第24話 舞踏会7
真っ白いクロスの掛けられた長いテーブルには、美味しそうな御馳走が所狭しと並べられていた。
その中にある、果実水の入ったグラスを手に取ると一口飲んだ。
爽やかな口当たりに、ほっと息を吐いていると、突然背後から声がかけられた。
エリアーナが振り向くと、どん、という鈍い音と衝撃が伝わってきた。
「きゃあっ!」
その直ぐ後に響いてきた甲高い悲鳴に、エリアーナの思考は一瞬混乱する。
「え?」とぶつかってきた相手を見てみると、なんとそこにはエミリアが居た。
しかも、彼女の着ていた明るい色の青いドレスが濡れて、そこだけ濃い色に変わっていた。
「ご、ごめんなさい。」
自分が手に持っていたグラスと、彼女の状況を見て瞬時に理解したエリアーナはすぐさま謝罪したのだが、エミリアはキッとエリアーナを睨み付けると、「わっ」と派手に泣き嘆いてきた。
「酷いですエリアーナ様、せっかくお気に入りのドレスを着てきたのに、これじゃ台無しです!」
突然大声を出して、おいおい泣き始めた令嬢に、周りの視線が集中する。
「エリアーナ嬢、いきなり何をするんですか!」
「これでは、舞踏会が台無しだ!」
エミリアと一緒に付いて来ていたのであろう取り巻き達が、やんややんやと捲し立ててきた。
――こいつら……。
まるで、示し合わせていたかのように騒ぎ出した相手に、エリアーナの目がジト目になる。
先程呼びかけられた声は、男性の声だった。
ダンスの誘いかと思って振り向いたのだが、そこにいたのは声の主ではなくエミリアだったのだ。
もし、仮にエミリアの声で呼ばれていたなら、こんなに無防備に振り返らなかっただろう。
してやられた!とエリアーナが内心で舌打ちしていると、エミリアの取り巻き達が更にヒートアップしてきた。
「エリアーナ嬢、エミリーに謝罪を!」
――はあ?
前に出てきた取り巻きの一人の発言に、エリアーナは片眉を上げる。
さっき謝ったでしょう?と思っていると、さらに追撃が来た。
「いや、謝るだけでは足らないぞ、エミリーのドレスはレイモンド様がエミリーの為に贈られたというドレスだからな!!」
――はあぁぁ??
話を聞いていたエリアーナの目が、飛び出るほどに見開かれる。
ちょっと、どういうこと!?とレイモンドがいるであろう方角を見ると、ちょうどこちらへ駆け付けようとしていたレイモンドと目が合った。
彼にも聞こえていたのであろう、エリアーナと目が合うと「知らない!」と激しく首を振りながら否定してくる姿が見えた。
その姿を半目で見ながら、エリアーナは顔を取り巻き達の方へ戻す。
相変わらず、「謝れ!」「卑怯者!」など好き勝手言ってくる男共に、エリアーナの怒りのボルテージが上がっていく。
「………ちょっと、あなたたち!」
エリアーナが言いかけた、その時――
「何があったのかな?」
とレイモンドが、エリアーナと取り巻き達の間に身を滑り込ませてきたのだった。
「ちょっと、レイ!」
目の前に突然立ち塞がったレイモンドの背中を見上げながら、エリアーナは小声で抗議してくる。
レイモンドはそんなエリアーナに首だけで振り返ると、「僕に任せて。」と言ってきた。
突然の王子の登場に、取り巻き達は一瞬怯んでいたが、これは丁度良いと事の顛末をレイモンドに告げ口してきた。
「殿下、エリアーナ嬢がエミリーにわざと飲み物をかけてきたのです!」
「そうです、殿下からの贈り物を無碍にされたのです!」
と、尚も言い募る男子生徒達を、レイモンドは手だけで制してきた。
その一瞬で黙る男子生徒達。
「僕が贈ったドレスが汚れたって?」
静かになった取り巻き達を見回しながら、レイモンドが聞くと、一人の取り巻きが前に出て肯定してきた。
「はい、そちらのエリアーナ嬢が汚したのであります。」
「エリアーナ、本当かい?」
レイモンドはそう言って、エリアーナを見下ろしてきた。
「え、あの……。」
彼の意図が分からず、エリアーナが返事に困っていると、レイモンドは一瞬優しい眼差しを向けてきた後、また取り巻き達の方へと向いてしまった。
「変だな、僕が贈ったドレスは、どこも汚れていないようなのだが?」
「へ?」
と、驚いた顔をする取り巻き達に、レイモンドは更に言葉を続けた。
「うん、どこも汚れていないみたいだ、僕がエリアーナに贈ったドレスは。」
とレイモンドは、にこにこと笑顔で言ってきたのだった。