第31話 もう一人の侯爵令嬢
さて、エリアーナとレイモンドがギクシャクしたまま学園生活を送っていると、学園内では二人の不仲説が飛び交い始めてしまった。
「お聞きになりました?王子様と侯爵令嬢様のお話……。」
「ええ、なんでもレイモンド様がエミリア様に心変わりなさったそうですわよ。」
「まあ、そのお話本当ですの?」
などと勝手な話が飛び交い、更には婚約破棄の噂話まで流れる始末であった。
――なんなのよ、もう!
エリアーナは自分の席で、いつものように涼しい顔で読書をする振りをしながら、胸中で憤慨していた。
ちらちらと、エリアーナに向けられる視線が痛い。
今や噂は学園中を駆け巡り、教室の中でもエリアーナは好奇の目に晒されていた。
しかも、レイモンドに淡い恋心を抱いていた令嬢たちの中には、今回の噂が元で恋心が再燃したらしく、何故かエリアーナとエミリアに対してライバル心を燃やすものまで出てきてしまった。
お陰で視線の痛い事、痛い事……。
その背景には、レイモンドのフェロモン駄々洩れ事件も原因の一つではあったのだが、自分の事で一杯一杯だったエリアーナは知らなかった。
「はぁ……。」
「ごきげんようエリアーナ様。」
エリアーナは、謂れのない視線に溜息を吐いていると、誰かが声をかけてきた。
驚いて顔を上げると、そこには同じ侯爵家のクリスティーナが居た。
「ご、ごきげんようクリスティーナ様。」
「お久しぶりですわ、最近忙しくてお会いする機会がありませんでしたわね。」
「え、ええ。」
クリスティーナの言葉に、エリアーナは曖昧な返事をしながら首を傾げた。
――久しぶりというか……この方と接点はなかったと思うんだけど……。
学園ではクラスが一緒になった事も無ければ、昼休みも一緒になった事も無かった。
しかも、放課後はお妃教育で王宮へ行くか、レイモンドとお茶会ばかりしていたし、他の令嬢たちとお茶会をしても、その中にクリスティーナは含まれたことはなかった。
しかも、家同士の付き合いも無いとくれば、彼女との接点は皆無だろう。
なのに先程のクリスティーナの言い方では、自分と仲が良く頻繁に会っているように聞こえた。
エリアーナと同じことを思ったのだろう、周りにいた仲の良い令嬢達が、何人か不思議そうな顔でこちらを見ていた。
「それよりも、エリアーナ様が心無い噂で、お心を痛めていないか心配ですわ。」
「え?」
「大丈夫ですわ、わたくしわかっていますから。」
「え、いや、あの……。」
クリスティーナの言葉に、エリアーナが驚いていると、彼女はにっこり笑って「元気を出してくださいましね。」と言い残して去って行ってしまった。
後には、ぽかんと口を開けたままのエリアーナが取り残されていたのであった。
その後、何故かクリスティーナが時々現れてはエリアーナに一言二言、謎の言葉を残していくという怪現象が続いたのであった。