ドラゴンの逆鱗が生まれた理由
ドラゴンがそれと出会ったのは食事をしてる時だった。
「返せ、私の家族を、村のみんなを」
大抵のエサはドラゴンが姿を見せると逃げだすのだが、時折こうして向かってくる個体もいる。取るに足らない存在だが食事の邪魔にはなる。そこで尻尾で振り払うことにしたのだが。
尻尾の感触に違和感があった。
なにか硬いものに当たった感じがしたのだ。
食事を止めてその原因がなんなのか確認すると先ほどの人間が少し離れたところに倒れていた。気を失っているが息をしている。
驚くほどに頑丈な個体だった。
その人間が生き残った者に連れられていくまでドラゴンは興味深く観察をしていた。
次に会ったときは以前のような粗末な衣服ではなくキラキラと輝く鎧を身につけていた。多くの人間をひき連れ、彼らからは勇者と呼ばれていた。
「この日をどれだけ待ったことか。家族の無念を晴らす為、そしてお前がこれから先殺すであろう多くの人の為、お前を討ち滅ぼす!」
しかしそれは戦いと呼べるものではなかった。
あれだけ多くいた人間たちのそのほとんどが地面に倒れ伏し、残っているのは勇者を含め数人ほど。そして彼らも立ってるだけでやっとの状態だった。
ドラゴンは僅かに失望を覚えた。勇者ならばもしやとも思ったが、やはりドラゴンに並び立てるものはいなかった。
「無傷か。私の力ではこの化け物に届かないらしい。だがまだ終わりではない」
勇者は生き残りに呼びかける。
「ここで私たちが倒れれば後ろの王国が蹂躙されるだろう。何としてでもあいつを倒さねばならない。そのためにお前たちの命を捧げてくれ。私の全てと散っていった者たちの魂を魔力に変えてあいつを滅ぼす」
兵士たちは自らに剣を突き立てる。
その死体は光となって、ただ一人戦場にたつ勇者の元に集まっていく。
無数の光を帯びて輝く勇者は、これまでのなかで最も速く駆けドラゴンの胸元に強烈な一撃を放った。
「ようやく届いたぞ。次は心臓を貫いてやる。貴様を殺すためなら何度でも蘇ろう」
勇者の声を聞きながらドラゴンは熱を感じた。視線を落とせば、鱗を貫いた剣が胸に刺さっており、そこから赤い血が流れていた。
その全てが新鮮であった。
砕けた鱗が再生をはじめる。
持ち手のいなくなった剣もそれに飲み込まれていった。
「それは楽しみだ」
ドラゴンは戦場を後にして飛び去った。
その胸元には色も形も違う鱗が一枚ある。それはとても脆くドラゴンの唯一の弱点にして大切な宝物であった。