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専属世話係と専属侍女(前編)

抜けるような青空に良く似合うカフェの一角で、男女のカップルがお茶をしながら話に花を咲かせていた。


「それで主人ときたら――」


相手の男性は、相変わらずの真面目そうな顔に渋面を浮かばせながら、いつものように己の主人の愚痴を零している。

久しぶりの休日に目の前の男に誘われて、とある貴族の令嬢の専属世話係であるメルは市井で人気のカフェに来ていた。

そして始まったのが、相変わらずのお互いの主人の話だった。

相手の男も、とあるやんごとなきお方の専属世話係である従者だ。

そんな二人は、お互いの主人を通して知り合った。

そして、主人に並々ならぬ忠誠心を持つ彼らは、事ある毎に定期連絡として、お互いの主人の情報交換という名の”主人自慢”をするのがお約束だった。

そして、今回もまた休日が丁度被った二人は、示し合わせて会う約束をしたのだった。


「だが、主はあれでも料理は上手いし、部下への扱いにも長けているんだ。この前は――」


そうこうしているうちに、目の前の従者であるケビンは己の主人の良い所を指摘しだした。

ここまで来ると彼の話もそろそろ終わりかと、メルは飲みかけのカップを傾けながら思う。

先程まであれだけ愚痴を零していたのに、彼は話の締めくくりには必ずと言っていい程、主人の長所を説明してくる。

最後には主人を褒め称えるのだから、愚痴なんか零さなければ良いのにとも思うのだが、これが彼の話し方なのだからしょうがないなとメルは半ば諦めていた。


――自分だったら、お嬢様の誉め言葉しか思い浮かばないわ。


と毎回愚痴を零す相手に、これはこれである意味すごいなと感心していた。

専属世話係であるケビンは、主人の良い所も悪い所も良く気付く出来た従者といえるとメルは思っている。

良い所は素直に褒め、悪い所はすぐに指摘し、主人を導いている姿をよく見かける。

自分にはできないなと、メルは同じ世話係仲間としてケビンを尊敬していた。


ーー私は、お嬢様を褒める事しかできないわ、注意したりするなんてできない。


メルは主人を溺愛するあまり、悪い所はいつもフォローしてしまう癖があった。


――この前なんて、お嬢様がお菓子を作ろうとして失敗したのを美味しいって嘘ついちゃったし……刺繍だって出来ない所を手伝っちゃったりもしているわ……。


主人である令嬢がお菓子作りや刺繍などが上達しないのは、この侍女のせいもあるのだが優しい令嬢は、その事に気づくどころか「いつもありがとう」と言って感謝の言葉を述べてくれる。

メルもそれが嬉しくて、ついつい甘やかしてしまうのだが、令嬢の結婚が迫っている今、それもどうかと悩みの種であった。

メルが物思いに耽っていると、目の前の相手に呼ばれていることに気づいた。


「え?ああ、ごめんなさい、なに?」


「いや、ぼーっとしていたから気になってな、疲れているのか?」


ケビンはメルの顔を窺いながら、心配そうな顔で訊ねてくる。

彼のこういうさりげない気遣いに、メルは内心感心しながら首を振って答えた。


「いえ大丈夫よ、少し考え事をしていたの。話を聞いていなくてごめんなさい。」


そう言ってメルは素直に謝ってきた。




「いや、大丈夫ならいいんだ。」


眉根を下げて謝罪してきたメルに、ケビンは内心ほっとしながらそう言ってきた。

己の主人の婚約者の世話係である目の前の少女は、主人である令嬢の事となると無理をするきらいがある。

その為、ケビンは時々こうやって息抜きがてら、お互いの主人の情報交換を理由に彼女を外へ誘う事があった。

所謂デートというやつなのだが、主人のこと以外には鈍感な彼は、その事実に気づいていない。

しかも、相手の少女も同じように鈍感なようで、毎回誘われるこの遣り取りに疑問すら浮かばないようだ。

いつもの使用人の制服を脱ぎ、お互い私服姿で小洒落たカフェで談笑する姿は、何処からどう見ても恋人同士にしか見えないのだが、当の本人たちは至極真面目に情報交換をする為だけとしか思っていなかった。

そんな二人を同じカフェの中で、遠巻きに窺う男女の姿があった。


「あの二人良い感じね♪」


「そうかしら?」


オペラグラスを覗き込みながら、はしゃいだような声を上げているのは、背のスラリと高い金髪碧眼の見目麗しい青年であった。


「ちょっとエリィ、あれを見て何でときめかないの?」


青年は向かいに座る連れの少女の呆れたような声に、不満げな声を零す。

そんな青年の声にエリィと呼ばれた少女は、ちらりと背後を見ると深い溜息を吐いた。


「レイ、デバガメって知ってる?」


注文した紅茶を一口飲みながら、エリィは目の前の青年に呆れた顔をしながら訊ねてきた。

少女の言葉にレイと呼ばれた青年は、キョトンとした顔をしながら首を傾げる。


「何よそれ?」


どうやら知らないらしい。

エリィは嘆息すると、先程から思っていた事を告げてきた。


「もうやめにしない?私こういうの好きじゃないのよね。」


「えぇ、エリィは気にならないの!?」


エリィの言葉にレイモンドは驚きの声を上げる。


「だって気になるからって、こんな覗くような真似……。」


そう言って背後の二人を仰ぎ見る。


「自分の使用人の事を良く知っておくのは良い事よ、エリィもそう思わない?」


そんなエリィに、レイは至極最もな理由を付けて聞いてきたのだった。

その言葉にエリィはジト目になる。


何言ってるのよ、ただ単に面白がってるだけでしょうが……。


エリィ達が覗いていた相手は、もちろん己の世話係であるケビンとメルだ。

この日二人がデートに出かけるという情報を掴んだレイモンドが、エリアーナを誘ってきたのであった。

もちろんエリアーナは断ったのだが、メルが出かけた直後レイモンドの馬車がエリィを迎えに来てしまったのだった。

婚約者であり王族でもあるレイモンドの誘いを断るわけにもいかず、両親に背中を押されて渋々馬車に乗ってここまで来てしまったのだが……。


ひとの恋愛を覗く趣味なんか、無いんだけどなぁ~。


と、内心愚痴を零していたのだった。

そんなこんなで二人の様子を窺いながら、エリアーナが嘆息していると、ケビンとメルが席を立ち店を出ようとしている姿が見えた。

その様子に、ようやく気の進まない尾行ごっこが終わると安堵していると、何やら入口の方が騒がしかった。

慌ててそちらを見ると、何やら他のカップルが揉めているようだった。

そして続いて聞こえてきた破壊音に、エリアーナは驚いて目を見張る。

そこには、カップルの喧嘩に巻き込まれているケビン達の姿があった。






ケビンとメルは、お互いの話も一通り終わったので、そろそろ帰ろうかと店の出入り口に向かうと、通路で若い男女のカップルが揉めている場面に遭遇してしまったのだった。


「おい、待てよ!」


「離してったら!!」


「このっ!!」


痴話喧嘩か……と思って様子を窺っていたら、突然男が相手の女性の手首を掴み、それを拒否した女性に逆上して手を上げてきた。

それを見たケビンは、思わず男の腕を掴んで止めに入っていった。


「何しやがる!!」


「理由はよくわからんが、女性に手を上げるのは感心しないな。」


突然割り込んできたケビンに、男は怒りで目を血走らせ唾を飛ばしながら罵声を浴びせてきた。


「うるせえ!」


すました顔で説教をしてきたケビンに、男は殴りかかろうとしてきたが、ケビンはするりと難なく交わすと、男は空いていたテーブル席にダイブしていった。

周りにいた他の客から悲鳴が上がる。

男は、すぐさま近くの店員たちに取り押さえられていたが、その手を振り払うとケビンに向かって舌打ちし、逃げるようにカフェから出て行ってしまったのであった。

その後、被害に遭っていた女性から何度も頭を下げられ、とりあえず怪我が無くて良かったですねと相手を宥めた後、あとは店員に任せてメルと共にカフェを出たのであった。




「びっくりしましたね。」


「ああ、でも驚かせて済まない。」


「いいえ~、でもケビンさんて、お強いんですね。」


カフェからの帰り道、メルは先程のケビンに感心していた。


「それ程では無いですよ。俺もどうしようかと焦りましたから。」


「またまた~御謙遜を!」


あくまでも冷静に受け答えをするケビンに、メルは尊敬の眼差しを向けながらそう言ってきた。


「私もケビンさんを見習って、あんな風に強くなりたいです!」


そうしたらいつでもお嬢様を守れますし、と拳を握りしめながら言うメルにケビンは苦笑する。

相変わらず、お嬢様命の彼女に自分も負けていられないと身が引き締まる思いがした。

そんな会話をしていると、メルの自宅方面に向かう分かれ道に辿り着いてしまった。

ここから少し行くと、すぐにメルの住む家がある。

ケビンは、恋人でもない自分が家の前まで送ると、あらぬ噂が立ち年頃のメルに迷惑が掛かると思い、いつも見送りはここまでにしていた。

辺りは少し暗くなり始めていたが、家まで目と鼻の先だ。


「じゃあ、俺はこれで。」


「はい、ありがとうございました。おやすみなさい。」


「ああ、おやすみ。」


いつもの遣り取り、いつもの挨拶。


その、いつもの遣り取りにケビンは少し油断をしていた――


メルと別れ、ケビンが踵を返し来た道を戻っていくと、少し離れた脇道からすっと人影が出てくる姿があった。






ケビンと別れた後、メルはいつものように自宅へと向かっていた。

人気のない道を暫く歩いていると、背後から同じように、こちらに向かって歩いてくる足音が聞こえる事に気付いた。

丁度、同じ方向の帰宅途中の誰かが後ろを歩いているのだと思ったメルは、大して警戒することも無く、そのまま歩みを進めた。

すると、更に細い道へと差し掛かったところで、背後から誰かに肩を掴まれたのだった。

驚いて振り返ると、そこには先程カフェで騒いでいた男がいたのだった。


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