episode5-8 世界の滅び⑥
身を隠してエレファントに説明をしているうちに、公爵級ディストと呪毒虫の戦いはピークを迎えつつあった。
呪いによって歪められた荒々しい気性ゆえに、呪毒虫たちは満身創痍でありながらも勢いを衰えさせず、それどころか攻撃を受けたことに激高するように戦いの激しさは増している。
ディストは今更言うまでもなく、再生限界を迎えない限りダメージでパフォーマンスが落ちることはない。
「二つ目はシルちゃんの秘密。エレちゃんがどこまで知ってるのかわからないし、あたしも全部知ってるわけじゃないけど、わかってることは全部教えるよ」
よく見れば公爵級ディストは当初よりも数を減らしており、呪毒虫も同様。ただしそのどちらも死骸らしきものはどこにも見当たらない。ディストの肉体は再生限界を迎えれば消滅するため当然と言えば当然だが、では呪毒虫の死骸はどこへ行ったのか?
「まず前提になるけど、シルちゃんはただの女の子じゃないよ。魔法の力で幼くなってるけど、たぶん本当はとっくに成人してる。具体的な数字まではわからないけど、う~ん、あたしたちより一回りくらいは年上のお姉さんだと思う」
ディストの触手によって締め上げられた巨大な毒蛙が、最後っ屁とばかりに内蔵諸共呪毒のゲロを吐き出してディストの全身をぐずぐずに溶かし力尽きる。すると、ディストたちと戦っていたはずの呪毒虫たちが一斉にその死骸へと群がって食らい始めた。
「あはは、やっぱり知ってたんだ。ま、だよね。じゃなきゃあそこまで気許さないよね。ほんっと、エレちゃんは人誑しだなぁ……」
巨大蛙の死骸はあっと言う間に骨も残さないほど綺麗に食い尽くされ、それを食らった呪毒虫たちは更なる進化を遂げるように肉体の傷が再生していき禍々しい気配が色濃く変化する。
彼らの蟲毒はまだ終わっていないのだ。今この瞬間も、他の毒虫を食らい自らの力にしようと虎視眈々と命を狙っているのだ。
「まあそれは一旦置いといて、シルちゃんもあたしやエレちゃんみたいに魔法少女の力とは違う特別な力を持ってるんだよね」
もとより彼らに仲間意識などあるはずもなく、プレスにうまく誘導されたからそれぞれがディストと戦っているが、場合によっては呪毒虫同士で争い初めても何もおかしくはない。
「黒心炉、エレちゃんのとは真逆の、負の感情を燃料にエネルギーを生み出す力」
ただでさえ単体で公爵級を相手取れるほどの力を持つ呪毒虫が更に強化されれば、拮抗していたバランスが崩れるのは当たり前で、数で勝るはずの公爵級ディストたちは気が付けば呪毒虫とそう変わらないほどにまで減っていた。
「昨日の夜、シルちゃんが暴走するって事件があったんだけど、知ってる? えー、まさかと思ったけどほんとに知ってるんだ。いやー、いきなり落ち着いたからエレちゃんが何とかしたのかなぁ、なんて冗談半分で思ってたけど、どうやったの?」
最終的には共倒れしてくれるくらいが理想であり、これ以上片方に傾くのは良くないと判断したプレスは、エレファントと会話しながらも細かく偽装を変えることで何匹かの毒虫に同士討ちをさせ、ディストと呪毒虫の数を調整し始めた。
「眠りの魔女……? あの人調べてもよくわかんなかったけどダイジョブなの? うーん、まあエレちゃんがそういうなら、信じるしかないかぁ」
エレファントとの通話と毒虫の間引き、それぞれ均等に意識を割いていたプレスの関心が大きく傾いた。
眠りの魔女レイジィレイジ。20年以上も前から沖縄の守護者として君臨する正真正銘最強の魔法少女。しかしその実態は魔法局ですらも把握しきれておらず、当然色々と調べまわっていたプレスも得体の知れない存在だということくらいしか知らない。
まさかそんなわけのわからない人物からの協力を取り付けているとは夢にも思わず、つい普段の癖で何か裏があるのか、その正体は、エレファントに協力するメリットがあるのか等々反射的に探るような思考をしてしまい、一時的にではあるが呪毒虫の誘導を忘れた。
「あっ」
ほんの数秒の短い間だったが、残されたディストが殲滅されるのには十分な時間だったらしい。いつの間にか公爵級ディストの姿はどこにも見えなくなっており、蜘蛛が百足に食らいつき、蛇が蟻を締め上げ、蜂が蠍を突き刺す、呪毒虫同士の争いが始まっていた。
こりゃもう無理だと悟ったプレスは誘導を諦めて身を隠すこととエレファントへの説明に専念することにする。呪毒虫はディストと違ってここが現実ではないと判断するほどの知能はないため、直ちに影響が出るようなことはない。最後の一匹になるまで待って、そのあと倒してしまえば良いのだ。
「えーっと、話戻すけど、昨日の暴走はその黒心炉が原因だったみたいなんだよね。シルちゃんはずっと昔から亜神っていう、魔法少女システムの製作者に目をつけられてて、色々酷いことされてたんだと思う」
時間が足りないということと、知らなくても計画に支障はないという判断から、プレスはシルフの過去や家庭環境、友好関係などは調べなかった。
だが負の感情とは怒りや憎しみ、悲しみ、絶望、苦痛などなど、数え上げていけばキリがないほどに存在し、タイラントシルフはそれらのあらゆる感情を詰め込むために酷い人生を送らされてきたのだろうことは容易に想像できた。
「亜神の目的は、シルちゃんの黒心炉を使って異世界を壊すこと」
予言された世界の滅びが異世界との衝突ということ自体は、ある程度の段階に達した術師ならば皆知っている。術師というのは基本的に世襲するものであり、また突然変異的に一般の家庭から生まれたとしてもほぼ必ず他の術師に師事することとなるため、術師としての修行の過程で教えられることとなる。ディスカースのようなパターンは例外中の例外だった。
「エレちゃんもジャックちんから聞いたことあるでしょ? ディストとの決戦、それが世界の支配者を決定して、負ければ人類は滅ぶって。でも、それは本当の滅びの序章でしかないの。亜神たちが防ごうとしてる世界の滅びはディストとの生存競争なんかじゃなくて、星と星がぶつかるみたいに、私たちの住むこの世界と異世界がぶつかり合って、壊れちゃうことなんだよ」
それをどうにかしなければいけないということはプレスにもわかる。かつてはどうやって世界の滅びを回避するか、あるいは撃退するかという両親の研究に携わっていたこともある。結局プレスの偽装魔術では有効な手段になり得ないとして、他の魔術を満足に使えないプレスは研究から外されることになったが、それでも何か良い手段はないかと一人の魔術師として考えていた。
「世界の滅びを回避するために亜神が選んだ手段は、異世界の破壊。並みの術師じゃ到底発動出来ないくらい複雑で強力な術式、世界魔術を開発して、その動力にシルちゃんを選んだ。長い時間をかけて沢山の負の感情を溜め込んだシルちゃんなら、黒心炉が生み出すエネルギーによって世界魔術を起動出来るから」
かつて亜神が世界魔術と呼ばれる大規模な術式を開発したが、それを起動出来るほどの術師は亜神しかおらず、しかし世界魔術の射程範囲まで異世界が近づく頃には、亜神はこの世界を保護するのが手一杯で起動している余裕がないという話をプレスは聞いたことがあった。
代替案として黒心炉の持ち主を動力とするという話もあったらしいが、普通に生きていて溜まる程度の負の感情では到底起動出来るレベルではなく、一部の人権派術師の反対もあり結局凍結されたはずの計画だった。
「自分の分身みたいな地球儀の妖精を使って、シルちゃんの人生を踏み荒らした、シルちゃんを燃料タンクに仕立て上げた、最低最悪の術師。それが星の亜神アース」
人権派と言っても、人とは術師のことであり非術師のことは人モドキ、原始人であると言って差別を隠そうともしない屑共であるため、もし魔法少女を利用するという計画を知れば諸手をあげて賛成していたことだろう。そしてその差別主義者の筆頭こそが星の亜神。術師の世界で最も高い権力と実力を有する4神の1柱。
深い眠りについた理の亜神を除けば最古の亜神であり、迫りくる異世界を抑え、この世界を保護するには欠かすこと出来ない存在。単純にこれ以上亜神の数が減ることそのものも滅びの時を早めることになるため、命の亜神も人の亜神も、下手に手を出せず無法を糾弾することが出来ないでいる。
「だけどそれだけじゃ足りなかった。世界を壊すほどのエネルギーには届かないってわかった。だからアースは、そのエネルギーの源泉そのものを燃料に出来るようにした」
かつて黒心炉を徹底的に研究した経験を活かし、本来負の感情のみを燃料にするはずの黒心炉を、負の感情を生み出す記憶そのものを燃料に出来るよう、それにより更なる力を引き出せるように、世界魔術の装置を改造したのだ。
「わかるエレちゃん? このままじゃシルちゃんは、今まで生きて来た記憶を全部燃やし尽くされて、私たちが知ってるシルちゃんじゃなくなっちゃうの。命までは奪われないかもしれないけど、それで本当にシルちゃんは生きてるって言えるのかな? 私たちと一緒に戦って、遊んで、笑ってくれたシルちゃんは、死んじゃうじゃないの?」
記憶を失うのは人格の死と同義だ。少なくともプレスはそう思っている。全てを失ったシルフが自分たちの元へ帰って来たとしても、それはもう、タイラントシルフではない。
そもそも、あの亜神が黒心炉を持ったまっさらな赤子のような状態のシルフを大人しく返すとは到底プレスには思えない。
「うん、あるよ。一つだけシルちゃんを助ける方法が」
想像通りのエレファントの言葉を聞いて、自分も本質的にはアースと変わらない、利己的で自分勝手な人間なのかもしれないとプレスは感じた。
大切な人のためという大義を掲げて、誘導するようなことをして、最初から言わせようとしていた結論に導いたのだから。
「そのためにディスカースさんにお願いしたんだ。ねぇエレちゃん、シルちゃんのために、その力を手放せる?」
だが、それでも良い。
「その力があればエレちゃんはもっと強くなれるかもしれない。シルちゃんに肩を並べられるようになるかもしれない。もっとたくさんの人を守れるかもしれない。それでも、そんな可能性を全部捨てでも、エレちゃんはシルちゃんを助けたい?」
シルフを助けるというだけなら他にも方法はあったかもしれない。だが、プレスの一番の目的はエレファントにその力を放棄させること。だからこれしかないと思わせるように、エレファントにはわかりようもない、伝える必要のないことは、全て隠して、偽装する。
それが魔術師、熱尾遊里の戦い方だから。
「……だよね、知ってた」
たとえいつかエレファントがそのことを知って、恨まれることになっても構わない。嫌われたって構わない。
それで木佐山ちさきという少女の未来が守れるのなら。
「最後に三つ目だけど、ここから先は儀式呪術、ディスカースさんの領分だよ。大丈夫、事情は全部話してあるから。じゃあ、またね、エレちゃん」
プレスはそう告げて通話を切り、暴れまわる最後の呪毒虫、死毒百足を見上げる。
一番最初に取り出して巨大化した時よりも更に巨大化していて、色合いの毒々しさも増しており、直接触れれば魔法少女でも侵されなかないほどの毒気を発している。
「どうしたもんかな……」
術理の知識こそ豊富にあるものの、魔術師としては偽装以外の力は使えないプレスにとって、公爵級すら打ち倒すほど強力な毒虫というのは手に余る相手だった。現在プレスが使える圧力の魔法では大したダメージにならないことは試すまでもなくわかり切っている。
しかし放置して暴れまわられてもディスカースが管制室を離れていることが露見するリスクが高まるため、プレスとしては可能であれば倒しておきたい。
そんな風にプレスが頭を悩ませていると、眩い光と多重魔法陣が突如出現して何者かがプレスのすぐそばに転移で現れた。
青白いマリンドレスに波のようなパーマの、見覚えがある魔法少女。
「うぇ!? マリン!?」
「ん? 誰かと思えば、プレスか。久しぶりだな」
それはかつて咲良町の縄張り争いの際にプレスと対峙した魔法少女マリンだった。
「お久~。じゃなくて! なんでマリンがここに?」
「なんでって、ここは私の活動地域だぞ? むしろなぜお前の方こそここにいる? あの虫はなんだ?」
「あ、あ~ね、そゆこと……。ま、ちょうどいいや。ちょっと力貸してよ。あれ、公爵級より強いからちょっと困ってたんだよね~」
「それは構わんが、あれはディストではないんじゃないか? 何か知ってるのか?」
「まあまあ」
「いや、まあまあではなくてだな……」
「そんなことどうでも良いじゃん! いくよ! 合作魔法!」
咄嗟にうまい言い訳も思いつかず、プレスは勢いだけで強引に誤魔化してマリンの手を取った。
「はぁ!? 出来るわけがないだろう!? なにを言って――」
「深海」
本来合作魔法とは、互いの魔法に対する深い理解と厳しい研鑽があって初めて成功する可能性が生まれる魔法だ。そして一度成功したとしても常に安定して発動できる魔法少女はさほど多くなく、それゆえに滅多に使われることのない、使い手のほとんどいない魔法だと知られている。
しかしプレスならば、魔法の術式を完全に理解し、自身の魔法のみならずそれ以外の魔法術式についても深い知識を有するプレスならば、権限さえ得ることが出来れば実質一人で合作魔法を発動することが出来る。
もちろん掛け合わせる魔法の相性によってはそもそも合作魔法に出来ない場合はあるし、相手の魔法術式がプレスの知らないものであれば使えるはずもない。
だが、海の魔法については以前戦った時から思っていたのだ。圧力の魔法と非常に相性の良い魔法であると。さらに水に関する魔術は術師にとって一般的であり、術式の大部分は元からプレスが保有する知識に含まれるものだった。不足の部分は戦いが終わった後に勉強して埋めており、今のプレスは完全に海魔法の術式を理解している。
「バカ、な……」
プレスには最初からわかっていた。だからちょうどいいと言ったのだ。半端に強い魔女が現れるよりも、相性が良く、深く理解した術式を持ったマリンの方が都合が良かった。
海圧合作魔法「深海」は何の問題もなく発動し、箱庭の大海とは比較にならないほど大量の海水が出現して毒虫を包み込むように球を形作った。
突如水の牢獄に閉じ込められた毒虫は溺れてたまるかと言わんばかりに暴れまわろうとしたが、外側から押さえつけられるようにどんどん水球の中心部に押し込められていき、ものの数秒で原形をとどめないほど圧縮されて息絶えた。
「どやぁっ」
「……相変わらず、とんでもない魔法少女だなお前は」
無詠唱での魔法の時点で只者ではないことはわかっていたが、改めてプレスの特異性を目の当たりにして、マリンは呆れたような感心したような声をあげるのだった。




