第二十八話 紅愛の嫉妬
奏汰と出かける奏に、紅愛が起こした行動とは……?
――ゴソゴソと部屋の扉からの物音で目が覚めた私は、音の発生源である扉の方を見てみると、扉の外側から『ニャー』という鳴き声が聞こえてきた。その声を聞いた瞬間に、私はすぐに布団から出て扉を開ける。すると勢いよくオセロが部屋に入ってきた。どうやらさっきの物音は部屋に入りたかったオセロがドアを引っかいていた音だったらしい。甘えてくるオセロの頭と背中を撫でてリビングに向かう。
「おはよう」
「おはよう紅愛ちゃん。今日は土曜日なのに起きるの早いね」
リビングに行くともうすでに着替えも化粧も済ませた奏がいた。服もいつもよりおしゃれにしている気がする。あまり思い出したくない昨日の事を思い出した。……ああ、そうだった。今日奏はあの男とデートに行くんだった。
「……紅愛ちゃん?」
リビングの入り口でぼーっと突っ立っている私に奏が声をかけた。
「もしかしてまだ寝ぼけてる?」
「……あー、そうかも」
「朝ご飯食べる?」
「食べる」
私が答えると奏はキッチンに行って朝食の準備を始めた。私は洗面所に行き顔を洗い歯磨きをする。そしてまたリビングに戻るとテーブルにはトーストしたパンと目玉焼きとサラダが置かれていた。私は椅子に座っていただきますをして食べ始める。奏は向かい側に座って紅茶を飲んでいた。私が無言でもぐもぐと食べていると奏が「美味しい?」と聞いてきたので「うん」と答えると、奏は「よかった」と微笑んだ。その笑顔が少し眩しくて私は目を逸らした。奏は何とも思っていない顔で紅茶を飲んだ。きっとこの人は私の気持ちなんて知らないだろうな……。そんなことを考えながら黙々と食べた。
「ごちそさま……」
「お粗末様です」
食器を流し台に置いて水に浸しておいた後、私は一旦自分の部屋に戻って私服に着替えた。奏はまだ出かけないのかと思いつつリビングに戻ると鏡を見ながら髪を整えたりしていた。時計を見ると約束の時間まであと二十分だ。
「そろそろ出かけるの?」
「うん。出来れば十分前には待っていたいから」
「そう……楽しんできてね」
「ありがとう」
と言って鞄を持った奏は玄関に向かった。靴を履いて振り返った奏は何か言い忘れたことでもあったのか、「あっ!」と言った後に私と向き合った。何を言うつもりなのかと思っていると、目の前の奏は私の目をしっかりと見て。
「行ってきます」
満面の笑みを浮かべた後に手を振りながら家を出て行った。
奏が出て行く姿を見届けてから私は自室に戻り布団の上に座る。そのままボーッとしているといつの間にか数十分が経っていた。時間を確認するためにスマホを開くとメッセージアプリの通知が何件か来ていた。開いてみると全部白羽からだった。内容はどれも同じもので『今日暇?』とか『今日暇だから遊ぼうよ』といったものだった。それに対して私は既読だけつけて返信はしなかった。
このままぼーっとしているのもあれだし有紗と電話でもしようかな。早速有紗に電話をかけた。すると数コールした後に通話状態になった。
『もしもし?』
「今大丈夫?」
『うん。全然いいけど、どうかした?』
「特に用はないんだけどさ、最近電話で話はしてなかったなって」
『まぁ、いつも学校で話してるからな」
「うん。でも今日は暇でさ」
『あれ? 奏さんは今日居ないのか?』
「いない。デートに行った」
『デ、デート!? ……まぁ、奏さんにも彼氏くらいいるよな……』
有紗は奏に相手が居るのが相当驚いたのか大きな声を上げた。ただ有紗が純粋なだけだけど。それから私たちは他愛もない話をした。そして数十分が経った頃、有紗が言った。
『紅愛、なんかあった?』
いきなり核心を突かれてドキッとした。
「……なんで?」
平然を装って聞き返すと、有紗は少し間を空けて答えた。
『……なんか声に元気がない気がするんだよな。それにいつもより声が低いし。あと、さっきからずっと機嫌悪そうだし』
「…………」
私は何も言えなかった。まさかこんな些細な事でバレるなんて思ってもいなかった。
「別に、なんでもない」
私はそれだけ言って電話を切ると、私は布団の上で仰向けになって天井を見た。そして考えるのは奏の事ばかりだ。奏が奏汰とのデートに行く前に見たあの笑顔が頭から離れなくてモヤモヤしていた。その笑顔を見て私は胸が苦しくなった。そして思ったのだ、奏は奏汰とデートに行く。つまり奏は私から離れる。そう考えただけで胸の奥がキュッと締め付けられた。今まで感じたことの無い感情だった。私はこれがどういうものなのか分からない。だって私は誰かを好きになった事が無いし、恋をした事も無い。この気持ちの正体を確かめたいと思った。だから私は行動に移すことにした。
「よし」
そう呟いて立ち上がった私は家から飛び出した。
――
奏と奏汰が待ち合わせをしている駅に着いた私は駅前広場で奏の姿を探した。周りにはカップルや友達同士で遊びに来た人が多くいた。奏はもう着いているだろうか、それともまだ来ていないのだろうか。そんなことを考えていると、私の視界に奏が映った。
私は奏に駆け寄ろうとするのを抑えて、奏の隣に奏太がいる事に気づいた。奏達は楽しそうな表情を浮かべながら会話をしていた。奏達が近づいてくるにつれて二人の距離感がよく分かるようになった。奏汰は奏の肩に手を置いて親しげな雰囲気を出しているように見える。それを見ていると何故かイラついてきた。私は無意識のうちに拳を強く握りしめていた。仲良さそうに歩く二人の後をゆっくりと追いかける。
確か二人は映画を観ると言っていたはず。だから映画館に向かっているんだろうなと思っていると案の定二人は映画館に入って行った。とはいえ私は二人が何の映画を観るのか知らないし、チケットを買って中に入るのも嫌だったので近くの喫茶店に入った。
私はジュースを飲みつつ、スマホをいじりながら二人が出てくるのを待とうと思っていた。しかし、私が注文した飲み物が来る頃に奏達が出てきた。私はすぐに会計をして急いで店を出た。まさかこんなに早く出てくるとは思わなかった。もしかして観たい映画が終わってたとか? 理由は分からないけど再度二人の後を追いかける。するとまたもや二人は手を繋いで歩いていた。それが無性に腹立たしかった。私も手を繋ぐことが出来たらどんなに幸せだろう。
「……っ!」
自分で考えておいて恥ずかしくなってきた。でも、本当に羨ましいと思う。奏は奏汰と付き合っているわけじゃない。だから奏が誰と何をしようと自由だし、嫉妬する必要は無い。でも、やっぱり心の底では嫉妬している自分がいる。
私は二人の後ろ姿を見ながら歩いていると、二人はおしゃれな雑貨屋に入っていった。窓から店内を軽く見てみるとあまり店内は広くなさそうだし、すぐに入ると奏にバレそうだからお店の外で様子を見る事にした。数分後に出てきた二人は満足げに微笑んでいた。私は何を買ったのか気になりつつも、これ以上尾行するのは良くないと思いその場から離れた。
「はぁ……」
私はため息を吐きながら家に帰る。するとスマホの着信音が鳴った。画面を確認すると有紗からだった。
「もしもし?」
『あっ、紅愛? ちょっといいか?』
「いいけど。どうしたの?」
『いや……今本屋さんから帰るとこなんだけど、今からお前の家行ってもいいか?』
「別にいいけど」
『じゃあ今から向かうから』
そう言って有紗は電話を切った。そして数十分程して家のインターホンが鳴る。私は玄関に行ってドアを開けると、そこには私服姿の有紗がいた。
「ごめんな急に」
「いいよ。私も暇だったし」
「そっか……」
私は有紗を連れてリビングのソファに座った。すると有紗が話を切り出した。
「紅愛さ……何か困ってることあるだろ?」
「……なんのこと」
「とぼけるな。さっきから明らかに元気ないだろ」
「……」
「私で良かったら相談に乗るから」
「別にない」
「嘘つけ」
「……」
「ほら、素直に話してみろって」
「分かった。話す」
私は素直に観念した。そして私は奏の事を考えるとモヤモヤしたりドキドキしてしまうこと。奏と奏汰のデートを尾行したことを全て話した。
「なるほど……。つまり紅愛は奏さんの事が気になるってことか」
「多分……」
「それで、奏さんがその……幼馴染の奏汰さん? と一緒に出掛けて嫉妬してるのか」
「うん……」
「なるほどなぁ。でも奏さんはその幼馴染と付き合ってはいないんだろ? なら大丈夫じゃないかな」
「……そうだと分かっててもなんかむかむかする」
「そっか。まぁ、とりあえずさ……紅愛はどうしたい?」
「どうしたいって……そもそも私達女同士なんだけど」
「でも紅愛は奏さんの事が好きなんだろ? それとも好きじゃないのか?」
「好きだけど……」
好き。その言葉を口に出すと顔が熱くなる。私は奏の事を好きになってしまったのだろうか。奏は私にとってただの面倒をみてくれる従姉妹だ。そう自分に言い聞かせていると、私は無意識のうちに奏の事ばかり考えていた。
「やっぱり好きなのかな……」
「自分の気持ちに正直になれよ」
「うーん……」
私は頭を悩ませる。私は奏の事が好きなのか分からない。恋愛感情なんて持った事がないから、これが恋だと自覚していないだけかもしれない。私が悩んでいる隣で有紗がぶつぶつ呟いていた。
「……まさかあの紅愛に好きな人が出来るなんてな」
「そんなに意外?」
「だってお前今まで他人に興味なかっただろ? だから少し驚いただけ」
「まあね」
確かに私は他人には興味がなかった。有紗以外は別にどうでもいいと思っていた。けど、奏だけは違った。何故か奏とは一緒にいたいと思うし、他の人と楽しそうな表情をしているだけで胸の奥が締め付けられるような感覚に襲われる。これはきっと独占欲というやつだろう。私は奏に出会って初めてこんなにも醜い感情が自分にあることを知った。
「それで最終的に私はどうすればいいの?」
「それは自分で考えてだろ」
「有紗はどう思う?」
「私は応援するよ。紅愛が好きな人がどんな人でも紅愛には幸せになって欲しいから」
「有紗……」
有紗が私のことを思ってそう言ってくれたのだと思うと、嬉しくなって涙が出そうになった。私は有紗の肩に頭を乗せると有紗の身体がビクッと跳ねた。
「ちょっ!? いきなり何すんだよ!」
「別にいいじゃん」
「良くない! びっくりしただろ……」
「ごめん」
「もう……」
それから私たちはしばらく無言のまま過ごした。すると有紗が口を開いた。
「なぁ紅愛」
「なに?」
「もし奏さんと付き合う事になったら、ちゃんと報告しろよ」
「え?」
有紗の言葉に思わず固まってしまった。有紗は何を言っているのだろうか。私と奏は女同士だ。普通に考えたら有り得ないことだ。
「なんで?」
「なんでも何もない。私は紅愛の……その友達として、紅愛に好きな人ができたのなら祝福してあげたいだけだ」
「そう」
私は素直じゃない。本当は嬉しいはずなのに、口から出てくる言葉は素直じゃなくて、つい冷たく当たってしまう。それでも有紗は笑顔を浮かべて言った。
「紅愛はさ……奏さんのこと好きなんだろう?」
「……うん」
「なら大丈夫だよ。紅愛なら絶対に上手くいくって」
「……ありがと」
私は照れ隠しで顔を背けたまま言った。有紗は優しい。いつも私のために色々としてくれる。私はそんな有紗が好きだ。有紗と友達になれて本当に良かった。
「でもさ、紅愛は女同士とか気にしないのか?」
「私は……奏なら大丈夫かなって」
「そっか。まあ、頑張れよ。私はいつでも相談に乗るからな」
「うん」
私は心の中で感謝しながら返事をした。私は奏が好きになった。この気持ちを早く伝えたいけど、今はまだ早い気がする。でもこのままだと奏汰に奏を取られてしまうかもしれないと思うと焦りを感じた。奏汰に奏を取られるのはいやだ。気持ちを伝えるのに相応しいタイミングを考えないと……。私が悶々と頭の中で考えていると、ある一つの案が思い浮かんだ。そうだクリスマスだ。クリスマスの日に私の気持ちを伝えよう。もしかしたら、奏汰も奏に告白するかもしれないけど……。
「有紗、ありがとう」
「うん。頑張れよ」
「もちろん」
私は有紗にお礼を言うと、有紗は笑みを返してくれた。
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