表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/36

最終話 従姉妹と……

遂に訪れた紅愛との別れの日。

朝。いつもより早く目が覚めた私は、ぼーっとしながらただ天井を見ていた。もぞもぞと隣が動いたので視線を横に向けると、静かに寝息を立てて寝ている紅愛の寝顔が近くにあった。すやすやと寝ている紅愛の顔にかかっている髪を優しく払う。すると、「ん……」と言いながら私の方へ擦り寄ってきた。そんな彼女の頭を撫でた。気持ちよさそうにしている紅愛を見て思わず口角が上がった。本当はスマホを取ろうと思ったけど、動いたら紅愛を起こすかもしれないので、もう少しこうして紅愛の寝顔を眺めておこう。


「…………おはよう」


 ぱちりと目を開けて紅愛が返事をした。


「おはよう、紅愛ちゃん。もしかして起こしちゃった?」

「ううん。ほんとは奏が起きる少し前に起きてた」


 そう言いながら紅愛はまだ眠たそうに目を擦っていた。


「奏の寝顔も見れたしね」

「……もしかして、ずっと見てたの?」


 私が訊ねると、紅愛は悪戯っぽく笑みを浮かべていた。


「奏の寝顔可愛かったよ」

「もう……」

「いいでしょ。今日で奏の寝顔見るの最後かもしれないし」


 紅愛の言葉を聞いてハッとした。そうだ、今日は紗英さんが紅愛を迎えに来るんだった……。今日の夜にはまた一人に戻るのかと思うと少し寂しい気がした。でも、紅愛もまた遊びに来ると言っているし、暗く考えずにポジティブに考えよう。


「じゃあ、早く着替えて朝ご飯食べよ?」


 そう言って紅愛が私の手を掴んで一緒にベットから出た。そのまま洗面所に向かい二人で顔を洗って着替えを済ませた後、リビングに向かった。エプロンを着けて冷蔵庫の中を確認すると、卵が余ってたのでフレンチトーストを作ることにした。食パンを切って牛乳と卵と砂糖をボウルに入れてよく混ぜ合わせる。そしてその液に食パンを浸してフライパンの上で焼いていく。ふんわりといい匂いがしてきたところでひっくり返すと綺麗な狐色になっていた。皿に移し替えた後、上からメープルシロップをかけて完成だ。テーブルの上に二人分の朝食を置いて椅子に座って手を合わせる。


「いただきます」


 美味しくできたフレンチトーストを食べながらテレビを観る。ふと思い出したように紅愛の方を見ると、彼女は幸せそうな表情をしながらフレンチトーストを口に運んでいた。私達はお互い無言のまま黙々と食事を進めた。気が付くとあっという間に完食した。


「ご馳走様でした」

「はい、お粗末さま」


 食器を流し台に置いて水に浸した後、ソファーに移動してから紅愛の隣に座った。すると彼女が甘えるような仕草をして抱きついてきたので、私はそれを受け止めるように抱きしめ返した。暫くの間何も言わずただお互いにぎゅっとしていた。やがてどちらからともなく離れて隣に座り直した。


「ねえ、奏」

「何?」

「奏は私と暮らして楽しかった?」

「もちろん。楽しかったよ」

「そっか……良かった」


 嬉しそうにはにかむ紅愛の頭を撫でると気持ち良さそうにして目を細めていた。そんな彼女の姿はとても可愛いと思った。それからしばらく他愛もない話をしているうちに時間は過ぎていった。時計を見たらもう十時を過ぎていた。本当はあまり聞きたくないけど紅愛に聞いてみる。


「そう言えば、紗英さんは何時に迎えに来るんだろう?」

「ちょっと待って。メッセージが来てるか確認してみる」


 そう言って紅愛はスマホを確認した。


「……十一時に迎えに来るって」

「そっか……」

「それまでどうする?」

「紅愛ちゃんは、荷物をまとめた方がいいんじゃない?」

 

 私がそう言うと紅愛は少ししゅんとした表情をした。


「……あんまりやりたくないんだけど」

「どうして?」

「だって……もう帰るんだなって実感しちゃうから」

「……」


 紅愛の言葉を聞いて胸が締め付けられた。でも紅愛はそれを気にしないかのように言った。


「大丈夫。まだ時間あるし荷物もそんなに多くないから、母さんが来てからやっても間に合うよ」


 そう言って紅愛は笑顔を見せたけど無理をしているのがすぐに分かった。だから少しでも元気になって欲しくて私も明るく振る舞うことにした。


「じゃあ、紗英さんが来るまでゆっくりしとこうか」

「うん」


 紅愛と二人でソファーに並んで座っていると、オセロが私の部屋からやって来た。


「オセロ。こっちおいで」


 紅愛に呼ばれたオセロは紅愛の膝の上に乗って丸くなった。


「よしよし」


 紅愛は優しくオセロの背を撫でていた。その様子を微笑ましく見ていると、ある事を思い出した。


「そうだ。オセロはどうする? 紅愛ちゃんが連れて帰る?」


 私が聞くと紅愛は静かに首を横に振った。


「私のとこペット禁止だから、奏が預かってくれる?」

「いいよ。じゃあオセロと一緒に遊びに来るの待ってるね」

「ありがとう」


 嬉しそうな顔で笑う紅愛を見てほっとした。そしてその後、二人でソファーに座ってオセロを撫でたり、他愛もない話をしているとあっという間に時間が過ぎた。時刻が十一時半になろうとした時。ピンポーンとインターホンが鳴る音が聞こえたのでモニターで確認すると、画面には紗英さんが映っていた。私は解錠ボタンを押した。


「紅愛ちゃん。紗英さん来たよ」

「……分かってる」


 紅愛は立ち上がると自分に部屋に向かった。多分荷物をまとめに行ったのだろう。そして今度は玄関のチャイムが鳴った。玄関に行って扉を開けた。そこには紗英さんがいた。


「こんにちは、紗英さん」

「久しぶりね~奏ちゃん。元気にしてた?」

「はい。お陰様で」

「それは良かったわぁ。ところで紅愛は?」

「今荷物をまとめてますよ」

「あらそうなの」

「よかったら、上がってお茶でも飲みますか?」

「いや、いいわよ。これ以上奏ちゃんに迷惑かけるわけにはいかないし」


 紗英さんがそう言うとタイミング良く紅愛が部屋から出てきた。


「あら、紅愛。奏ちゃんに迷惑とかかけなかった?」

「うん」

「そう。なら良かったわ」


 紗英さんは安心して息をつくと私に向き直った。


「奏ちゃん、紅愛の事ありがとね」

「いえ。こちらこそ……」

「それじゃあ、紅愛。準備出来たなら行くわよ」

「うん……分かった」


 そう言って紅愛は靴を履いて、キャリーバッグを紗英さんに渡してボストンバッグを抱えなおした。


「ほら、奏ちゃんにお礼言わなきゃ」


 紗英さんに促された紅愛は私の目を真っすぐ見ながら言った。


「色々とありがとう。また遊びに来るね」

「……うん」


 その言葉を聞いて胸の奥から熱いものが込み上げてきたけど必死に堪えた。紗英さんが玄関のドアを開ける。それに続いて紅愛も外に出ようとしたけど一度立ち止まって振り向いた。


「……奏」

「何?」

「……ありがと」


 それだけ言うと紅愛は家を出て行った。バタン――と玄関のドアが閉まった瞬間に涙が溢れ出した。私はその場にしゃがみ込んだ。何で泣いてるんだろう? 紅愛と二度と会えないわけじゃないのに……。でも、本当にあの日々が楽しかったんだと思う。だからこんなにも寂しいと感じるのだろう。もう紅愛は帰った。これ以上玄関に居てもしょうがないし、掃除でもしようと思い立ち上がった。


 ガチャ――


 その時、扉が開く音が聞こえた。まさかと思い、慌てて振り向くと…………そこに紅愛が立っていた。


「紅愛ちゃん!?」

「ただいま」

「え? だってさっき……」


 私が驚いていると紅愛が笑顔で答えた。


「うん。ちょっと忘れ物しちゃって」

「忘れ物……?」


 そう言って紅愛は私に近づいてきた。そして私の頬に手を当てて微笑んだ。


「奏。大好き」


 そう言うと紅愛は背伸びをして私の頬にキスをした。突然の出来事に私は固まってしまった。そして唇を離すと紅愛は悪戯っぽく笑った。


「これがしたかっただけ」


 紅愛はぎゅっと私を抱きしめて、玄関のドアノブに手をかけたままひらひらと手を振った。


「またね」

「うん」


 私も紅愛に手を振り返した。紅愛の姿が見えなくなると私はリビングに戻った。静かになったリビングを眺めていると、オセロが私の足元にやって来た。


「ニャー」

 

 オセロが心配しているかのように鳴いた。


「大丈夫だよ。ありがとう、オセロ」


 そう言いながら抱き上げるとゴロゴロ喉を鳴らした。そしてソファーに座って膝の上にオセロを乗せた。


「オセロが居るから、私は一人じゃないね」

「ニャア」

「……よし。明日も仕事があるし、頑張ろ!」


 私は気合を入れて立ち上がり、お昼ご飯を作るためキッチンに向かった。




――




 気が付いたら紅愛との生活が終わって一年の月日が経っていた。

 私は相変わらず仕事は忙しいし、最近も新商品の事で頭がいっぱいだった。紅愛とはたまにメッセージでやりとりしていたけど、紅愛は受験勉強とかもあるから、私からメッセージを送ることは少なくなった。紗英さんの情報によると、紅愛は熱心に勉強に励んでいるらしい。

 そんなこんなで今日もいつも通り仕事をしていた。


「そう言えば、もうすぐでお花見の季節ですね~」

「そうですね。来週末くらいに満開になるみたいです」


 私が作業していると、隣で美由と橋元さんが話していた。


「それなら! 今年はcielの皆でお花見行きませんか?」

「いいですね」

「ですよね! じゃあ、奈美さんと店長に聞いてきま~す!」


 そう言って美由はお店からスタッフルームに行った。


「お花見かぁ……」


 去年は紅愛と一緒にお花見に行ったことを思い出す。確かあの時は紅愛が桜が綺麗に見えるところを教えてくれたんだっけ。綺麗な桜の中に居た紅愛を今でも覚えている。


「園原さんもよかったらお花見行きませんか?」


 私の独り言を聞いていた橋元さんが声をかけてきた。


「うーん。どうしようかな……」


 正直に言うと、私はあんまり乗り気ではなかった。紅愛と行ったあの場所に行くと、また紅愛の事を思い出してしまう。その度にまた寂しい気持ちになる。それに今は仕事に集中したい。でも、断るのも悪いから適当に返事をした。


「予定が空いてたら行こうかな」

「分かりました」


 そう言うと橋元さんは自分の持ち場に戻っていった。するとすぐに美由が戻ってきた。


「OKもらいました!」

「それなら行く日を決めないとですね」


 美由と橋元さんは二人でお花見の計画を立て始めた。私はそんな二人を横目に見ながら作業を続けた。




 それからしばらくして、お客さんも居ないので美由と橋元さんは休憩をしにスタッフルームに戻った。私は一人でぼーっと店番をしていた。静かな店内を眺めたり、窓の外の景色をただずっと見ていた。ふと時計を見ると時刻はすでに午後六時を過ぎていた。

 もうお客さんは来ないかな。そう思いながら店内の掃除でも始めようかと思ったその時に店の扉が開いた音が聞こえたので反射的に顔を上げた。そこには……紅愛が立っていた。


「…………紅愛、ちゃん?」


 私は驚きすぎて言葉が出なかった。久しぶりに会った紅愛は、少し大人になっていた。前までは私とほとんど変わらなかった身長も少し高くなっていた。紅愛はにっこりしながら私の目の前に来た。


「久しぶりだね。奏」


 紅愛は私の手を握ると嬉しそうな顔をした。


「うん……。でも、どうしてここに? 今日平日だよ?」


 私がそう聞くと紅愛は笑った。


「母さんから聞いてない? 私、今日からファッションデザインの専門学校に通うことになったの」

「そうなんだ……おめでとう、紅愛ちゃん」

「ありがとう」

「でも……なんでここに来たの?」

「それはね……」


 紅愛は急に真剣な表情になった。


「私が通う専門学校は、駅前にあるんだよね。それで、私のアパートからだとちょっと遠いから……」


 紅愛が急に私の目を真っすぐ観て言った。


「だから、奏の家に住んでいい?」

「……え?」


 その言葉を聞いた瞬間、私は呆然としていた。紅愛は続けて話す。


「奏が嫌だって言うなら、無理には頼まないけど……」

「ううん。全然嫌じゃないよ」

「ほんと?」

「本当だよ。むしろ嬉しいくらい」

「よかった」


 紅愛はほっとしたような笑顔を見せた。


「まぁ、住むと言っても本当は、専門学校を卒業するまでなんだけど……奏が良いなら卒業後も住もうかな」

「紅愛ちゃんがそうしたいなら良いよ」

「……そっか。……それじゃあ、これからもよろしくね」


 そう言って紅愛は微笑んだ。


「こちらこそ、よろしくね紅愛ちゃん」


 私も紅愛に向かって笑いかけた。

最後まで読んでいただきありがとうございました!

良かった方はぜひ、ブックマーク登録、評価、感想コメントなどよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ