第八話 狐の子は面白。
「今晩は宴だぁああっ!!」
「「「「「うぉおおおおおっ!!」」」」」
アリシアが村民を煽る……
村民も彼女の声に応えるように歓声を張り上げる……
「テメェら盛り上がってっかぁああ!!?」
「「「「「うぉおおあ゙あ゙あ゙っ!!」」」」」
「あんたら、それで備蓄が無くなったんじゃ……」
少年は盛り上がる村民から離れた場所で腰掛けスープを啜る。
「今夜の主役はコイツだぁっ!!」
組み上げられたステージの上に紹介されるは。
緊張と照れが混在した様子でステージに上がった人物。
「ゼぇええええっっパっ!!」
首筋を指で撫でる彼はぺこりと小さく頭を下げる。
「いやぁよくやったなぁ!!」
バシバシと背中を叩かれる彼の功績は。
宴のメインを飾る"アンダーベアを仕留め"。
なによりも。
「自らの命を顧みず強敵に立ち向かい!!村民の!!我ら家族を身命を 賭して救った男!!コイツァこの村の英雄だぁあああ!!!オメェら盛り上がってっかぁああ!!!!」
「「「「「いぇぁああ゙あ゙っ!!!」」」」」
「うるさいねー」
「そだねー」
隣でベアスープを 啜るルリスと共に俺は遠い目をするのであった。
その晩の宴は陽が昇るまで続き。
多くの村人達は広場で朝……ではなく、昼を迎えていた…
■■■
「ルディ!!ゼパから聞いたぞ!?お前も逃げずにアンダーベアに立ち向かったそうだな!!流石は"退魔の一族"!!だっはっはっは!!」
「…は、はあ」
村長宅、昼過ぎにルリスに呼ばれたと思えば、アリシアさんから 礼賛の言葉をもらう。
「なんだ、誇らしげじゃないな!?」
「あ、あうっ」
そう言って俺の肩を掴み力一杯揺らす。
楽しそうである……
「お母さん……ルディは呆れてるんだと思うよ?」
「ほう?して、何ゆえに?」
身体を揺らされる俺に代わり、ルリスが代弁してくれる。
その言葉にアリシアさんは眉を上げる。
「昨日の狩りで、どのくらい増えたの?」
「あー。……な、なにがだ?」
とぼけるアリシアさんにルリスは問い詰める。
「む・ら・の・備蓄!!」
お怒りである……
「そ、そりゃルディ達のかつやくで——」
「——村の共同蔵には二週間分の食糧しかなかったけど?どうせ、今日ルディを呼んだのも明日、狩りに行ってもらうためにゴマを 擂るためでしょ!?」
「…………くぅっ」
「最低っ!!」
あ、ギリ、ぐうの音出ず……
ルリスの言葉に 項垂れるアリシアさん……
そんな母を置いてルリスは俺の手を引き、勢いに任せて家を出る。
「ル、ルリス…アリシアさんあのままでいいのか?」
「いいの!!私ずっとイライラしてるの!!なんで、半年ぶりに戦場から帰ってきた子どもを狩りに連れてくの!?普通、労いとか休息を与えるべきでしょ!?」
おあ、真っ当です、ルリスさん。
さすが村長の孫娘……
「ありがとうルリス。嬉しいよ」
「それが、当然でしょ?」
俺はルリスの心遣いに感謝する。
しかし。
「けど、備蓄がないのは実際に問題だろ?」
「……」
黙って俯く表情が母親にそっくりである。
この子も本当は分かってるんだろうな。
……賢い子だなぁ。
「じゃあ、昨日は俺が帰ってきた宴って事で……どうかな?」
自意識過剰ながらも、彼女の心を 治めるには理由づけが必要である。
「……なら…許す」
「ありがとう——」
「ぐぅっ……」
——ルディは至極の笑顔を振り撒き。
ルリスの心を苦しめるのであった。
■■■
煌々と照らす朝日に影る、騎士の姿。
毎日の日課とされている明け方の鍛錬は私の心を落ち着かせる……
「まぁ、むしゃ。しかし、毎日朝から…むしゃ。元気だなぁ。むしゃむしゃ」
そんな私の心の落ち着きを奪い去っていく者が。
「……ディアーナ団長——」
彼女の名前はディアーナ・ローズ。
勇者パーティーの一員にして、フーリッシュ王国騎士団で総団長の地位にある。
つまりは私の直属の上席にあたるお方です。
「ん?なんだペトラ?むしゃ。変な顔してむしゃ。トイレでも我慢してんのか?むしゃむしゃ」
「……」
早朝より間の抜けた顔でふざけた事を仰る。
「…それ…鍛錬の邪魔なので……やめていただきたい……」
「ぁあ!!すまん、むしゃ、すまん。邪魔になってたか!!ゴクっとな」
得体の知れない種類のパンを牛乳で流し込んだ団長はやっと間合いより出て行く。
逆に今の行動がなぜ邪魔じゃ無いと思ったのか聞いてみたい……
「人の素振りを避けつつ、朝食を食べる行動に何の意味が…それも自前の擬音付きで……」
「え……意味はないが」
なぜ、貴女が素っ頓狂な表情を浮かべれたのか。
私には理解ができない…
戦闘の時はあんなにかっこいいのに……
「それより、何ですかその見るからに食欲が減退するパンは」
団長の左手に持たれる……パンに焼きそばとクリームを挟んだもの——
「——焼きそばクリームパンだ」
そのままか。
「ではなく。ご自身でお造りに?」
「……いや、貰い物」
「は?貰い物ですか……?」
勇者パーティーの方々にこんなモノを作る方が居ただろうか?
可能性としては……
元来。焼きそばは、東国より来たモノですし。
「キオナ様から頂いたのですか?」
「ん?いや、アイツじゃねぇよ?」
であれば。
あの方の意地悪という可能性が高いか。
「では、キリア様が……?」
「ううん」
残るは……
「もしや、ムー様が実験的な意味で……?」
「ちげぇよ〜」
「で、では。一体誰が……?」
団長にどこの誰かどこからこんなモノを……?
私は現状の空気感に原因不明の緊張を持ったのか頬に汗が滴る……
「ん〜。ひみつ〜」
微かに紅潮させた笑顔で、返答する団長——
「ま、まさか団長に——いや、団長に限ってそんな事はありえないか……」
全身からの汗がとまらないフーリッシュ王国騎士団・副団長、ペトラ・テティス。
それは、自分の師と仰ぐ人物の変わり様に動揺したものか……
早朝より激しく身体を動かしていたから……
「……そうなると…うちの団員に狂った食文化の持ち主が……?」
それは、神のみぞ知る事象である——
あ。現在、勇者パーティーおよび王国騎士団は魔王城内の調査を行なっております。
■■■
夕方……
お互いに頭が冷えた頃合いだろうと、ルリスを村長宅に送る。
「帰りたくない……」
自分の家を前に口を尖らせ暗い顔をするルリス。
「そんなこと言ったってここがお前の家だろ?」
「いいえ?ルディの家が私の家よ?」
当然の如くと言わんとするキョトンとした表情で否定する。
ルリスの事は妹の様に思っているが、衣食住を共にするのは子どもだけでは辛いぞ?
「はいはい。第二の我が家なら大歓迎」
「ほんとっ!?」
「何だ冗談で言ってたのか?」
「いいえ!!本気よっ!!本気っ!!嬉しいわ!これって、つまりは同棲の承諾ってことよね!?」
話が完全に湾曲してるが。
まぁ少し、気分が上がったのは良かったよ……
——————
「うぅ……私は村を束ねる立場として…いや……そもそも私は二人の母親として最低だ……うぅ」
氷柱のより滑り落ちる雫の様にアリシアさんの瞳から涙が溢れていた。
部屋の 隅っこ、三角座りでアリシアさんは一人、心の内を吐露している。
「アリシアさ〜ん」
ぶつぶつと呪言の様に唱え続けるアリシアさんに。
俺は猫なで声で優しく言葉をかける。
「愛しの 娘が帰ってきましたよ〜」
「だ、誰が『愛し』のだ——」
「——ル、ルリス?ルディ?」
俺達の声が耳に入ったのか赤く腫らした目を擦り、アリシアさんは顔を上げる。
淀んだ表情はパッと晴れやかになり。
嬉々とした顔で俺達に抱きついてくる。
「「うぐっ」」
「二人ともごめんなぁあ!!ごめんなぁぁあ!!」
様々な液体がアリシアさんより飛沫しているが……今は気にしない。
自然と笑みを溢す俺とルリスは、顔を見合わせ——母に抱擁を返すのであった。
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「……強く言って……ごめんなさい」
俺の影に隠れ照れくさそうに謝るルリス。
「うぅ……私が悪いんだ謝らないでくれ…愛しのルリスぅうう!!」
「だからっ誰が愛しっ——うぐっ」
ルリスの謝罪に収まっていた涙が再燃し、勢いに乗せてルディ共々、もう離さないといった意気を感じるほどに強く抱きしめる。
「しかし、ルディの勇敢さは母親に似たんじゃな」
感慨深そうに茶を啜るジジ村長。
「いたんですね」
ジジ村長の存在の薄さを口にした俺に間髪入れず言葉が返ってくる。
「おるじゃろ!!儂のいえ——」
「——いたのか?」
しかし、その言葉も家にずっといたはずのアリシアさんに遮られる。
「おったわ!!お前のこと慰めてやってだだろうにっ!?」
「いや、何も聞こえてない」
村長——可哀想である。
俺とルリスはそんな思いが表情に出ていたと思う。
「でもな、本当に。お前さんら二人を見ておると、子どもの頃のアリシアと"ガミーユ"の面影が目に浮かぶのぅ。アリシアも儂に謝る時は、よくガミーユの後ろに隠れておったわ。かっかっかっか」
『"ガミーユ"』
——ガミーユ・ド・オル
ジジ村長が呼ぶ、この人は生前アリシアさんと姉妹の様に暮らしたとされるオル村の人物で。
「——僕の"母さん"ってどんな方でした?」
——ルディの母親である……
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