第三十五話 従姉妹と誕生日
ある日、奏に電話がかかってくる。その電話の内容に奏は……。
ある日の休日。私と紅愛は晩ご飯を食べ終わって、リビングでテレビを観ながらゆっくりしていた。すると私のスマホが鳴った。画面を見てみると知らない番号からだった。ソファから立ってキッチンの方へ行き電話に出た。
「もしもし?」
『もしもし、奏ちゃん? 久しぶりね~元気にしてた?』
その元気な声の主は紗英さんだった。紗英さんは確か隣町の小学校に転勤しているはず……。というか、何で私のスマホの番号を知っているんだろう?
「はい、なんとか」
『そうそう。紅愛はどう? 奏ちゃんに迷惑かけてない?』
「全然大丈夫です。家事とか手伝ってくれるし」
『そう。なら良かったわ~。あの子もうすぐで誕生日だから、私の代わりにお祝いしてあげて』
「えっ!? 紅愛ちゃんもうすぐ誕生日なんですか?」
『そうなのよ! 知らなかった? 今月の二十二日が誕生日なの』
私は慌ててカレンダーを見た。今日は二月二十一日。つまり紅愛の誕生日は明日だ。
『それでね。もしかしたら私の仕事が早めに終わりそうなのよ』
「……そうなんですか?」
『でね、もしかしたら早めに家に戻れそうだから、多分近いうちに紅愛を迎えに行くわね』
「そ、そうですか……」
『まぁでも、何時になるのかはまだ分からないから、分かったら連絡するわね~』
「分かりました……じゃあまた何かあったら教えてください」
『うん。それじゃあね!』
そこで通話が終わった。物凄い情報量の多さに私は呆然とした。紅愛の誕生日が明日なのもびっくりしたけど、紅愛との暮らしがもうすぐで終わるんだと思うと寂しい気持ちでいっぱいになった。
「奏? 電話誰からだったの?」
私が一人でぼけーっとしていると、いつの間にか紅愛が後ろに立っていた。
「えっ!? べ、別に何でもないよ!」
「ふぅん……」
「そ、それより紅愛ちゃん。紅愛ちゃんは明日の晩ご飯で食べたいものある?」
「うーん……。じゃあ、ハヤシライス」
「え……そんな簡単なものでいいの?」
「うん。だって奏が作ったの美味しいし」
「なら明日の晩ご飯はハヤシライスにしよっか」
「楽しみにしてる」
紅愛には電話の事は言わずに黙っておくことにした。紅愛の誕生日を最後のお別れ会にしたくない。それにすぐ紅愛が帰るわけじゃないし。さらっと紅愛が食べたいものも聞いたし、明日の晩ご飯までにはプレゼントを準備しておこう。するとお風呂が沸いた音が鳴って、私は紅愛の顔をあまり見ないようにお風呂場に向かった。これ以上紅愛の顔を見ているときっと悲しい顔を紅愛に見られちゃいそうだから。お風呂にささっと入っていつもより早くベットに入った。
――
翌日。スマホのアラームを止めてベットから起き上がると、いつも隣で寝ている紅愛が居なかった。時計を見ると七時。まだ起きる時間ではない。紅愛がこんな時間に起きているなんて珍しい。そう思いながら着替えを終えてリビングに向かうとパジャマ姿でソファに座っている紅愛が居た。
「おはよう紅愛ちゃん。今日は起きるの早いね」
「たまたま目が覚めただけだよ」
「今から朝ご飯の準備するね」
私は冷蔵庫に入っている食材を使って簡単にサンドイッチを作った。それをテーブルに置いて二人で食べた後お昼の弁当を作る。私がキッチンで弁当を作ってると、紅愛がキッチンまでやって来た。
「ねぇ、奏」
「なに?」
「昨日何かあった?」
「えっ……何かって?」
「だって、昨日からなんか様子が変じゃん」
「そ、そうかな?」
「うん。私に何か隠してる?」
「隠したりとかしてないよ!」
「……あっそ」
私は何故か紅愛の顔をあまり見れなかった。紅愛の真っすぐな目で見られると全て紅愛にバレそうで怖かった。私は急いでおかずを作り終えて、弁当を包んで紅愛の弁当箱を前に突き出した。
「紅愛ちゃんのお弁当出来たから。そろそろ準備しないと遅刻しちゃうよ?」
「………」
紅愛は納得いかないような顔をしながら弁当箱を受け取って自分の部屋に戻って行った。私はほっとため息をつく。私は今日も仕事があるので紅愛より先に家を出ないと行けない。私は弁当箱を持ってカバンの中に入れた。そしてカバンを持って玄関で靴を履いてドアノブに手をかけた。すると後ろから紅愛が声をかけてきた。
「奏」
「なに?」
「……いや、なんでもない。行ってらっしゃい」
「うん。行ってきます」
「……」
紅愛は私にこれ以上何も聞かなかった。もしかしたら私の態度がおかしかった事に気が付いてるかもしれないけど……。私は紅愛の顔を見ずに家を出た。
今日は紅愛の誕生日だからちゃんとお祝いをしたいのに、紅愛がとの別れが近いと思うと胸が苦しくなる。なんでこんな気持ちになるんだろう……。
そんな気持ちのままcielに向かった。
接客を終えてレジでぼーっとしていると、奈美さんが心配そうな顔で話しかけてきた。
「園原さん。今日はどうしたの? さっきからぼーっとして」
「いえ……。ちょっと考え事で」
「悩みがあるなら相談に乗るわよ?」
「ありがとうございます。でも大丈夫です」
「そう?」
「はい」
「ならいいんだけど。もし困ったことがあったらいつでも言ってね」
それからお昼休憩を終えて午後から沙樹ちゃんがやって来た。沙樹ちゃんなら紅愛と年も近いし、誕生日プレゼントの参考になるかも。そう思ってレジの隣に立っている沙樹ちゃんに声をかける。
「ねぇ、沙樹ちゃん」
「はい! なんでしょう?」
「今日ね、知り合いの誕生日なんだけど、プレゼント何あげたらいいか分からなくて」
「プレゼントですかー……。う~ん。もしかして前島さんが言ってた従姉妹さんですか?」
「うん。それでその子は高校生だから、沙樹ちゃんに相談したら年も近いからいいアドバイス貰えるかなって」
「そういう事だったんですね。分かりました。私で良ければ力になります!」
「 ありがとう」
良かった。とりあえずこれでプレゼントの事はなんとかなりそうだ。
「その人が好きなものとかありますか?」
「猫が好きかな」
「じゃあ可愛いぬいぐるみとかはどうでしょうか」
「ぬいぐるみかぁ……あまりぬいぐるみのイメージ無いなぁ」
「そうですか……高校生ならスマホケースとかもいいかもしれませんよ」
「なるほど。スマホケースかぁ。確かにそれは良いアイデアだね」
「あと、アクセサリー系はどうでしょう。ネックレスとかブレスレットとか」
「そうだね。アクセサリーなら身に着けられるからいいかも」
「それなら私、そんなに高くなくて可愛いアクセサリーのお店知ってますよ!」
「本当!? 良かったらそのお店教えてくれる?」
「はい。あとで住所送っときますね」
「本当にありがとね、沙樹ちゃん」
私はお礼を言った後、仕事に戻った。
――
仕事が終わり。私はいつものように更衣室で着替えて荷物を持って店を出た。車に乗り込んで沙樹ちゃんに教えられた住所をカーナビに入力する。しばらく車で走っていると目的地に到着した。そこは小さな雑貨屋さんで可愛らしい小物や文房具などが置いてある。店内はもうすぐ閉店時間が近いからかあまりお客さんは居なかった。私はお店の中に入って商品を見て回る。すると、猫の形をしたペンダントを見つけた。これ、紅愛に良さそう。私はそれを手に取りレジに向かう。するとレジの近くに可愛らしい白い猫のぬいぐるみもあって。これも一応買っておこうかな。もし紅愛が喜ばなかったら自分の部屋に飾ればいいし。そして会計を済ませてお店を後にした。
家に帰ると紅愛の部屋の電気が点いていた。買ってきた物は一旦自分の部屋に置いておいて、ご飯を食べ終わってから渡そう。キッチンに移動して紅愛が食べたいと言っていたハヤシライスを作る。ついでにサラダとコーンスープも作ろうかな。私がキッチンで料理をしている間、紅愛は晩ご飯が出来るまでリビングに来なかった。私は出来上がったものをテーブルに並べて席に着く。するとタイミング良く紅愛がリビングに入ってきた。
「もう晩ご飯出来たんだ」
「今日は紅愛ちゃんが食べたいって言ってたハヤシライスだよ」
紅愛は嬉しそうな顔で席に着いた。私も席に座って手を合わせた。
「いただきます」
二人でいただきますを言ってから食事を始める。紅愛は美味しいものを食べる時は基本的に喋らないで黙々と食べるタイプだ。今もとても幸せそうな顔をしながら無言でスプーンを口に運んでいる。そんな紅愛を見ながら私は口を開く。
「ねぇ、紅愛ちゃん」
「ん?」
「ご飯を食べ終わったら、紅愛ちゃんに渡したいものがあるんだ」
「なに? プレゼント?」
「うん。だから楽しみにしてて」
「分かった」
そしてあっという間に晩ご飯を食べ終わった。紅愛はソファでテレビを観ながらくつろいでいた。ささっと食器を洗ってそろそろプレゼントを紅愛に渡そうと準備をする。
「ねぇ、紅愛ちゃん」
「ん?」
「ちょっといいかな」
そう言って紅愛の隣に座った。紅愛はテレビを一旦消して私の顔をじっと見た。
「なに?」
「……今からプレゼントを渡すからちょっと待ってて」
いざ渡すとなると緊張する。でも、せっかくの誕生日なんだから、ちゃんと気持ちを伝えよう。深呼吸をして、覚悟を決めて自分の部屋から買ってきたプレゼントを持って来て、紅愛に手渡した。
「はい。誕生日おめでとう」
「ありがとう」
「開けてみて」
「うん」
紅愛は丁寧に包装紙を剥がしていく。中から真っ赤なリボンを付けた白い猫のぬいぐるみを取り出した。
「可愛い……」
「気に入ってくれた?」
「うん。ありがとう」
紅愛はとても喜んでくれているみたいだ。良かった。
「それと、あともう一つあるんだ」
そして今度は綺麗に包まれた小さい箱を取り出す。
「実はね、紅愛ちゃんに似合いそうだなって思って、買ってきたんだ」
「なにそれ」
「開けてみて」
私はドキドキしながら言う。すると紅愛はゆっくりと包みを開けた。中には私が買ったネックレスが入っている。
「凄い……」
どうやら気に入ったようだ。良かった。これで紅愛も満足してくれるだろう。早速紅愛はネックレスを首にかけて私に見せてきた。
「どう?」
「よく似合ってるよ。可愛い」
「ありがとう。大事にする」
「それなら良かった」
紅愛はネックレスに触れながら微笑む。その笑顔は本当に可愛いくて思わず見惚れてしまった。
「どうしたの?」
「えっ? あぁ……なんでもないよ」
危なかった。もう少しで声に出してしまうところだった。すると、紅愛は私に抱き着いてきて私を見上げてくる。そんな紅愛を私は抱きしめ返した。紅愛の体温が伝わって来るのを感じると、心の底から幸せな気分になった。
「ねぇ、奏」
「なに?」
「大好き」
「……」
「ねぇ、何か言ってよ」
「ご、ごめん。嬉しくて言葉が出なくて」
「ふーん。嬉しいんだ」
「うん。すごく」
「そっか」
紅愛は私の胸に顔を埋めながら嬉しそうに笑っている。私も自然と頬が緩んでしまう。でも……この日常ももうすぐで終わっちゃうんだと思うと、今は嬉しい気持ちなのに切なくなった。私はその気持ちを誤魔化すように紅愛をぎゅっと強く抱きしめて言った。
「紅愛ちゃんの誕生日ケーキも作ったから、一緒に食べよっか」
「うん」
実はこっそり作っておいた誕生日ケーキを冷蔵庫から取り出す。ロウソクをケーキに刺そうとしたけど、紅愛が「恥ずかしいからやだ」と言ったのでロウソクを刺すのは止めることにした。ケーキを切り分けてお皿に盛り付ける。そして紅愛と二人でいただきますをして、フォークを手に取った。
「美味しい?」
「うん。今まで食べた中で一番おいしい」
そう言って紅愛は満面の笑みを浮かべた。そんな顔を見てるとこっちまで幸せになる。
「ねぇ、奏」
「ん?」
「来年の誕生日もさ、またケーキ作ってよ」
紅愛は少し照れくさそうにして言った。
「……もちろんだよ」
私も笑顔で答えた。また紅愛と一緒に誕生日を迎えられたらね……と心の中でそう思った。すると突然私のスマホの着信音が鳴った。画面を見ると、知らない番号からだ。多分紗英さんからだろう。そう思って電話に出た。
「もしもし?」
『もしもし、奏ちゃん? いきなり電話してごめんね~。でも、そっちに帰れる日が分かったから教えるわね』
「はい。分かりました」
『というか、もう帰ってきてるから、明日には紅愛を迎えに行けるわよ』
その言葉を聞いた瞬間、一瞬だけ頭が真っ白になったような気がした。
「えっ? 明日ですか……」
『そう。これ以上奏ちゃんに迷惑かけるのも悪いし、早い方がいいでしょ?』
「でも……」
『じゃあそういうことだから、紅愛にもよろしく言っておいてね~』
「あっ!ちょっと……」
紗英さんは一方的に喋り終えてそのまま通話を切った。私はしばらく呆然としていた。そして我に帰ると紅愛の方を見た。
「奏?」
「ううん。なんでもないよ」
私は笑顔を作って首を横に振ったが、内心は焦っていた。だって急すぎる。まだ心の整理が出来ていないのに。
「ねぇ、どうしたの?」
紅愛は不思議そうな顔でこちらも見ていた。
「えっと……その……」
私はどう言えばいいのか分からず言葉が詰まってしまった。すると、紅愛は何か察してくれたようで優しく微笑んだ。
「知ってるよ。多分母さんからの電話でしょ?」
「……」
私は黙って俯いた。紅愛は私の手を握ってきた。私はその手を握り返すと小さく深呼吸をした。
「あのね、紅愛ちゃん」
「なに?」
「実は……」
私は正直に打ち明ける事にした。すると、紅愛は真剣な表情になった。そして私の話を聞き終えた後、紅愛は大きくため息をついた。
「はぁ……。やっぱりね」
「ご、ごめん」
「別に謝ることじゃないじゃん。それにしても、こういう時に限って早く帰って来るんだよねあの人」
「……」
「ねぇ、そんな顔しないで」
「でも……」
「大丈夫だから。こうなる事は分かってたし」
「えっ?」
紅愛の言葉を聞いて私は驚いた。
「どういうこと?」
「実は数日前に、母さんからメッセージ来てたから」
「そうだったの?」
「うん。その時はまだはっきり決まってなかったんだけど、奏の様子見てたらなんとなく予想はついてた。でも、まさか明日だとは思わなかったけどね」
「……紅愛ちゃん」
「あーもう。暗い話は終わり。お風呂沸いたから早く入ろ?」
そう言って紅愛は私の手を引いて浴室に向かった。
「一緒に入っても良いよね?」
「うん……」
今日で紅愛と一緒にお風呂に入るのが最後だと思うと断ることは出来なかった。私は紅愛に言われるがまま部屋から着替えを持って来て服を脱いだ。
紅愛も服を脱ぎ終わると私の手を握って一緒に浴室に入った。先に身体と頭を洗って向き合うように湯船に浸かる。
「明日でこの生活も終わりか」
「……紅愛ちゃんは寂しくないの?」
「もちろん寂しいよ。でも、仕方ないことだしね」
「そっか……」
「うん。奏はやっぱり寂しい?」
「当たり前だよ……」
「だから、ずっとそんな顔してるの?」
紅愛は私の顔を見て言った。多分今の私は悲しそうな顔をしていると思う。自分ではよく分からないけれど、きっとそうだと思った。
「寂しいって言ってくれるのは嬉しいけど、私はいつもの奏がいい」
そう言って紅愛は私の顔を両手で包んだ。
「いつもみたいに笑ってよ」
紅愛に言われて私は無理矢理笑顔を作った。でもそれは作り笑いだと言うことは自分が一番よく分かった。それでも紅愛は満足したようで、そのまま抱きしめてきた。そして耳元で囁いた。
「ありがとう。大好き」
私はその言葉を聞くと泣きそうになった。でも必死に堪えて紅愛を強く抱き締め返した。
「大丈夫。もう二度と会えない訳じゃないし、週末とか遊びに行く」
「本当?」
「うん。約束する」
紅愛の顔を見つめ返すと紅愛はにこりと笑った。
「やっぱり奏は笑ってる方がいい」
「……ありがと」
私は少しだけ安心した気持ちになった。それからしばらくお互い何も言わずにただじっとしていた。そして、しばらくしてから紅愛は口を開いた。
「これ以上入ってたら、のぼせるからそろそろ出よ?」
「うん」
私たちは湯船を上がるとお風呂から出た。そして脱衣所で体を拭いてパジャマを着た。ドライヤーを使って髪を乾かした。後は私の部屋でゆっくりすることになった。私の部屋に入ろうとしたらリビングからオセロが歩いて来た。紅愛が慣れた手つきでオセロを抱えた。
「せっかくだから、オセロも一緒に寝る?」
オセロは紅愛に返事するかのように『ニャー』と鳴いた。
「ふふっ。可愛い」
そして今日はオセロも入れて三人で寝る事にした。ベッドに紅愛と一緒に横になる。私の隣には紅愛が、足元の方にオセロがいる。
「ねぇ、奏」
「なに?」
「手を繋いでもいい?」
「いいよ」
私が答えると紅愛は嬉しそうに手を握ってきた。そしてもう片方の手で優しく撫でた。すると、オセロも同じように私の手にすり寄ってきた。なんだか可愛くて思わず微笑んでしまった。
「じゃあ、電気消すね」
そう言って私は部屋の明かりを消して真っ暗にしてから、布団の中に潜り込んだ。するとすぐに紅愛は私の方に身体を寄せてきた。
「あったかい……」
「うん……」
「奏……」
「ありがとね。色々」
「ううん。私こそありがとう。今まで楽しかった」
「こちらこそ」
「おやすみ……」
「おやすみなさい」
そう言うと紅愛は瞼を閉じた。私は紅愛の手を握ったまま目を瞑った。
明日はちゃんと笑顔で紅愛にお別れをしよう。そんな事を考えながら眠りについた。
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