第55話 侯爵と第一王子
「ウオッホン、お取込み中失礼するよ。」
気分が盛り上がってきた絶好のタイミングで、怒気を含んだ咳払いが聞こえてきた。
まだ前夜祭の最中だったことを思い出し、レイモンドとエリアーナは勢いよく離れる。
真っ赤な顔をしながら声の相手を見ると、なんとエリアーナの父親であるアーゼンベルク侯爵だった。
「お父様!」
エリアーナが驚いていると、侯爵はそんな娘に苦笑を零しながら話し出した。
「やれやれ、一時はどうなる事かと思ったよ」
「ご協力感謝いたします」
侯爵の言葉にレイモンドは感謝の言葉を述べる。
なにやら訳知り顔の二人に、エリアーナは不思議そうな顔をして見上げるが、二人は答えてくれる様子もなく苦笑しただけだった。
「王太子殿下、今回は協力させて頂きましたが、娘を悲しませるような真似は、これきりにして頂きたいですな。」
「重々承知しております。」
何故かご立腹の様子の侯爵の言葉に、レイモンドは深く頷く。
その様子を満足そうに見た後、侯爵はエリアーナに向き直った。
「そのドレス良く似合っているよ。」
「あ、ありがとうございます、お父様?」
突然、父に話を振られて、エリアーナは首を傾げる。
そんな娘を見ながら、アーゼンベルク侯爵は続けた。
「本当によく似合っている。私では、そこまでお前に似合うドレスは選ぶことが出来ないからねぇ。」
そう言ってウインクする父に、エリアーナは何かに気付き隣のレイモンドを振り仰いだ。
「うん、そのドレス良く似合っているよ。選んだ甲斐があったよ。」
「じゃ、じゃあこのドレスって……。」
己の考えが合っていたことを理解したエリアーナは、驚きすぎて呆然と呟いていた。
エリアーナの予想通り、このドレスはレイモンドが用意してくれたらしい。
しかも、父である侯爵も一枚噛んでいるようだ。
その事に気づき、エリアーナは恥ずかしさで、みるみるうちに顔を赤くしていった。
そんな娘を愛おしそうに見つめていた侯爵は一つ咳払いすると、くるりと背を向けてきた。
「ウホン、あー今日は卒業式の前祝の日だ。エリアーナももう少し楽しみたいだろうから、今日は門限は目を瞑ってあげよう。」
「お父様!?」
父親の突然の言葉に、エリアーナは信じられないといった顔で見返してきた。
そんな娘に侯爵は
「楽しんできなさい。」
そう言って微笑み返す。
「はい。」
「お心遣い感謝します。」
そんな気前の良いアーゼンベルク侯爵に、レイモンドも感謝の言葉を述べる。
すると、侯爵は少しの間考えたあと、こう付け足してきた。
「……まあ、あまり羽目を外さんようにな。」
と――