第8話 お茶会終わって・・・・
「「疲れたぁ~~~!!」」
王宮にある小さなサロンで、二人の声が見事にハモる。
日も沈み、それぞれのお茶会が無事お開きになり、どちらともなくここへとやってきた二人は、疲れた様子で盛大な溜息を吐いていた。
レイモンドとエリアーナは、王子と令嬢の皮を脱いで、だらしなくソファへと凭れ掛かっていた。
「お二人とも、お疲れ様でした。」
苦笑も露わにそう言いながら、温かいお茶を差し出してきたのは、エリアーナの侍女であった。
その横では、レイモンドの従者が呆れた顔をしていた。
レイモンドとエリアーナが二人でいる時は、いつもこの二人が側に控えている。
主人はもちろん、お互いの婚約者のことも熟知している侍女と世話係は、今日一日主人たちが何に疲れたのかよく理解していたので、何も言わず温かいお茶と好物のデザートを用意して待っていてくれた。
その心遣いに感謝し、エリアーナとレイモンドは素直に甘えることにしたのだった。
今日は特別ですよ、と言って行儀が悪い姿も目を瞑ってくれるらしい。
その優しさを噛み締めながら、二人は疲れた体と精神を休ませた。
「レイは大変だったみたいね、大丈夫?」
「エリィの方こそ、令嬢たちに囲まれたって聞いたわよ、大丈夫だったの?」
エリアーナの労いの言葉に、レイも放課後の彼女の惨状を従者から聞いていたので、聞き返してきた。
「こっちも散々だったわ。みんなストレス溜まりまくりで、暴動が起こるんじゃないかって、ハラハラしちゃった。」
なんとか宥めて帰ってもらったけどね、と言いながらエリアーナが笑みを零す。
「そう、こっちも乱交パーティーが始まるんじゃないかって、ビクビクだったわ。」
そう言って、思い出したくないとレイモンドは青褪めていた。
「相変わらず、やりたい放題の様ね……。」
よく無事に帰ってこれたなぁ、とレイモンドの鉄壁の防御力に感心しながら、エリアーナは男爵令嬢の奔放振りに嘆息する。
今日聞いた令嬢たちの話が本当なら、学園内だけの問題では済まされないだろう。
「ああ~嫌なこと聞いちゃったなぁ~……。」
「どうしたの?」
エリアーナがソファの上で頭を抱えていると、レイモンドが心配そうな顔で聞いてきた。
「もしかすると、婚約破棄問題になるかもしれないのよ……。」
「ええ!どういうこと!?あたしはそんなの認めないわよ!!」
「違うって、私たちの事じゃないわよ!あの男爵令嬢の取り巻き達の話よ!」
「ああ、そうだったの。」
エリアーナの言葉に、レイモンドはホッと胸を撫で下ろす。
そんな早とちりな彼をジト目で見ながら、エリアーナは話し出した。
「男爵令嬢の取り巻きの中に、婚約者がいるにもかかわらず婚約者そっちのけで、男爵令嬢に熱を上げている事が親御さん達の耳に入ったらしいの。中には令嬢の家に婿に入る予定の人もいたらしくて。これがきっかけで、婚約の見直しを検討している家が続出しているそうよ。」
「あらやだ。それって、不味いんじゃないの?」
「不味いわよねぇ。」
レイモンドの指摘に、エリアーナは若干青褪めながら乾いた笑いをする。
「あら、他にも何かあるの?」
珍しく歯切れの悪いエリアーナに、レイモンドは首を傾げながら聞いてきた。
「まあね、この話には続きがあってね。」
「ふむふむ、それで?」
エリアーナの話の先を促すように、レイモンドが合の手を入れる。
「侯爵家から男爵家に、目上の者に対する礼儀や、貴族としてのマナーについて、注意してくれれば考え直すって言われちゃって。」
「そんな事に侯爵家使うなんて馬鹿げてるわよ?」
「そうよね、さすがに当主自ら動くわけにはいかないじゃない?そんな事したら家同士の対立になりかねないし。それで、学園内で穏便に済ませる形でお願いされたのよ。」
「え?それって、もしかしてエリィがやれってこと?」
「そう、令嬢たちもそのつもりで今日、私の所に集まったみたい。」
エリアーナは一通り話し終えると、盛大な溜息を吐いてきた。
「もう、面倒臭いこと押し付けられちゃったなぁ。」
そう言って、触り心地の良いクッションを、ぎゅっと両手で抱き潰す。
頬を膨らませて困ったように眉根を下げる婚約者の姿に、レイモンドは一瞬デレっとしそうになったが、すぐに顔を元に戻すとキリっとした顔をして、エリアーナの隣に移動してきた。
「僕が何とかしようか?」
「へ?」
珍しく一人称を変えてきた婚約者に、エリアーナはぽかんとする。
こういう言い方をするときは、レイモンドが本気の時だ。
何故かオネエ口調から、男らしい口調に変わるため、エリアーナは毎回居心地が悪くなってそわそわしてしまう。
――いつもと勝手が違うから変な気分になるのよね、こうむず痒くなるというか……お腹の辺りがきゅっとなるというか……。
昔から何故か慣れない相手の変わり身に、視線を彷徨わせていると、レイモンドはそっとエリアーナの黒髪を撫でてきた。
「エリィはそんなに無理しなくていい、あとは僕がなんとかするから安心して。」
いつもよりも3℃も甘い声に、エリアーナは何故か心臓が煩くなるのを感じた。
「だ、ダメ!!」
気が付くと、そう叫んでいた。
突然飛び起きてきたエリアーナに、レイモンドは驚いた顔でぽかんと見つめてくる。
「わ、私が頼まれた事なんだから、きちんとやるわ!そ、それくらいできなきゃ次期王妃なんて務まらないじゃない!!」
エリアーナは、小さな体で精一杯胸を張って、そう捲し立ててきた。
その真剣な顔にレイモンドは突然「ぷっ」と吹き出してくる。
「やぁ~だ、エリィったらもう、真面目なんだからぁ。わかったわよ、でもどうしても無理ならちゃんと、あたしに相談してね?」
レイモンドはいつもの口調に戻ると、そう言ってウインクしてきた。
「わ、わかったわ。」
いつもの彼に戻ったことに、エリアーナはほっとしながら頷いた。
「この話はこれでおしまい。ほら、せっかく淹れて貰ったお茶が醒めちゃうから飲んじゃいましょう。」
「うん。」
レイモンドの提案に、エリアーナは素直に頷くと、二人並んで仲良くお茶を飲むのだった。