episode5-8 世界の滅び⑤
全国各地に点々と散開するように出現していた公爵級ディストたちは、ディスカースの操る巨大な毒虫によって各個撃破され、その結果を学習したのか戦力を集めて強引に突破しようと一か所に集結するように一斉出現した。
「さてと、やりますか」
そのディストたちが現実へ繋がる綻びを見つけ出す前に撃滅するため、プレスは長距離転移装置を利用してこの北の大地へと単身乗り込んだ。
ディスカースにエレファントとシルフの手助けをして貰うにあたり、儀式呪術の発動にはディスカース本人の立ち合いが必要となるため、誰かがディスカースが本来こなすべき役割を代わる必要があった。しかし当然他の魔女たちはそれぞれの戦いをしているし、そもそも当代最強の魔法少女であるディスカースの代わりを務められるような魔法少女などいない。だからプレスは仕方なく、自分自身がその代役を果たすことにした。
「ああ、ごめんエレちゃんこっちの話。それで説明することだけど、大きく分けると三つあって」
プレスは両手をフリーにするためマギホンを頭と肩で挟むように支え、僅かに首を傾けて会話を続けながら、ディスカースから預かった瓶の一つを躊躇なく開封した。
「ギシャア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!」
自らを閉じ込めるその蓋が開く時を今か今かと待ち望んでいたかのように、一千匹の毒虫たちによる蟲毒を生き残った最凶の呪毒虫、死毒百足が勢いよく飛び出した。通常の百足よりも遥かに毒々しい赤と黒と紫が斑のように入り混じった体色に、1メートル以上の体長を持ち、ただでさえ大きいというのに、瓶から全身が出た瞬間魔法のようにその体が巨大化し、公爵級ディストに劣らないほどの巨躯となった。
「一つ目、シルちゃんのことを先に話すと我慢できなそうだから、まずはあたしとエレちゃんの話からになるけど」
蟲毒による呪毒虫の作成自体は蜂谷調の呪術によるものであり、その呪毒虫を巨大化させているのはディスカースの毒虫魔法。本来であれば虫を巨大化させて戦うスタイルの魔法少女であり、いくら巨大化しているとは言っても単体での力比べでは公爵級ディストには敵わない程度のはずだったが、呪いによる強化を受けた呪毒虫は公爵級ディストに匹敵するほどの力を持つ。欠点があるとすれば、魔法の使用者であるディスカースを以てしても細かい制御は不可能であるということと、元のサイズに戻すことは出来ないということ。ディストとの戦闘が終わった後は必ず肉体を自壊させる、つまり使い捨ての猛獣というわけだ。
「実はあたし、ただの魔法少女じゃないんだよね」
ディスカースの命令を受けていなければディストだけでなく魔法少女や人間に襲いかかってもおかしくないほど凶暴であるため、本来ならディスカースも他人に呪毒虫を預けるようなことはしないが、計画を話し合う中で今回ばかりはそうするより他はないと判断してプレスに数匹分の呪毒虫を預けている。
「本職は魔術師って言って、圧力の魔法とは別に、『偽装』の魔術が使えるんだ」
ざっと見渡しただけでも公爵級ディストは数十体にものぼるほど出現しており、これだけいるなら全部出してとんとんくらいかと、プレスは次々と瓶の蓋を開き、蜘蛛や雀蜂、蟻、蛇、蠍、蛙など、生物学上虫と呼ばれるものからそうでないものまで、蟲毒を生き残った「毒蟲」を全て解放して公爵級ディストの群れに突っ込ませた。
「魔術師が何かって言うのは今度時間があるときにちゃんと説明するよ。それで偽装っていうのは、そこにあるはずのものをないように見せたり、その逆だったり、もしくは全然違うものに見えるようにしたり、視覚だけじゃなくてあらゆる感覚、情報に至るまで」
本来毒虫への命令権限のないディスカース以外の魔法少女では、解放した呪毒虫たちをディストに突撃させるというような簡単なことすら思うようには出来ないはずだが、どういうわけかプレスに解放された呪毒虫たちはプレスの命令に従ったかのように真っすぐにディストへ襲い掛かった。
「隠蔽して改竄して捏造して偽装する、そういう力だよ」
種明かしをしてしまえば単純な話で、呪毒虫たちはプレスによって目の前に偽装された偽りの獲物に襲い掛かろうとして動き出し、食らいつこうとするたび花弁のようにひらりと舞って捕まえることの出来ないそれを追いかけているうちにディストの群れへ誘導されていたのだ。
もちろんプレス本人が実際に居る場所は偽装によって覆い隠され、毒虫はおろか公爵級ディストたちでさえどこにいるのか気が付いていない。
「あたしのこれはちょっと特別でね、本気を出せば神の眼だって欺ける、それくらいヤバい代物なんだ」
ディスカースは最終決戦が始まった当初は管制室でモニターを確認しながら実際に毒虫を操って公爵級ディストたちと戦っていたが、プレスからの合図を受けて堂々と長距離転移装置でその場を離脱し、プレスと入れ替わった。流石にプレスは管制室越しに公爵級と戦えるほど器用ではないため、ある程度公爵級がまとまって出現するのを待って交代することとなったが、この入れ替わり、そして今現在本当は管制室に魔法少女が居ないことは、まだ妖精たちにバレていない。ディスカースのすぐ近くでモニターの操作をしていた妖精にすら少しも違和感を与えていない。それほどに強い力なのだ。
もしも最高位妖精がその場に居ればそう簡単にはいかなかったかもしれないが、アースはタイラントシルフへの対応の準備を優先して途中から管制室を離れていた。それは、自分の計画を邪魔できる者など最早居ないと、魔法少女たちを原始人などと見下しているからこその油断。
だから今、アースのあずかり知らぬ場所で行われいる企みに気づいていない、気づくことが出来ない。
「だけどねエレちゃん。エレちゃんが持ってる力は、あたしの偽装よりも遥かに、もっとずっとヤバいんだよ」
公爵級ディストと巨大呪毒虫が互いに奇声をあげながらぶつかり合い、時にディストが呪毒虫の身体を叩き潰し、時に呪毒虫がディストの肉体を食い破る。それはさながら大迫力の怪獣映画のワンシーンのようだった。
「エレちゃんの白心炉は、有史以来一度もその所有者が確認されてなかった特別の中でもダントツ一位で特別な力」
黒心炉と呼ばれる負の感情を燃料にエネルギーを生み出す術式が発見され、徹底的に実験、解析、研究が行われた結果、理論上は必ず存在すると言われながらも、遥か過去から今現在に至るまでただの一度として実物は発見されていなかった幻の術式、それが白心炉。
「黒心炉と対をなすように、正の感情を糧にして莫大なエネルギーを生み出す力。これだがどれだけ凄いことなのか、まだエレちゃんにはわからないよね」
魔法が感情による影響を受けないの同じように、魔術や呪術、神聖術、自然霊術等々、この世に存在するありとあらゆる術理は感情によって出力が大きくなったりはしない。どれだけ強い覚悟でも、固い決意でも、輝くほどの勇気でも、あふれるほどの愛でも、あるいはどれだけ強い怒りでも、激しい憎悪でも、醜い悪意でも、深い絶望でも、どんな心で術を使おうとも決して変わらない。それが術理の原則にして鉄則。不変のルール。
にもかかわらず、白心炉と黒心炉、この二つだけがその絶対の理を覆す。
「実感がないのはしょうがないよ。だってずっと、ず~っと昔からあたしが隠してたから。万が一にも、無意識にでもエレちゃんが使っちゃうことなんてないように、あたしの力の大半を使って徹底的にね」
もしもエレファントが無意識の内にでもその力を使っていたのなら、きっと初変身にして強化フォームへと至っていたことだろう。無意識の内に黒心炉を使っていた、タイラントシルフのように。
「エレちゃんは覚えてないと思うけど、本当はあたしたち、もっとずっと前から友達だったんだよ? まだお互いが一桁くらいの歳の、ほんとにちっちゃかった頃にさ。その時からだよ。誰にも、神様にだって見つからないように隠してたんだ。あの日の記憶ごと」
電話越しでは聞こえないほど小さく呟いた最後の言葉は、それまでのどこかおどけているような不自然な明るさとは対照的な、悲しげで切なそうな感情を孕んでいた。
「なんで隠したのかって、そりゃエレちゃんを守るためだよ。黒心炉持ちでさえひどい利用のされかたするんだから、白心炉を持ってるなんて知られたら終わりじゃん。人間として生きていくことなんて出来ないよ」
プレスは、熱尾遊里という一人の少女は、木佐山ちさきという光に憧れた。その暖かな優しさに、輝かしい眩しさに惹かれて、手を伸ばそうとした。だけど知っていたから。魔術師の世界というものが、この世の裏側というものがどれほど醜く残虐で過酷なものなのか知っていたから、だから伸ばしかけた腕を降ろした。手を取って共に歩むのではなく、何の関わりもない赤の他人として、彼女の光ある未来を守ることを選んだ。
「本当は一生、関わるつもりなんてなかったのに……」
偽装の力によって自身の力のことすら隠し通していた熱尾遊里は、それゆえに妖精にさえ気づかれることなく術師でありながら魔法少女へ勧誘された。そして自らのあずかり知らない得体の知れない何かが世に蔓延っていることに気が付き、ちさきを守ることの一助になればと物は試しに魔法少女の勧誘を受けた。
その時に受けた衝撃は、本当に計り知れないものだった。自分が必死に遠ざけていたはずの世界に、ちさきはすでに自ら進んで足を踏み入れかけていたのだ。術師の情報は魔法少女には一切伝えられておらず、情報統制がなされているため真の意味で裏の世界に迷い込んだわけではないが、それでも普通に生きているのに比べれば大きく近づいたことは間違いない。なにより、魔法少女システムの運営者である亜神に白心炉のことが露見するようなことがあれば、遊里のこれまでの努力は水の泡だ。
本当は、白心炉を隠し通し、遊里自身も関わらないことで術師から注目されないようにするつもりだった。けれど魔法少女になってしまった以上、そんな甘えたことは言っていられなくなった。幸いにも魔法少女に関連することは術師ですら認識阻害を受けているというのは身をもって体感しており、他の術師に怪しまれるようなことはないであろうことは救いだった。
予想もしていなかった事態ではあるが、遊里はこの機会を逆にチャンスと捉えどうにかちさきの持つ白心炉を秘密裏に消し去ることは出来ないかと考えた。
儀式呪術の存在は当然昔から知っているが、一般的な呪術師に白心炉のことを話せば協力する振りをして裏切られることは間違いない。だから当初はその選択肢は排除していたのだが、毒虫の魔女の存在を知ったことで、彼女からかつてちさきに初めて会った時のような心惹かれる何かを感じ取ったことで、ほんの僅かにではあるがその選択肢が可能性の一つとしてありえないものではないと思うようになった。
白心炉の消去法を探すのと並行して、亜神が何を企んでいるのか把握するため、怪しまれないように細心の注意を払って偽装しながら魔法少女システムのことを嗅ぎまわる日々は本当に大変だったが、それと同時に、ちさきたちの友人として過ごす日々はかつて諦めた夢を掴めたようで楽しかった。普段はいがみ合うような演技をしているが、魔法少女ブレイド、鶴来七海のことも遊里は好ましく思っている。あんな真っすぐな子が、これからもちさきと支え合ってくれるなら安心だと。
このままこんな日々が、優しい夢の中のような心地の良い毎日が続けば良いと、心のどこかでそう思っていた。
しかし転機は唐突に訪れた。不思議な雰囲気の女の子が新たに咲良町の魔法少女となって以来、それまで緩やかに進んでいたような気がした時間が、目まぐるしく移り変わるように感じるほど様々な出来事が起きた。
今にして思えば、それも魔法局の仕込みだったのだろうと遊里は思う。
生まれつき過酷な人生を背負わされたはずの、遊里と出会ったことで一時的に真っ当な人生を送れているちさきも大概だが、黒心炉を持って生まれたことで何もかも滅茶苦茶にされたのであろう彼女の人生を思うと同情を禁じえなかった。
だから助けるのだ。当初はちさきだけを救えれば良いと思っていたはずなのに、気が付けば全員笑顔で終わりたいだなんて、魔術師の風上にも置けない甘っちょろいことを本心から口にするようになっていた。けれどそれがちさきの影響なのだと思うと、不思議と悪い気はしなかった。




