第49話 侯爵令嬢の誤算
あれよあれよという間に迎えた、卒業式前夜祭。
エリアーナは、屋敷の自室の窓から外を眺めながらぼんやりとしていた。
舞踏会の時と同様、自宅で侍女達にドレスを着付けられ、化粧も髪の毛のセットも既に終わっていた。
しかしエリアーナは何故か自室から出ようとはせず、暗い顔で先程から外ばかりを眺めていたのだった。
――今日は来てくれると思ったのに……。
あれからずっとレイモンドとはすれ違いが生じ、会えないまま今日まで来てしまった。
その間、彼からの便りは無かった。
学園内で時々耳にする噂話に、エリアーナはまさかねと不安になる。
――とうとうレイモンド様がエミリア様に絆されてしまったらしい。――
――エリアーナ様との婚約破棄も秒読みかもしれないぞ。――
などなど、聞こえてくる噂話はエリアーナにとって心象のいい代物では無かった。
レイモンドを信じたい。
しかしエリアーナの不安を掻き立てるように、俯いた視界に映ったドレスがその意味を物語っていた。
エリアーナが着ているドレスは、レイモンドから贈られたものでは無かった。
用意したのは父親であるアーゼンベルク侯爵だった。
学園の噂を聞きつけた父が、もしもの時にと用意してくれていたらしい。
エリアーナは最後まで、レイモンドはきっと贈ってきてくれると信じて前日まで待っていたのだが……。
その想いは虚しく砕かれ、父の用意したドレスに袖を通すことになった。
震える体を叱責し、俯く顔を前に上げ、侯爵令嬢なのだからと、痛む心は無視した。
――馬鹿ね私ったら、今頃になって気づくなんて……。
エリアーナは自嘲的に笑う。
レイモンドとこんなにも長い期間会えなくなって、初めて己の気持ちに気づいた。
――レイモンドはケビンの事が好きだと思っていた時は、あんなに応援しようと思っていたのに……。
己の浅はかな想いに苦笑する。
あれは相手がケビンであったからだ。
今だからわかる。
自分は心のどこかで、レイモンドは私の事が好きだから、離れることは無いと思い込んでいた。
ケビンとの事は、いわば自分に課せた目隠しのようなもの。
彼の気持ちに気づかないフリをして、今のままの関係に胡坐をかいていた。
自分の心に気づかないフリをして、優しくて居心地のいい関係に甘えていた。
だから罰が当たったんだと、エミリアとレイモンドの噂話がいよいよ本格的だと聞いた時、エリアーナは後悔した。
――今更後悔しても遅いのに……。
窓の外を見上げると、エリアーナの心の中を体現するように、分厚い雲が覆っていたのだった。