第14話 王子の朝の日課
王宮の中庭で、剣と剣がぶつかり合う音が聞こえてくる。
「今日は、ここまでにするか。」
「はい。」
そう言って、剣を腰の鞘に納めながら言ってきたのは、レイモンドであった。
相手をしていた世話係のケビンが、額に浮いた汗を拭いながら頷く。
毎朝、レイモンドはケビンを相手に剣の稽古をするのが日課だった。
ケビンとはそのまま別れ、自室に戻ったレイモンドは、汗で張り付いたシャツを脱ぎ捨てると、隣の部屋にある浴室へと急いだ。
浴室内で、無防備に曝け出されたレイモンドの体は、その女言葉と甘いマスクからは想像できないような、逞しい躰をしていた。
元々細身で着痩せする彼は、一見貧弱そうに見られがちだが、その胸板や腕には短期間では到底つけられないような、無駄のない均整の取れたしなやかな筋肉が付いていた。
それは、彼が幼少の頃から体を鍛えていたという証拠だった。
――いつかエリィを守れるような、騎士みたいな存在になりたい!――
淡い少年の想いは、あの日確かにはっきりとした形になったのだった。
あれは、エリアーナと婚約が決まって、すぐの事だった。
いつものように、レイモンドとエリアーナは侯爵家の庭園で遊んでいると、レイモンドが被っていた帽子が風に飛ばされて木に引っかかってしまったことがあった。
その時エリアーナは、当り前の様に自分が取ってくると言い出した。
レイモンドは危ないと止めたのだが、元々木登りが得意だったエリアーナはレイモンドの制止の声も聞かず、するすると木を登って行ってしまった。
そして帽子を取ったエリアーナが、得意げな顔で下にいるレイモンドに手を振った瞬間、木の枝がぼきりと折れてエリアーナが落ちてしまった。
真っ逆さまに落ちてくるエリアーナを、レイモンドは見ているだけしかできなかった。
地面に叩きつけられ、気を失ってしまったエリアーナに、レイモンドは悲鳴を上げた。
その声を聴いた使用人たちが、すぐに飛んできて、すぐ医者を呼んでくれたのだった。
落ちた木が低かったせいもあって、エリアーナは軽傷で済んだのだが、大事を取ってエリアーナとは2週間も会う事が出来なくなってしまったのだった。
エリアーナと会えない時間、レイモンドは何もできなかった自分を責めていた。
どうしてあの時エリアーナを助けられなかったのか?
どうしてあの時、自分が木に登らなかったのか?
自分が臆病じゃなければ、エリアーナは怪我をせずに済んだのに……。
最愛の子を護れなかったことに、幼い心は傷ついていた。
そして、レイモンドはこの時から変わろうと決心したのであった。
風呂から上がり物思いに耽っていると、ドアをノックする音が聞こえてきた。
返事をすると、着替えを済ませてきたケビンが部屋へと入ってきた。
「先程届いた報告書です。」
「そこに置いといて。」
ケビンが従者達からの報告書をテーブルに置くと、すぐさまレイモンドがそれに目を通した。
「これ、本当にあった事?」
「はい、すべて事実だそうです。」
「そう……。」
一通り目を通したレイモンドは、何故か青褪めた顔で思わず聞き返していた。
しかし、世話係の肯定の言葉に、レイモンドは盛大な溜息を零す。
「何やってんのかしら、あの人達……。」
レイモンドは着替えるのも忘れて、呆然と呟くのであった。