第二十七話 私と幼馴染と従姉妹
勢いよく運転席のドアを開け車のロックをかけて、少し小走りでマンションのエントランスに向かう。いきなり仕事が入ったとはいえ、奏汰との約束を忘れてたなんて……! 私は急いでエレベーターに乗り込むと、五階のボタンを押した。するとすぐに扉が閉まり動き出す。
「ふぅ……」
エレベーターの壁にもたれ掛かってため息をつく。……それにしても、紅愛が奏汰を家に入れるとは……。そもそも何で初対面の奏汰を入れたんだろう? まぁ、その辺はあとで紅愛に聞いておこう。エレベーターが五階に着き、私は二人が待っている家の扉を開けた。
「ただいまぁ」
靴を脱いでリビングの扉を開けると、奏汰がテレビ前のソファに座ってテレビを観ていた。そして私の方に振り向くと、「おかえり」と言ってくれた。
「ごめんね! 仕事の事で頭がいっぱいだったから、約束の事すっかり忘れてて……」
私がそう言うと奏汰は微笑んで言った。
「あまり気にすんな、急に来た俺も悪かったし」
二人で話していると、紅愛がリビングにやって来て口を開いた。
「おかえり奏」
「ただいま紅愛ちゃん」
「今日の晩ご飯何にするの?」
「二人共特に食べたいものないんだよね? 最近寒くなってきたからお鍋をしようと思うんだけど……いいかな?」
「いいよ」
「あぁ」
二人は同時に返事をした。私がキッチンに立って準備をしていると、紅愛が隣にやって来た。
「私も手伝う」
「ありがとう紅愛ちゃん。じゃあ、野菜を洗って切ってくれる?」
「分かった」
二人で鍋を作っていると何故か奏汰がずっとこっちを見ていた。私は不思議に思って聞いた。
「どうしたの奏汰? さっきからこっちを見て」
「いや、俺も何か手伝えることがあるなら手伝おうか?」
「いやいいよ。奏汰はお客さんだから、ゆっくりしながら待ってて」
「……分かった」
そう言うと奏汰は再びテレビに向き直った。私もキッチンで材料を取り出しながら、野菜を切っている紅愛に話しかけた。
「ねぇ、紅愛ちゃん。どうして奏汰を家に入れたの?」
「あいつがマンションの入り口でうろうろしてたから、気になって声かけただけ」
……そうなのか。でもなんでだろう。初対面なのにそんな簡単に家に上げるなんて……。私は少し疑問に思ったけど、あまり深く考えないことにした。
「よく声かけたね……。紅愛ちゃんって他人に興味ないと思ってた」
「まぁ、普通なら声かけたりしないと思う。最悪警察に通報してたかもね」
「相当奏汰が怪しかったんだ……」
不審者みたいにうろうろしている奏汰を想像して、思わず笑ってしまった。それから二人で雑談をしながら鍋を作った。ただ材料を切って煮込むだけで出来るので意外と楽だ。完成したお鍋をお皿に移してテーブルに置くと、三人で席に着いた。
「いただきます」
三人でいただきますを言って私は真っ先にお肉を口に入れた。お鍋に入っている鶏肉はとても柔らかくて美味しい。私はお鍋を食べながら会話を続けた。
「そういえば、奏汰は明日仕事ある?」
「いや、明日は休みだ」
「そっか! 良かった!」
私がそう言うと奏汰は首を傾げた。すると隣に座っていた紅愛が口を開いた。
「……デートでも行くの?」
「ち、違うよ! 今日はほんとは映画を観に行く約束だったのにそれが出来なかったから、よかったら明日どうかなって」
そう言うと奏汰は笑って答えてくれた。
「いいぞ」
「よかった! じゃあ、朝十時に駅前で……あっ、そうだ! せっかくだから、紅愛ちゃんも一緒に行かない?」
「えっ……私も?」
「うん! 人数多い方が楽しいよ。奏汰も紅愛ちゃんが一緒でもいい?」
「俺はいいが、紅愛はどうする?」
「私は……」
紅愛は少し考えるとすぐに顔を上げて言った。
「止めとく。二人で行ってきなよ」
「そう? 紅愛ちゃんがいいならいいけど……」
「私は家でゆっくりしたいし、あまり外に行く気分じゃないから」
「そう……? じゃあ明日は留守番よろしくね」
「……分かった」
紅愛が返事をした後、私たちは雑談を話しながらご飯を食べると、お鍋を綺麗に平らげて食器を片付けた。そして私はソファでくつろいでいる奏汰の隣に座ると、奏汰が話しかけてきた。
「そう言えば、奏は最近仕事忙しいのか?」
「う~ん。忙しいというか、やらないといけないことが多いというか……」
「そうなのか?」
私は奏太に最近の出来事を話した。最近私が新作のケーキのアイデアを任されたこと。それが採用されて、次からは私の考えたケーキを販売することになったことなどを話した。
「へぇーそうなんだな」
「まぁ……まだ慣れなくて大変だけどね」
「でもすごいじゃないか。奏が頑張ってる証拠だな」
「ありがとう。そう言ってくれると嬉しいよ」
私は照れ臭くて頭を掻いた。すると奏汰は少し真面目な顔をして、私に話しかけた。
「あのさ……。俺に何か手伝えることがあったら言ってくれ」
「えっ、どうしたの急に」
「いや……。なんか奏っていつも無理してないか心配になって」
「そんな事ないよ……。確かに子供の頃奏汰にはいっぱい助けられたけど……。でも大丈夫だよ」
「本当か? ……もし、何かあったらいつでも相談してくれよ?」
「うん……。その時はお願いするね」
私はそう言って笑った。すると奏汰も安心して笑い返してくれた。それから私達はしばらく雑談をして過ごした後、「そろそろ帰る」と奏汰が言い出したので玄関まで送っていった。
「じゃあ、また明日な」
「うん……。お休みなさい」
「お休み」
奏汰を見送るとリビングに戻ってきて、私はソファーに座って一息ついた。
「ふぅ……。今日は色々ドタバタしたなぁ」
急に仕事が入ったり、奏汰との約束を忘れたり……。最近はずっと仕事の事ばかり考えてしまう。次のケーキの材料はどうしようとか、ケーキ以外のスイーツも作ってみようとか、新しいアイデアを考えないととか……。そんな事を考えていると、しばらく席を外していた紅愛が隣に座ってきた。
「……ねぇ、奏」
「何? 紅愛ちゃん」
「奏はさ……奏汰の事どう思ってるの?」
「奏汰? ……どうして?」
私がそう尋ねると、紅愛は少し考えてから答えた。
「……なんでだろうね。ただ……奏汰と話す時の奏の顔が楽しそうだなって思っただけ」
「そっか……」
「うん。それだけ」
紅愛はそう言うとオセロを抱えて自分の部屋に戻っていった。私は紅愛の言葉の意味を考える。私が奏太と話している時どんな表情をしているのか分からないけど、たぶん今みたいな顔ではないのだろう。紅愛が言っていることはあながち間違いじゃないかもしれない……。
私はソファにもたれかかって天井を見ながら考えた。
奏汰と私は幼稚園の時からの付き合いで、お父さんのお友達が近所に住んでいたのもあってよく遊んでいた。私は体が弱くてなかなか外で遊ぶことが出来なかったから、家の中でゲームをしたり絵本を読んだりすることが多かったけど、奏汰はよく私の相手をしてくれた。
奏汰は優しくて頼りがいがあって、運動神経もよくて、勉強だってできるし頭もいい。それにすごくカッコいい。時にはお兄ちゃんのように、時には弟みたいに私に接してくれた。だからそんな奏汰のことが大好きだったんだと思う。
それで中学生の時は、奏汰と付き合ってるとか周りに言われてたけど、実を言うと私は奏汰の事を異性としてあまり見ていない。それはきっと奏汰も同じだと思う。
でも……奏汰のことを大切に思っているのは確かだ。奏汰は私のことを家族同然に扱ってくれている。私はそれが嬉しかった。
「……よし!」
いつまでもウジウジ悩んでても仕方がない! 明日は今度こそ奏汰と映画を見に行くんだし、遅刻することがないように今日は早めに寝て明日に備えよう。そう思いながら、私はお風呂に入って歯を磨いて眠りについた。
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