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人生には何の役にも立たない知識・思考をつらつらと書くエッセイ集

漢(おとこ)のアロマセラピー、それは危険な香り

作者: 大狼 太郎

 アロマセラピーとは、精油(せいゆ=アロマ)と呼ばれる、各種の花・果実皮・葉っぱ・樹液などの成分を抽出し、その香りを嗅ぐことによって体に変化を及ぼそうとする療法である。


 かのキリストが生まれた際に献上された宝物ほうもつも、乳香と没薬という香料である。


 香りとは鼻、つまり嗅覚で感じるものだ。そしてその嗅覚神経というものは、中継の神経細胞を挟まず脳から直接神経線維が伸びてきている構造である。そのため、香りに対する脳の反応は強く出ると考えられており、古くから香りによってさまざまな効能があると考えられてきた。


わが友人はなぜか、そんなアロマセラピーに一時期ハマっていた。

 もちろん題名にも書いてある通り、友人は男である。


 今でこそジェンダーギャップ解消が叫ばれる世の中になったのだが、この話は20年も前の事であるから、その当時は男性がアロマセラピーをするなんて、世間一般の人が知ったら相当変わり者扱いだったろう。


 だったろう、と書くのは、我々の友人の間では誰かが突然奇妙な趣味を始めても、大して問題視されなかったからである。その奇妙な趣味たちの詳細は今後のネタになるかもしれないので省く。


 今回は、そんなアロマセラピーとおとこたちの物語である。

 さて、アロマセラピーというと、皆さんはどういうイメージを抱くだろうか。



 私がまず思い浮かぶのは良い香りを漂わせるサロン。そこで働くセラピストはやはり、男女問わず美しい方が似合うだろう。


 セラピストが一滴、精油を垂らすと、部屋中に心地よい香りが広がる。


 花の香りや木の香りが、うっとりするような、落ち着く香りを部屋にただよわせ、リラックスを導き出す。



 これは私のイメージであるが、多くの人もアロマセラピーと聞けば、そのようなイメージではないだろうか。



 アロマセラピーには、その精油の効能について逸話のようなものもある。それはまるで小説のエピソードのように美しい物語だったりする。


 例えば、ローズマリーというアロマがある。

 その昔、ある王国の王妃が体を患った際に、薬としてローズマリーのエキスを使った痛み止めを使っていた。そのローズマリーの効果には痛み改善の他に美容もあった。


 王妃は高齢であったにもかかわらず、そのアロマの効能で美しさをたもてていたため、隣国の若い王子に求婚されたそうだ。

 それ以来、ローズマリーはアンチエイジングを象徴するアロマとなった、という事である。


 このような神秘的な、魔法のような効能を思わせるエピソード。女性がうっとりしそうな美しい物語。私がアロマセラピーをイメージした時に真っ先に思い出す話である。


 このような、おしゃれなイメージがあるのがアロマセラピーではないだろうか。



 ところが、我が友人のアロマセラピーへの付き合い方は、世間とはちょっと違っていた。


 


 ある日、その友人が住むアパートの部屋へ遊びにお邪魔した私は、腹を減らした彼が飯を食いおわるのを待つ間、その彼が最近始めたというアロマの関連グッズを眺めていた。アロマセラピーに使う精油の瓶、それをブレンドする容器、陶器で出来たアロマディフーザー(※1)などが置いてあった。


 そして当然ながら、そのアロマの勉強をする本が何冊かあった。私は、興味本位にその本を開いてみた。


「ふむふむ。体に合うものを探すには、香りを嗅いで『心地よい』『好きだ』と思うものを選択してブレンドするのが良い。なるほど」


「花の香りは主張が強いがすぐ消える。木の香りは緩やかだが長く残る。なるほどなるほど」


 その本には花や木のイラストに彩られた華やかな装丁で、本の中も精油に使われる花や木の絵が沢山描いてあった。洒落ていて、美しい本。いわゆるアロマセラピーのイメージ通りである、そんなおしゃれな本だ。

 その本で私が先ほど読者の方にご説明した、例のローズマリーのくだりを読んでいると、飯を食い終わった彼は番茶を飲みながら話しかけてきた。


「お、読んでるね。意外と面白いでしょ、アロマって」


「そうだね、こういう故事や伝承の話はどんな世界でも面白いものだねえ」


「確かに。ただ、俺はそれよりこっちの本の方が今は面白いかな」


 彼は本棚に立てかけてあった本を取り出し、こちらに渡してきた。


 その本は他のアロマセラピーの本と違い、地味な装丁だった。精油の成分、だか精油の化学組成、だかと言った名前の本だったように思うが、きちんとしたタイトルはよく覚えていない。


 ただ覚えているのは、その本を開いてみると、各々の精油の成分を分析したものを円グラフにしてあって、まあ、なんというか、一番の特徴はページも白と黒しかない、地味な本だったという事だ。


 先ほど読んだ華やかな本とは一線を画する、まるで専門書のような、いやようなではなく、まさに専門書だった。


 見ても専門用語ばかりが並んでいて良く分からない。私は首をかしげながら、彼に本を返した。すると、彼はおもむろに本のページを開きながら、語りだした。


「例えばAって言う精油は、香りがすぐ消えるんだけど、それは成分が揮発しやすいものだからなんだよ。で、こっちのBは成分が揮発しにくくて、その代わり香りが長く続くんだね。で、例えば効能を強化したい場合は同じような効能を持ついくつかの精油をブレンドして強化するんだ。例えばこのBとCはどちらも効能が似ている。じゃあブレンドすればOKだなと良いと思うじゃん? ところがBとCはどちらもエーテル由来の香りだから揮発成分が長く残り易くて、これらをブレンドすると人体には強すぎると考えられるんだよね。で、仕方ないからここでBにはDという効能は似てるけどちょっと弱い精油、つまり揮発しやすくすぐ消える精油をブレンドするわけだ。そうしないと効能だけじゃなくて副作用が強く出ちゃうらしいんだよね。まあ強い効能を得たいならちょっと危険だけどBとCでガツンと効かすのもありかな」


 ……なんだろう。何か、私がイメージしていたアロマセラピーと違う。


 まるでなろう小説の錬金術師が早口で自分の研究結果を語るような口調で、彼はアロマセラピーを語りだしたのだ。さらに語り続ける彼。


「でさ、Bには甲と乙という効用があるんだけど、俺の体には甲の効能は必要だけど、乙の効能は必要ない、むしろ無い方が良いという場合がある。で、今度はこっちのE。これはBのその効能の逆の効能を持ってる。という事は、BとEを混ぜるとこの効能をこっちの効能がキャンセルしたみたいになって、結果、欲しい効能だけを取り出せるという訳なんだ。ただ、そうなるとBとEでここの丙という効能が強化され過ぎるので、それをキャンセルする為にこっちのFを加えてこの効能が前面に出ないようにするってわけだ」


 …………これは本当にあの「おしゃれなアロマセラピー」の話なのだろうか?


 格闘ゲーマーがガードキャンセル技(※2)の有用性を語るような話を、狂科学者マッドサイエンティストが自分の研究を嬉しそうに語る口調で、早口でまくし立てる彼の会話に全くついていけない私は、口ごもった。


 これはあれだ、オタクが好きなものを早口で一人語りでずっと喋ってしまうあれである。

 もちろん自分の趣味の範囲になれば同族である私は、むしろ他人の趣味の語りを聞くのは嫌いではない。我々の友人間ではそういうのはむしろ歓迎だ。だが、そろそろ専門用語が連発されて意味の分からない呪文になってきたため、話を切り替えようとした。


「……ええと、とりあえず君が凄く研究している事は分かった。それで、その研究の成果はどうなんだい?」


「よくぞ聞いてくれました! ……さてさて、ここに取り出したるこのブレンドですがね」


 話を切り替えたつもりがやや地雷原に突っ込んでしまった気がしたが、まあ面白いのでこのまま聞いてみよう。そう考えた私は居住まいを正して彼の研究成果を教えてもらう事にして、合いの手をいれる。


「へえ。それはどういう効能なんだい?」


 彼はニコニコしながら楽しそうに語りだした。


「俺さ、朝が弱いじゃん。だから待ち合わせに時間通りいけないから、良く君に起こしに来てもらってるわけだけど、その懸念を解消するブレンドを開発したのさ。じゃーん、これがそのブレンドってわけ。これは低血圧の人が早く覚醒するために、“アレ”と“コレ”に少しだけ“ソレ”をブレンドして、朝に弱い体質に効く効能を強化したアロマなんだよ。これさえあれば、俺も朝を気持ちよく迎えることが出来るって寸法さ」


 精油の名前や意味は良く分からないが、とにかくすごい自信だ(※3)。彼も色々と考えて、アロマ研究を実生活に生かそうとしているのが分かった。私はその頃から高血圧(※4)のがあって朝はそんなに弱くはなく、低血圧の人が朝起きれない感覚は良く分からないのだが大変なのだろう。


 なかなかに感心した私は「それは良いね」とだけ話して、その後は予定されていたゲーム大会をしたのだった。



 さて、また後日。

 いつものように友人を迎えに行くと、彼は扉の鍵もかけずに寝ていたらしく、ベッドにうつぶせになったまま、まだ起きていなかった。不用心ながら、そのおかげで家に入れた私は、彼を起こしに行く。


「おい、カギが開いてたぜ。さあそろそろ起きなよ」


「う、ん、わか、った」


 どうやら相変わらず、低血圧ですぐは動けないようだ。


 彼は、例の低血圧対策ブレンドアロマを取り出すと、開かない目を一生懸命使いながら、枕もとに置かれていたアロマディフーザーの電源を入れて、それを垂らした。


  ……しばらくすると、何やら刺激的な香りがただよってくる。


 その香りは、何と言ったら良いのだろう。いわゆるアロマセラピーでよくイメージされる、綺麗な花やフルーツのかぐわしい香り、とは全く違う、何やら刺激物を連想させる香りであった。


「これを、いた、ら、すぐ起き、れると、思う。ちょっと、まって」


「ふむ、まあ頑張っておくれ」


 こういう場合、急かし過ぎてもうまく行かない事を知っている私は、適当に彼の部屋にある漫画を手に取り、彼が覚醒する為の時間を潰すことにした。


 部屋にはだんだんと例の刺激的な香りが広がっていく。そうしてしばらくすると、私の体調に変化が起こった。なんだか頭が痛くなってきたのだ。


「なんか頭が痛いな」


 私は、痛くなってきた頭を抱えてうーんとうなりだした。


「やっぱり気のせいじゃないな、頭が痛い。ところでこの香り、ずいぶんと刺激的な香りだね」


「頭が、痛い? 香りが刺激的? ……そういえば、君、高血圧、だったっけ」


「うんそうだよ。……ゲームのし過ぎで肩こりの頭痛かな。まあ大したことないよ」


 そう聞いた彼はベッドに寝っ転がったまま、何やら考え出した。


「という事は……。凄いぞ、ちゃんと効いてるって事だ!」


「はあ? 何のこと?」


「分からないかな。これが効いてるって事だよ」


 友人はディフューザーの中で香り立っている精油を指して、嬉しそうに言った。


 そう、賢明な方ならもうお気づきだろう。低血圧の人間に効果が有る精油ブレンドという事は、高血圧を持つ人間が吸うと体調が悪くなるような効能だったのだ。香りを嗅いで刺激臭として感じていたのは“体に合わない”成分だったから。


 しかも彼は、自分用という事で調合の危険性を無視し、以前語っていた「ガツンと効く」配合にしていたようなのだ。


 そして、私が彼の調合した「ガツンと効く低血圧対策ブレンド」の香りを吸ったことで、高血圧持ちの体に変化が起こり、頭痛が起こってしまったのだった。


 といっても、少々頭が痛いくらいで辛いというほどでもない。友人は嬉しそうに「効いたね、効いた。凄いぞ」と言っている。彼は自分の調合したブレンドの効果に喜びを隠しきれないようだ。


 そしてこのブレンドは、私に効いたのと同じくらい、彼の低血圧にも効果を及ぼし……ていなかった。一向に、彼はベッドから立ち上がろうとしていなかったのだ。相変わらず、ベッドで寝そべっている。


 そもそもこの精油は、彼が、朝の弱い彼の為に、スムーズに起きられるように、わざわざブレンドしたものである。


 頭痛に苦しむ私は思った。


『確かに俺の頭は痛くなったけど、君はいつ起きるんだい?』



 その友人も、今ではアロマのアの字も出ないようになり、本も道具もどこかにしまい込んでしまったようだ。ちなみにその友人は、その日もそれからも、ずっと朝が弱かった事を付け加えておく。



(注)薬効に関するところは誤解・誤認を避けるため伏字にしました。ご容赦を。


(※1)アロマディフューザー

アロマオイル=精油の香りを、その空間に拡散させる器具。陶器の皿に垂らされた精油を、下に設置された白熱電球や、アルコールランプなどの熱で加熱して揮発させる。近年は加湿器のような超音波式・ミスト式などの物も増えてきているようだが、筆者が経験した頃は殆どが加熱式一択であった。


(※2)格闘ゲームのガードキャンセル技

格闘ゲームにおいて、かつては相手の連続攻撃が行われている間はただ耐えてなすすべが無いものであったが、ゲーム性の拡張の為、ある頃から相手の連続攻撃中にタイミングよくこちらが技を挟むと反撃できるようになった。聞いただけなら、それは面白くなったじゃん、と思うだろう。だが、操作が複雑かつタイミングがタイトになったせいで、格ゲーは初心者お断りの風潮が強くなってしまった。私はもうついていけてない。


(※3)言葉の意味は良く分からんが、とにかくすごい自信だ。

卵を茹でた人が書いた、超人格闘漫画の金字塔に出てくるセリフ。はちまきおじさんのフェイバリッドである。へのツッパリは要りません。


(※4)高血圧

低血圧は体が動きにくく生活にデバフが掛かるので大変である。だが、高血圧はなんと健康にデバフが掛かる危険な病気である。常に水風船に水を大量に入れていると考えれば分かりやすい。年月とともに風船が劣化して、突然割れたら……。朝が少々強い程度のバフでは釣り合わないデバフである。皆さん、塩分と油はほどほどに控え、適度に運動を取り入れましょう。

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