episode5-8 世界の滅び⑧
「話は聞かせて貰ったわ。儀式呪術で白心炉を捧げるなんて、面白いこと考えるわね」
上機嫌であることが初対面でもわかるほど楽しそうに声を弾ませているロウに対して、ディスカースは表情こそさほど動かしていないながらも冷や汗をかきながらロウの動きを注視している。
最高位妖精に計画の全貌を知られたということがどれほどマズイ状況なのか、それがわからないディスカースではない。プレスがこれまでエレファントの白心炉を隠し続けていたのは、万が一魔法界や魔術師にそれが露見すれば自分の手では守り切れないからだ。
この場に居合わせたのが一介の木っ端妖精であればまだ問題はなかった。魔法少女の力だけではなく呪術師としての力を持つディスカースならば、最悪その妖精を力づくで無力化することは出来る。しかし相手が最高位妖精ともなればディスカースの力を以てしてもエレファントを守り切ることは出来ないだろう。なぜなら最高位妖精とは亜神の現身であると同時に器でもあり、最高位妖精を相手に戦うということはすなわち亜神と戦うことを意味するのだから。
「ディスカースさん、大丈夫だと思います」
先ほどまでの穏やかな空気が消え去り臨戦態勢に入ったディスカースに対して、エレファントが落ち着かせるように声をかける。
ディスカースやプレスほど妖精や亜神のことについて詳しくないエレファントでも、プレスから聞いた話やディスカースの激的な反応を見て、客観的にはこの状況が決して良いものではないのだということはわかっている。
だがそれと同時に、恐らくこのロウという名の妖精は敵ではないと感じていた。
「あの本は眠りの魔女、レイジィちゃんから何かの役に立つって渡されたものです。だから多分、ロウは私たちの敵じゃないと思います」
エレファントは根拠のない直感でロウを味方だと判断したのではなく、自分を手助けしてくれたレイジィを信じたのだ。シルフの暴走を伝え、それを収めるための手助けまでしてくれたあの不思議な少女が、わざわざこの状況で敵を送り付けてくるような嫌がらせをするとは思えなかった。
「エレファントちゃんの言う通りよ。ディスカースちゃんの心配もわかるけど、私はあなたたちの計画を邪魔するつもりはないわ。むしろうまくいくように助けてあげる」
『なぜ? 最高位妖精だと言うのなら、あなたはアースと同じ亜神の現身でしょう。仲間を裏切るのですか?』
「別に亜神は全員が同じ思想ってわけじゃないわよ? 世界の滅びを回避するために一時的に協調はしてるけど、星の亜神と理の亜神の思想は絶対に相いれない、むしろ敵だと言っても過言じゃないわ」
『……ならばなぜ星の亜神を野放しにしたのです。なぜあなたが奴の暴虐を止めなかったのです』
「言ったでしょ、やっと目が覚めたって。眠り神に強制的に眠らされてたのよ。ああ、今は眠りの魔女ってことにしてるんだったわね」
ロウの言い分はレイジィから本を受け取ったというエレファントの発言と矛盾しない。
しかしそれは同時にレイジィが亜神よりも格上の存在であり、そしてレイジィとロウが協力関係にあるわけではないことを意味していた。
「えっ、じゃあレイジィちゃんの仲間とかじゃないの?」
「違うわよ。ああでも心配しないで、別にあの子を恨んではいないから。あの子に接触することで理の亜神にとって致命的な何かが起きるのはわかってたのよ」
エレファントはてっきりロウがレイジィの仲間であり、だからこそサポートとして預けてくれたのかと考えていたが、実態は強制的に眠らされていたというむしろ敵対していてもおかしくないような関係だった。
しかし一方でロウ自身はそのことを恨んでいるわけではなく、必要なことだったとでも言うようにあっけらかんとしている。
「理の亜神には未来視の力があるんだけど、あの子に接触しようとすると必ずそこで視える未来が途絶えてたの。だったら放置しておこうと思ったけど、その場合時期はズレるけど結局未来が途絶えちゃうのよね」
亜神たちの間では、世界の滅びに対する対処手段は異世界の破壊という形で随分前から意思統一がなされていた。というよりも、今の技術ではそれ以外の選択肢で生じるであろう問題が大きすぎた。衝突を回避できたとしても世界のルールが大きく変わってしまう可能性が極めて高く、そしてそれは術理の変容を意味し、亜神たちが力を失う可能性すらあった。そんなことは認められるはずもなく、未来視によって最も確実で安全なことが確認されている、異世界を木っ端みじんに粉砕するという方法が選ばれるのは当然だった。
だがある時を境に、理の亜神はその先の未来が見えなくなった。眠り神、レイジィレイジの出現によって。
世界の滅びに対処しようとするとその時点で未来が閉ざされ、かと言って放置すれば当然世界は滅び同様に未来は閉ざされる。原因を調査するために眠り神へ接触しようとしても、その先の未来まで閉ざされている。
「色々試してる内に今のままじゃ詰んでるってとことがわかったわ。亜神どもは自分の力に絶対の自信を持ってるし、とくに星の亜神は理の亜神の忠告なんて聞くわけない。どんなパターンの未来を視ても、世界は滅ぶ。だったらもう、まだ見てない可能性に賭けるしかなかったの」
世界の滅びや、それに対処することで閉ざされる未来は、この世界そのものの終わりを示していた。だが一方で、眠り神に接触することで閉ざされる未来は、世界の滅びではなく理の亜神個人が機能停止することでその先の未来が視えなくなっているだけだということが読み取れた。だから理の亜神は、自分では見ることが出来なかったその先の未来へ全てを託した。
「まさか眠らされるとは思ってなかったけれどね。でも、賭けには勝ったみたい。ようやく辿り着いたわ、閉ざされていない未来へ繋がる運命に」
「良くわかんなかったけど、シルフちゃんを助けるのに協力してくれるってことでいいんだよね?」
「もちろんよ。あなたたちの計画は面白いし勝算もあるけど、運任せの部分も大きいわ。だから足りない部分を補完してあげる。私がいない隙に好き放題やってくれたアースの鼻を明かしてやるわ」
『……あなたが信じると言うのなら私も信じましょう』
どちらにせよ、今この段階で亜神が敵に回れば自分たちだけでは対抗出来ないことをディスカースは理解して、エレファントの人を見る目を信じることにした。元よりこれからしようとしているのはエレファントとシルフのための戦いであり、ディスカースは些細な手助けをするに過ぎない。決断するのはエレファント自身だ。
「ありがとうロウ! ディスカースさん! それで、効率が悪いってどういうこと?」
「白心炉を捧げること自体は悪くないアイディアだと思うわ。一魔術師としては勿体ないって思っちゃうけど、それが最善の方法なら贅沢は言っていられないものね。全く、シルフちゃんは本当に幸せな子よね。自分がどれだけ愛されてるかわかってるのかしら。眠り神が言ってた通り、見てるこっちが恥ずかしくなるわ」
『……?』
「あの……、もしかして昨日の見てました……?」
まるで自分の目で見て来たかのような物言いをするロウにエレファントは若干顔を赤らめながら恐る恐るというように尋ねた。シルフに伝えた気持ちは本物だし、昨日の夜の言葉に嘘偽りは一つもないが、客観的に見て歯の浮くようなことを言っていた自覚はあり、シルフ以外の誰かに見聞きされていたと思うと僅かではあるが羞恥を感じてしまうのも無理からぬ話だった。
ディスカースだけは何の話かさっぱりわからないというように相変わらずの無表情で首をかしげている。
「長く眠らされてたから多少は解析できたけど、あの子の眠りは結構特殊なのよ。現実じゃ全く身動き取れないけど夢の中では意思を持って行動出来るの。そしてあの子の見せる夢は全てが必ずどこかで繋がってる。まあそうは言っても夢に負けないくらいの心の強さはいるみたいだけど、仮にも亜神の現身がそれくらい出来なきゃお笑い種よ」
それはつまり、見ていたということだった。
「いつの間にか話がそれちゃったわね。あんまり時間もないんだから余計なことは言わないようにしなきゃ。誰かと話すのなんて久しぶりだからつい口が回っちゃうわね。久しぶりと言えば――」
「ロウ! 何が効率悪いのか早く教えて」
「あら、ごめんなさいね。端的に言うと、白心炉は今捧げるべきじゃないわ。あなたたちは白心炉を捧げたことで得られる力で最後の門まで開こうとしているみたいだけど、そんなことしなくても今のあなたなら、白心炉を使うことが出来るあなたならそれだけで最後の門を開けるはずよ。眠り神が言っていたでしょう? あなたはもうその力を振るうことが出来るって」
『白心炉を本来の用途で使い、最後の門を開いたその先で捧げるということですか』
「その通り、ディスカースちゃんは理解が速いわね。その方が力の節約にもなるし、何よりアースの不意をつけるわ」
星の亜神は亜神の中でも修めている術式の系統が火力に寄っているタイプであり、他の亜神と比べれば力押しを得意としているが、だからと言って搦め手が使えないわけではない。むしろ本人の性格自体はいくつもの策を張り巡らせ何重にも保険をかけることを好んでおり、対策を考える時間を与えるのは得策ではないと言える。
「そうじゃないと、いくらなんでもバレるわ。今はまだプレスちゃんの術式で隠し通せてる、白心炉があるってわかってる理の亜神ですら術式を見通せないほど本当に綺麗に隠し切れてるけど、それを捧げたことで得られる力までは隠せない。それを捧げた瞬間に確実に気づかれる」
アースの裏をかいて緻密に積み上げられたその計画をひっくり返そうとするのなら、ぎりぎりまで白心炉のことは隠し通し、捧げたことによって得られる力のみではなく、その事実すらも武器とする必要がある。
「それにそもそも、最後の門を開けたからって勝手にその先まで飛んでくわけじゃないわよ? 神格魔法は使えるようになるだろうけど、シルフちゃんが連れ去られるだろう最後の門の先へは普通の手段じゃたどり着けないわ。流石のプレスちゃんでもそこまでは調べきれなかったみたいね。まあ、あの子は隠すのが専門で調べ物は本職じゃないでしょうし仕方ないけれど」
「だけどそれも、ロウなら何とか出来るんでしょ?」
打つ手がないなら最初から協力するなどとは言わないだろう。エレファントは理屈っぽいことは得意ではないし、難しいことを理解するのにも時間がかかるが、物事の本質を見極める嗅覚には優れている。
「そんな風にアピールしなくても信じてるよ。そう決めたから」
「……ふぅん。なら前置きはなしにしましょうか。私があなたの魂を宝物庫に連れて行くから、その場で目を閉じて愛する彼女のことを強く想いなさい。白心炉は正の感情を糧に力を生み出す術式よ。あなたの気持ちが本物なら、必ず第三の門も、当然最後の門だって開けるわ」
「わかった」
言葉通りロウのことを欠片も疑うそぶりを見せず、エレファントは素直に瞼を閉じた。




