第十一話 従姉妹とお花見
この時間があとどの位続くだろうか
春の温かい日差しがカーテンの隙間から漏れて私の顔に当たり、その眩しさに目を覚ます。昨日みたいな身体の熱さやだるさ、頭の痛みも無く身体を起こしてカーテンを開けた。空には白い雲と青空が広がっていた。まさに花見日和の天気だ。念のため熱がないか体温計で測ってみるが、熱はないようだ。軽い足取りでクローゼットから着替えを取り出してパジャマを脱ぐ。身体もいつも通りに動く。今日は土曜日で仕事も休みだし、昨日紅愛と話したお花見もできそうだ。時間はスマホのアラームが鳴る十分前だった。スマホのアラームを切り、今日の天気を確認する。今日は一日中晴れで、桜の開花状況も調べたところ『満開』と表示されている。よし、今日は紅愛とお花見に行こう。軽く食べられるおにぎりとかでも作って近くの公園でお花見をしよう。今からご飯を炊いても間に合うだろうから今から炊いておこう。そう思って私はキッチンに向かう。するとテレビが点いていて、テレビ前のソファから高く結んでいる黒い髪が見える。どうやら紅愛はすでに起きているようだ。
「おはよう紅愛ちゃん、今日は土曜日なのに早いんだね」
「……たまたま早く目が覚めただけ、いつもならまだ寝てるし」
紅愛がソファ越しに振り返り私の方を見ながら話す。
「紅愛ちゃんって結構朝弱いよね」
「……悪い?」
「いや悪い訳じゃないけど、学校とか遅刻しないか心配だなと思って」
「大丈夫、大事な時には早く起きれるタイプだから」
「……そうなんだ……ところで紅愛ちゃん」
紅愛の隣に腰をかけて話しかける。紅愛は「?」を頭に浮かべたような表情をしている。
「……今日さ、紅愛ちゃんが良ければ一緒にお花見に行かない?」
「……花見? 昨日言ってたやつ?」
「うん……天気もいいし私も今日は仕事の予定はないからよかったらどうかなって……」
「……いきなり過ぎじゃない?」
「前からお花見には行きたいなと思ってて、来週は天気が良くないから今日どうかなって」
「風邪はもういいの?」
「体調は昨日しっかり休んだから大丈夫だよ! だから、紅愛ちゃんが良ければで良いんだけど……」
すると紅愛は少し考え込む様に少しテレビの方をぼーっと見た。
「……でも! 紅愛ちゃんが家でのんびりしたいとか思ったのなら行かなくても大丈夫だよ!」
もちろん紅愛の気分が乗らないなら無理に連れて行こうとは思わない。紅愛が楽しくない事はあまりやらせたくないし。まだ考えている紅愛の横顔を見ながら紅愛の返事を待つ。
「……いいよ、あんたが行きたいなら私も付き合う」
「いいの?」
「あんた昨日花見に行きたい行きたいうるさかったし」
「うっ……そんなに駄々をこねる子どもみたいには言ってないよ……」
「私からはそう見えただけ」
紅愛からすると子どもっぽく見られてる!? そんな風に言った覚えはないけど……
「とにかく、今日は花見に行くんでしょ? だったら準備しなくていいの?」
紅愛はソファから立ち上がると、まだソファに座っている私を見下ろしながら言った。
「分かった、じゃあおにぎりとか作って持って行こうか」
私もソファから立ち上がり、おにぎりを作るためのご飯を炊くところから始めることにした。早速部屋から持って来たエプロンを付けて、炊飯器のお釜を洗剤で洗い、水と泡を流し終わったらお米を二合入れて水で洗っていく。お米は洗いすぎるとお米の美味しい成分が無くなるので、水がまだ少し濁っている位で止めて綺麗なウォーターサーバーの水を入れて、お釜を炊飯器に戻して炊飯ボタンを押した。二合なので四十分か三十分で炊き上がるだろうからその間に、なにかもう一品でも作ろうかな。サンドイッチとかならまだ冷蔵庫にパンが残っているだろうし、今からでもささっと作れるしサンドイッチも作ろう。冷蔵庫から食パンを二枚取り出して、食パンを縦と横に包丁で切って、四等分になるようにする。イチゴジャムを切った四等分の食パンのうちの二枚に塗ってそのまま挟む。これだけでイチゴジャムサンドが完成した。……ただ食パンにジャムを塗って挟んだだけだけど……とりあえずパンになにか挟めばサンドイッチになる! これでイチゴジャムサンドが二つ出来たから、あともう一種類作ろう。今度は甘いのもではなくてしょっぱいものにしよう。……そうだ! お弁当用のハムがあったはず、それとマヨネーズとレタスを挟もう。冷蔵庫からハムとマヨネーズ、レタスを取り出して食パンに乗せていく。これでハムマヨレタスサンドの完成。どれも思いつきで作ったけど、なかなか美味しいそうだ。出来たサンドイッチを弁当箱に入れて保冷バックに入れておく。あとはご飯が炊けるのを待つだけだ。その間に化粧も済ませておこう。エプロンを外しながらリビングを見ると、紅愛がテレビ前で立ったままスマホをいじっていた。
「ねぇ」
さっきまでスマホを見ていた紅愛がキッチンから出てきた私に気づいたのか、声をかけてきた。
「花見って言ってもどこに見に行くの?」
「ええっとね、近くの若葉公園だよ」
「……ああ、あそこね分かった」
そう言うと紅愛はすぐにまたスマホをいじりだした。行き先を知りたかったのかな?
「あとはご飯が炊けたらおにぎりを作るから、それが終わったら出かけるよ」
「分かった」
返事をしても紅愛は相変わらずスマホを見たままだった。やっぱりお花見に興味がないのかな? この調子で桜の下でもスマホをいじっていたらどうしよう……せっかくのお花見も花よりスマホになってしまう……! 綺麗な桜を見たら紅愛もスマホを見るのをやめてくれるといいけど……少しの不安を覚えながら部屋に化粧品を取りに向かう。化粧品を持ってリビングのダイニングテーブルで鏡を見ながら軽く化粧をする。今日はお花見だから、化粧も桜に合わせてピンクでそろえる。化粧を終えた私は、あとどのくらいでご飯が炊けるのか炊飯器の画面をのぞいてみる。あと十分と書かれているのでもうすぐでご飯が炊ける。その間どうしようかと考えていたらいつの間にかソファに横になっていた紅愛が身体を起こして私の方に視線を向けた。
「おにぎり以外も作ってるの?」
「うん、サンドイッチも作ったんだ」
「ふうん」
「それより紅愛ちゃんは朝ご飯は食べたの?」
「花見の時に食べるからいい」
「そう……それならいいけど……」
本当は朝ご飯は食べたほうが良いんだけど……紅愛は小食なのかな? そのわりには猫カフェだとそこそこ食べていたような……? 食べたいときと食べたくないときの差が激しいのかな? とりあえず紅愛が大丈夫ならそれで良しとしよう。ご飯が炊けるまでにやらないといけないことは……洗濯物も洗っておこうかな、今日は天気もいいし洗濯機に入れて帰ってきた頃に干しても大丈夫だろう。面倒なことを先に終わらせておけば後が楽だし。私は洗濯物を洗濯機の中に入れて洗剤と柔軟剤を入れて洗濯機の蓋を閉じる。洗濯が終わるのには四十分はかかるから洗濯物を干すのはお花見にから帰った時に干そう。掃除機もかけて埃掃除もする。掃除が終わったところで炊飯器が鳴ったので、炊き立ての白いご飯をかき混ぜて、ラップを手のひらサイズ位まで取り出すと炊き立てでものすごく熱いご飯の上に塩を振って握っていく。ご飯を三角形になるように握っていき出来たおにぎりはお弁当箱に入れていく。おにぎりを私と紅愛が三個ずつ食べれるように六個握った。熱いご飯を握って火傷した手を水で冷やす。さすがに炊き立てのご飯は熱かった……手を冷やし終えたところでお弁当箱を風呂敷で包む。これでお花見の用の軽食兼お昼ご飯が完成した。お弁当箱を保冷バックに入れて玄関に置いておく。あとは出かけるだけだ。早速紅愛に声をかける。
「紅愛ちゃん、お弁当が出来たからそろそろ行こうか」
「……分かった」
紅愛はソファから起き上がり、テレビを消して玄関に歩いて行った。私は窓に鍵がかかっているか確認してから玄関に向かう。紅愛はいつもの黒と白を基調としたショルダーバッグを肩に掛けて玄関廊下の壁にもたれ掛かっていた。
「準備は出来たの?」
「紅愛ちゃんこそもう出れそう?」
「いつでもいけるよ」
「じゃあ行こうか」
「うん」
玄関前に置いておいた保冷バックを持って玄関のドアを開ける。ちゃんと家の鍵もかけて家の鍵をカバンの中に仕舞った。エレベーターのボタンを押して一階に降りて、カバンから車の鍵を取り出して車のロックを解除する。保冷バックを助手席に置いてシートベルトを締める。紅愛はいつも通りに後部座席に座っている。エンジンを掛けて車を走らせる。駐車場から出た時に見えた青い空と白い雲はお花見をするのにぴったりのいい天気だった。
それから車を近くのスーパーに止めて、飲み物と桜餅やお団子を買ってから若葉公園に向かった。若葉公園は公園にしてはそこそこ大きくて、駐車場もあり公園の広さもかなりある。真ん中には大きな川があってそこからの景色は近所の人たちからも大人気だ。やはり今日の天気と時期もあってか、今日はとても人が多かった。駐車場もほとんど埋まっており、いつもは居ない警備員さんが数人駐車場の誘導をやっていた。何とか車を停められたがこの人数だといい場所は取れないかもしれない。紅愛と一緒にお花見する場所を探しに公園の中を歩きだす。やはり並木道の桜の下は他のお花見客に取られていて、そこから並木道の沿ってずらりとレジャーシートを敷いたお花見客が並んでいた。並木道は多分他の人達でいっぱいだろうから並木道は諦めて他の場所を探す。
若葉公園に到着してから三十分。私と紅愛は未だに場所を確保出来ないでいた。ほとんどの桜の下には既に他の人達のレジャーシートで埋め尽くされていて、なかなか場所取りが出来ない。三十分間ずっと歩きっぱなしで足は段々疲れてきているし、お腹もそろそろ空いてきた。紅愛も私と同様に疲れているだろう。もし……このまま場所取りが出来なくて紅愛の機嫌が悪くなって「もう帰る」とか言われたらどうしよう……落ち着け……きっとどこかに空いている場所があるはず……
「……ねぇ」
すると私の後ろを付いて歩いてきていた紅愛が話しかけてきた。もしかして……もう帰りたいとか言わないよね……私は恐る恐る後ろにいる紅愛の方を向いて返事をする。
「……何? 紅愛ちゃん」
「そろそろ場所決めない?」
「ごめんね……なかなかいい場所が見つからなくて……もう少し探したら空いている場所があるかもしれないから……」
「いや別に桜の下じゃなくても良くない?」
「……え……?」
紅愛から出た言葉に思わず立ち止まり紅愛の方をじっと見つめた。
「どういうこと?」
「私良いところ知ってるから付いてきて」
そう言って紅愛は私の先を歩き出した。
「ちょ、ちょっと待って!」
意外と早い紅愛に置いて行かれそうになり、私の先を歩く紅愛に声をかける。すると紅愛は止まって私の方を見た。
「何?」
「紅愛ちゃんの足が速くてちょっとびっくりしちゃって……ごめんね」
「……あんた本当に足も遅いし、体力もないよね……」
「それは……しょうがないでしょ……私……運動得意じゃないし」
「………………」
紅愛は少し下を向いたまま黙ってしまった。……もしかして紅愛の機嫌を悪くしちゃった? すると紅愛はため息をつくと私に右手を差し出した。
「ん……」
「……え?」
その右手の意味が分からず私はそのまま紅愛の前に立ち尽くす。
「だから……手を握って歩いたら迷子にならないで済むでしょ? あんたの足が遅いから私が引っ張ってあげる。……だから手出しなよ」
「良いの?」
「良いから言ってるんでしょ! ほら早く」
そう言って更に右手を差し出してくる紅愛の右手を握って一緒に歩き出す。私の少し前を歩く紅愛に続いて私も歩く。心なしか紅愛の歩くペースがさっきより遅い気がした。もしかして私に合わせてくれてるのかな? 少し紅愛に申し訳無く感じて少し歩くペースを上げてみる。すると紅愛はその様子に気がついてのか、紅愛も少し早めに歩き出した。少し歩くのを速めただけで私の息は段々上がって来ていた。
「……体力ないんだから無理しない方がいいんじゃない?」
紅愛が私の方をにやにやしながら振り返りながら言う。
「もう……すぐそうやっていじってくる……」
「私は事実を言っただけだけど?」
「そうだけど……そんなにいじらなくても……」
「あんたのリアクションが面白いから、いじりたくなった」
「……意地悪」
「はいはい」
そういう言い合いをしていたらいきなり紅愛が止まった。
「こことかでいいんじゃない?」
紅愛が連れてきた所は、公園の端っこなのか人は全然居なくて数本の木の中に桜の木が少しだけあって、普通の木の緑と桜のピンクが並んでいて綺麗だった。
「凄い……こんな所があるの知らなかった……紅愛ちゃんはどうして此処を知ってたの?」
「大分前に学校をサボった時に見つけた、良い所でしょ?」
……学校のサボりの事は置いておいて。まさか紅愛がこんな場所を知っているとは思わなかった。桜の花は少ないけど私たちしか知らない秘密の場所みたいだ。今ここに居るのは私と紅愛の二人だけ。今日は二人だけのお花見を楽しもう。
「じゃあ、レジャーシートを敷くから手伝ってくれる?」
「いいよ」
カバンからレジャーシートを取り出して、端っこを私と紅愛で持って広げる。広げたレジャーシートの上に荷物を置いて風に飛ばされないようにする。靴を脱いでレジャーシートの上に座る。下から見た桜はとても綺麗だった。しばらく桜を見ていると、ぐっーと小さく私のお腹が鳴った。それを聞いた紅愛が私の方を見る。
「ごめん……お腹鳴っちゃった」
「私もお腹空いたから早く食べよ?」
「そうだね、じゃあお昼にしよっか!」
保冷バックを開けてお弁当箱を取り出して蓋を開ける。私が今朝作ったおにぎりとサンドイッチだ。
「……いただきます」
「いただきます」
二人で手を合わせて挨拶をしてからおにぎりに手を伸ばす。紅愛と一緒におにぎりを食べる。おにぎりを一口食べてもぐもぐと咀嚼したところで紅愛に感想を聞いてみる。
「普通の塩おにぎりだけど……美味しい?」
「うん、美味しいよ……塩おにぎり好きだし」
「ほんと? 良かった……六個作ったから三個食べていいよ」
「……流石にそこまではいらない」
「紅愛ちゃんも成長期なんだからいっぱい食べないと!」
「……なんか親戚のおばさんみたい」
「私はおばさんって言われる年じゃない!!」
些細な言い合いをしながら桜の下でのご飯を楽しむ。こんなに楽しいお花見は何時ぶりだろう……一人暮らしを始めた一年目とかはお母さんと一緒にしていたけど、段々行かなくなった。お花見に行きたいとは思ってはいたけど、どうしてもやりたいかと言われるとそこまでではなかったから、去年まではテレビで特集される桜を見ていただけだった。この間までは一人だったのに紅愛と暮らすようになってからは、本当に一人だったのが寂しかったんだと思った。私と紅愛はしばらくの間二人だけのお花見を楽しんだ。
「紅愛ちゃんは家族でお花見とか行かなかったの?」
お弁当を食べ終わり、後片付けをしながら紅愛に話しかける。
「……一回だけ母親と一緒に行ったことはある」
「その時は楽しかった?」
「いいや……別に楽しくもなんともないよ」
「……じゃあ、今日も楽しくなかった?」
恐る恐る紅愛に今日の感想を聞く。
「……確かに前の花見は楽しくなかった」
多分「今日も楽しくなかった」とか言われそうで、少し聞くのが怖くなって下を向いた。
「……でもね、今日の花見は楽しかったよ」
「……え?」
まさかの返事に思わず紅愛の顔を見る。
「……もしかして奏と一緒だったから楽しかったのかもね」
「紅愛ちゃん……!」
「だから……連れて来てくれてありがとね」
紅愛からの感謝の言葉に嬉しくなって思わず泣きそうになってしまう。なんとか涙を堪えて紅愛の目をしっかり見ながら言う。
「うん……!! これからも色んな所に一緒に行こうね!」
「うん」
私の言葉に紅愛は少し目を細めて笑った。その時初めて紅愛が心の底から笑った様に見えた。それから私と紅愛は一緒に後片付けをして、雑談をしながら車までの道を手を繋ぎながら歩いた。
更新遅くなってすみませんでした!! 八月の下旬にワクチン接種をしたので、腕と体調が悪くなってしまい更新がかなり遅くなってしまいました。
また二回目があるのでその時もまた体調が悪くなりそうなので、その時はまたご報告します!
続きが気になる方、おもしろかったという方は、ブックマーク登録、評価、感想コメントなどをよろしくお願いします!!それではまた次の話で!!