episode3-3 妹⑥
ウィッチカップ本戦のレギュレーションやチーム分けが発表され、作戦会議や連携訓練に明け暮れているうちに時間はあっという間に経過し、気が付けば本戦の前日となっていた。
あまり前日に無理をして本番に疲労を残してもいけないだろうというドッペルゲンガーさんの意向により、今日は訓練もミーティングもお休みして明日に向けて英気を養う日となった。
そうは言っても何もしていないと落ち着かない為最終確認として他チームの魔女の動画を見返そうと思っていたのだが……。
「お昼時に押し掛けちゃってごめんね良ちゃん。色々食材買って来たから、もし良かったらお姉さんに作らせてくれない?」
タイミング悪く訪ねて来た双葉に邪魔されてしまった。別に居留守を使っても良かったし、今日は忙しいからまた今度にしろと言っても良かったのだが、よく考えればこの前は大して話も聞かないで急に帰ってしまったため、後々ちさきさんから何の話だったか聞かれても答えられずに約束を破ったと思われてしまうかもしれないと思い、渋々家に上げるごとにした。
というか、この前あんな別れ方をしてそれなりに時間も経ったのによく何事もなかったようにまた訪ねて来れるな。こいつの心臓は鋼か何かなのか?
「……お好きにどうぞ」
「そっか、良かったぁ。何か食べられないものとかある?」
「別に、ないです」
どうせ買い置きのカップ麺か宅配を頼む予定だったので、作りたいというのなら作らせてやれば良いだろう。食費も浮くし調理の手間も省けるし一石二鳥だ。
昼食が完成するまでは双葉の相手をしてやる必要もないので、その間は動画を見ることも出来るが、集中できなさそうだし、食事が始まったら中断することになるし、途中で止めたら続きが気になって話どころじゃないだろうしで、視聴は後回しにすることにした。別に後からでも見れるのだから、急ぐ必要もない。
とはいえ、じゃあ昼食が出来るまでの間何をするのかという話だが、双葉がいると集中出来ないのは何にしても同じなので、久しぶりに暇つぶしがてらゲームを起動する。ここ最近は特訓だ会議だディスト狩りだで忙しく全然遊べてなかったからな。怪物狩りだ。
双葉が野菜を切る音や食材を炒める音をBGMにしながらゲームをしているとふと、象のぬいぐるみが視界に入って、ちさきさんは今頃なにをしてるかなと考えてしまい胸が痛くなるほどの寂寥感に襲われた。ゲームをする暇もないくらい忙しくしていたのは、そうしないとちさきさんと会えないことやちさきさんと話せないことの寂しさに圧し潰されてしまいそうだったというのも理由の一つだ。ちさきさんが頑張ってるんだから俺も頑張らくちゃと気合を入れても、こうやって気が抜けてしまった時に今まで堪えていたものが一辺に雪崩れ込んでくる。このままちさきさんに忘れられてしまったらどうしよう、二度と帰って来なかったらどうしようという不安に胸を締め付けられる。
「ちさきさん……」
気づけば視界が滲んでいて、ゲームの画面も良く見えなくなっていた。
俺は慌てて服の袖でグシグシと目元を拭って何事もなかったようにゲームを再開する。こんなところを見られたらまた双葉が面倒なことを言い出しかねない。ちさきさんは信じて欲しいと言ったんだ。離れていても友達だと。寂しい気持ちを誤魔化すことは出来ないが、それでちさきさんを疑うなんてそんなの駄目だ。俺はちさきさんを信じてる。ちさきさんは必ず戻って来てくれる。
「お待たせ良ちゃん! 今日は生姜焼きにしてみたよ! 召し上がれ」
「……ありがとうございます。ところで、今日は何の用ですか?」
ご飯を炊く時間も含めて大体一時間ほどが経過した頃に双葉の料理が完成して、白米と生姜焼き、それからサラダと味噌汁が机の上に並べられる。その頃には俺の気持ちもとっくに落ち着いていて、ちょっとだけ泣いてしまったことは双葉にはバレなかった。
それにしても、あの狭いキッチンでよくこれだけ作ったものだ。家には家政婦さんが居るはずだし、そんなに料理をする機会があるとは思えないが趣味か何かだろうか。少なくとも8年前の双葉は碌に料理なんてしたこともないはずだが、……まあ、それだけあれば人も多少は変わるか。
「お話はご飯食べ終わってからね。いただきます」
食事を作った人間にそう言われては逆らうことも出来ない。とっとと本題を話して帰れと言ってやりたいところだが、飯を食べ終わるまではひとまず待ってやることにする。
「美味しい?」
「……別に、普通です」
「ふふっ、口に合ったみたいで良かったよ」
得意げな顔で聞いて来た双葉に素直に答えるのも癪なので、ちょっとだけ濁して答えたのだが双葉は嬉しそうに笑って自分の分に手を付け始めた。
食事が始まってからは会話もなく黙々と箸は進み十数分ほど経った頃、俺よりも遅く食べ始めた双葉が先に食べ終わって、俺の方をじっと見つめて来た。少し遅れて俺も食べ終わる。すると双葉は俺と一緒にごちそうさまと手を合わせ、自然に食器をまとめて流しへ持っていった。
「……」
俺は、食器を洗い始めた双葉に声をかけた。
「食べるの、早いんですね」
「え? あ、そうかな? 良ちゃんはまだお口も小さいし、その違いじゃないかな?」
食べる量自体は元の身体の時よりも減ったが、完食までにかかる時間はそれほど変わってはいない。男に戻ったとしても、完食までにかかる時間は双葉の方が早いのだろう。
それがどうしたという話だが、昔は逆だった。それこそ双葉が今言った通りかもしれないが、双葉がもっと小さかった頃は、双葉の方が食べるのが遅かったんだ。双葉が小学校に入るよりも前、口の周りをべとべとに汚しながらゆっくり食事する姿を、俺は隣で見守っていた。そうしないと双葉は泣くんだ。俺の方が早く食べ終わっても、双葉が食べ終わるのを待っていてやらないと。
「洗い物、私がやります」
「え、いいよいいよ。私が作りたくて作ったんだし」
「いいから、双葉さんは休んでてください」
別に、飯を作ってもらったくらいで双葉のことを許したわけじゃない。絆されたわけでもない。ただ、一方的に施しを受けるのが癪だっただけだ。
「良ちゃん、今……」
「……なんですか」
「ううん、じゃあお願いしようかな」
何か言おうとした双葉を半眼で睨みつけて黙らせる。別に叔母さんとかそういう呼び方がしっくりこなかっただけで、名前を呼んだことに他意なんてない。だというのに、双葉は何やら嬉しそうに笑いながら部屋に引っ込んで行った。ちっ、絶対何か都合の良い勘違いしてるなあいつ。
「あれ? それって」
洗い物が終わって俺も部屋に戻ると、そこには何やらゲーム機を手に難しい顔をしている双葉がいた。一瞬俺のゲームを勝手にやっているのかと思ったが、ハードのカラーが違う。それに真新しさがあるというか、全体的に小綺麗な感じだ。ということは、双葉のってことだろうか。
「良ちゃん助けて~。これ、難しくて勝てないよ~」
「何なんですか全く……、って、怪物狩りじゃないですか。双葉さん、ゲームなんてやるんですね」
何かと思えば俺もプレイしている怪物を狩ってその素材で武器や防具を作ってまた狩りに行くアクションゲームだった。序盤の難関である怪物を相手に苦戦しているみたいで、ちょうど俺が覗き込んだところで怪物にやられてしまったらしい。任務失敗のアナウンスが流れて拠点へ強制送還されるシーンが流れていた。
昔はゲームなんて全然興味なかったはずだ。さっきも思ったことだがこの8年が双葉を変えたのだろうか。
「ちょっと見せて下さい。……何ですかこの装備。ほとんど初期装備と変わらないし強化もなし、統一性も計画性もないから技だって発動してないじゃないですか」
「強化? 技?」
「まずは全身一式同じ怪物の装備で揃えますよ。まったく、しょうがないですね。手伝ってあげます」
「良ちゃんもこのゲームやってるの?」
「等級はMAXですよ」
「等級?」
割とゲームは進んでいるのに知識はほとんどないようで、もしかすると友達に誘われて始めたけどよくわかっていないというパターンかもしれない。本人が乗り気じゃないなら別に放っておけば良いとは思うが、助けてというなら全くこれっぽっちも気はのらないが助けてやろう。
出しっぱなしになっていたゲーム機の電源を入れて、本当に渋々、仕方なく通信を開始しようとしたところで、くぐもったディスト発生の通知が鳴り響いた。
「ちっ、間が悪いですね……」
「え? 何か言った良ちゃん?」
「いえ、一先ずこの拠点任務をやって下さい」
双葉に一人用の任務を開始させつつ、掛布団の下敷きになっているマギホンを取り出す。
「天地悉く、吹き散らせ」
・
寝ぐせのついた髪にブカブカのTシャツ一枚という恰好だった緑髪の少女が、何か呟いたかと思えばあっという間に綺麗なツインテールと法衣のような服装に変身し転移の光と共に消え去った。けたたましいアラーム音がなくなり、カチャカチャというボタンを押す音だけが響く部屋の中で、風景に擬態し一体化していた魔法少女がその姿を現した。
茜色のロングストレートにマントを羽織った少々禍々しい衣装、現在の魔法少女界隈においてまず知らない者はいないと言われるほど高い知名度を誇るその女性の名は、ドッペルゲンガー。
「驚いたわね。まさか本当に双葉の姪っ子が魔法少女、それもあのタイラントシルフちゃんだったなんて……」
タイラントシルフの変身を目撃したことで認識阻害を突破したドッペルゲンガーは、自身の親友の親戚が魔女のお茶会に名を連ねる者であったことに驚きを隠せないようだった。しかも相手はあの風の魔女。初変身で第三の門を開いたという噂まであり、その底知れない才能はドッペルゲンガーだけでなく他の魔女からも大きな注目を集めている。ドッペルゲンガーの知る限り約一名ほど才能とは関係なしにその愛らしさに注目している者もいるがそれは置いておいて、とにかく何かと話題の今ホットな魔女だ。
さらに言えば、タイラントシルフとは対抗戦で同じチームのメンバーであり、およそ一週間ほど前から本戦の作戦会議などで何度も顔を合わせている。確かに言われてみれば、タイラントシルフのどこか事務的で素っ気ない態度は双葉に対する姪っ子の言動と通じるところがあった。
「血は争えない、というやつかしら」
タイラントシルフは双葉の娘というわけではないので厳密には少々違う意味となるが、しかし血の繋がりが全くないわけではないのだからあながち間違ってもいないだろう。何せ双葉も何かと人騒がせな魔法少女だった。
この事実を早く双葉に伝えなければと、ドッペルゲンガーは変身を解いて双葉の前に立つが、当の双葉はゲーム画面に集中しているようで目の前の相手がシルフから八重に変わったことに気づいていないようだった。
「ちょっと双葉、いつまでゲームやってるつもりよ」
「え? あれ!? 八重!? 良ちゃんは?」
「ディストが出たのよ。あなたの予想通り、あの子は魔法少女だったわ」
「……? 何の話? ていうか何で八重がいるの?」
「あなた認識阻害受けてるのよ。ほら、これが良ちゃんの変身シーン。名前は魔法少女タイラントシルフ」
八重がマギホンの画面を双葉に見せると、そこにはこれでもかというくらいばっちりとタイラントシルフの変身シーンが映っていた。通常の撮影機器では魔法少女の姿を捉えることは出来ず、例えば変身シーンを撮影しようとした場合何事もないように変身前の状態で映像に映っている内容に置き換わる。しかしマギホンのカメラならば、魔法少女の姿を映像に残すことが出来る。
そもそも何故八重がここにいるのかと言えば、それは先日双葉から姪っ子の良ちゃんが魔法少女かもしれないという連絡を受けたからだ。すでに認識阻害の影響で疑念が曖昧になりかけていた双葉は、八重にそれだけ伝えて後は丸投げすることにした。
魔法少女を引退した双葉は、それまでの活動についての記憶は残っているが引退後は認識阻害の影響を受けている。そのため双葉自身の手で深入りすることは出来ない。しかし現役の魔法少女である八重であれば、記憶が有耶無耶になるような、まあどうでもいいかと思わされるような認識阻害はかからない。
その後双葉は案の定姪っ子が魔法少女かもしれないという疑惑を失ったが、姪っ子と仲良くなるための相談を受けていた八重が作戦を立てた。なるべくその姪っ子と長くいられる方法を模索し、魔法少女に変身する現場を抑える。そうすれば少なくとも八重にはわかる。双葉の姪っ子が本当に魔法少女であるのか、否か。
もしも魔法少女でないのであれば、後から咲良町のディスト発生時刻を調べれば、そのタイミングで変身していなかったことが証明となるだろう。
双葉がゲームを持ち込んだのも八重の入れ知恵だ。以前にこの家を訪れた際、双葉はゲーム機が充電器に繋がったまま出しっ放しになっているのを見ていた。八重は双葉に姪っ子の家の様子を隅々まで聞き取り、そのゲーム機の話を聞いて、実は同じゲームをやっていた作戦を計画したのだ。
問題は、姪っ子のやっているゲームがわからないことと、双葉の話を聞く限りではどうにもツンツンしている少女であり、自分との接点を作るためにゲームを始めたのだと知られたら臍を曲げられて即座に追い出される可能性があったことだ。
後者の理由から、姪っ子にどんなゲームをやっているのかと聞くのは望ましくなかった。それどころか、ゲームをやっているということすら知らない態にした方が良いだろう。そもそもこの家は双葉の兄の家であり、転がっているゲーム機を見たからと言って姪っ子がゲームをやっているかどうかわからないのは事実だ。もっとも、八重はまず間違いなくゲームをしているだろうとは思っていたが。年頃の子供が、親から糸目なく金を貰って、ゲーム機も置いてあるような状況でそれに手を出さないというのは考えにくかった。
そうした思考の結果、八重は一先ず顔を突き合わせてやることで盛り上がり、かつそれなりに遊んでいることを簡単に示しやすいゲームとしていくつかのソフトを挙げ、ネット上での評判や感想を加味してゲーム初心者が友人に誘われてとりあえずここまで進められました感を出せるところまでプレイすることを双葉に指示した。以前に双葉がこの家を訪ねて以来しばらく期間が空いたのはそのノルマを達成していたからだった。
持ち球はまだいくつかあったが、一番槍に怪物狩りライジングを選択したことは正解だったようで、双葉の姪っ子は口ではしょうがないですねと言いつつ見るからにウキウキとした様子だった。ディスト発生の通知が鳴り響いた時に明らかに嫌そうな顔をしたのも八重は見逃さなかった。
この話は全て姪っ子と仲良くなるための作戦であると双葉は説明を受けていたが、作戦の核心部分である八重が変身状態で一緒に付いてきて姪っ子の変身シーンをおさえるという部分は全く何の説明も受けていない。どうせ説明しても認識阻害で弾かれるため、何も言わずに八重は最初から風景に擬態してずっと双葉と一緒にいたのだ。
「な、なるほど……、ねえ、それ犯罪なんじゃ……?」
動画を見ながら一通りの説明を受けた双葉は、認識阻害の影響を突破して明確に自身の姪が魔法少女であることを認識し、過去にそうした疑念を抱いたことを思い出した。
これは若干認識阻害が緩い元魔法少女だからこそできる力技によるものであり、通常の一般人であれば例え変身シーンを見せられても合成やCGだろうと勝手に納得していずれ忘れてしまう。
「不法侵入であることは間違いないけど仕方ないじゃない。あなたに連絡受けてから何回かこの家の出入りを見に来たけど、あの子宅配の受け取りとゴミ出し以外全く外に出てないのよ。家に入らなきゃ変身するところは見られないし、むしろあなたが来るのを待ってた常識を褒めて欲しいくらいだわ」
「でも、学校とかでもさぁ……。それも不法侵入にはなるか……」
「あの子、学校行ってないわよ」
「へ?」
合理的に考えれば八重のやり方が正しいのだろうとは思いつつ、自分の姪っ子の家に何の相談もなく勝手に上がり込んでいたことに若干の不満を漏らす双葉。自分でさえ一度は家に上げて貰えずに追い返されたのにずるいという子供のような拗ね方をしていた。
しかし、八重から帰ってきた思いもよらない言葉に思わず不満も忘れて間抜けな声を上げた。
「だからさっきも言ったじゃない。宅配の受け取りとゴミ出し以外全く外に出てないって。まあ、魔法少女なら学校行ってないなんてそう珍しいことでもないけど、あなたのお兄さん本当にちゃんとあの子の面倒見てるの? お金はあるみたいなこと言ってたらしいけど、それって自分で稼いでるんじゃないの? あの子のお父さんが帰って来てるところ、見たことないわよ」
「で、でも、お兄ちゃんの服はあるし、寝具とか食器とか、生活用品はちゃんと二人分あるみたいだよ?」
「それはそうだけど……、あの子友達の名前を呼んで泣いてたわ。何があったのか知らないけど、両親もいない、友達ともうまくいってないんだったら、あの子の力になってあげられるのはあなただけなんじゃない? あの子が魔法少女かもしれないと思った時、わざわざ私に連絡してまで真実を確かめようとしたのはただの興味本位じゃないはずでしょう? 真実を知って、あなたはどうするの? どうしたいの? 鉢合わせるとまずいし私は一旦帰るけど、あの子のこと、ちゃんと見てあげるのよ」
シルフの変身シーンが映った動画を削除してから、八重はそう言って家を出て行った。
残された双葉は、姪が魔法少女だったこと、学校に行ってないこと、兄があの子を見捨てたのかもしれないこと、涙を流していたことなどなど、様々な情報が一辺に詰め込まれたことで頭の中がこんがらがり、どうすればいいのかわからなくて、ゲーム内のキャラクターがいつの間にか死亡していることにも気が付かなかった。