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作者: 歌華鳳仙
掲載日:2021/01/09

 あの子が死んだ。ついこの間死んだらしい。誰も助けることの能わぬ自身の心という凶刃で。僕は一雫の液体を零した。

 あの子と出会ったのは出会いというにも囁かなものでただ偶然同じ班になり、数度喋っただけのものだった。あの子にとって僕はただの知り合いで僕にとってもあの子はただの知り合いだった。あの子が死んでからもあの子は僕のただの知り合いだ、ただ数度顔を合わせ数度喋ったことのあるごく一般的知人である。当然死を知ったのも死から数日あとだった。僕も子供ではない、顔見知りの死など何度も経験してきた。武道の師範や祖父、友人に至るまで様々な死を見て聞いてきた。だがいまひとつ、どうにも慣れることはない。果たして僕にあの子の死を嘆く理由と資格があったのだろうか。あの子に僕の名を聞けばあぁ居たねと言われるような程度のものだから当然ないと言えばないだろう。別段僕にもあの子に対して特別な感情があった訳でもない。あの子は私にとってただの知人Aなのだから。

 私はふと目の前の蝋燭を見た。先に火を灯してとろりとろりと溶けていく。誰だったか蝋燭を自らの寿命と例えた者がいた、生まれた時に蝋の先に火が灯りじわりじわりと溶けてゆき最後には蝋が全て溶けて紐が燃え尽き火は消えて逝く。これこそが人生なのだと。僕は考える、これではまだ足りることは無い。人の生き様とはこの書斎に置かれた蝋燭とは違う、荒野に置かれた一本の蝋燭である。荒野の真ん中でぽつりと燃えるその小さな火は吹く風と雨を時に傘を差してもらい、時に盾になって貰いながら懸命に懸命に蝋を溶かし紐に縋り付くのだ。だからこそ生物の一生とはこんなにも光り輝くものなのだ。だがどうして人は、火は蝋を溶かしきる前に消えることがある。雨が消したか風が消したか、はたまた紐を切られたか。今日もどこかで火は消えている。その消えてしまった火見てどうして悲しまずにいられるものだろうか。

 これほどまでに悲しむ資格が僕にはあったのだろうか、僕にとってあの火はたまに見る火であって別に助けたことも救ったことも無い遠くで燃え尽きた火でしかない。近くでずっと見てきた人達と同様に悲しむ資格が僕にあるはずがないのだ。私には悲しむこともあの子の為に生きることすらも資格が無い。私が悲しんでいる所をあの子が見ればきっと何故彼は悲しんでいるのだろうかと疑問に思うだろう、僕でさえ疑問であるのだから議論の余地もなくそうだと言える。一匹のハリネズミが言った、お前はこれからどう生きるのかと。私は答えた、私はこれから一雫でも多く蝋を燭台に落とすのだと。

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