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めんどくさ



 気付けばそんな人生を揺るがす衝撃的な社交界デビューから一転。

 姉妹共に色々あった結果、レジーネはこうして一目惚れした相手と対面する事ができている。




「君はソレイユ王太子の事が好きなんじゃないの?」




 そんな彼は己の武器である輝く笑顔をレジーネだけに向け、答えにくい質問を投げかける。



「え……と。それは」



 確かにそれはレジーネではあるけど私じゃなくて。


 いやいや。

 私はレジーネなんだけど。


 と、頭の中でどう説明すべきか分からず、言葉が頭でこんがらがったまま。



「だって言ってたんじゃないの?ソレイユ様を好きになってお姉様に殺されそうになるって」

「え?どうしてそれを……」


 レジーネが漏らしてしまったその返答が、暗に「そうです」と肯定してしまった様なものだが本人は分かっていない。


「もしかしてお姉様」

「それはない。自分の姉がそんな事を言うと思っているのか」

「なら」

「俺がカマをかけただけだから」


 頬杖をつき、したり顔で「口を割ったな」と策士の顔すらかっこいいと思ってしまうのだから、恋は病とよくいったものだ、と、変に納得してしまう。


「ええっと……。それはどういう意味でしょう」


 既に冷めた紅茶で喉を潤し、ニコリと首を傾げるレジーネ。


「今さらとぼけても無駄じゃないかな?」

「あら?そうかしら。そんな物騒な事を……こんな誰が聞いているか分からない場所で口にする方もどうかと思いますけど」


 目を逸らす事なくずっと見つめられたレジーネは、観念した様に一つ息を吐き、姉たちが行ってしまった方を一度確認してから口を開いた。


「だって仕方ないじゃない。お姉様がソレイユ王太子様を気にされているみたいなんですもの。基本的に口しか出さない私の絵空事をお姉様はいつも何も言わずに現実にしてくれる。だから、お姉様が王太子様の事を好きなら私は自分よりもお姉様の幸せを願う」


 まだソフィオーネはソレイユを好きではないと思うが。という突っ込みを飲み込み、フィーバーフューは「ふーん」と興味なさげに呟く。




「それに私が好きなのはフィーバーフュー様です」




「……ん?」




 今のは告白するタイミングだっただろうか。



 フィーバーフューは目を丸くし、レジーネは自分でも予想外に口からついて出てしまった、自分自身もまだ信じきれていない気持ちに息を飲む。


「えぇっと」


 ソレイユとソフィオーネが席を外してから、心臓がドキドキし続け、更に居心地の悪さも加わってしまった空間に、助け舟をだしてくれる人間はまだやってこない。




 レジーネの様に王太子様を好きになっていれば、こんなに悩まなくて済んだのかな。


 道に逸れる事なく、社交場でソレイユ王太子に一目惚れしていたら、フィー様にこうして追及されずに済んだのかもしれない。


 自分の抱いてしまった、この気持ちは自覚してはいけないものだったのかな。


 

 私はこの話の主人公じゃなかったのかな。



 何処で間違えちゃったのかな。



 フィーバーフューの方を真っ直ぐ見ていた筈なのに、気付けば俯き、ぱたぱたと両目から雫が落ちている。



「何故俺なんだ」

「それは」


 一目惚れなんて伝えていいのだろうか。

 それとも今からソレイユ王太子に告白し直してしまえば、こんなに悩むこともなくなる?




『いくら未来が決まっているからといって。今までレジーネの言う通りになってきたからといって、もし、それが自分の望むものではなかったら、未来を頑張って変えてみる努力をしてみてもいいんじゃないかしら。最悪、貴女が知っている未来と同じ結末を辿ってしまったとしても、仕方のないことなのではないかしら。それは、きっとそうなる運命だったという事で』


 


 頭の中に、姉から言われた言葉が浮かんでくる。


 あの社交界デビュー日。

 ソレイユ王太子に会えるから、と、ウキウキしていた。

 けれどいざその時になってみると、彼の視線に自分は映っていない事に気が付いてしまった。


 ショックだった。


 けれど、それは彼と両想いになれないから、という訳では決してなく、知っている通りに物事が運んでくれない。

 王太子にときめかなかった自分の心。

 それらに対する衝撃。


 そしてそれら以上に自分の中に住み着いてしまった、もう一人の王子の存在。


 ソレイユは生まれが王太子。

 フィーバーフューは誰もが一度は夢見る王子像そのもの。


 彼らに集るムシは数えきれぬ程で、色仕掛けに出た令嬢たちすら相手にされなかった、などという噂話はたくさん耳にした。


 まさか。

 そんな、外見だけの王子に一目惚れしてしまうなどと。

 考えてもいなかった。



「それは王子様だから」



「王……太子は、ソレイユだが」

「そうだけど。知ってる。けど仕方ないじゃない。フィー様の方がカッコいいって思っちゃったんだもん」

「それは見た目の話……だろう?」


 思わぬ部分から漏れ出てしまった本心を止める術を知らないレジーネ。


「そう。そうよ。見た目!見た目がカッコいいって思っちゃったんだもん。それの何がいけないの?一目惚れってよくあることじゃない。なのに私はそうなっちゃいけないの?ソレイユ様を好きにならなきゃいけないの?決められてるから?もし私がこの外見をしていなければこの恋は叶うの?受け止めてくれるの?仕方ないじゃない。気になっちゃったんだもん。きっかけは外見かもしれないけれど。フィー様が実はソレイユ王太子の事が大好きな所とか、言葉が冷たいのは自分の弱さを見せたくないからあえてそう接している所とか」


 レジーネの口から今まで堰き止めていたものが溢れてくる。

 それはフィーバーフューが口を挟む隙すら掴めない程。


「フィーバーフュー様の事がいろいろ書いてあったけど、実際対面してみてもあなたにそんな所なんて全然なかった。言葉だけ冷たいんじゃなくて私を見る目も、まるで監視してるみたいに冷たいし、言葉遣いなんて時々すっごく悪いじゃない」

「なっ……お前」

「でも」


 まるで悪口のオンパレードにとうとう我慢の限界を迎え、言葉を挟もうとした時。



「でもね。ソレイユ様の恋の後押しをしている姿を見るのは好き」



 刺々しくなっていたレジーネの口調が途端に柔らかく、ゆっくりになる。


「甘いお菓子を口にした瞬間、目尻が下がる部分が可愛い」


「えっ?」


「気を抜いちゃいけない場面で欠伸が堪えきれなくて、漏れた欠伸を見られていないか慌ててる姿も可愛い」


「なっっ」


 どんな場面を思い出しているのか、フッと口元から笑みが溢れてしまったレジーネは続けた。


「こうやってね。一目惚れした王子様の情けない部分を見ちゃっても、幻滅するどころか、可愛いなぁって思えちゃう気持ちって」


 さっきまで流れていた涙はとうに渇き、代わりに赤く充血した両目が真っ直ぐに彼を捉える。



「確かに見た目で追いかけ始めた気持ちかもしれないけれど、恋って思っちゃいけないのかなぁ」


 誰に問いかけるでもなく。

 答えを求めていない哀しいその呟きは、ただ一人、近くにいるフィーバーフューのみに届く。



「レ……」


「レジーネ!」


 フィーバーフューが彼女の名前を呼ぶのと、ソフィオーネがソレイユと戻ってきて妹の声を呼ぶのが同じタイミングだった。

 二人で過ごした時間がよほど楽しかったのか、心なしかソフィオーネとソレイユ王太子の距離が縮まっている様に見えるが、彼女にはそれが見えていなかった。


「お姉様」


 レジーネはその声に反応し、ガタッと大きな音と共に立ち上がると、姉の胸に飛び込んだ。


「レジーネ?どうし……」


 今さっき落ち着いた気持ちが、姉の声を聞いた途端に緩んでしまった。


「お姉様。私、お菓子を食べ過ぎで気持ち悪くなってしまいました」

「あら?大丈夫?……ではないわね。それは大変」


 溢れる涙は見せてはならない、と、いけない事とは知りつつも、姉のドレスを少々ハンカチ代わりにさせてもらってしまう。


「そうだな。少し休んで行くか?」


 ソレイユもレジーネの様子を心配し言葉を掛けるが、彼女は顔を伏せたまま、顔を横へ振る。


「恐らく家に帰れば楽になると思いますので」


 王太子の提案をソフィオーネの肩にしなだれかかったまま

断る。

「と、いう訳ですので」

「あ。ああ」

 本当はまだ一緒に居たかったのだろうが、妹を支えたままのソフィオーネができる限り背筋を伸ばし、別れに頭を下げるものだから、ソレイユ王太子は彼女を引き留める言葉が続けられない。


 往々にしてこの姉は妹に甘く、またソレイユはソフィオーネに甘い。


「では今度は二人で」

 そんな中、二人に進展でもあったのだろうか。

 今まで四人で逢瀬を重ねていたが、ようやく二人きりで会うところまで漕ぎ着ける事が出来たらしい。

「ええ。楽しみにしておりますわ」


 誘われた彼女の方も嬉しそうに微笑み、そのままお茶会はお開きとなってしまった。



 ソレイユから漂う空気はまだ別れ難いと言っているが、長らく二人で帰って来なかった事を考えると、有意義ないい時間でも過ごしてきたのだろう。

 

 それだけでも大きな一歩である。


「随分と楽しい時間を過ごせたみたいですね」

「ああ。そうだな。今度隣町まで出掛ける事になったぞ」

「それはよかったです」


 離れた位置から言葉を掛けると王太子はとても嬉しそうに報告をしてくれた。


「……?フィーバーフュー?」

「……」


 王太子は珍しく、令嬢が帰る時に立ち上がって見送りをしない側近を不思議に見下ろす。


「……」


 だがそれを聞ける雰囲気になく、静かに立ち上がった彼を黙って見続ける。


「……さっきから一体何ですか」


 明らかに不機嫌そうで。

 声を掛けるなと言わんばかりな声色にソレイユは言葉を飲む。




 ソレイユとソフィオーネの仲が深まる事は、妹のレジーネにとっても彼にとってもいい事だ。


 だが、一人その場に残されたフィーバーフューの胸はいつまでもずっと曇り空のままだった。





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