第56話 告白
前夜祭後――
レイモンドのプライベートルームに招待されたエリアーナは、レイモンドとの久しぶりの再会に素直に喜んでいた。
「レイモンドに会うの本当に久しぶりね。」
「うん、そうだね。」
嬉しそうに言うエリアーナに対し、何故かレイモンドは浮かない顔をしていた。
「どうしたの?」
エリアーナは心配そうな顔をしながら、レイモンドの顔を覗き込む。
その途端、急に抱き寄せられた。
「ちょっ、レイ!?」
「……エリィに、ずっと会いたかった。」
きつく抱き締めながら、エリアーナの肩に頭を乗せて呟いてきたレイモンドの言葉に、エリアーナは胸がきゅうっと締め付けられた。
愛おしい。
今なら素直にそう思う。
そう思った瞬間、エリアーナの瞳から涙が零れ落ちた。
はらはらと泣き始めてしまったエリアーナに、今度はレイモンドが驚いて顔を上げる。
「エ、エリィ!?どうしたの、どこか痛いの?」
何故かズレた方向に心配されて、その声と困った顔が幼い頃のレイモンドと重なり、エリアーナは思わずくすりと笑ってしまった。
「ううん、違うの。レイモンドにやっと会えたなぁって嬉しくなっちゃったの。」
嬉し涙よ、とはらはらと涙を零しながら言うエリアーナに、レイモンドは安堵した。
「寂しい思いをさせてごめんね。」
「ううん私の方こそ、ずっと気づかないフリしててごめんね。」
「え?」
エリアーナの言葉に、レイモンドは弾けたように顔を上げる。
不思議そうに見下ろすレイモンドに、エリアーナは一つ深呼吸をした後、覚悟を決めて言葉を紡いだ。
「私、レイモンドの事が好き。」
「エ、エリィ!!」
エリアーナの突然の告白に、目を見張るレイモンド。
あわあわと慌てだしたレイモンドを無視して、エリアーナは続けた。
「私、この気持ちにずっと気づかないフリをしていたの。」
「え?」
「それと、レイモンドの気持ちも何となく気づいてた。」
「そ、そうなの?」
エリアーナの独白に、レイモンドは頬を染めながら聞き返す。
まさか気持ちを気付かれていたとは思っていなかったレイモンドは、何故か恥ずかしくなってきて思わず身じろぎしてしまった。
ここで止めたら、もう言えなくなると、レイモンドを気にしないようにしながら、エリアーナは更に続ける。
「でも、それに気づかない様にしてたの。」
「え?」
エリアーナの告白に、レイモンドは今度は青くなる。
百面相を披露するレイモンドに気づかず、エリアーナは続けた。
「だって、気づいちゃったらこの関係が壊れちゃうと思ったから……。レイと私とケビンとメル。四人で、あの温室で楽しくお茶飲んだり、皆で話したり笑い合ったりできる関係が私大好きだったの。だから……。」
そこまで言って、エリアーナは堪らず大粒の涙を流し出した。
ぼろぼろと流れる涙をレイモンドはぼんやり見つめた後、そっとエリアーナを抱き寄せた。
「そんな事心配しなくても、僕たちはずっと変わらないよ。」
「わかってる、ううん今はもうわかった。でもちょっと前までは、それが無くなっちゃうかもしれないって思ってて、ずっとレイの気持ちを無視してたの……。」
ごめんなさい。
掠れるような声で謝罪してきたエリアーナに、レイモンドは愛しさが募っていく。
こんなにも僕達との時間を大切にしていてくれたエリアーナが、可愛くて仕方が無かった。
16で成人したとはいえ、まだまだ子供な自分達。
あんなにも大人びて見えていたエリアーナが、実はこんなにも繊細で幼く可愛らしい一面を持っていたなんて知らなかった。
――まだまだ、知らないことは沢山あるんだな。
と、レイモンドは己の未熟さに苦笑した。
そして、この腕の中の少女が愛しくて堪らなかった。
レイモンドはエリアーナを抱く腕に力を籠め、己の胸を濡らし続ける少女のおでこに優しく口付ける。
ちゅっと甘やかな音をたててそっと離れる唇。
泣き腫らした目で驚いて見上げるエリアーナに、ゆっくり聞こえるように11年分の想いを詰め込んで告白した。
「エリアーナ、君の事がずっとずっと好きだよ。」
この先も、これからもずっと。
その瞬間エリアーナの瞳から、またぶわっと大粒の涙が零れた。
ううう~、と恥ずかしさと嬉しさで、レイモンドの胸にまた顔を埋めようとしたエリアーナを遮ると、彼は零れる涙をその口で吸い取ってきた。
「それと、もうわかってると思うけど、ケビンの事は何とも思っていないからね。」
レイモンドはエリアーナの涙を吸い取りながら、これだけはハッキリさせておかねばと彼女に告げる。
するとエリアーナは大きく目を見開いたかと思うと、顔をくしゃくしゃに歪めて「うん」と頷いてきた。
そんなくすぐったい遣り取りに更に想いが溢れてしまい、エリアーナは柄にもなく何度も同じ言葉を繰り返した。
「好き。私も好き!」
「うん。」
「ずっと好き!!」
「僕もだよエリアーナ。」
そしてお互い、どちらからともなく口付けたのだった。
暫く抱き合っていたが、レイモンドが急にもぞりと身じろいだ。
「エリィ……。」
「なあに?」
幸せの絶頂に、うっとりしていたエリアーナは、レイモンドの言葉に甘えた声で答える。
その声が今のレイモンドに、いかに危険かを気づきもしないエリアーナは、その濡れて赤くなった目元のままレイモンドを見上げてきた。
エリアーナのその視線に数秒耐えたレイモンドは、一言。
「その……今夜は泊っていかない?」
と目元を赤らめながら、艶っぽい声で聞いてきたのであった。
その言葉にエリアーナは、大きく目を見開いて固まる。
そして――
「ばか。」
小さな小さな声で、エリアーナはこたえたのだった。