して集中すると、美月ちゃんの姿を見付けた


でも――…美月ちゃんは少し悲しそうな表情を浮かべている



原田「…ん?なんか今までと様子が違うな…。」


藤堂「何かあったのか…?」



そんなの、わからないよ


判らないけど…大体予想はつく



斎藤「――また移動するようだぞ。」



一くんの言葉に反応して、僕達も美月ちゃんを追う


そして次はきっと――…



****************************************



永倉「――なんで病院なんだ…?」


原田「さぁ…?」



あれから病院に向かった美月ちゃんは到着後すぐ中へ入った


恐らく吉野先生に会っているのだろう


…まぁ、もちろん皆には言えないけどね



藤堂「あ、美月出て来t――って、あれ?吉野先生じゃねぇ…?」



病院の入口に美月ちゃんと吉野先生が現れた


美月ちゃんはやっぱり少し悲しそうな表情を浮かべている



『――いつも無理ばかり言ってごめんなさい。でもこればっかりは吉野くんに頼るしかなくて――…。』


吉野「解ってるよ。大丈夫、俺に任せなさい。」



申し訳なさそうに下を向く美月ちゃんの頭を吉野先生が撫でる


…とても優しい顔をしながら。



永倉「え?は?どういう事だよ??」


斎藤「――判らん。…が、この世界の人間ではない俺達が医療機関を使うことは、とても高額な医療費がかかると聞いたことがある。故にもしかすると俺達の事――なのやも知れないな…。」

※新選組は常に保険証が無い人(普通は3割負担が10割負担になる)と同じ扱い


沖田「…………。」



その上、僕の労咳治療の件もあるし――…


僕は美月ちゃんに申し訳ない気持ちでいっぱいになる



原田「あ、美月次に向かうみたいだぜ。」



左之さんの言葉に反応して再び美月ちゃんを追いながら、僕は改めて明日絶対に橋本さんと吉野先生に今日の事を聞こうと心に決めたのだった―――…




藤堂side



俺は美月が次に向かうのはひまわりだと気付いた


そしてあの大きな箱型の入れ物には麻衣や子供達の為のお菓子が詰まっていることも――判ってる


大人の俺達でさえ心配し匿ってくれた優しい美月が、ひまわりの子供達に何もしないなんて事は有り得ないし。


俺達の分が無いのは正直少し寂しいけど…まぁ全員が貰えないなら平等だし、気にするのは止めようと思った



沖田「…あれ?此処って平助の職場だよね?」


藤堂「――あぁ。」



総司に尋ねられて俺は頷く



《あー!美月ちゃんッ!》

《今年も持って来てくれたの!?》

《美月の手作りチョコだぁ!!》



そして美月がひまわりの門を開けて中に入ると子供達の歓声が聞こえてきた



永倉「さすが美月ちゃん。子供にも大人気だな。」


斎藤「――しかもあの様子だと毎年作ってるのだろう。子供達も美月が来るのを待っていたようだ。」



さっきまで落ち込んでいたくせに二人とも嬉しそうな表情を浮かべている



原田「それだけ俺達にとっても子供達にとっても、美月はなくてはならない存在って事だろ。」



左之さんもまた目を細めて子供達に囲まれている美月を見ていた



沖田「何だか妬けちゃうなぁ。ねぇ、僕も混ざってきt「「「「駄目だ。」」」」…ちぇ。つまんないの(´・ω・`)」



総司は総司で目の前の光景があまりにも楽しそうで、本来の目的を忘れた行動を取ろうとする


…当然、俺達に押さえ付けられた訳だけど。




==1時間後==



《もっとゆっくりしてけばいいのにー。》

《またすぐ遊びに来てよ!?》

《美月ちゃん、チョコありがとうね!》



子供達は予想外に早い美月の帰宅に不満気な表情をしていた



『ごめんね、この後にも寄らなきゃならない場所あるの。また遊びに来るわ。それと、お菓子は皆で仲良く食べるのよ?判った?』



美月が申し訳なさそうにそう言うと諦めたのか「うん、わかった!」と子供達は素直に頷く



『あ、それとさっきの約束、皆覚えてる?平助くんには…「「「絶対秘密ッ!!」」」――うん、よろしい!ふふっ。』


藤堂「なッ!?!?」



美月と子供達は笑顔で確認し合うけど、俺には衝撃的すぎて絶句するしかなかった



沖田「――どんまい、平助。」


斎藤「…気に病むことはない、皆同じだ。」



そう言って俺の肩を叩く二人に俺は改めて仲間の素晴らしさを噛み締める

※絶賛、全員勘違い中\(^o^)/



永倉「あ、美月ちゃん次の場所に向かうみたいだぜ?」



新八っつぁんの言葉に反応して美月の後を追いながら、俺は明日絶対翠さんを問い詰めようと心に決めたのだった―――…




****************************************


美月side



残すは、あと一箇所


そう土方さんの勤める道場のみ


他の皆同様に人経由(正確にはロッカーに忍ばせてもらう)にするつもりだったけど、あいにく今日は稽古の日なのだ


なので土方さんだけは手渡しにせざるを得ない状況だったりする


少し照れ臭いのと、用意したものが土方さんの口に合うかどうか不安もあって何だか緊張してしまう


そんな事をうだうだと考えているうちに道場に着いてしまった


う~…。女は度胸よね、うん…ッ!!


そう自分に喝を入れて道場の扉に手をかける



『お、おはようございます…ッ!』



私がそう挨拶すると井上先生を始め、土方さんや他の門下生の皆さんもこちらに振り返った



井上「おや、美月くん。今日は稽古の日じゃなかったような…?」


土方「――あぁ、そうだ。美月、何かあったのか?」



稽古の日じゃないのに私が来た事を不思議そうにする井上先生と土方さん



門下生A「美月さん、まさかその包み…。」


門下生B「もしやチョコ、ですか…?」



私の荷物を門下生の二人に指摘されて、隠す必要もないため私は笑って口を開く



『はい、日頃お世話になっている皆さんに作ってきました。皆さんのお口に合うかは判りま「「「いやったー!女神降臨んんッ!!」」」…いや、いくらなんでもそれは大袈裟では――…。』



私の言葉に何故か歓喜する門下生の皆さん


これだけ喜んでいる皆さんに渡すのは量産したパウンドケーキという事実は些か罪悪感があるけれど…。



井上「ふぉっふぉっふぉっ!皆、美月くんが居て良かったのぉ!」



皆さんの喜び様に井上先生がそう言うから私は苦笑するしかなかった―――…



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そして門下生の皆さんにを渡し終えた後、私は井上先生に用意したチョコを手に先生の傍へ寄る



『――井上先生。先生には皆さんとは別のものを作ってきました。…お口に合うかは判りませんが、いつも稽古をつけて下さっているささやかなお礼です。』



そう言って渡すと井上先生は嬉しそうに笑顔を浮かべた



井上「おぉ!わしにも用意してくれたのか?…それじゃあ有り難く受け取らせて戴くね。」


『はいッ。』



井上先生はそう言って丁寧に両手で受け取ってくれる



井上「――で、土方くんにも用意しているんだろう?」



にやりと笑いながら井上先生が言うから瞬時に自分でも顔が紅くなるのが判った



『も、勿論用意していますよ…!?』



私の手に残っているのは、もう土方さんに渡す【ほろ苦チョコぷりん】しかない


それに沢山入れていたドライアイスもそろそろ切れてしまう頃だし、早く渡したいのだけど…小心者の私はつい後回しにしてしまった



井上「――土方くんも待っていると思うよ。ほら、早く行ってあげなさい。」



井上先生はそう言って私の背中をぽんと押す


私はその勢いに乗り一人で木刀の手入れをしている土方さんの元へ向かった



『――お忙しいところ、申し訳ありません。土方さん、今少しお時間大丈夫ですか?』



そう私が尋ねると土方さんは顔を上げて「あぁ、別に構わねえ。」と言ってくれる


その言葉を聞いて、私は土方さんの隣に腰を下ろした



土方「――おまえの事だ、どうせうちの奴ら全員分用意してんだろ…?」



木刀に視線を向けたまま土方さんはそう私に問い掛けてくる


…これでも一応必死に隠していたんだけど、土方さんには看破されていたって事か――…



『ふふっ。さすが土方さん。何でもお見通しですね。』



いきなり土方さんに言い当てられてしまったものの、私は悪い気はせず笑いが込み上げる



土方「…まぁな。だが、まさか門下生の分まで用意してるとは思わなかったけどな。」


『――じゃあ私の勝ち、です。』



苦笑する土方さんに強気で私はそう言った



土方「あー、はいはい。降参降参。」



ふざけた口調で両手を軽く挙げる土方さんが何だか可愛らしく思える


そして、そっと土方さん用のチョコをコトン、と横に置く



『皆さんより一足先になりますが、日頃の感謝を込めて土方さん用に作りました。…お口に合うか判りませんが受k「「ちょっと待ったぁああ!!」」!?!?』




突然の大声と共に平助くん、新八さん、左之さん、総司、一くんが現れた


その事に私は驚いて固まってしまう



土方「…てめぇら、一体何しに来たんだ?」



そう言って土方さんはスッと私の前に立った



永倉「ひでぇよ、美月ちゃん!俺達には何もくれないのに土方さんにだけ用意するなんて…ッ!」


藤堂「俺、皆平等であるべきだと思う!」


『…はい?』



…え?新八さん達は何を言ってるの?


何だかすごい誤解をされている気がするのですが…ッ!



原田「――今回は流石の俺も落ち込んだぜ?…なぁ、土方さん。男なら欲しいもんは正々堂々と勝負して勝ち取るもんだろ?」


土方「はぁ?何訳わかんねぇ事言ってんだ?美月はなぁ、おまえらにm『ちょ!土方さん!?(それは皆さんを明日驚かせたくて秘密にしているんです!だから土方さんも内緒にしててくださいッ!)』――うぐっ。わ、判った。」



私は思わず計画を暴露しそうになる土方さんの顔を掴み、思い切り背伸びをした状態で私は土方さんの耳元でそう主張する



「「「「「!!!!!」」」」」



その瞬間、空気が更に凍りついたような気がしたのは気のせいだと信じたい。…いや、信じよう。



斎藤「――ッ!い、いくら副長とて美月の手作り菓子を独り占めするのは見過ごせません。副長、ご無礼お許し下さい。」


沖田「一くんさぁ、こんな時まで畏まる必要ないと思うけど?僕は全力でそのお菓子(と美月ちゃん)、奪わせてもらいますからね?」



完全なる勘違いで暴動キタコレ\(^o^)/


いっその事バラしてしまった方が解決するんじゃ…?


いやいやいや!!


そんな事をしたらバラバラのお菓子についてまた暴動が起こって――…


もれなく暴動×2エンドレスナイト☆キラッ


もう、どうしたら良いの!?



土方「――ほぅ?出来るもんならやってみろ。…それにあれは俺だけのもんだ。誰にも渡さねぇ。そうだろ、美月?」



土方さんはにやりと笑ってそう私に問い掛けてくる


ちょ!土方さん!?

何で皆を煽るんですか…ッ!?



永倉「美月ちゃん、そうなのか…?」


原田「正直に答えてくれ、美月。」



新八さんと左之さんは寂しそうな表情を浮かべて尋ねる



『うっ…!そ、そうです。確かにあれは土方さんのです。…でもッ!私は不公平になんかしてませんんんん!!!』


藤堂「あ、ちょ!美月!!」



平助くんが呼び止めてくれたのは聞こえていたけど――…いい加減、この状況にいたたまれなくなった私はそう叫んでとうとう逃げ出した


自宅は皆が居るし、一晩だけ実家に泊めてもらおう


明日帰る頃にはどうか皆が落ち着いていますように。


私は涙目になりながら、そう祈るしかなかった―――…




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土方side



永倉「――に、逃げた…!?」


沖田「…みたいだね。」



凄まじい勢いで逃げ出した美月を俺達はただ呆然と見ていた



井上「ふぉっふぉっふぉっ!皆、若いのぅ。」



そんな俺達を見て井上さんは小馬鹿にする訳でもなく、いつもの穏やかな笑顔を浮かべながら笑っている



井上「君達はバレンタインが何時か知っているかい?」


藤堂「…え?今日じゃないのか?」


永倉「――俺も今日だと思ってた。」



首を傾げる俺達に井上さんは「バレンタインは“明日”だよ。」と教えてくれた



井上「――故に明日一日待ってみても損はないと思うがの?…それに美月くんは、わしや此処の門下生にも気遣える優しい子だ。そんな子がいつも傍に居る君達を蔑ろにしたりすると思うかい?」


「「「「「……………。」」」」」



他の誰でもなく、まるで源さんがそこに居るように俺達を諭してくれる言葉はきっと総司達にも届いているはず



土方「ったく、おまえらは本当にどうしようもねぇな…。」



そう俺は呟いて息を一つ吐き出した


この馬鹿どものせいで、美月は恐らく今夜は自宅に戻らないだろう


折角こいつらの事を気遣ってやった事がこいつらの至らぬ行動のせいで裏目に出てしまった美月に申し訳なく思った


とりあえず行き先が判らないと心配だし、後で携帯に連絡するか


そこまで考えて振り返ると反省したのか、うなだれている5人がいた



土方「おい、おまえら!折角道場に来たんだ。稽古していくだろ?」



そう言って俺はそれぞれに木刀を投げる



土方「終わった事は仕方ねぇ。くよくよする暇あったら己を磨きやがれ。」


沖田「…ははっ!簡単に言ってくれますけど、土方さんが煽らなければ事態は大きくならずに済んだと思うんですけど…ねッ!」



ガンッ!



そう言って総司は俺に斬りかかってくる



土方「…何だ、総司そう言ってる割に剣筋にキレがないぞ?」



ガッ!ガン!



沖田「ははっ!わざと手加減してあげてるんですよ!」



ガンッ!



そう言って木刀を振るう総司はすごく嬉しそうだ


確かに前ほどのキレはないにしても、体力はかなり戻りつつあるのかも知れない


それに気付けただけでも今日は収穫があったと思える


…いや、勿論美月から貰った菓子も嬉しいことなのだが。






それから俺達は暫く稽古をしてから揃って帰宅した


慎吾は話を聞いて苦笑するだけで俺達を窘めたりはしない


それが逆に堪えたが…まぁ、仕方ないだろう


とりあえず俺は明日道場に行ったら美月に貰った菓子を食べようと心に決めたのだった――…

※現在、ぷりんは井上さん宅の冷蔵庫に保管中






















チョコレート争奪戦


仲間でさえ君の手作りのものは渡したくない


もちろん、君自身だって渡したくない



…自分がこんなに独占欲の強い人間だったなんて…初めて気付いたんだ―――…




==バレンタイン当日==



■永倉の場合■



永倉「…はよーっす。」



昨日、土方さんの予想通り美月ちゃんは自宅に戻らなかった


自業自得とはいえ、正直落ち込んでいた俺は気の抜けた挨拶をして職場に入る



館長「ちょっと新ちゃん?朝っぱらから何時化た顔してんのよ。」

※時化た=しける



声に反応して顔を上げると、館長が呆れた顔をして俺を見ていた



永倉「あッ!!館長ッ!昨日美月ちゃんに何を貰っ「手作りチョコレートを貰ったわ♪」…おいおい、まじかよ…。」



信じたくない現実を叩き付けられた俺は呆然とする


そんな俺を見て館長はけらけらと笑った



永倉「けっ!貰った奴はいい気なもんだよな…ッ!くそっ!」



俺がそう嫌味っぽく吐き捨てると館長は更に大笑いをする



館長「あらあら怒らせちゃった?ごめんなさいね?じゃあ話はこれ位にして、早く着替えて来なさいな。」


永倉「あぁ、わかってるっての!ちっ…!」



ドカッ…!



館長に促されたものの、行くあてのない怒りを壁にぶつけ俺はロッカーに向かった



カチャ…



永倉「――ったくやってらんねぇよ…って、ん?何だこれ?」



ロッカーを開けると大きい四角形の箱が置いてあった


そしてそれには手紙が付いていた為、俺はそれを手に取る



【新八さんへ。 ふふっ。驚きましたか?…もうご存知かも知れませんが、今日はバレンタインという一年に一度、大切な人にチョコレートを渡す日です。新八さんは甘い物も好きですし、他の皆さんより沢山食べると思ったので“チョコレートタルト”を新八さんだけに用意しました。皆さんには内緒ですよ? 美月より。】



永倉「――なんだよ、それ…。」


手紙を読み終えた俺は頭を抱えてしゃがみ込む



館長「昨日、彼女からそれを預かったのよ。“明日、新八さんに渡して下さい”ってね。私が貰ったのは確かに手作りだけど、ただのおまけよ。…どう?これで安心したかしら?」



いつの間にか俺の後ろに立っていた館長に事の真相を聞いて、俺は自分の不甲斐なさに「情けねぇ…!」と言いながら頭を思い切り掻いた



館長「まぁ…それだけ余裕がなくなる位、貴方の中で彼女が大切って事なのよ。後でお礼のメールでもしてあげたら?」


永倉「――あぁ、そうする。…館長、ありがとな。」



俺がそう口にすると「どういたしまして♪」と言って館長は部屋から出て行く


それを見送ってから俺はおもむろに箱を開け、一切れだけ手に取り口に入れた



永倉「…うめぇ…。」



あまりの美味しさに苦笑してしまう


すぐに連絡したい気持ちはあるが、全部食べてから美月ちゃんに改めてお礼のメールしようと俺は心に決めたのだった―――…




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■斎藤の場合■



カランカラン…



斎藤「…おはようございます。」


店長「あ、斎藤くん。おはよ…う…?」



俺はいつものように、店長に挨拶をして店に入る


内心穏やかではないのだが、普段からあまり感情を出さない性分がこういう時には役に立つものなのだ



店長「さ、斎藤くん…?何かあったの?」



店長は何故か顔を引き攣らせながらそう問い掛けてくる


…そんな表情をするのはやましい事があるから、なのか?

※斎藤さんの気迫に怯えているだけです。



斎藤「――いえ、特に。…ですが、店長にひとつ聞きたい事があります。」


店長「え?な、何…?」



店長は俺の言葉に更に顔を引き攣らせた



斎藤「…昨日、美月が此処に来ましたよね?美月が何の用で来たのか聞きたいのですが。」


店長「あぁ。なんだ、その事?――確かに昨日美月ちゃんは店に来たよ。バレンタインだからってお世話になってる人にチョコ配って歩いてたみたいだね。」



店長は笑顔でそう話す



斎藤「――それは俺も知っています。俺が聞きたいのはそうじゃなくて店長は美月から「うん、貰ったよ?」…そう、ですか…。」



核心を聞いた俺はうなだれながら裏のロッカーへと移動する


何故…?

まさか猫か…!?猫に釣られたのか…!?


などと自問自答を繰り返しながら、もはや習慣になりつつある着替えをする為、俺はロッカーを開けた



カチャ…



斎藤「…ん?これは…?」



ロッカーを開けると四角形の箱が置いてあった


そしてそれには手紙が付いていた為、俺はそれを手に取る



【一くんへ。 ふふっ。驚きましたか?…もうご存知かも知れませんが、今日はバレンタインという一年に一度、大切な人にチョコレートを渡す日です。多分、一くんは他の皆さんよりお菓子を沢山ご存知だと思ったので、何を作るか正直悩みましたが、一くんにはパンを使った“チョコラスク”を作りました。食感も良いので気に入って下さると嬉しいです。あくまでもこれは一くんだけに用意したお菓子なので、皆さんには内緒にして下さいね? 美月より。】



斎藤「…美月…。」



俺は手紙を読み終わり、自然と頬が緩む


従業員ではない美月は此処に置いておく事は出来ない


その為、店長に頼んだのであろう


此処は美月がよく遊びに来る店でもあり、そのような依頼をするのであれば店長にも何か渡した方が事は円滑に運ぶ


…成る程、そういう事だったのだな


心中で渦巻いていた疑問が氷解し、俺は息をひとつ吐き出した


そして俺はおもむろに箱を開け菓子をひとつ摘み、口に入れる



斎藤「…確かに食感も良いな。」



口の中でさくさくとする食感と、ちょこ特有の甘さが合っていてとても美味い


しかもこれは“俺だけの”菓子


それだけで俺は先程までの気持ちが嘘のように喜びで満たされていた


後で美月にお礼の連絡を入れなければ。


そして今度、この菓子の作り方を教えてもらおうと俺は心に決めたのだった―――…




■原田の場合■



ガラガラ…!



原田「…おはようさん。」


准也「お!左之くん、おはよう。待ってたぜ~。」



萎える気持ちを押さえ込み店の戸を開けて挨拶をすると、いつも以上に元気の良い准也が顔を出す


正直、そんな顔を見たらすぐにでも問い詰めたくなるってもんだが、流石にそんなことは出来ずに俺は奥歯をぎしりと噛みしめた



原田「“待ってた”って…?」



俺は首を傾げながら准也にそう問い掛けると准也は厨房から出て来て俺の背中を押す



准也「俺の口からは言えない約束なんだけどさ、そういうの面倒臭くて苦手だからさっさと終わらせたいんだよ!ほらほら、急いで更衣室に行く!」


原田「――おいおい、押すなって。」



准也の説明に俺は苦笑しながら更衣室に移動した



原田「ったく意味が判らねぇ…。」



一人更衣室で疑問に思うものの、どの道着替えなきゃならないと結論付けて自分のロッカーに向かう



カチャ…



原田「…ん?何だコレ…?」



ロッカーを開けると小さな四角形の箱が置いてあった


そしてそれには手紙が付いていた為、俺はそれを手に取る



【左之さんへ。 ふふっ。驚きましたか?…もうご存知かも知れませんが、今日はバレンタインという一年に一度、大切な人にチョコレートを渡す日です。左之さんは甘い物よりもお酒の方が好きかと思ったのですが…折角のバレンタインなのでお酒をたっぷり混ぜた“生チョコ”を用意しました。甘さ控え目な大人の味を気に入って下されば嬉しいです。勿論、皆さんには内緒ですよ? 美月より。】



原田「…なるほどな。」



俺は美月からの手紙を読み終えると自然とそう口に出していた



准也「美月、どうしても本人にロッカー開けさせた上で驚かせたかったみたいだぜ?…しかもそれ、常温で放置しとくと他のチョコと比べて解けやすいんだ。だから左之くんが来る時間を見計らって俺が冷蔵庫から出して待ってたって訳。面倒な事に付き合わせて悪いな。」


原田「――くくっ、そういう事か。まんまと美月にしてやられたな。」



准也の説明を聞いて俺は思わず笑いが込み上げる


…そうだよな


井上さんの言う通り、美月が俺達を蔑ろにする訳ない


解ってたのに感情に飲み込まれるなんて“俺らしくない”と自分でもそう思う


そして俺はおもむろに箱を開けて菓子をひとつ摘み口に入れた



原田「ん…。これ、美味いな…。」



何の酒か判らないが、酒が沢山入っていることが判るし、甘さがしつこくなくて俺の口に自然と馴染んだ


恐らく美月は俺だけでなく、全員それぞれの好みに合わせて用意したんだろう


それを一度に渡すと新八、平助、総司辺りから不満が出ることを考慮してこういう渡し方にしたのかも知れない



原田「ったく、美月にゃ頭が下がるぜ…。」



後でお礼のメールしなきゃな


そして近い内に何かお返しをしようと俺は心に決めたのだった―――…



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■沖田の場合■



沖田「――橋本さん、入るよ?」


ガチャ…



僕は事務所に着くやいなや橋本さんの部屋の前に向かい、扉を開けた



橋本「あぁ、総司くん。おはよう。」



いつも通りに挨拶をしてくる橋本さんにイラっとする



沖田「“おはよう”じゃないですよ。昨日、美月ちゃん此処に来ましたよね?…僕、見たんです。此処から出て、とても悲しそうな顔をしている美月ちゃんを…。――どうせ、僕の病気の事が原因なんでしょう?」



僕がそこまで言うと、橋本さんは一瞬驚いた顔をしたけど直ぐにいつも通りの穏やかな表情に戻った



橋本「うん、確かに彼女は来たよ。君の肺結核の事を気にかけていたけど、“くれぐれも薬の時間を忘れないように”そして“何か異常があれば吉野先生に連絡して欲しい”と言ってただけだ。」


沖田「そう、ですか…。」



橋本さんの話を聞いて僕は余計に気持ちが滅入ってしまう


いや、僕が原因なんだけどさ…。



橋本「――あ、そうそう!それから、これを君に渡してくれと頼まれたんだ。」


沖田「…え?」



顔を上げると四角形の箱を橋本さんは差し出してきた



沖田「美月ちゃんから…?」


橋本「――あぁ。」



改めて箱を見遣るとそれには手紙が付いていた為、僕はそれを手に取る



カサカサ…



【総司くんへ。 ふふっ。驚きましたか?…流行に敏感な総司くんなら恐らくもうご存知かも知れませんが、今日はバレンタインというこの世界で一年に一度、大切な人にチョコレートを渡す日です。総司くんは甘い物好きでしょうけど、他の皆さんより少食だと思ったので小分けで食べられる“チョコマフィン”を用意しました。実はこれ、わざと量を少なくしています。何故ならあと半分は吉野くんに預けているからです。残りのマフィンには少し違う物を混ぜてありますので、食べたければ必ず病院に行くこと!絶対ですよ! 美月より。】



沖田「ぷはっ!まったく、僕は子供じゃないのに…。」



…でも、美月ちゃんなりに気を遣ってくれたのはよく判る


僕の事をすごく心配してくれてるのも――よく判る


だから美月ちゃんの言う通り吉野先生のところにも行ってあげようと思った


もちろん、残りの半分も食べたいしね



橋本「――彼女、本当に良い子だね。そんな子が傍に居る君は幸せ者だな。」


沖田「…僕もそう、思います。」



それから橋本さんに今日の予定を尋ねると特に仕事は入っていないみたいだったから、僕はそのまま事務所を出て吉野先生の元へ向かった



20XX/02/14 10:16

To:吉野先生

Sub:今から

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先生に預けてるもの返してもらい

に行くから。


沖田

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20XX/02/14 10:27

From:吉野先生

Sub:Re:今から

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ちゃんと検査を受けたら返してあ

げるよ。


ちなみに例外は認めません♪



吉野

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沖田「あ~、やっと終わったよ。」



僕は吉野先生の病室に入るやいなや、愚痴をこぼした


文明が発達したらしたで、こういう時面倒臭いと思う…と言ってもその面倒な文明のおかげで治療出来てる訳だからこれでも感謝してるんだけど。



吉野「ははっ。お疲れ様。検査の結果を今確認してるけど――…うん、順調に回復してるみたいだね。身体の調子はどう?前と比べて変化あるかい?」


沖田「…う~ん、そうだなぁ…。」



先生にそう聞かれて色々考えてみる


…あ、そう言えばこの前遊園地で走った時も昨日の稽古も大分良かった気がした



沖田「――前ほどは動けないけど、それでも走ったり稽古しても多少疲れる程度まで良くなってるよ。」



僕がそう答えると先生は満足そうに頷く



吉野「いくら調子が良いからといって薬を飲まなかったり、検査を受けに来ないなんて事はしないように。――そんな事したら誰よりも美月ちゃんが傷付く事くらい解るよね?」


沖田「…言われなくても解ってるよ。」



そんなことしたら美月ちゃんが悲しむ事くらい、泣く程傷付く事くらい…解ってる


それに今僕が彼女に出来る恩返しは治療することだと思うから。


…だから僕は治療を続けるよ


それで美月ちゃんが笑ってくれるのなら…いくらでも、ね


そしてそれは近藤さんの為にもなるのだから。



吉野「――よし、じゃあそんな君に美月ちゃんからのご褒美だ。…はい、これ。」



吉野先生の言葉に顔を上げると目の前にさっき事務所で貰った箱と同じものがあった


僕はそれを受け取り、先程と同じように付いていた手紙を手に取る



カサカサッ…



【総司くんへ。(其ノ弐) ふふっ。これを読んでいるということはちゃんと病院に来て検査を受けて下さったのですよね?ありがとうございます。…少しだけお菓子の話をすると、橋本さんに渡していたマフィンはプレーンという、ごくごく普通のものでした。今回、吉野くんに預けていたマフィンにはバナナやりんごなど色々な果物を混ぜているので、さっぱりしていると思います。此処だけの話、総司くんのお菓子が一番種類多く作っているんですよ…!だから皆さんには内緒にしてくださいね?約束ですよ。●追伸●これからも一緒に治療、頑張りましょうね!今日はお疲れ様でした。 美月より。】



沖田「…美月ちゃん…。」



手紙を読み終わり、心がじわりと温かくなる


いつも僕や皆を気遣って人の為に行動する君はやっぱりすごいよ


そんな事を考えながら僕はおもむろに箱を開け、ひとつだけ取り出してかじりついた



沖田「――甘酸っぱくて美味しい…。」



お菓子ひとつでこんなにも幸せな気持ちになるなんて、元の世界にいた時の僕には考えられないことだったのに…


だからこそ僕は今日のお礼を改めてしようと思う


その時は、美月ちゃんがあっと驚くような素敵なお返しをしてあげるから覚悟して待っててよね―――…?



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■藤堂の場合■



藤堂「っはよーござーまーすッ。」



俺はいつも通りひまわりの門を抜けて、戸を開けながら挨拶をする



《あっ。平助来た…!》

《ちょ、早く閉めろよ…!》

《良いか?絶対秘密だぞ…!?》



明らかに様子のおかしい子供達に首を傾げながら、俺はそっと近付いた



藤堂「一体おまえら何してんだ??」


「「「!?!?!?」」」



俺がそう頭上から問い掛けると子供達は跳びはねて一目散に逃げていく



「何でもないから、気にすんな!」


藤堂「…いや、何もないなら逃げる必要ないんじゃねぇか…?」



俺は子供達の後ろ姿を見ながらそう呟いていると、俺の服が引っ張られている事に気付いた



藤堂「…ん?おまえは確か…“(コウ)”だっけ?」



そう尋ねると晃はこくこくと頷く


翠さんの話によると、晃はどうやら親元に居た頃に充分な食事も教育も与えられなかったらしい


その結果、3歳にしては小さすぎる身体をしていて、まだ上手く話すことも出来ないのだ


それでも意味は通じている事を俺は知ってる


だから――…



藤堂「晃、皆が何を隠してるか知ってるか?何か知ってたら教えて欲しいんだけど。」



晃の目線に合わせてしゃがみ、そう俺が尋ねる


ちなみに子供の目線に合わせてしゃがむのは美月の真似だ


…すると晃は再度こくこくと頷いて指を差す


その方向を見遣ると俺のロッカーを示していた



藤堂「…え?俺のロッカー…?」



まぁ、どの道ロッカーの中に入れてある前掛け(※エプロン)を着けなきゃいけないしな


そう思い、俺は立ち上がってロッカーに向かった


何故かその後を晃がついて来る事は疑問だったけど…敢えて気にしない事にする



カチャ…


ドサドサドサッ…!



藤堂「!?!?!?なッ、何だこれ…!?」



ロッカーを開けると小さな包みが沢山こぼれ落ちてきた



翠「――その手の平サイズの包みは子供達から藤堂くんにチョコのプレゼントみたいよ。…皆、君の為に一生懸命作ったんだから。」



振り向くといつの間にか後ろに立っていた翠さんがそう俺に教えてくれる



藤堂「皆が俺のために…?」



俺は驚きながら包みを拾うと包み一つ一つに紙切れが付いていることに気付き、めくってみた



【チョコやる!ありがたく思え!】

【作ってやったんだから、ちゃんとたべろよ!】

【へーすけ、ひまわりに来てくれてありがとう。】



藤堂「――汚っねぇ字…。でもすげぇ嬉しい…。」



俺はそう呟いて一旦包みをロッカーにしまおうとすると、子供達から貰ったものとは別に四角形の箱が置いてあった


そしてそれには手紙が付いていた為、俺は持っていた包みを置いてからそれを手に取る



【平助くんへ。 ふふっ。驚いたかな?…きっと、もう知っていると思うけど、今日はバレンタインという一年に一度、大切な人にチョコレートを渡す日なの。平助くんは甘い物好きだろうけど、普通のチョコレートよりも楽しめるお菓子が良いと思ったから“チョコレートスクエアクッキー”を作ってみたよ。回りはサクサクで中は柔らかくて甘いチョコレート。平助くんが気に入ってくれると良いな。…それと、あくまでもこのお菓子は平助くんだけに用意したものだから、絶対皆さんには秘密ね? 美月より。】



藤堂「美月…。」



手紙を読み終えるとさっきまであった胸のもやもやが綺麗に消えていた



翠「――美月ちゃんは子供達と一緒になって、君を驚かせたかったみたいね。」



翠さんは笑いながらそう言って部屋から出ていく



藤堂「…そっか。」



…そういう事だったのか。


翠さんの言葉にやっと全て辻褄が合った気がする


それで昨日の美月も、さっきの子供達もよく判らない事を言ってたんだな


美月はちゃんと色々考えて用意してくれたってのに、俺は勝手に勘違いして…情けねぇ


そう考えると己の愚かさに失笑してしまう



ポンポン…



藤堂「…ん?晃…?」



晃は座り込んで居た俺の頭をにこにこ笑いながら小さな手で撫でてくれる



藤堂「――もしかして励ましてくれてんのか…?」



そう俺が尋ねると晃はこくこくと頷いた



藤堂「…そっか、ありがとな。」



俺はそう言って晃の頭をぐしゃぐしゃと撫でると、晃は嬉しそうに笑う


そして俺はおもむろに箱を開けて菓子をひとつ取り出して口に入れ――…ようとしたが、手を止めて晃に振り返る



藤堂「――さすがに俺だけ食うのはまずいよなぁ。でも晃にあげたら他の奴らにもあげなきゃならねぇし…。」



俺がそう呟くと晃は自分のロッカーへ走り、何か持って俺の前へ戻ってきた


晃が自慢気に見せるそれは――…



藤堂「…菓子…?もしかして、おまえも美月から貰ったのか…?」



俺の言葉に晃はこくこくと頷いておもむろにそれを食べ始める


そして一つ食べた所で俺の摘んでいる菓子を指差した


晃が言いたいことは判る


“俺も食べたんだから平助も食べろよ”って事だよな



藤堂「――あぁ、わかったよ。」



俺はそう言い、改めて美月の菓子を口に入れた



藤堂「…うま…。」



すげぇ美味いのに何だか胸がきゅっと締め付けられるのはどうしてだ…?


わかんねぇけど、もしかすると嬉しすぎるからかも知れねぇな…


そんなことを考えながら俺は隣でにこにこ笑う晃の頭をもう一度撫でる



藤堂「――美月にお礼しなきゃな?」



俺がそう言って笑うと晃も笑いながら頷いてくれた


何をすれば美月が喜ぶかなんて判らないけど、まずは後でお礼のメールをしようと思う


そして近いうちに今度は俺が美月を驚かせてやろうと心に決めたのだった―――…



****************************************



■土方の場合■



土方「――昨日は迷惑かけて申し訳ねぇ。」



俺は道場に着くやいなや、井上さんに昨日の無礼を詫びる



井上「ふぉっふぉっふぉっ!迷惑なんて思ってないよ。面白いものを見せてもらえて、むしろ感謝したいくらいじゃ。」



そう笑う井上さんに俺は苦笑いしてしまう



井上「――君達にとって、それだけ美月くんが大切な存在だという良い証拠さね。」


土方「…まぁ、な…。」



俺が頬を掻きながらそう答えると井上さんは「おぉ、認めたか…!」と言って、また盛大に笑った


この人の前だと自然と素直になっちまって自分がまるで子供のように思えてしまう


…が、案外俺はその事を気に入っていたりする



井上「さて、君は早く美月くんが持って来てくれた菓子を食べたらどうだ?彼女の作る菓子は絶品じゃよ。」


土方「――あぁ、そうだな。来たばかりで申し訳ないが、そうさせてもらう。…井上さん、ありがとな。」



穏やかに笑う井上さんにお礼を言い、俺は炊事場に向かった



****************************************


パカリ…



土方「確か…これだったよな…?」



冷蔵庫を開けると見覚えのある四角形の箱が置いてあった


そしてそれには手紙が付いていた為、俺はそれを手に取り冷蔵庫を閉める



【土方さんへ。 ふふっ。突然道場に来て驚きましたか?…土方さんの事ですからもうご存知かも知れませんが、今日はバレンタインという一年に一度、大切な人にチョコレートを渡す日です。土方さんはそんなに甘い物は好きじゃないと思いましたが日頃、気苦労の絶えない副長さんには少し糖分をお摂り頂かなくてはと思い“ほろ苦チョコプリン”を用意しました。チョコというよりは他のお菓子に近いのですが、さっぱりしているので甘いものがあまり得意じゃない土方さんでも食べられると思います。少しでも気に入って下されば嬉しいのですが…。皆さんには内緒にしてくださいね? ●追伸●一緒に入れてる“スプーン”を使って食べて下さい。 美月より。】



土方「――くくっ。既に見付かってるけどな。」



まぁ、でもそんなこと想像してなかっただろうし、仕方ない事なのだが…


今頃あいつらもそれぞれ美月からの贈り物に気付いて後悔している頃だろう


今夜帰宅して見ることになる、あいつらの情けねぇ顔は見物だけどな


容易に想像出来る奴らの顔に、俺は思わず笑ってしまう


そして俺はおもむろに箱から瓶をひとつ取り出して“すぷーん”を使い口に入れた



土方「…冷てぇ…。」



冷やしていたのだから当然なのだが、冷たさに一瞬驚いてしまう


だが確かに美月の言う通りさっぱりしていて甘さも控え目のようだ


ほど好い甘さと果物の酸味が広がって自然と頬が緩む


瓶を改めて見ると何層にも色が分かれていて、美月が手間隙かけて用意してくれたことが俺の目から見ても判った


しかも美月の事だ、全員の好みに合わせて作っているのだと思うと本当に頭が下がる


そんなあいつに俺は何をしてやれるんだろう…?


いつも笑ってるから、ついあいつが抱えてるもんの存在を忘れちまいそうになるが…俺は俺なりに出来ることをしてやりたいと思う


それに美月は笑ってる顔が一番似合うしな


まずはこれから美月にお礼の連絡を入れるとするか


そして改めて今日のお礼をあいつにしようと心に決めたのだった―――…



■お礼メール■



20XX/02/14 10:27

From:新八さん

Sub:悪い

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さっき菓子に気付いた


美月ちゃんの気持ちも知らずに

おかしなこと言って悪かった


だから帰ってきてくれ


菓子うまかった




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家出した奥さんへのメールみたいですよ新八さん(笑)


そしていつの間にか新八さんのメールスキルが上がっている(笑)


もちろん言われなくても帰る予定ですよ




20XX/02/14 10:58

From:一くん

Sub:無題

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上手かった


嬉しかった


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変換ミス…?(笑)


苦手な操作をしてまでメールをくれる事が私も嬉しいです。




20XX/02/14 11:09

From:左之さん

Sub:悪かった

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それと生ちょこ、すげえ美味かっ


ありがとな



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喜んでもらえたなら良かった


そして左之さんが意味のわからないこの絵文字を気に入っていることもよく判りました(笑)




20XX/02/14 11:22

From:総司くん

Sub:既に

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両方食べたよ。


美月ちゃんて中々賢いよね。

僕感心しちゃったmp(^Д^)プギャー


すごく美味しかった。

ありがと。

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まさかのプギャー!?


嬉しいんだか悔しいんだかよく判らないけど…うん、やっぱり嬉しいな。


検査してくれて良かった




20XX/02/14 12:42

From:平助くん

Sub:チョコありがとな!

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見た目も可愛いし、美味いし、や

っぱ美月すげぇよ!


おまえなら店開けるんじゃねぇか


本当ありがとな!


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そんなに褒めると照れちゃうよ


こちらこそ、ありがとう。




20XX/02/14 12:43

From:土方さん

Sub:お礼

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やっと食ったが、美味かった。


何か悪いな、俺にまで気を遣わせ

ちまって。


…だがおまえの気持ち嬉しかった

。ありがとな。



今度おまえの願い、ひとつ聞いて

やるから考えておいてくれ。



土方


------------------------------


土方さんんん!?


何でもって何でもですか!?


ならば是非土方さんにセバスチャ…ゲフンゲフン!














チョコレート争奪戦 完



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