後日談 とある夏の二人
時系列は決戦から1年ほど後の夏です
※R-15程度の描写があります
肌で感じることが出来るほど湿度が高くじめっとしたとある夏の日のこと、大きな駅特有の人の多さと何とも言えない嫌な臭いから意識を逸らすように空を見上げれば、今にも泣きだしそうな曇天が広がっていて、まだ目的地に到着してもいないというのに私は早くも疲労感を覚えつつありました。
「昨日までは晴れ予報だったのに、降ってくるかもね」
少し大きめのTシャツにゆったりとしたホットパンツを身に着け、頭にはつば付きの帽子を被ったボーイッシュな服装のちさきさんが、私の何とも言えなそうな表情を察してか苦笑しながら言いました。
「わざわざ梅雨の時期は外して来たのに空気の読めない天気です」
薄い黄緑色のセーラーシャツの上から膝丈の黒と緑のジャンパースカートを身に着け、少しだけ底の厚い黒ブーツを履いた私は、そう言って丁寧にウェーブを作ったおさげの毛先を指でクルクルと弄ります。
ちょっと風変わりな地雷系っぽい感じの装いですけど、もちろん私が好きで選んだわけではなく、ちさきさんがどうしてもと我儘を言うのでしょうがないから着てあげてます。
「傘買って行こうか?」
「降らないかもですし、荷物になるので今はやめておきましょう。降ってきたらむこうで買えば良いと思います」
7月の初頭、まだまだ暑い日が続く夏真っ盛りの休日に、私とちさきさんは電車を乗り継いでとある町までデートに来ていました。
付き合いたての頃はちさきさんが率先して色々な場所に連れ出してくれてましたけど、最近は交互に目的地を決めてデートプランを立てていて、今日向かう場所も私が下調べをして決定してます。
「それもそっか。じゃあバス乗り場へゴー!」
「む、私が先導するのでちさきさんは私についてきてください!」
「あはは、そういえば今日は良ちゃんの番だったね」
まったく、ちさきさんは行動力がありすぎです。
かつての私はお出かけ経験が少なくてデートプランを立てるなんてとても出来ませんでしたけど、ちさきさんのお陰で随分レベルアップしたと自負しています。
今日は大人しく私に持て成されてくれないと困ります。
「ふふん、レベルアップした私のエスコート力を見せつけてあげます!」
「ドヤ顔良ちゃん可愛い! あ、もう一回、今のもう一回やって!」
「写真はやめてください」
少しばかり胸を張って自信満々に宣言すると、なぜかちさきさんがスマホを私に向けてカシャカシャと連写し始めます。
これはちさきさんの悪い癖です。何かにつけてはこうやって可愛い可愛い連呼しながら写真を撮ろうとしてくるんです。ちさきさんに褒められるのは悪い気はしませんけど、撮られた写真を後から見ると滅茶苦茶ドヤ顔してたり生意気な顔をしてたり、自分では自覚していなかった自分の姿を見せつけられて凄く恥ずかしい気分になります。
「ほら、行きますよ!」
「もー、良ちゃんのケチー。でも、そんなつれないところも好きだよ」
強引にちさきさんの手を引いてバス乗り場まで歩き出した私に、ちさきさんが背後から抱き着くように接近してきて耳元でそう囁きました。
「ひぁっ!? ちさきさん!!」
いきなりのくすぐったさに変な声を上げてしまい、思わず語気を強めてちさきさんを叱ります。こんな公共の場でいくらなんでもやりすぎです。
「ごめんごめん、ちょっとやりすぎちゃったね。もう大人しくするから許して良ちゃん」
「……今回だけですからね」
そうやって素直に謝られると怒りも萎んでしまうというか、許してあげたくなってしまうんですよね。ずるいです。今回だけなんてもう何回言ったかわかりません。本当にしょうがない人なんですから。
・
小声でお喋りしながらバスに揺られること凡そ10分。目的のバス停に到着した私たちは石畳の道に降り立ちました。
古めかしい風情を感じさせる蔵造の街並みに、ところせましと甘味処や食事処が並んでいる食べ歩きスポットです。
「わぁ、なんだか凄く雰囲気のあるところだね」
「蔵造りという江戸時代の建築様式らしいです。食べ物だけじゃなくて、歴史的な意味でも人気の観光スポットなんだとか」
「そうなんだ、ちゃんと勉強してきて偉いね良ちゃん。よしよし」
ちさきさんが後ろから覆いかぶさるように抱き着いてきて大袈裟に頭や喉元をなでなでしてきます。私は犬や猫ですか。まあ嫌なわけではないですけど、人目がある場所では自重して欲しいものです。
「では予定を変えてちさきさんも歴史のお勉強でもしましょうか。ちょうど博物館や資料館が近くにあるようですけど」
「えー、休みの日までお勉強なんてやだよー!」
「ふふ、冗談ですよ。ほら、ただでさえ暑いんですからあんまりひっつかないでください」
ちさきさんの受験勉強の息抜きも兼ねたデートですからね。まさか本気で歴史のお勉強をしようなんてつもりはないです。人によってはそっちの方が魅力的ということもあるとは思いますけど、ちさきさんは今自分で言ったように勉強なんて出来るだけやりたくないってタイプの人ですからね。そういえばそろそろ夏休みの時期ですけど、今年も宿題が心配です。
「それにしても、なんか学生さんが多い?」
「中学生くらいですかね。それこそ博物館とかと抱き合わせで校外学習なり修学旅行に来てるんじゃないですか?」
まだ幼さの残る顔だちの少年少女たちが、どこの学校のものかはわかりませんけど制服を着て歩き回ってます。手に持っているお土産らしき棒状の箱を見るに、地元の学生という感じでもないでしょう。
「みんな随分おっきな荷物持ってるね」
「ここは大きな麩菓子がお土産の定番らしいですから、きっとそれでしょう。1mにギリギリ届かないくらいの大きさはあるらしいですよ」
「食べ応えありそうだね~。でもお土産か~。友達とか家族の分って考えると、ちょっと持ちきれないかな……?」
「全員に一本ずつじゃなくても良いんじゃないですか? あれだけ大きければ数人で一本を消費するとか」
「それもそうだね、良ちゃん天才!」
「ふふん、大人ですから」
まあ今思いついたのではなく下準備の時に私もちさきさんと同じ問題にぶち当たって双葉の助言を得て解決したんですけど。
「修学旅行なら宅配でお土産送ったりもするけど、このくらいの距離だとわざわざそこまでするのもなって思っちゃうよね」
「……そうですね!」
なるほど、普通は修学旅行のお土産は宅配したりするんですね。知りませんでした。
大人ですからと格好つけた手前そんなことは思いつきもしなかったとは言えません。
「とりあえずお土産については最後に見て回りましょう! お腹がすきました!」
「もうお昼時だもんね。お店は決めてる?」
「いえ、折角ですから色々と食べ歩きしようかなと思ってしっかりした食事処は決めませんでした」
いくら甘いものは別腹と言っても、ちゃんとしたご飯を食べてしまったら入る量が大分制限されてしまいますし、甘いものばかりというわけでもないようですから。
「いくつか軽く食べられるものに目星はつけてますけど、まずは歩いてみて回って決めませんか?」
「それもそうだね! じゃあさ、早速だけど私あれを食べたいかも」
ちさきさんが目立たないように小さく指をさしたのは、観光客と思われる女性二人組が持っている大きなポテトチップスのようなものでした。でも、あれはジャガイモじゃないです。さつまいもなのです。
「おさつチップスですね」
「あんなに大きいの見たことないから気になっちゃって」
百聞は一見にしかずと言いますが、ネットで画像を見るだけと実物を見てみるとでもやはり違うものですね。大きいと言う事前情報は得てましたけど、実際目にすると想像以上に大きいです。横幅は指を閉じた状態で手のひらを開いた程度、縦幅に至っては開いた手のひらを優に超えるサイズがあるように見えます。事前情報なしで見たちさきさんは私以上の衝撃を受けているのでしょう。
場所は事前に調査済みなので早速ちさきの手を取って先導するように歩き出します。
「それにしても、さつまいも関係の食べ物が多いね」
目的のお店に到着するまでの道すがら、色々なお店の看板やのぼりに視線をやっていたちさきさんがポツリと呟きました。
それは事前に調べていた私も気になったところです。おさつチップスにおさつソフト、いもけんぴやお団子等々、もちろんお芋とは関係のない食べ物もありましたけど、それにしてもやたらとさつまいも推しです。
「生産量的にはそれほど多いというわけでもないみたいなんですが、歴史的な背景が関係して地域の文化として定着したらしいです」
「良ちゃん、本当によく調べたんだね。そんなに気負わなくても良いんだよ? なんとなく行きたいなーって思ったところで、別に下調べなんかしなくても大丈夫だからね?」
「ああ、いえ、これは単に私が気になっただけなので、気にしないでください」
確かにデートスポットの下調べは入念に行いましたけど、今の話は本当に私が個人的興味でついでに調べただけです。
「えっと、たしかこの辺りで……、ありました!」
大通りからは少し外れた路地の先にある小さなお店ですが、ちょっとした人だかりのような行列が出来ていてすぐにわかりました。やっぱり休日だからか人が多いですね。とはいえ長蛇の列というわけではないので少し待てば買えそうです。
「暑いです……」
「晴れて来たね。流石にこの季節の日差しはあっついなー」
行列がはけるのを待っている間ちさきさんと談笑して時間を潰していたのですけど、さっきまで曇っていたはずなのにいつの間にか太陽が姿を見せてギラギラと私たちを照り付け始めました。
元々晴れ予報だったので覚悟していたといえばそれはそうなんですけど、それでも暑いものは暑いです。
「塩分補給です……、ん、ほんのり甘くてバターのソースがしょっぱくて」
「これ、美味しいね良ちゃん!」
「美味しいです……、でも、暑いです……」
待っていたのは十数分程度でしたが、炎天下の中は流石にこたえます。正午だから太陽が真上に来てて日陰ができないんですよね。なんでこんなタイミングで晴れますかね。雨が降ってくるよりはマシなのかもしれませんが、汗だくです。服が肌に張り付いて気持ち悪いです。
私は凄い暑いのを我慢してました。おさつチップスが美味しかったから我慢出来ましたけど美味しくなかったら我慢できませんでした。
「はぁはぁ……、引きこもりにこの紫外線量は猛毒です……。どこか屋内に、ゆっくりと休める場所に……」
「引きこもりって、学校に通い始めてからそろそろ一年経つでしょ?」
「心は今も引きこもりなんです……」
「暑さで良ちゃんが壊れちゃった。でも確かにちょっと暑すぎだね。そういえば大通りの方にソフトクリーム売ってるとこがあったよね。中で食べれそうだったし、そこで一休みしよっか」
「面目ないです……」
まだデートを開始してから一時間も経っていないというのに暑さですっかりグロッキーになってしまいました。なんて情けない……。こんなことならもっと外で元気に遊んでおくんでした……。今日はきっと記録的な猛暑に違いありません。暑い……、おさつチップス美味しい……、暑い……、美味しい……
「それだけ食欲あるなら熱中症とかではないかな? ほら、頑張って良ちゃん。あと少しあと少し」
暑い……、美味しい……、暑い……、美味しい……
「すみませーん、ソフトクリームをカップで2つください。あ、片方はチョコソースのやつでお願いします」
「――涼しいです!?」
いつの間にか、気が付けば第二の目的地へ到着していました。おさつチップスを購入してから意識が曖昧になっていました。
「正気に戻った? 天気予報今見直したら、気温37℃だって。熱中症も怖いし、ちょっとここでゆっくりしていこっか? 飲み物も買っておいたから」
「すみません、迷惑をかけてしまったようで」
「サウナみたいな暑さになってるし、しょうがないよ。あ、もうできたみたい。はい、良ちゃんの分」
「ありがとうございます」
私の意識が朦朧としている間に注文を済ませてくれていたようで、カップ入りのソフトクリームを店員さんから受け取ったちさきさんが、片方を私に手渡してくれました。
店内にはテーブルと椅子がいくつか置かれており、店内で飲食することが出来るみたいです。そういうことなら遠慮なく休ませてもらいましょう。
「んー! 冷たくて美味しいー! ほっぺが落ちそうだよ~!」
「生き返ります……。火照った身体に染みわたります……」
「あはは、良ちゃんなんかしみじみしたリアクションだね」
「生死の境を彷徨った気分です」
最近は大分慣れたと思ってたんですけど、やっぱり自発的に外出するにはまだレベルが足りなかったのでしょうか?
「ね、シェアしよ! はい、あーん」
「ん、チョコソースの甘さが良いアクセントになってて美味しいです。じゃあこっちも、あーん」
「あーん。うん、シンプルなのも甘さ控え目って感じで良いね! あ、そうだ。さっきのおさつチップスをこれにつけたら、うん、甘じょっぱさが増してめっちゃ合うよ! 良ちゃんも試してみて!」
「たしかに、バターも良いですけどソフトクリームをつけて食べるのも、良いですね。凄く美味しいです」
ふぅ~、至福のひと時です。身体が慣れてくると室内のエアコンは言うほど涼しくないですけど、ソフトクリームが身体を冷やしてくれるのでむしろ丁度いいです。暑い中で食べるソフトクリームは最高ですね。
「それにしても、良ちゃんもすっかり慣れたね」
「……? 何がですか?」
「スキンシップとか、あーんとか、付き合い立ての頃は毎回顔真っ赤にして照れてたでしょ?」
「それは、まあ、もうすぐ1年も経ちますから。それにあれだけやられれば耐性もつきます」
「えー? そんな大したことはしてないと思うけどなぁ。双葉さんとの約束もあるし、ねぇ?」
「どこまでならセーフかギリギリを攻めるのは約束を遵守してるとは言い難いと思いますけど」
ちさきさんも双葉との約束を真っ向から違える気はないようで、一線を越えるようなことはしてない、と思いますけど、なにぶん身体は女の子同士ですから、どこからが一線を越えたと言えるのかも難しく、そんな屁理屈で日に日にちさきさんのスキンシップは際どいラインを狙うようになっていると感じます。
「ふーん? そんなこと言ってるとまた意地悪したくなっちゃうかもよ?」
「TPOを考えてください。こんなところでする話じゃありません」
小さなスプーンでソフトクリームを掬い、口内ですりつぶす様に味わいつつ、私はジトっとした視線をちさきさんに向けます。
「こんなところで、ね……。じゃあ」
そんな私に対してちさきさんはいきなりぐいっと身体を寄せてきて、私にしか聞こえないくらいの小さな声で耳打ちしました。
「こんなところじゃなければ良ちゃんも意地悪して欲しいんだぁ」
口内の熱で溶けて消え行く甘みを感じながら、少しだけ頬を染めて私は無言を貫くのでした。
定期的にエレシルを摂取していきたいですね




