第39話 王子本気を出す
放課後、レイモンドはカツカツと靴音を響かせながら長い廊下を歩いていた。
「彼女らの同行はそのまま探れ、あと噂の出所と男子生徒達の行動もだ。」
レイモンドが独り言のように小さな声でぶつぶつと呟いた後、天井裏から「は。」と小さな声が聞こえてきた。
そして、声と共に消えていく気配。
レイモンドは、影と呼ばれる裏方専門の直属の部下を使って学園内を探らせていた。
その影から送られてくる報告に、最近気になる報告があり、レイモンドは居ても立っても居られず、婚約者に直接確認してきたのだが……。
それは取り越し苦労に終わってくれたので、心底ほっとしたのだった。
なにせ影からの報告には、『エリアーナ様に男の影』などという誤報があったのだ。
後で影たちにはキツイお灸を据えてやらなきゃねぇ、と内心で黒い笑みを浮かべながら、レイモンドはただの誤報であったことに安堵していた。
なにせ相手はエリアーナである。
本人は気付いていないが、彼女は人気があるのだ。
それこそ男女問わず、隠れファンがいる。
しかもレイモンドが許容できないほど、その数は多かった。
その事実を知っているのはごく少数で、エミリアの出現により野郎のファンが減ってくれたことに安堵していたのだが、最近の自分との不仲説が出たお陰で、血迷った男共が湧いて出てしまったという訳だった。
まあ、それだけならまだ良いのだが……。
先程送られてきた、影達からの報告が予想通りだったこともあり、レイモンドは「ちっ」と舌打ちする。
――まったく、あたしというものが居るんだから、あいつらは大人しくしてろっていうのよ!
レイモンドはいつもの王子の仮面から一瞬素の表情になると、エリアーナに群がる蝿たちに向かって毒舌を吐くのだった。
人気のない暗い教室で、衣擦れの音が微かに響く。
時折くぐもった声と共に、水音のような音も響いていた。
「あ、ん……ま、待っ……て!」
暗い教室の中で、重なり合っていた二つの影が突然離れる。
そして響いてきた声は息も絶え絶えな、か細い女の声だった。
「ん……もうちょっとだけ……。」
肩で息をしながら見上げる小さな影に、覆いかぶさるように体を屈めてくる大きな影が、切なそうに懇願してくる。
こちらも少しだけ息が乱れているようで、その声には余裕が無かった。
「も、もういいでしょう……。」
そう言って涙目になりながら、キッと睨み上げてきたのは、エリアーナであった。
そんな彼女を愛おしそうに見下ろすのは、もちろんレイモンドである。
放課後エリアーナは、またしてもレイモンドによって空き教室に引っ張りこまれ、熱烈な歓迎を受けていたのだった。
もちろん何をしていたのかと問われれば、先日したような恋人のする行為を要求されていたのだが……。
今回は何故か長めのキスをされ、エリアーナは堪らず待ったをかけた所であった。
ここ最近、何故かレイモンドは事ある毎にエリアーナを人気のない場所に引きずり込んでは、まるで恋人のように触れてくるのだ。
エリアーナは息を切らしながら、毎度毎度キスを強請ってくるレイモンドを見上げた。
そんな視線に怯むことなく、彼は何故か蕩けるような顔でこちらを見ている。
――な、なんで毎回キスをされるのかしら?
エリアーナには、なぜ彼が毎度こんな事をしてくるのか意味が分からなかった。
「そ、その……こ、こういう事を、こんな所でするのは、良くないと思うの……。」
そして真面目なエリアーナは、頬を赤く染めながら至極真面目な顔で抗議をしてきた。
そんな可愛らしい反応を見せながら、彼女らしい事を言ってくる婚約者に、レイモンドの悪戯心がむくむくと頭を擡げてくる。
「そんな事って、どんなこと?」
レイモンドの問い返しに、エリアーナの頬がカッと赤くなる。
「そ、それは……。」
「はっきり言ってくれなきゃわからないよ、エリィ。」
そう言って、レイモンドはエリアーナをじっと見つめる。
その途端、エリアーナは真っ赤になって俯いてしまった。
暗闇でもわかる程の彼女の狼狽振りに、レイモンドはくすりと笑むと、そっと顔を近づけて、ちゅっと音を立てて彼女の唇に己の唇を重ねてきた。
先程よりも軽い口付けの筈なのに、エリアーナは面白い位に体を強張らせて驚く。
「こういう事って、これのこと?」
わざとらしく言ってやれば、エリアーナは目をぐるぐるさせて、「え?」だの「あの。」だの言いながら、わたわたし始めてしまった。
「はぁ、可愛い……。」
そんなエリアーナに、レイモンドは堪らず抱きつく。
彼女の頭を胸に押し付けながら、艶やかな黒い頭に何度もキスを落とす。
突然レイモンドに抱きしめられたエリアーナは、頭から湯気を昇らせて絶句している。
――はぁぁぁぁ、可愛いぃぃ~~!これだから辞められないのよぉぉぉ~~♪
濃過ぎるスキンシップでエリアーナがほぼ気絶状態なのを良い事に、レイモンドは胸中で呟きながら幸せを噛み締めるのであった。