第十話 従姉妹と看病
体調を崩した私に従姉妹は……?
私は仕事で、紅愛は学校でそれぞれお互いに頑張っていた。紅愛がうちに来て今日で一週間経つ。紅愛もさすがに慣れたらしく、表情や態度はまだ少し冷たいところはあるけど、私と軽い冗談は言える仲にはなった。そんな紅愛が来て一週間の金曜日。
…………だるい……全身もなんだか熱い気がするし、いつもならまだベットの中で気持ちよく寝ているはずなのに。そんな気持ちよさも無くあるのはいつもより熱い身体と、ズキズキと痛む頭。これは間違いなく誰がどうみても分かる。私は風邪を引いたのだ。朝早くから自分と紅愛の弁当を作ったらすぐに家を出てケーキの仕込みをして。十時から夜の九時までずっとお客さんの接客、在庫が無くなったらケーキを作って、また接客しての繰り返し。奈美さんは紅愛の事もあって早めに上がって良いと毎回言ってくれるが、ずっと私だけ先に帰るのは申し訳なく感じて早く帰る代わりに、掃除や在庫の確認を目一杯してから帰っている。そんなことを三日もやっていたら身体を壊すのもしょうが無い。ベットの中でうんうん唸っているとスマホのアラームが鳴り出す。今日もいつも通り仕事があるし、紅愛にだって学校がある。早く弁当を作らないと……そう思ってベットから起き上がろうとしたが、身体が重く起き上がるのでも一苦労だった。どうしよう……今日は仕事を休もうかなぁ……でも、それだと紅愛のお昼はどうしよう? 紅愛には悪いけど今日は学校の食堂か購買でお昼を済ませてもらおう。その前に紅愛にこの事を伝えないといけないんだけど、紅愛の部屋に行くのも厳しそうだ。ぼーっとする頭でどうしようか悩んでいると、瞼がだんだん下がってきて気がついた時には私は眠っていた。
眠ってからしばらく経ったところで私は目を覚ました。すると紅愛が部屋に入ってきていた。
「こんな時間になってもリビングに来ないから様子を見に来た」
枕元にあるスマホで時間を確認してみると、今は朝の七時五十分だった。
「顔赤いし風邪?」
「……ごめんね紅愛ちゃん、今日はお弁当作れそうに無いから、お昼は自分で買ってくれる……?」
少し荒い息を吐きながら紅愛にお昼ご飯の事を伝える。
「……あんた、今日は仕事休むの?」
「……行く予定だったけど……無理そうだから休んどくよ……それより紅愛ちゃんはそろそろ行かなくていいの?」
紅愛はもう制服に着替えていた。そろそろ出ないと授業に間に合わない。
「……このままだと遅刻しちゃうよ」
「私が居なくなったら、あんたはどうすんの?」
「このまま家で大人しく寝てるから……大丈夫だよ……」
紅愛は何故か学校に行こうとしない。少し真剣な目で私をじーっと見ている。すると紅愛はブレザーのポケットからスマホを取り出すと、画面を何回かいじってスマホを耳に近づけた。
「……もしもし、二年三組の南野紅愛ですけど今日休むから」
そう言って紅愛はスマホをポケットに仕舞った。
「……今日は学校休んだから」
「……なんで? 紅愛ちゃんはどこも悪くないでしょ? どうして休んだの……?」
紅愛に疑問を聞いてみた。
「風邪引いてるやつを一人残して行くほど、私は冷たくないから」
そう言って紅愛が私のベットに腰掛けた。
「……だから、今日は私があんたの看病してあげる」
紅愛は少し口角を上げて微笑んだ。目は笑ってないけど……
「……でも、私の傍にいたら風邪が移っちゃうよ?」
「大丈夫、その時は風邪でサボれるから」
紅愛はひょっとしてそっちの方が目的なのでは……? まぁ、なにはともあれ紅愛がせっかく看病するって言ってるんだし、今の私は起き上がるのでも辛いのだから、紅愛の看病を素直に受けるとしよう。
「……じゃあ、お願いしようかな」
とは言ってもできる限りの事は自分でやるつもりだ。まずやることは仕事先に休みの電話を入れなければ。枕元にあるスマホを操作してとりあえず奈美さんに電話する。
「はい、福田です」
「……おはようございます奈美さん、園原です。今日は風邪を引いたのでお休みします」
「あら風邪? 大丈夫?」
「……辛いですけど、なんとか早めに治るように頑張ります」
「そう……お大事にね」
これで私も仕事は休みになった。さて……これからどうしようか……食欲はないけど、風邪を引いた時は「食べないと治らない」とお母さんが言ってたけど……やっぱり食欲が無い。薬を飲んで横になってたら治るだろう。そう思って私は布団を深くかぶった。
「冷えピタとか無いの?」
毛布に丸まった私に紅愛が声をかける。
「……確かどこかにあったはず……リビングの棚の引き出しの中とか」
「……じゃあ、探してくる」
そう言って紅愛は部屋を出て行った。リビングに行くならついでに水とか、薬とか持って来て貰えば良かったな……あとで紅愛が戻って来たらお願いしようかな。しばらくして紅愛が戻って来た。いつの間にか紅愛は制服から私服に着替えていた。
「……冷えピタあったよ」
「ありがとう紅愛ちゃん」
「貼ってあげるから前髪どけて」
私は前髪を上にどけると、紅愛が冷えピタを私のおでこに綺麗に貼った。おでこがすーっと冷たくなって気持ちいい。
「他になんかいるものある?」
「あ……それならお水と食器棚の引き出しの中にある薬を持って来てもらってもいい?」
「……分かった、水と薬ね」
そうして紅愛はまた部屋を出て行った。私は昔、身体が弱く特に気管支が悪くて小さい頃はよく咳をしていた。今は薬のおかげでだいぶ咳は治まってきたが、大丈夫だと思って薬を飲まないとまた咳が止まらなくなる。そのこともあって小さい頃から病院は行き慣れているし、子どもの頃からの主治医の先生もいる。月に一回主治医の先生の病院に顔を出して、定期的に薬を貰っている。その時に貰った風邪薬がまだ残っていたはずだ。それを飲んで今日はゆっくり休んでおこう。しばらくして紅愛が水が入ったコップと風邪薬の袋をおぼんに乗せて持ってきた。
「薬ってこれで合ってる?」
「うん、合ってるよ……何回もごめんね」
「いいよ、いつも世話になってるんだし」
紅愛はベットの隣にある小さい机におぼんを置いた。
「それにあんたは今は病人なんだから、今日は仕事とか私の事はいいからゆっくり休んどけば」
紅愛も私の事を心配してくれてるのか、紅愛の表情はいつもと同じように見えるが、少しだけ優しい気がした。
「……それじゃあ私はリビングに居るから何かあったら呼んで?」
そう言って紅愛が私に背を向けて、ドアノブに手をかけたところでぴたっと止まった。
「……? どうかしたの?」
ドアノブを握ったまま立ち尽くしている紅愛に声をかける。
「…………いや、リビングに居たらあんたが呼んでも聞こえないかもって思って」
紅愛は私の方を向くと手をあごの下に置いて考え始めた。
「……何かいい考えは…………! そうだ、LIMEで呼べば私もすぐに気づける」
そう言って紅愛はポケットからスマホを取り出して操作をする。
「あんたのLIME教えてくれる?」
「……え? いいけど……」
そう言って私は枕元にあるスマホのロックを解除して紅愛に渡した。紅愛は私のスマホを受け取ると、私のスマホと紅愛のスマホを操作してしばらくしてから私のスマホを私に返した。
「これで登録しといたから、何かあったらLIMEで連絡して」
そう言うと今度こそ紅愛は部屋を出て行った。LIMEを開いてみてみると、LIMEの友達の中に『紅愛』の名前が追加されていた。流れるように連絡先を交換してしまった……そういえばちゃんと連絡先交換してなかったなぁ。これで何時でも紅愛に連絡する事が出来る。何かあればLIMEで連絡すればいいし、大人しく寝よう。私はスマホを閉じて枕元に置くと、再び深い眠りについた。
しばらく寝ていると喉が渇いたので、ベット横の机の上にあるコップを取ろうとベットから身体を起こす。寝起きで渇いている喉を潤すためまだ残っていた水を一気に飲む。ごくごくと飲み終わりコップを机の上に戻すとスマホで今の時間を確認した。時刻はちょうど十二時を過ぎたところだった。紅愛はお昼ご飯はどうするのだろうか? 水のおかわりを頼むついでにラインで紅愛はお昼をどうするのか聞いてみる。
『今起きたよ、水がなくなったから水のおかわりをお願いできるかな? あと、紅愛ちゃんはお昼ご飯はどうする?』
それから三十秒も経たないうちに既読が付いた。
『分かったコップを取りにそっち行く』
そして、紅愛が部屋に入ってきた。
「おはよう、具合はどう?」
「うん、少し寝たから朝よりは良くなったよ」
「……あんた、薬は飲んだの?」
「……あ! ごめん……忘れてた……」
さっきはとにかく寝たくて薬の存在をすっかり忘れていた。
「私が貰った薬、食後のだからご飯を食べてないから飲まなくていいかなぁって……」
……素直に言うと出されている風邪薬が苦くて、あまり飲みたくないのが本音だけど……
「……食欲はある? あるならなんか買ってくるけど」
「え? 紅愛ちゃんが買いに行ってくれるの?」
「やっぱりなんか食べたほうがいいと思うから、何がいい?」
まさか紅愛が私のためにご飯を買いに行ってくれるとは……でも気持ちは嬉しいけど、なぜか申し訳ない気持ちになった。
「……でも、紅愛ちゃんに悪いし……」
「何言ってんの……あんたは病人なんだからこういう時は他のやつを頼りなよ」
「でも……」
「実際、今のあんたじゃ家の事もろくに出来ないでしょ」
「うっ……」
厳しめの正論を言われて何も言えない……
「とにかく今日は大人しくしておくこと、いい?」
紅愛がものすごい表情で私を見る。その表情に圧倒された私は素直に二、三回ぶんぶんと頷く。それを見た紅愛は満足したのかいつもの表情に戻った。
「……ならいい、それじゃ何が食べたい? 果物がいい? それともゼリーとかプリンとかそういうやつがいい?」
「うーん……果物がいいかな」
「分かった、それじゃ買いに行ってくるから」
紅愛はそういうと部屋を出て行った。しばらくしてショルダーバッグを肩にかけ、片手に水が入ったコップを持って部屋に来た。
「水のおかわりここに置いておくから」
紅愛がコップを机に置いて、空になったコップを持つ。
「それじゃ行ってくるから」
「うん、気を付けてね」
紅愛は再び部屋を出て行った。足音は玄関ではなく、リビングの方に行ってから、しばらくしてリビングから玄関の方に足音がする。多分コップをキッチンに下げて来たのだろう。そして玄関のドアが開く音がした。ばたんと扉が閉まり家には私一人になった。少し前までは一人なのが当たり前だったのに、いざ一人になると少し寂しい。私も二人暮らしに慣れてきたのだろう。こんなに一人だと寂しいとは思わなかった。早く紅愛帰ってこないかな……さっきまで寝ていたから眠くはないし、かと言ってこのまま扉の方をじーっと見ているのも寂しいので、スマホでもいじる事にした。一応私が体調を崩した時は主治医の先生に報告をするように言われている。加納早苗。私の気管支が悪くなった六歳の頃からの主治医で、一時期症状が悪くて病院に居た時は、両親に代わって私の面倒を見てくれた人だ。腕も確かで有名大学出身で医療免許もいくつか持っており、一時的に学校の保健の先生をやったり、大きな病院に居たと思ったら、小児科や個人経営の病院に行ってたりと色々な病院を転々としているのだ。早苗先生も医療関係の知り合いが多く、助っ人として他の病院を手伝っているらしい。少し、連絡をしようか迷ったが連絡をしないとあとが怖いのでしょうがなく電話することにした。スマホの連絡先から『早苗先生』と表示された番号をタップして電話をかける。
「もしもし、奏か? どうした。また咳でも止まらなくなったか?」
「咳は今は大丈夫」
「じゃあどうした? あれか、腹でも壊したか」
「そんなんじゃないよ!」
私と早苗先生は十年も付き合いが長いので、私は先生に対してため口で話す仲だ。
「それじゃあどうした」
「えっと……風邪を引きました」
「ああ……なんだ風邪か。この前渡した薬の中に解熱剤とか風邪薬も入れておいたから、それでも飲んで今日は寝てろ」
「分かってるよ……一応風邪を引きましたって言いに電話しただけ」
「そうか、分かったお大事にな」
「分かってますー」
そう言って電話を切った。今日は早苗先生があまり説教モードではなかったようだ。いつも私が体調を崩すと、「栄養が取れてない」とか「もう少し食べろ」とかお節介というか、私の生活に色々と言って来るのだ。でも、今日は説教モードじゃなくて助かった。ああなるとめんどくさいからなぁ……私がため息を吐くと、玄関のドアがガチャっと開く音がした。
「ただいま」
紅愛が買い物から帰ってきたようだ。紅愛は帰ってきてすぐに私の部屋に入ってきた。
「おかえり」
「……ただいま、果物買ってきたよ」
そう言ってスーパーのレジ袋から、カットフルーツの盛り合わせを机の上に置いた。
「ありがとう紅愛ちゃん」
「いいよ、このくらい」
「紅愛ちゃんはお昼どうするの?」
「私はスーパーで弁当を買ってきたからそれ食べる」
「そっか」
「ちょっとフォークかなにか取ってくる」
紅愛はフォークを取りに、部屋を出て行った。そして、すぐにフォークを持って戻ってきた。
「それなら紅愛ちゃん、そこに立てかけてある折り畳みの机を持ってきてくれる?」
紅愛は壁に立てかけてある机を持って私の方に来る。
「これどうすんの」
「私のベットの上に置いてくれる?」
紅愛は折り畳みの机の脚を立てて私のベットの上に乗せた。
「ありがとう、体調を崩してベットの上でご飯を食べるときはいつもこうやって食べるんだ」
「そう……ちょっと待ってて」
そうして紅愛は部屋を出て行ったと思ったら、折り畳みの机を持って戻ってきた。
「紅愛ちゃん?」
紅愛は折り畳みの机を、私のベットの近くの床に置いた。
「私もここでお昼食べるから」
そう言って紅愛はビニール袋から、弁当を取り出した。
「でも、一緒に食べたら風邪移っちゃうよ?」
「だから、それは休む理由が出来るからいいって言ったでしょ」
紅愛はそんなことお構いなしに弁当の蓋を開けだした。もうここで食べる気満々のようだ。
「あんたも食べなよ」
本人がいいと言っているし、私も少しお腹が空いてきたので、紅愛が買ってきてくれたカットフルーツの蓋を開けた。
「いただきます」
「……いただきます」
私が挨拶すると紅愛も少し遅れて挨拶をして、一緒に食べる。私が食べる様子を紅愛はじーっと見ていた。
「…………紅愛ちゃん、どうかした……?」
紅愛はまだ私をじーっと見ている。
「……いや、なんでも」
「……?」
「……! そうだ、それ貸して?」
そう言って紅愛は私の持っている、フォークの前に手を出してきた。私はフォークを紅愛に渡した。紅愛はフォークを受け取るとパイナップルをフォークで刺して、そのパイナップルを私に向けた。
「……はい」
「え?」
てっきり紅愛もカットフルーツを食べたいのかと思ったが、どうやら違うらしい。何故私にパイナップルが向けられているのか分からずに首を傾げると。
「……ほら」
そう言って紅愛はさらに私にフォークを口元に向ける。
「……せっかくだから食べさせてあげる」
「え!?」
「なんでそんなに驚いてんの」
「いや、紅愛ちゃんがそんな事言うとは思ってなくて……」
「ただやってみたかっただけ……ほら早く食べなよ」
「でも……自分で食べられるよ」
「いいから、ほら」
口元にパイナップルが近づけられる。いわゆるこれは「あーん」というやつだ‼ 私は恥ずかしがりながらも紅愛が持っているパイナップルを食べた。もぐもぐと食べている私を紅愛が少しいたずらっぽい表情を浮かべながら私を見る。
「美味しい?」
「……美味しいよ」
まだ紅愛の顔を見るのが恥ずかしくて、紅愛の顔から目を背けるように、反対側を向いた。
「なんでそっち向くの」
心を落ち着かせる為に一旦深呼吸をする。落ち着け……また照れたりしていたらまた紅愛にいじられる。ここは冷静に振舞わなくちゃ!
「ちょっと咳が出そうになっちゃって、紅愛ちゃんの前で咳をするのは良くないかなと思って……」
「ふうん……」
そう言って何とか誤魔化す。
「まだ食べる?」
紅愛がにやにやしながらまたフルーツにフォークを刺そうとする。
「次からは自分で食べるから! 紅愛ちゃんもお弁当食べなよ」
「あっそう」
紅愛は小さく「……つまんないの」と呟くと、大人しく自分の弁当を食べ始めた。私は自分でフォークを刺してカットフルーツを食べた。それからは特に何を話す訳でもなく、ただ静かにお昼ご飯を食べた。
カットフルーツを食べ終わり、紅愛も弁当を完食して弁当の蓋を閉じ、ごみをレジ袋に入れていった。
「ごみ片付けるから、ちょうだい」
「うん」
紅愛に空っぽになったカットフルーツの容器を渡す。紅愛はレジ袋にごみを全て入れた。
「じゃあ、ごみ捨てとくね。ついでにフォークも戻してくる」
紅愛はフォークを回収して、レジ袋を持って部屋を出て行った。少し食べたから食後に薬も飲んでおこう。自分の名前が書かれた紙袋から、風邪薬の錠剤を二錠取り出して、口に入れて水を飲む。薬が舌に当たったりするとすごく苦い味がするけど、今日は喉に流し込んだから苦い味を味合わなくてすんだ。薬も飲んだし、あと何をしようかな……とりあえずベットに横になる。少し横になっていると春特有の温かい太陽の気持ちよさに瞼が重くなる。ご飯も食べて心地いいしこのままお昼寝でもしようかな。そう思っていた時にはすでに目を閉じていて、朝の時とは違う気持ちよさを感じながら。眠っていった。
――しばらく気持ちいい夢の中にいたところで、身体が揺さぶられるような感覚がする。何かと思って私は夢から醒める。目を開けると目の前に紅愛が居て、私の肩を揺さぶっていた。
「……あれ……? 紅愛ちゃん……? どうかしたの?」
「あんた夜ごはんはどうすんの? ゼリーとかプリンとかもあるけど食べる?」
「……ああ、もうこんな時間か……」
スマホで時間を確認するともう夜の七時半だった。暖かかった日差しも日が落ちて、外はもう暗くなっていた。
「……じゃあゼリーをもらおうかな」
「分かった持ってくる」
紅愛がゼリーを取りに部屋を出ていく。そういえば今日私は家の事をなにもしていないけど、洗濯とか掃除とかどうしたんだろう? もしかして紅愛がやってくれたのかな? 後で聞いてみよう。ほどなくして紅愛がゼリーとスプーンを持って戻ってくる。ゼリーはみかんと桃のゼリーだった。
「ありがとう紅愛ちゃん」
紅愛にお礼を言ってゼリーの蓋を開けて、スプーンですくって食べる。二、三口食べたところで紅愛に家の事を聞いてみる。
「ところで紅愛ちゃんは今日は何してたの?」
「……別に、スマホ見てたまにテレビを見たくらいだよ」
「今日の洗濯とか掃除とかはどうしたの?」
「…………まぁ、一応やっといたけど……」
「え!? 代わりにやってくれたの? ありがとう紅愛ちゃん!」
「……別に家でも一人になるのが多かったから、母親が「代わりにやっといてほしい」って言われてたからやっただけだし……」
「でも嬉しいよ、ほんとにありがとね」
「……いいよ……慣れてるし」
紅愛は少し嬉しそうな表情をしていたが、すぐにぷいっとそっぽを向いてしまった。そうか……今日は紅愛が家の事をやってくれたんだ。二人分の洗濯物でも楽ではないし、掃除だって掃除機をかけたりしなきゃいけないし、洗い物とかもやってくれたのだろう。今日は本当に紅愛には頭が上がらない。いつかお返しをしなければ。
「お風呂沸いてるけど入る?」
「お風呂も沸かしてくれたの?」
「うん」
「じゃあ入ろうかな薬を飲んで寝たから、だいぶ楽になったし」
ベットから身体を起こし、クローゼットからパジャマと下着を取り出す。今日はささっとシャワーだけで済ませてしまおう。
「それじゃあお風呂入ってくるね」
「うん」
今日初めて自分の部屋から出る。パジャマを脱衣所に置いて、トイレを済ませる。トイレから出て脱衣所の扉を閉めた。ずっと着ていたパジャマを脱いで、お風呂場に入る。給湯器の電源を入れてシャワーを浴びる。温かいお湯が身体に流れる。しばらくぼーっと何も考えずにシャワーを浴びた。一旦シャワーを止めて軽く身体をボディソープで洗っていく。全身が泡まみれになったらシャワーで全身の泡を流す。身体を洗い終わったら、次はシャンプーを頭にかけてわしゃわしゃする。シャンプーで頭皮までしっかり洗ってシャワーで流す。流し終わったら最後に、リンスを付けて髪になじませる。髪がつるつるになったら流す。全身にシャワーを浴びて泡が付いていないことを確認してシャワーを止め、給湯器の電源を切る。お風呂場のドアを開け、タオル掛けにかけてあるタオルを取って全身を拭く。パジャマに着替えて、洗面台の下の棚からドライヤーを取り出して髪を乾かす。たまにくしで髪を梳きながら、ドライヤーの風を当てる。私も紅愛と同じくか少し長いくらいなので、髪を乾かすのに二、三十分かかる。私は髪が乾くまでドライヤーの風を当て続けた。
三十分後。髪が乾いたのでドライヤーを棚に戻す。最後にくしで髪を梳かして脱衣所から出る。出ると、リビングに紅愛が居て、テレビの前のソファでくつろいでいた。
「お風呂出たよ。そういえば紅愛ちゃんは晩御飯食べたの?」
「あんたが起きる数分前に済ませた」
「隣……座ってもいい?」
「……いいよ」
そう言って真ん中に座っていた紅愛がソファの右側に寄った。
「ありがとう」
お礼を言って紅愛の左に座る。
「ほんとに今日はありがとね……紅愛ちゃんがいたおかげで助かっちゃった」
「……別に、私は家でやっていたことをこっちでもやっただけだよ」
「でもそれでも嬉しいよ、本当にありがとね紅愛ちゃん」
「いいよ別に……」
「今度お礼にまた猫カフェに行こうね!」
「!! いいの?」
「全然いいよ! 猫カフェ以外でも紅愛ちゃんがいいものならなんでもするよ!」
「なんでも……なんでもかぁ……」
そういって紅愛は少し考え始めた。
「……考えとく」
「やっぱり猫カフェが一番かな?」
「……! 私お風呂入ってくる」
紅愛は急に立ち上がり、自分の部屋に戻っていった。やっぱり紅愛の猫好きをいじるのはあまりよくなかったかもしれない……今度からはいじりすぎないようにしなくちゃ……リビングには特に用事もないし、電気を消しとこうかな。キッチンとリビングの電気を消し自分の部屋に戻る。部屋の電気を付けて、ベットに大の字で横になる。枕元にあるスマホを取ってネット記事を適当に見る。特に面白いニュースがあるわけでもなく、見ていても面白くないのでネット記事ではなく、動画アプリに切り替えようとした時に、ネット記事に『お花見のシーズン到来‼』と書かれた記事を見つけた。そういえば確かに今の季節は桜があちこちで見頃を迎えていて、ちょうどお花見に人気な近場の公演も桜が満開に咲いていたのを見かけた。もし行けるのなら紅愛とお花見に行きたいな。治ったら明日行ってもいいなぁ。そしたらお弁当を作ってあとはレジャーシートも必要だなぁ……あとはお団子とか桜餅を買って桜の下で食べるのもいいかも……お花見のあれこれを考えていると部屋に紅愛が入ってきた。
「何にまにましてるの?」
「紅愛ちゃん!? もうお風呂出たの?」
「うん……何見てるの?」
そう言って紅愛が私のスマホを見ようとしてくる。
「……花見……?」
「そうなんだ、今桜の満開シーズンで近くに公園とか桜が綺麗に咲いているんだ。よかったら紅愛ちゃんとお花見に行きたいなぁと思って」
「花見ねぇ……まぁ行ってもいいよ」
「いいの?」
「その代わりあんたの風邪が治ったらね」
「うん! 早く治ったら一緒にお花見に行こうね!」
その日私と紅愛は、お互いのどちらかが眠くなるまでお喋りをして眠った。
というわけで、なんやかんやあって十話まで来ました! 今回は書きたい事が多すぎていつもより長くなってしまいました……基本的には少なくても四千文字、長くて六千文字を目指して書いています。今回みたいに長くなったり短かったりしますがご了承ください。思ったよりブックマーク登録や、評価を多くもらえてとても嬉しいです!! これからもよろしくお願いします。続きが気になる方、おもしろかったという方は、ブックマーク登録、評価、感想コメントなどをよろしくお願いします!!それではまた次の話で!!