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もやもや



 ソレイユが初恋の君であるソフィオーネをデートに誘えるようになり、必然的にフィーバーフューがレジーネと会える機会が無くなった。



「今日のソフィオーネは淡いベビーピンクのドレスを着てきて、まるで花の精霊のようだった」

「手が触れただけで顔を真っ赤にして、こっちまで照れてしまったよ」

「読書している彼女の表情がくるくる変わるのが可愛くて」


 逢瀬を重ねる度に惚気話が増えてきて、それが余計に最近気が立っているフィーバーフューの胸のモヤモヤを助長させている。




「そんなに気になるなら誘ってみたらどうだ」




 判を押さねばならない書類を睨みながら、ソレイユは彼に告げる。


「それはどういう事で?」

「ずっと気になっているんじゃないのか」

「何がですか?」

「レジーネ嬢のことだよ」

「はい?」

 とぼけた声を上げた古くからの友人に、ソレイユは顔を伏せたまま続ける。

「だってそうじゃないのか?俺は……まあ、拗らせてしまっていたが、お前はそうじゃないだろう。適度に遊んでいたようだが、本命は作らなかったじゃないか」


 自分自身で初恋を引きずっていたとサラッと認めたソレイユであったが、そこは機嫌の悪い友人に即座に突っ込まれる。


「ソレイユ王太子様は初恋の君と再会できて浮かれていますもんね。人の事にまで口が出せる程までに余裕が生まれたようで何より」

 なんて、ついつい皮肉な言い方で。

 いつもならそれに乗って言い争いがヒートアップしてしまいがちであるが、今回はソレイユが大人な対応をした。



「そんなに引っかかる部分があるのなら一度誘ってみたらいいじゃないか」


「引っかかるとか。ない」

「そうか?まあ、それならいいが」


 頭にカーッと血が上ってしまい、思わず失礼な口をきいてしまった事にようやく気が付いたフィーバーフューは「すまなかった」とソレイユに謝る。




 そう。

 あの日からフィーバーフューは様子がおかしくなってしまった。


 ミスをすることなどほとんどないのに、会議時間の伝え漏れに始まり、常に忙しくしている王太子を見失ったり、大切な外交相手の名前を忘れてしまったりと、ソレイユの前に姿を現さない時間も増えた。


 基本的に側近の助けがなくとも、必要な事は頭にいれてはいるが、万が一、何かあった際、やはりフィーバーフューの存在は必要なのだ。


 この辺でしっかりと釘を刺し、元に戻ってもらわないと流石に困る。

 それは、フィーバーフューが、まるで未来が見えているかの様な発言をし、今まで無用な他国との争いを防いできたからだ。

 現に、ソレイユ王太子の幼い頃は実際に隣国と領地争いを繰り広げ、敗戦したり勝利したりを繰り返し、またその際に他から攻め込まれたりを繰り返してきた。


 だがそれもいつ頃だったか。


 ふいに漏らした幼いフィーバーフューの発言がその頃宰相だった人間の頭を刺激し、最小限の被害でその時の戦いを制する事ができた。

 

 他にも今年は水不足に陥るから今のうちに水の貯水地を作った方がいい、だの、感染病が流行る前についでに水場の整備をするべきだの、ここ数年で一気に国政が安定したのは、フィーバーフューの功績が大きい。



 そんな、今まで何でもこなしてきた男が初めて難題に直面している。



 手助けを申し出ても断られ、なら、自分でしっかり解決しろとケツを叩くしかあるまい。

 淡々と物事を解決してきたフィーバーフューが初めて人間らしく思え、ソレイユは彼が出す結論がどんなものだとしても、受け止めようと思っていた。




 ***




「ねえ」



 本人はそこにいて、完璧に姿を隠せていると思えていたのだろうか。

 せめてその目立つ髪色を何とかしないと、日の光に反射し、すぐに見つかってしまう。



「そんな場所にいて、隠れられてると思ってるの?」


 好きだと告白した人間相手にその口調という事は、もう猫かぶりをやめた、と認識してもいいだろうか。



 社交シーズンもそろそろ終わりに近付き、また汗水垂らして働く季節がやってくる。

 本来であればもう、自ら動かなくてもいい立場に戻ったが、どうやら習慣というものはそう簡単に抜けてくれないらしく、レジーネは時折、散歩がてら麦畑の土の状態を見にやって来ていた。


 いつもであれば姉とお喋りでもしながら楽しく作業したりするのだが、今日はそんな気分ではなかった。



 歩きながら、少し距離を取り自分の後ろをちょこちょこついて歩く人間の存在に気付いたのは、かなり前になる。

 それでも今の今まで声を掛けなかったのは、自分から行っては負けだと思っていたというのもあるし、やはり、何も考えずに告白してしまった事が恥ずかしかったから、というのもある。


 だが、何か言いたげに時折ひょこっと飛び出してきては、見つかりそうになると再び建物や家の陰に隠れる姿を何度か繰り返しているのを目の当たりにしてしまうと、いつまでも逃げ回るのは良くない、と、レジーネは彼に声を掛けた。



「え……と。いつ俺の存在に?」

「初めからです」


 バツが悪そうに答えるフィーバーフューにレジーネははっきりと答える。


「何しにいらしたんですか?」


 姉に似合いそうなブローチでもあるかと雑貨屋へ寄ろうと考えていたレジーネは、そのまま歩き始める。

 フィーバーフューは隣に並びエスコートを申し出たが、彼女は丁寧にお断りをいれた。

 行き場のない手はそのままだらりと垂れ、彼はレジーネの一歩後ろを歩く。


「君と話に来たんだ」

「私に話ですか?」

「ああ」

「先日言った事でしたら忘れて下さって結構ですよ。私もその様にしますから」


 はっきりキッパリ切りつけられ、何故かフィーバーフューの胸がツキリと息苦しくなる。


「ごめん」

「ですから、この間の事はなかったことにと」




「違う」




「……何がでしょう」

「だからッッ」


 フィーバーフューは拳を握り、声を荒げてしまった所で周りを見回す。


「……これから話す時間がほしい」

 鼻で大きく息を吐き、一度心を鎮めると、振り向いてくれたレジーネを逸らさず見つめる。

「ここではダメですか?」

「人通りが」

「誰かに聞かれちゃ駄目なんですか」

「そう……だね。できれば」


 周りの視線が気になるのか、少しソワソワしている様にも見えるフィーバーフュー。

 その仕草がどことなく子供っぽく思えてしまい、レジーネは表情に出さない様にクスリと心の中で笑うと、まだ感情の乗らない声で提案する。



「我が家にいらしてはいかがでしょう」

「リムタス家に?」

 子爵家に顔を出すのが、ソフィオーネと逢瀬を重ねる王太子ならまだ理解出来るが、何の前触れもなくその側近がいきなり娘と訪問しては、いくら言い訳をしたとて、どんな噂が広がるか知れない。

 そんな事、約半日、彼女の背中を無駄に追い続けていた彼が心配するのもおかしい気もするが、相手は恋をしたがっているレジーネだ。

 その相手がフィーバーフューであるという事は彼自身、告白を受けて知ってはいるが、それを「なかった事に」と言われてしまった故、どんな対応をとるのが正解かは分からない。


「そうですね。この辺りのカフェですとこの時間はまだお茶を楽しむ御令嬢方で席が埋まっております。先程私も見て回っていた我が領地の丘は、誰か近付けば直ぐ分かりますし、人の気配を感じたら話をやめてしまえばいいと思います。我が領地はいかがでしょう」


 レジーネは、家でなく領地で、という事を主張し、一方的に勘違いしていた彼をクスリと笑う。


「また歩いて戻る事になってしまいますが、フィーバーフュー様は大丈夫ですか?」

「ああ。問題ない」




「それでは参りましょうか」

「……」

「……」

「……」



 フィーバーフューの一歩先を歩くレジーネは、それ以降言葉を発しない。

 彼の方も同じく黙っているが、その胸の内はこれから告白する話題を脳内で整理するのに必死になっていた。





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