第29話 王子落ち込む
創業当初から華やかだった生徒会室が、今やずーーんと効果音がしそうな程、重苦しい暗い雰囲気に支配されていた。
「会長に何かあったんですか?」
「え、お前知らないの?最近婚約者のエリアーナ様と、すれ違いが多くて会えていないせいだって話だぞ。」
執務机の前で、真っ黒い闇を背負って落ち込む生徒会長を横目に、部員たちがひそひそと言葉を交わしていた。
「エリアーナ様は授業が終わると、何故か大急ぎでお妃教育を受けに、王宮に向かわれてしまうそうよ。」
「まあ、前は時々放課後に仲良くお茶会なども楽しまれていたのに、珍しいですわね。」
「喧嘩でもしたのでしょうか?」
ひそひそひそひそ、部員たちは机に俯いたまま、ピクリとも動かないレイモンドを心配しながら、好き勝手なことを言っていたのだった。
「喧嘩なんかしてないってゆ~~の!!」
レイモンドは帰宅早々、自室のベッドに泣きながらダイブすると、そう叫んできた。
相変わらず理解不能な行動をする主人に、部屋付き専属世話係のケビンが面倒くさそうに溜息を吐く。
「また何をやらかしたんですか……。」
溜息と共に聞いてきた従者の言葉に、レイモンドは涙で濡れた顔で睨んできた。
そんな顔で睨まれても、迫力もへったくれも無い。
逆にその端正な顔で、震えながらこちらを見つめている現場を、他の使用人に見られでもしたら、あらぬ噂が立ちそうだと、ケビンは違う意味でげんなりしながら内心溜息を吐いていた。
「それが分からないから困ってるんでしょう!もうエリィが足らなくて、どうにかなっちゃいそうよ!!」
だくだくと涙を流しながら叫ぶ主人に、ケビンは無表情で青くなる。
「レイモンド様、学園でもそんな感じで振舞ってないでしょうね?」
「そんな事するわけないでしょう!」
その言葉にケビンは内心安堵する。
――これは……問題が起きる前に手を打たないと不味いな……。
欲求不満のせいか、色気たっぷりフェロモンを無意識に放ちまくるレイモンドに、ケビンは胸焼けを起こしながら、近々知り合いの侍女へ相談しようと心に決めるのであった。
「ほぅ……。」
学園内で、令嬢たちの溜息の数が増えたような気がするのは、気のせいでは無かった。
圧倒的な美貌に浮かぶ切ない表情。
他を寄せ付けない高貴なオーラに混ざる、色気たっぷりのフェロモン。
今グレイス学園は、類を見ないほどの令嬢たちの卒倒件数に頭を悩ませていた。
「会長、いい加減にしてください!」
会長の執務机のテーブルを勢いよく叩きながら、書記係である伯爵家の令息が、鬼の形相でレイモンドに詰め寄っていた。
他にも副会長という会長の次に偉い役職の者がいるのだが、それは宰相の息子のサイモンと、騎士団長の息子のエルリックが務めていた。
しかし、今や彼らはエミリアに熱を上げボンクラと成り下がり、しかも今日も生徒会室には来ていない。
今この場で、フェロモン駄々洩れの会長を止められるのは、書記係である彼しかいなかった。
このままでは学園中の生徒達が倒れてしまう。
恐ろしいことに、まだ少数ではあるが男子生徒達もレイモンドの色気にあてられて、倒れる者が続出しだしていたのだった。
なんとかこの事態を食い止めなければと、他の部員の期待を一身に背負い、伯爵令息は己を振るい上がらせて、王子である生徒会長へと直談判したのだった。
「ん、なんだい?」
書記係の真摯な声が届いたのか、レイモンドが珍しく反応し、切なそうな表情のまま彼を見てきた。
その瞬間、ぶわあっと何かが令息を襲う。
「い、いえ……なんでも……ないれす……。」
令息は、ぽ~っとしながら呂律が回らない口調でそう言うと、何故か熱に浮かされたように顔が赤くなっていたのだった。
見ると、レイモンドから膨大なフェロモンが溢れていた。
思わず窒息死してしまいそうなほどのフェロモンに、ただの伯爵令息はその一瞬で撃沈してしまったのであった。
そして、他の部員たちも真っ赤な顔をして、その場にぱたりぱたりと倒れてしまったのであった。