episode-final 二人並んで
「さて、タイラントシルフちゃん、それとも水上良一くんと呼ぶべきかしら? あなたの場合はデリケートな事情があるから残って貰ったわ」
「別に、好きに呼んでください」
魔法局に情報が残されていたのか知らないが、最高位妖精ともなれば当たり前のように俺の事情も把握しているか。アースの時も同じような感想を抱いた気がするが、あいつの場合はそもそもあいつが黒幕だったのだから情報通だとかそういう次元の話じゃなかったわけだけどな。
「あなたが魔法少女として活動していた目的は、薬と交換できるだけのポイントを集めて元の自分に戻ることだったわね。そしてそのための薬はすでに手に入れてる。ただしアースの手によって歪みの王を倒すまでは開かないように細工をされていたみたいだけれど」
ロウの言葉に合わせるように空中に見覚えのある小さな小瓶が出現した。ウィッチカップの優勝賞品として俺がアースから受け取った性転換の薬と同じ見た目をしている。中身の液体の色も同じ。まさか、家に保管しておいたものを勝手に持ってきたのか?
「ただ残念ながら、あいつがあなたに渡した薬は偽物よ。あなたを使い潰して、記憶を消した後は実験に使うか都合の良い記憶を植え付けて洗脳でもしようとしていたあのアースが、素直に本物を渡すはずがないわね。最初から逃がすつもりなんてなかったのよ」
「……そんなことだろうと思ってました」
あの薬を受け取った直後はアースが黒幕かどうかなんてわからなかったし、自分の中に黒心炉なんていう力があったことも知らなかったから偽物だなんて考えてなかったけど、アースが黒幕であることを明かし、全ての真相を知った今となっては当然と思える。
「そこで私からプレゼントよ。品切れはアースが買い占めてただけだったから在庫は余裕で残ってたわ。歪みの王の討伐、そして異世界との衝突回避における著しい功績を称えて、討伐報酬とは別に特別に性転換の薬を贈るわ」
「わ! 良かったねシルフちゃん! これでやっとご両親とも仲直り出来るよ! 大丈夫、二人とも本当はシルフちゃんのことを愛してくれてるから、何の心配もいらないよ!」
アースから渡された薬の小瓶が空中で粉々に粉砕され、その代わりに新たに出現した小瓶がふよふよとゆっくり浮遊しながら俺の手元に飛んできた。
エレファントさんはロウの言葉を聞き、その薬を見て我がことのように嬉しそうにしてくれている。どうしてエレファントさんが俺の両親の気持ちがわかるのかはこの際置いておいて、確かにこれがあれば元の自分に戻り父さん、母さんと腹を割って話をすることが出来るだろう。今の姿のままじゃどれだけ言葉を尽くしても水上良一だと信じて貰えるはずがなくて、水上良一としてやり直すことなんて出来るはずもない。
……だけど
「ありがとうございます。だけど、私にはもう必要ありません」
「シルフちゃん……?」
「……あら、それはおかしな話ね? あなたはずっとそのために戦っていたんでしょう? 遠慮することはないのよ? 確かにこの薬は貴重だし高価だけれど、あなたにはそれを受け取るだけの功績があるわ」
そういうことじゃない
そういうことじゃなくて
「確かに最初はそうでした。ずっと元の自分に戻りたかった。今の自分は本当の自分じゃない、この私は、水上良一じゃないって。こんなの普通じゃない、せめて普通でいなくちゃいけないって」
自分が自分でなくなったようで怖かった。
普通でいなければもっと不幸になってしまう気がして怖かった。
せめて人並みの生活を送れるような、決められたレールの上を歩んでいたかった。
「誰かに愛して欲しかったんです。だからずっと目を逸らし続けていたくせに、いつかは家族と仲直り出来るんじゃないかって、そんな風に考えたんです」
元の姿に戻らなくちゃ、水上良一が消えてなくなってしまう気がして。
今のままじゃ水上良一だなんて信じて貰えるわけがなくて、仲直りなんて出来るはずがなくて。
自分から向き合う勇気なんてなかったくせに、もしもを考えて早く元に戻らなくちゃって思ってた。
「だけど、ちさきさんが教えてくれたんです」
「こんな私でも愛してくれる人がいること。こんな私でも誰かを愛せること」
「普通なんかじゃなくて、幸せを望んで良いんだってこと」
「今の私でも元の私でも同じだって、水上良一は、どこにもいなくなったりしないんだってこと」
だったら、だったら俺は……、いいえ、私は、
「ちさきさんが愛してくれた私として、やり直したいんです……!」
アースに滅茶苦茶にされた人生は、辛くて悲しい記憶ばかりの足跡は消せない、消しちゃいけない。それも含めて水上良一だから
だけどもう一度、やり直せるなら、許されるなら、
「水上良一としての自分を全部抱えて、ちさきさんが愛してくれた、この私として、水上良として生きてみたいんです!!」
沢山問題があることはわかってます。
でもあなたなら、最高位妖精であるロウなら何とか出来るでしょう。
「だから褒美をくれるって言うなら、そんな私を助けてください」
「ふふ、そう、それがあなたの望みなら、もちろん全力でサポートさせて貰うわ。あなたがアースの呪縛から逃れて、本当の望みに気づいてくれて安心したわ」
ロウは最初から私の望みに気づいていたのか、表情はないのにまるでニヤニヤしているかのような絶妙な声音でそんなことを言ってきました。
「……良ちゃん!」
「わっ、どうしたんですか、ちさきさん?」
ちさきさんがいきなり私に抱き着いてきて、涙声になりながら私の名前を呼びました。
「本当に良いの……? だって、元に戻らなきゃご両親とは……」
「良いんです。大切な人と出会った時、子供は巣立って行くものですから」
双葉と仲直り出来ただけでも、昔の自分には考えられないくらいなんですから、十分です。
もしもちさきさんの言うように両親が私のことを愛してくれていたのなら、水上良一が失踪か死亡という扱いになるのは申し訳ないですけど、それはもう仕方ありません。今の私として、きちんと向き合いましょう。
「う、うぅ、私、本当は、ちょっとだけ怖かったの……。良ちゃんが元に戻って、魔法少女じゃなくなって、そうしたら、私から離れて行っちゃうんじゃないかって……。それに、どんな良ちゃんだって愛せるって、今も思ってるけど、だけどいざその時が来たら自分が変わっちゃわないかって、不安だった……。ごめん、ごめんね……、私、あんなこと言っておいて、最低だよね……」
「最低なんかじゃありません。自分の気持ちなんて、自分だって簡単にわかるものじゃありません。私だってそうだったんですから、きっと誰だってそうだと思います」
きっとちさきさんは嘘をついたわけじゃありません。この私でも、元の私でも、同じように愛せるって、そう思ってくれていたし、今もそうだと思います。だけどそう思っていても、実際にその時が来るまで人の気持ちなんてわからないものです。もしかしたらこの気持ちが変わってしまうかもしれないなんて、そんな風に不安に思うことの何が最低でしょう。ちさきさんは私を助けるために、私を元気づけるために、あの時素直な気持ちを伝えてくれたんです。その気持ちが、私は嬉しいんです。
「私はちさきさんが私を助けに来てくれて、私のことを肯定してくれて、嬉しかったです。あの時は気恥ずかしくて、ちょっとだけ素直になれませんでしたけど……、好きですちさきさん。私とずっと一緒に居てくれますか?」
「うん……、うん……! 私も好きだよ、ずっと一緒にいるよ……、良ちゃん!!」
面と向かってこんなことを言うのは恥ずかしくて自分でも顔は真っ赤になってるのはわかりますけど、それでもちさきさんの目を真っすぐ見つめ、自然と頬が緩んでしまうので少し微笑みながら気持ちを伝えて、ちさきさんも泣きながら笑ってそれに応えてくれて、私たちは笑い合いました。
きっとこれから先もこうやって笑い合って、時には喧嘩したり、すれ違うこともあるかもしれませんけど、そのたびに仲直りして、手を繋いで歩いていくんです。
もう手を引かれるだけじゃなくて、二人で並んで、長く長く、続いていく道を。
これにて「魔法少女タイラントシルフ」堂々完結となります。
シルフちゃんの、水上良一の、水上良の物語は如何だったでしょうか。
楽しんでいただけたのであれば幸いです。
この作品の連載を開始してから約2年半、書き始めてからは3年が経過しており、そんなに時間が経ったのかと思う反面、あっと言う間だったなという気持ちもあります。
途中何度も長い書き溜め期間を設けさせていただき、お待たせしてしまうこともあったかと思いますが、長い間お付き合いいただき本当にありがとうございました。
また、新たに興味を持って一気読みしていただいた方も、約100万字という決して短くはない当作品を最後までお読みいただきありがとうございます。
私はこれまで長編小説をまともに完結させたことがなく、タイラントシルフについても最後まで書ききることが出来るのか、打ち切りのような形ではなく、自分の満足いく形で完結させることが出来るのか不安でした。
ですが多くの方にお読みいただいて、暖かい言葉、嬉しい言葉をいくつもいただけたことでここまで続けることが出来たのかと思います。あまりネタバレになりそうな裏話を出したくないという個人的な我儘で感想返しをしていないにもかかわらず、感想をいただけること、本当に励みになりました。全ての感想に目を通し、しっかりと受け止めさせていただいています。
タイラントシルフ本編の内容についても語りたいことはありますが、それをこの場に書くのはあまりにも冗長になってしまうかと思いますので、私生活が落ち着き次第活動報告で書かせていただきたい思います。
閑話や後日談のようなものをあと少し更新する予定ですが、タイラントシルフ本編の物語はここで終了となりますので、この話を以て完結とさせていただきます。
最後に繰り返しとなりますが、「魔法少女タイラントシルフ」をここまでお読みいただき、誠にありがとうございました。
面白かった、楽しかったと思っていただけましたら、評価や感想をいただけると今後の活動の励みになります。




