第25話 舞踏会8
その言葉に周りにいた野次馬達が、ざわざわと騒ぎ出した。
「あら?贈られたドレスって、エリアーナ様のでしたの?じゃあエミリア様のは?」
「そうですわよね、王子様が贈ったにしては、エミリア様のはちょっと……。」
ひそひそひそひそ、日頃からドレスを見慣れている目の肥えた令嬢たちが、エリアーナとエミリアのドレスを見比べながら、率直な意見を囁き合っていた。
それもそうだろう、エリアーナの特注のオーダーメイドのドレスに比べ、エミリアのドレスは最近流行りの既製品のドレスなのだ。
見る人が見ればすぐにわかる違いに、いち早く気付いたのは令嬢である女生徒達であった。
そういう事に疎い男子生徒たちは、エミリアの嘘にまんまと騙されたというわけだ。
一部の男子生徒は、側にいた婚約者や知り合いの令嬢たちからこっそり教えてもらい、恥ずかしさで顔を伏せている者が何人か見受けられた。
その様子をぼんやり見ていると、突然エミリアが声を上げてきたのだった。
「ド、ドレスは違うかもしれないけど、エリアーナ様に飲み物をかけられたのは事実です!」
びしい!と人差し指をエリアーナに付きつけて、エミリアが指摘してきた。
その言葉に、周りの野次馬たちは静まり返る。
そして、皆の視線がエリアーナの方へ集中してきた。
確かに、騙し討ちだったとはいえ、エミリアのドレスを汚してしまった事実に変わりはない。
エリアーナは小さく息を吐くと、意を決して前に出た。
「エリィ?」
レイモンドが驚きながら、エリアーナにだけ聞こえるように小声で声をかけてくる。
心配そうに見下ろしてくるレイモンドを見上げると、エリアーナは大丈夫だと笑って見せた。
そして――
「確かに私の不注意で、エミリア様のドレスを汚してしまった事は事実ですわ。エミリア様、ドレスを汚してしまい申し訳ありませんでした。わたくしにできる事でしたら、どんな償いでも致しましょう。」
エリアーナはそう言って、謝罪してきた。
その言葉に周りがざわめいた。
それを聞いたエミリアと取り巻き達は、勝ち誇った顔をしながら、にやにやしていた。
そんな彼らに対し、エリアーナは顔を上げ胸を張り、真正面から彼らと視線を合わせる。
その悠然とした気高い態度に、エミリア達以外が息を呑む。
そして、空気を読まないエミリアが、勝ち誇った顔で言ってきた。
「エリアーナ様、償ってくださると仰いましたが、どんなことでもいいんですか?」
「はい、わたくしにできる事でしたら。」
エミリアの質問に、エリアーナは視線も逸らさず。表情も変えず頷いてきた。
その返事にエミリアは、にやりと口角を上げる。
「では、レイ様とダンスをしたいですわ!」
「え?」
エミリアの言葉に、エリアーナは目を見張る。
「レイ様、よろしいでしょう?」
エミリアは、驚くエリアーナを他所に、レイモンドの方を向くと、胸の前で手を組み可愛らしく懇願してきた。
「そ、それは……。」
「あら、エリアーナ様、さっきなんでも聞いてくれるって言ったじゃありませんか!」
止めようとしてきたエリアーナに、嘘をつくんですか?とエミリアは眦を吊り上げて言ってくる。
「そ、それは、わたくしが出来る事ではないです。」
「あら、エリアーナ様がレイ様にお願いしてくださればいいのですわ!だって、まだ婚約者でしょう?」
何故か引っかかる言い方をしながらも食い下がらないエミリアに、エリアーナは困り果てた。
「一曲だけ……それでいいかな?エミリア嬢。」
返事を躊躇っていたエリアーナの頭上から、レイモンドの声が聞こえてきた。
エリアーナが驚いて見上げると、レイモンドは眉間に皺を寄せながら、エミリアを見ている。
「レイ!」
「はい!それでいいです!レイ様、ありがとうございます♪」
エリアーナが止めようとすると、それを遮るようにエミリアが嬉しそうに言ってきた。
エリアーナは、眉を下げながらレイモンドを見上げる。
そんなエリアーナに、レイモンドは「いいんだよ。」と一言いうと、エミリアと共にダンスの輪の中に消えて行った。
その場にぽつんと取り残されるエリアーナ。
音楽と共にスポットライトに照らされて踊る二人の姿を、黙って見つめている事しかできなかった。
――何とかしようと思ったのに、結局迷惑かけちゃった……。
エリアーナは俯きながら周りに気づかれない様に、ドレスの裾をきつく握り締めていたのであった。