まくらのおしゃべり
つゆでじめじめしたあさでした。ゆいは、もぞもぞとベッドからおきあがり、それからのろのろと、学校のしたくをしています。かいだんの下から、お母さんの声がきこえてきます。
「ゆいー、ごはんよ、はやくたべないと、学校ちこくするわよ!」
「……うん」
算数の教科書とノートを、ゆいはランドセルにつめこみました。お母さんの声が大きくなります。こんどはへんじをせずに、ほそいゆびで目をごしごしこすっています。もういちど、ゆいはまくらもとにねかされていた、クマのぬいぐるみをみました。
「それじゃ、あさごはんたべてくるね」
ぽつりとつぶやいて、ゆいはへやをでていきました。
ゆいがいなくなったへやは、シーンとしています。しばらくすると、ちいさな男の子のような、高い声がきこえてきました。
「ゆいちゃん、やっぱりきのうのこと、きにしているんだ」
クマのぬいぐるみでした。すこしとげとげした、女の子の声がこたえます。
「ほんとね。でもあたまにきちゃうわ。ゆいったらきのう、あたしをなみだでびしょびしょにしたのよ。あたしって、つゆがいちばんきらいなの。雨ばっかりで、外にほしてもらえないし、あせとかでぐしょぐしょになるじゃない。それなのに、こんどはなみだでずぶぬれ、もう、いやんなっちゃう」
まくしたてるようなその声は、ベッドの上のまくらからです。
「でも、ゆいちゃん、一番のお友だちのななちゃんと、けんかしちゃったんだから。だれだってかなしくなるさ」
クマのぬいぐるみが、やんわりとゆいをかばいました。
「だいじなお友だちなら、けんかしてもすぐなかなおりすればいいじゃない。それなのに、ゆいったら、めそめそしちゃって」
「ゆいちゃん、なかなかいいだせなくって、こまってるんじゃないかな」
「なによ、じゃああんた、あたしがこのままびしょぬれで……」
とん、とん、とん、と、元気のないないあしおとがきこえてきました。
「ゆいちゃん、もどってきたみたいだね」
ほっとしたような声で、クマのぬいぐるみがいいました。へやのとびらがそーっとひらいて、ゆいがうつむいたまま入ってきました。
「はーあ、まだしょんぼりしてるわ」
まくらがクマだけにきこえるような、ひそひそ声でいいました。クマのぬいぐるみも、しんぱいそうにゆいをみあげました。
ゆいはランドセルをつくえの上にほっぽりだして、ベッドにたおれこみました。
「もう、きょう学校いきたくないよ。ななちゃんのかおなんて、みたくない」
そういって、まくらにかおをうずめます。まくらはちいさなためいきをつきました。
「ななちゃんが、わるいんだもん。わたしのクマちゃん、よごしちゃうなんて」
きのうのできごとをおもいだして、ゆいはクマのぬいぐるみを、そっとだきしめました。おままごとで、赤ちゃん役だったクマのぬいぐるみを、ななちゃんがおっことしてしまったのです。
「クマちゃん、やっぱりしみになってるよね。しっぽが、こんなによごれちゃってるよ」
まんまるのひとみになみだをいっぱいためながら、あやまるななちゃんのかおがうかんできます。ゆいはぶんぶんと首をふりました。
「だめだよ、あやまったって、ぜったいゆるさないんだもん」
クマのぬいぐるみに、そしてじぶんにいいきかせるように、ゆいはつづけました。
「ママもいっていたもん。雨ばっかりで、せんたくものもかわかないって。ほんとうなら、すぐにクマちゃんあらってあげたいのに」
クマのぬいぐるみが、ちょっぴりおびえたようすで、まくらをみました。まくらはカンカンになっていいました。
「んもう! いいかげんになかなおりしてよ!」
「わあっ!」
ゆいはとびあがりました。
「だ、だれ? だれかいるの?」
きょろきょろとへやのなかをみまわしますが、だれもいません。
「なかなーおりー♪ なかなーおりー♪」
また声がきこえてきます。
「もしかして、おばけ? でも、この声って」
ゆいはそっと耳をすませました。やっぱりそうです、ななちゃんの声ににています。声はやがてきえていきました。
「やっぱりななちゃんも、なかなおりしてほしいのかなあ? わたし、もうぜっこうだなんて、いじわるいっちゃったのに」
クマとまくらがかおをみあわせました。
「クマちゃん、あらったらきれいになるよね。またななちゃんとおままごとしたいなあ」
ゆいはにこっとわらって立ちあがると、ランドセルをいそいでせおいました。
「そうだよね、ななちゃんはわたしの友だちだもん。わたしもいいすぎちゃったし、それにぜっこうしたままなんて、いやだもん。はやくあやまらなくっちゃ」
クマのぬいぐるみをなでなですると、ゆいはそのまま、元気よくドアをあけて、へやをでていきました。
「ふうっ、よかったね。いちじはどうなることかとおもったけど、なんとかばれずにすんだみたいだね」
「でもほら、あたしのおかげじゃない。よかったわね、これであんたも、ちゃんとあらってもらえるわよ」
「ええっ! い、いやだよ、ぼくは、せんたくされるのきらいだってば」
クマがひめいをあげました。
ゆいのママが、うれしそうにまくらをもちあげました。あさがたまでふっていた雨がやんで、遠くまで青空が広がっています。その空にすいこまれるように、ゆいとななちゃんの、わらいあう声がきこえてきました。
「ああ、よかった。これで、ふわふわのふかふかなあたしにもどれるわ。ゆいもなかなおりできたみたいだし。それにしてもひさしぶりのいい天気。まあ、あんたはまだ、つゆまっただなかってかんじだけどね」
まくらがお日さまの光をあびながらクマにいいました。
「ほっといてくれよ」
クマはぶっきらぼうにいいかえしました。まくらがきゃっきゃとわらいました。
「そうやってじっとしてれば、ちゃんとかわいてふわふわになるわ。ほら、がまんがまん」
「あーあ、一日じゅう、じっとしてるなんていやだよ。からだは重いし、しずくぽたぽた……」
せんたくばさみに耳をはさまれて、ほされてしまったクマのぬいぐるみが、まくらをうらめしそうにみつめました。
「まあいいか、きれいになったし、ゆいちゃんよろこんでくれるかな」
にわさきにさいていたあじさいに、きらきらと雨つぶがおどっています。もうすぐつゆもあけるでしょう。ぴかぴかの日ざしが、せんたくもののみんなを、やさしくつつんでいました。
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