第二十九話 奏と冬
いつも通りに仕事をこなす奏。残業と夜更かしをしてしまい……。
すっかり秋も終わりを迎え、寒くなってきていよいよ冬だなぁなんて考えながら寒そうな窓の外を眺めた。私の後ろでテキパキとケーキの予約を確認している奈美さんが話しかけてきた。
「いきなり寒くなったけど、園原さんは身体大丈夫なの?」
「全然大丈夫ですよ。最近は風邪も引いていませんし」
「そう? でもここ最近ずっと出勤してるじゃない? ほら、よく見たら目の下に隈も出来てるし……」
奈美さんにそう言われ慌てて鏡で確認してみると、うっすらと目の下には隈が出来ていた。全く気付いていなかったけど……どうやら自分が思っている以上に疲れが溜まっているようだ。
「あー……確かにちょっと寝不足かもですね。でも今は出来る限りケーキのアイデア考えたくて」
私が笑顔で言うと、奈美さんは少しだけ心配そうな顔をした。
「園原さんがいいならいいけど……。新作ケーキの仕事を任されたのは良いことだけど、あまり気を張り過ぎないようにね」
「ありがとうございます」
私は元気良く返事をして作業に戻った。あれから私は新作のケーキを考える役割を任されることになった。それで今も次に出すケーキを考えている。クリスマスシーズンが近づくこの季節は、クリスマスケーキを予約するお客さんも居たりで一番忙しい時期なのだ。それに備えて新しいケーキもいくつか出したいけど、考えは何個かは浮かんでいるが仕事も忙しく中々試作を出来ないでいた。
「ねぇねぇ奏~、奏は今年のクリスマス予定あるの~?」
私が作業をしていると後ろから美由が声をかけてきた。
「特に無いよ。というより彼氏いないし……」
「えぇ!? 嘘ぉ! 奏可愛いからてっきりもう彼氏いると思ってた」
「そんな風に言ってくれるのは嬉しいけどさぁ……」
まぁ今年のクリスマスは一人じゃないだけ良しとしよう。今回は紅愛もいることだし当日は、ご馳走を作って二人でクリスマスパーティーをするつもりだ。それを美由に話してもよかったけど、めんどくさくなりそうなので止めておいた。
「そういう美由は予定あるの?」
「私? 私はね~、彼氏とクリスマスデートするんだ~」
「ああ~、そういえば彼氏できたって言ってたもんね」
「そうなの! だから楽しみなんだ~」
美由には去年から付き合っている彼氏が居るらしい。美由はその彼とクリスマスを過ごすのかと思うと何だか少し羨ましくなった。
「あーでも、奏には従姉妹ちゃんがいるんだっけ」
「うん……まぁね」
「じゃあ奏は従姉妹ちゃんとクリスマスパーティー? いいじゃん!」
「そうだね」
「クリスマスパーティーもいいな~。従姉妹ちゃんと楽しみなよ!」
美由に言われて少し嬉しくなる自分がいた。確かに紅愛とは一緒に暮らしているわけだし、もう家族みたいなものだから別に変なことではないんだけど、やっぱり誰かと一緒に過ごすというのは特別な事だと思う。今までもクリスマスはほとんど一人だったし、良くて実家に帰って両親と過ごしたくらいだったし。紅愛と過ごすクリスマス楽しみだな……。せっかくだし家にクリスマスツリーとか飾ろうかな。今度お店で探してみよう。そう考えながら黙々と作業を続ける。
「園原さん、ちょっといい?」
お店の奥から店長が顔を出した。
「はい、なんですか?」
「この間言っていた新作の件だけど、試作ってまだしてないわよね?」
「あっ、はい! 今度作ろうと思ってるんですけど」
「ならよかった。もし出来たら私にも見せてほしいんだけどいいかしら?」
「分かりました! 出来たら店長に連絡します!」
「ありがとう園原さん。じゃあ、よろしくね」
「はい!」
店長が奥へ戻って行くと奈美さんが話しかけてきた。
「園原さんもう新しいケーキ作るの? 早いわね……」
「はい。実際に作ってから分かることもありますし、考えは何個かまとめてありますから」
「そう。あまり無理はしないでね」
「ありがとうございます」
私は笑顔で答えた。それからしばらくして、そろそろ閉店の準備をぼちぼち始めたところで店長が全員を呼んだ。
「皆今日もお疲れ様。もうすぐでクリスマスで忙しくなるけど、頑張りましょうね」
「はい!」
「それじゃあそろそろ帰る準備をして、終わった人から帰っていいわ。あとの事は私がやっておくから。お疲れ様」
「お疲れさまでした!」
そう言うと、みんなそれぞれ帰り支度を始めた。まず最初に美由が出て行きそのあとすぐに橋元さんも帰っていった。お店に残ったのは私と店長と奈美さんの三人になった。閉店準備を進める店長に私は声をかけた。
「あの、店長。私今日はまだやりたい事があるので、お店に残ってもいいでしょうか?」
「別にいいけどどうして?」
「はい。実はケーキのアイデアが浮かんできまして、それで色々試したいことがあって……」
「そうなの。分かったわ。でもあまり遅くならないようにね」
「ありがとうございます」
私は笑顔で言うと奈美さんが寄ってきた。
「ちょっと園原さん。本当に大丈夫? 今日も丸一日働いたのに疲れてない?」
「全然大丈夫ですよ! 心配してくれてありがとうございます」
「そう……? あんまり無茶だけはしないようにね」
「はい!」
私は笑顔で言うと、二人はお店を後にしていった。試作をする前に紅愛に連絡しておかないと。カバンの中からスマホを取り出してメッセージアプリで紅愛に連絡しておく。
『今日は遅くなるから、家にあるものを食べといてね』
と送信して私は早速試作に取り掛かった。
「さてと……。どうしようかなぁ……」
一人で呟きながらカバンに入れていたアイデアノートを引っ張り出してきて、机の上に広げた。
今回のケーキではイチゴをいっぱい使いたいと思っていた。でもただ単にフルーツを盛り付けるだけじゃつまらないし、せっかくだからクリスマスらしく飾り付けをしたいなと思った。そこで考えたのがクリスマスツリーをイメージしたデコレーションだ。
「よし! じゃあ始めよう!」
私は気合いを入れて作業を始めることにした。
――
あれからどのくらい経っただろう。しばらくケーキのデコレーションを繰り返し、何回も試行錯誤してやっと自分が納得がいくデコレーションが出来たところでふと時計に目を向けると、時刻は既に夜中の十二時を過ぎようとしていた。
「えっ! もうこんな時間!?」
私は慌てて片付けとお店の戸締りをして家に帰る事にした。
「うぅ~さむ……」
外に出ると辺りは真っ暗になっていて、冷たい風が吹いていた。早く帰らないと……。そう思いながら車に乗り込む。エンジンをかけて暖房をつける。車内が暖まるまで少し時間がかかった。この時間だといつもは賑わっている駅前もがらんとしていた。車のライトをつけて運転しながらぼーっと色々考える。いつも夜更かししている紅愛も流石にこの時間だと寝てるよね。帰ったらお風呂に入って寝ようかな……でもまだ考えたいところもあるし。そんなことを考えているうちに家の駐車場が見えてきた。車を停めてエンジンを切って鍵を抜いて降りる。エレベーターに乗って玄関の鍵を開ける。
「ただいま」
と小さく呟くがリビングの電気は消えているし、紅愛の部屋も真っ暗だった。やっぱりもう寝ちゃったか。私は静かに靴を脱いで廊下を抜けてリビングに入る。電気を点けるとオセロがこちらに向かって走ってきた。いきなり足元に飛びついてきたので私はよろけてしまった。
「ただいまオセロ。大人しくしてた?」
オセロに話しかけると小さく「ニャア」と鳴いた。それから私の足に体を擦り寄せてくる。オセロを撫でながらカバンを置いてソファに座った。
「ふぅ……」
とため息をつきながらふと視界に入ったダイニングテーブルを見ると、その上にメモが置かれていた。気になって見てみると。
『ハヤシライス作ったから、よかったら食べて』
と書かれていた。キッチンに向かうとコンロには鍋が置かれていて蓋を取ると、中には美味しそうな匂いを放つハヤシライスが入っていた。
私はそれをお皿に移し替える。そしてレンジに入れて温めた。
「いただきます」
私は手を合わせてからスプーンを手に取り、一口食べた。
「おいしい……」
私は思わず笑みがこぼれた。それから黙々と食べる事に集中してあっという間に完食してしまった。お腹一杯になったところで食器を流しに置いて水に浸けておいた。お風呂に入ろうと思って部屋に着替えを取りに行ってそれからお風呂場に行く。服を脱いでお風呂に入ると、温かい蒸気に包まれてとても気持ちが良い。
「はぁ……」
私は目を閉じて、今日の疲れを癒すようにゆっくりと湯船につかっていた。それから十分ほど経ってお風呂から出て髪を乾かしてから歯磨きをして部屋に戻った。ベッドに入る前にカバンからアイデアノートを取り出して、もう一度見直して今回の試作で分かったことをノートに書いていく。
「よし、これでいいかな」
ノートを閉じてカバンの中に仕舞うと、私はベットに入りスマホでアラームをセットして眠りについた。
――
ふと目が覚めてスマホで時間を確認すると、アラームが鳴る十分前だった。まだ眠気はあるがそこをぐっとこらえて、アラームを解除しベットから起き上がる。とりあえずカーテンを開けて外を見渡すと、厚い雲が空を覆っていて今にも雨が降りそうだった。早く着替えて朝ご飯の準備をしないと……。クローゼットから着替えを取り出して着替える。脱いだパジャマを洗濯籠に入れてキッチンに向かう。
冷蔵庫の中から卵と牛乳を取り出してボウルに割って入れてかき混ぜる。そこに砂糖を加えてさらによくかき混ぜる。フライパンを熱してバターを入れて溶かす。そこへ先程の生地を垂らす。するとすぐにじゅうっと音がして甘い香りが漂ってきた。焦げないように注意して、くるりとひっくり返すと綺麗な焼き色が付いていた。出来上がったフレンチトーストをお皿に乗せた。朝ご飯の準備はこれでよし。あとは紅愛を起こしに行かないと。そう思いダイニングチェアから立ち上がろうとした時、胸元に違和感を覚えた。あれ……? 何でこんなに胸が苦しいんだろう? もしかして天気が悪いから体調があまりよくないのかな……。私は自分の胸に手を当てながら首を傾げた。
「はぁ……はぁ……」
荒い呼吸をしながら私は洗面台の前に立っていた。昨日はケーキの試作品を作って、夜更かしもして寝る時間も遅かったからあまり寝れてないのかもしれない。それにしても今日はやけに体が重い気がする。風邪でも引いたのだろうか?
鏡の前で深呼吸をする。そういえば最近薬を飲んでなかったな……。そんなことを考えながらソファでぐったりしながら横になった。
「はあ……はぁ……はぁ……」
だんだん息が苦しくなってきた。このままだと過呼吸を起こすかもしれない。そう思った私は急いで台所に向かい、ビニール袋を持ってきてその中に顔を突っ込んだ。
「はあ……ふう……はあ……はあ……はああ」
しばらく息を整えてから、私は廊下の方に目を向けた。さっきよりは少しだけ落ち着いたけど、まだ少しだけ頭がくらっとしている。どうしよう……紅愛はまだ寝てるだろうから起こしに行けないし、かといって大声も出せそうにない。ソファでぐったりしていると、オセロが近くに寄ってきた。
「オセロ……」
オセロは私の様子がおかしいのに気付いているのか分からないが、私の頬を舐めたり近くをうろうろしている。しばらくすると廊下の方に走って行った。なんとか重い身体を動かして廊下の方を見てみると、オセロは紅愛の部屋の扉をカリカリと引っ掻いて、「ニャーニャー」と鳴いていた。しばらく間オセロが引っ搔いていると。扉ががちゃりと開いた。
「もう……オセロさっきからうるさい……って奏!?」
私の様子に気づいた紅愛が慌てて駆け寄る。紅愛の顔を見た途端安心したせいか急に涙が出てきた。ソファから起き上がろうとしたが、力が入らなくてそのまま床に倒れてしまった。
「奏! どうしたの!?」
紅愛はしゃがみ込んで心配そうな表情で私を見つめている。その顔を見ると余計不安になって泣きじゃくりそうになった。
「……ごめんね紅愛ちゃん。いきなり体調が悪くなっちゃって……私のスマホで早苗先生に電話してくれる?」
そう言ってロックを解除した私のスマホを紅愛に渡す。紅愛はそれを受け取ってスマホを操作して電話をかけた。しばらくしてから通話が始まったところで一安心した私は、紅愛の声を聞きながら意識を失った。
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