1話、宇宙警察 新米警察官
広大な宇宙空間へと人類が進出し、限られた者たちしか立ち入ることが許されなかった宇宙空間は、西暦が旧暦として捨て去られ、新たに星系暦元年を迎えたときには、万人のものとなっていた。
広大な宇宙を我がもの顔で往来するようになり、そこに何ら疑念をもたない時代を迎えた現在は、星系暦998年。
大宇宙賊時代真っ盛りだった。
しかし、今すいすいと宙を泳いでいる卵型の小型探索船≪シーク≫の周りは、至って平穏。
宙族のちの字も見えないぐらいの平和そのももで、いっそ暇過ぎて眠れそうなぐらいだったが、
『ガーガッ ジッッ』
「第八主艦所属、K−10機ジーン・クリフです。
第八主艦、応答願います。」
不審船など欠片も見えない周囲を真剣な様子で見据えたまま、通信回線を開いた青年ジーンは緊張した面持ちで口を開いた。浅く上下する肩や、手に汗を握るほど緊張しているのが笑いを誘う。
『こちら第八主艦。K−10機、何か?』
抑揚のない女性の声、短い質疑にジーンはグッと口を引き結んでいた力を緩め、努めて冷静な風を装った声を発する。
「ポイント3・8にて、漂流物発見。
漂流物条項規定により回収いたします。」
回線先に回収予定漂流物の映像を流し、『了解』の二文字を聞いて回線を閉じたジーンは、ふ〜と額に浮かんでいた汗を拭った。
ジーンが第八主艦、宇宙航路交通規制安全課(=通称公安課)に配属されたのはつい2週間前だ。
先月、宇宙警察学校を卒業したばかりで、ジーンは未だ学生気分が抜けきっていない。
宇宙警察本部がある≪コ・アン星≫での新任式を済ませ、すぐに第八主艦へと赴き、艦内説明、公安課内での顔合わせに、第八主艦管轄の巡回空域の確認、主な仕事内容の確認と慌ただしく頭に叩き込まれて、昨日までは巡回見学をさせられた。
そして、今朝のことだ。
朝礼が行われる一室で、にこやかに挨拶した課長は開口一番にこうのたまったのだ。
「もう大丈夫だろ?」
と実に爽やかに。
ついで、ジーンを含めた新米警官5名に、軽い調子で巡回航路の入ったデータをポンと渡した。
「「「 え?? 」」」
突然の出来事に当然のように何人かが困惑を露にしたが、さっくりと無視して、
「今日からはデータ通りに廻ってね。
君たちなら大丈夫さ、一人でも。」
ハハハッとワザとらしく笑い、かなり適当な感じで言い放つと、
「いってらっしゃい」
と手を振られて室内から追いたてられた。
5時間前のことである。
それから昨日まで見学させてもらっていた先輩のユアンに、ポンと頭を叩かれ、
「お前なら心配要らないからな〜」
と、ここ何日かで乗り始めたばかりの『K-10』と表記されている≪シーク≫に、準備もそこそこに押し込められるように搭乗させられ、気付けば宇宙空間に放り出されていた。
別に1人で巡回することには、さして思うこともない。
むしろ、1人の方が気楽にできるし、ユアンに引っ付いて見学するときにも出来ない仕事ではないと感じていただけに、最初の衝撃から立ち直ればむしろラッキーとも思った。
けれど……だ。
慣れていないということは、それだけで出来て当たり前、余裕で出来ることにも不安を与えるのだと気付くのに、1時間もかからなかった。
そして、不安になっていると自分自身が気付かなければまだ良かったのだが、気付けばそわそわするし、必要以上にがちがちになってしまうものだ。
そのせいで、ジーンは巡回航路に入ってから2時間過ぎたときにはすっかり疲れていた。
そして、更に時間が経つと、あれほど不安に思っていたことにも慣れてしまい、今度は逆に不審船も不審物もない航路につまらなさを感じ始めていた。
何もないことが一番!
と巡回始めたときは思っていたのにも関わらずだ。
昼食を船内で取り、さらに1時間。
正直、暇を持て余して始めていた時に出会ったのが、何てことのない目前にある漂流物だった。
「ふう〜」
主艦への今日初応対での緊張を、一息入れるて完全に捨て去る。
故意に肩から力を抜いて、球状型操縦桿に手をめり込ませた。
――― 視野 良好 ―――
――― システム 良好 ―――
――― 目標指定 良好 ―――
――― シンクロ 良好 ―――
――― ………
視界の端に浮き上がる幾つもの表示に、さっと目を通す。
全てがオールグリーン。問題がないことを告げている。
それじゃ、行くかとジーンは小さく
「GO!」
と呟き、漂流物へと向かっていった。
右に左に、上へ下へと視野に入る岩石もどきや石を、海を泳ぐ魚のようにすいすいと器用によけ、漂流物へと迫る。
大小様々な奇形岩石類を≪シーク≫に掠らせもせずに、初めに算出した最短距離よりも更に短く、目測で測っていた通り、自分が思う通りに滑らせる。
近くで見ていた者がいれば、感嘆の声が漏れたかも知れないほど、それは無駄のない美しい航行だった。
しかし、ジーンにとってすれば宇宙警察学校の実技試験の続きをしているような気がして、褒められたとしても学生時代のようには喜べないどころか、ハッキリ言って嬉しくない。
学校の実技試験に必ず出てくる、この目標物までの最短航行の上位に名を連ねていた時は、胸を張って誇れたのだが、その結果が今の状況に直結しているかと思うとため息さえ零れる。
なぜなら、今ジーンが第八主艦公安課に所属している理由が、“最短航行上位者”だったからなのだから。
ジーン同様、第八主艦公安課の同期他4名もその例に漏れず、“最短航行上位者”の常連達だ。
目視が可能なほど漂流物に近づいたジーンは、≪シーク≫下部に収納されているアームをこれまた自分の手のように器用に動かし、後方収納スペースに収めると、すぐさまアームをしまって巡回ルートへと戻った。
詰らないことこの上ない。
――これなら、惑星内勤務の方が良かったかな。
と1人で廻り始めて1日も経っていないのに、愚痴を零して遠い目をするのだった。
『ピピッ』
そんな不謹慎な思いに耽っていたとき、突如通信回線の応答願いを示す青い表示が浮き上がる。
自分の不謹慎さがばれたのか! とドキッと心臓の音が聞こえそうなほど驚き、慌てて通信パネルを開いた。
その通信パネルの向こうには、
「よ〜!」
笑顔が怖い上司の顔でも、意地悪なにやにや笑いをする先輩のユアンでもなく、ジーンがよく知る馴染みの顔が映っていた。
「K-9機、どうかしましたか?」
慌てて開いて損したとばかりに、ジーンは冷たく言い放つと同時に、何もないんだろうと視線だけで切って捨てて、通信パネルに手を伸ばす。
「ちょっ、たんま! たんま。
切ろうとすんなよ。」
速効で切ろうとしているジーンに、待て待てと身振り手振りで引きとめるのは、第八主艦公安課新人5名の内の1人、≪シーク≫K-9機に搭乗しているマクスウェル・カイザスだ。
マクスウェルは切られてなるものかと、コホンと咳ばらいして口火を切る。
「巡回コースで大物発見!
ちょっち、一隻じゃ手が出ないから、こっち来てくれよ。」
「大物?」
「そそっ!大物だよ。 お・お・も・の!!
さっさと来いよ〜。ぜ〜ったい、大物だからよ!」
にこにこ顔で言いたいことだけ言うと、「それじゃ待ってるぜ!」と言ってさっさとマクスウェルは通信を切ってしまった。
「……って、おい!」
何も映さなくなったパネルに向かってのジーンの言葉は、虚しく船内で消えた。
パネルの右下では、K-9機から寄越された現在の座標が示されている。
「まったく、何なんだあいつは!!」
碌に説明もしないで、勝手に捲し立てて、来ることを疑わない。
こっちは無視したっていいんだぞ!と思いもするが……
「はぁ」
諦めたように深くため息をつくと、ジーンは座標地点を確認し、光速航行態勢に移行する。
「これも、ペアだから仕方がないんだ。」
ぐちぐちと呟きながらも、手は速やかに動いている。
「“ペア”か……」
ともう一度呟いた声は、かすれていた。
元々巡回時は、二人一組で行われる。
巡回航路は決められているとは言え、広い空域内で何があるかは分からない。
咄嗟の時に対応しようにも、一人ではどうしようもない時は多々ある。
そのためペアを組み、ペア同士は緊急時に対処できる距離を航行するようにしているのだ。
だが、だ……
――新人同士で組ませるって、何かおかしくないか?
昨今の情勢が〜とか、今は空いてる先輩がいなくって〜とか、そんなわけないだろ!その辺にいるだろうが!と思わず言いたくなるような理由で、ジーンとマクスウェルはペアと相成ったのだった。
不幸中の幸いか。それとも、知っていたからなのか。
ジーンとマクスウェルは十年来の付き合い、いわゆる幼馴染であり、お互いの実力を熟知しているから、まぁ何とか受け入れられた。
「これで、マックスじゃなかったら……」
――本気で泣いて、縋りついてでも先輩と組ませてもらったね!
絶対に!
そんな小言を零しながら、≪シーク≫の高速航行の準備は滞りなく終わった。
その瞬間、≪シーク≫は静かに光の粒となり、今までいた空域からあっという間に姿を消していた。