【9話】旅立ち
特に優男達に襲われる事もなく森を抜けて行くと、前に一匹狼を倒した場所でエンギがホーンラビットを倒して食事をしていた。
前に倒していたウルフは、何者かに持ち去られたのか骨も形も残っていなかった。
まだこの森には俺たちの会った事がないモンスター達がいるのかもしれないな。
エンギは俺の姿に気付くと、残りの兎肉を食べ終え、右手に持っていた骨をその辺に投げ捨てこちらに歩いて来る。
そのまま俺の前で止まらずに、さらに一歩踏み込んできた。
そして、右の拳を振り抜いた。
衝撃が右頬を捉えると、体が軽く宙に浮く感覚を味わう。
……痛ぇ。
エンギは、地面に倒れた俺に向かってまた近づいて来る。
俺は、殴られた際に口の中が切れたのか、唇から垂れていた血を右腕で拭うとエンギの顔を正面から見つめる。
エンギはまた右手を構えると振り上げる。
その手は、力を込めているからかプルプルと震えていた。
俺は、また殴られるのかと身構えたが、衝撃は一向にやってこなかった。
エンギは、振り上げた拳を開くと、さっきの1発でチャラにしてやるとでも言うように、俺の体を起こそうとしてか右手を俺の前に差し伸べていた。
俺はその手を取ると立ち上がる。
「気は済んだか」
「ゴブ」
俺の問いに対してエンギは首を横に振った。
そうだよな。
殴っただけで気が済むなら苦労はしない。
俺だってそうだ。
でも、それでも前に向かって進んで行くしかないんだ。
こんなところで立ち止まっていたら、亡くなった仲間が浮かばれねぇ。
そのためなら何発だって殴られる覚悟はできていた。
俺はエンギの意思を無視してまでここに来させたからな。
だけど、エンギ自身の中で折り合いが付けられたのなら良かった。
「左腕の傷は大丈夫か?」
エンギが左肩を突き出す。
俺は、エンギの左腕があった場所を見る。
肩口から痛々しい傷口が顔をのぞかせているが、血はもうあまり出ていないのか、ポタポタと垂れる事もなくなっていた。
それでも、何かしら手当てをしないといけないかと思っていたから驚いた。
物凄い自然治癒力だ。
恐らく、ゴブリンは自然治癒力が人間の何倍もあるんだろう。
それに、さっきホーンラビットを食べていたのも、もしかしたら、失った血を補うためにも自分の血肉に変えようと思って食べていたのかもな。
「これなら大丈夫そうだな」
これからどうするかだが……。
俺たちが知ってるのは今いる辺りまでで、この先は未知の領域だ。
とはいえ、あの3人組も今はダンジョンに夢中かもしれないが、いつ出て来るか分かったもんじゃない。
それなら、出来るだけ早くここを離れた方が良いな。
「エンギ、取り敢えずここを離れるぞ。 こっから先は何があるか分からないから気を引き締めて行こう」
エンギは頷くと、俺と一緒にダンジョンとは反対の方向に足を向けた。
それからは特に何事もなく森が続き、葉っぱや蔦などで裸一貫の俺が身に付けられる即席の腰蓑も作ったり、途中で何度かホーンラビットやスライムなどを見かけたから、文字通りエンギの腕慣らしに加え、食事と経験値稼ぎを兼ねて倒しながら移動を続けた。
歩く際も、片腕になった事が若干影響してるのか、少し歩きずらそうにしていたから、早く慣れると良いな。
中には、森の中で擬態をするグリーンデアーという鹿や、アームグリズリーという腕の肥大化した熊みたいな生物もいたが、足が早くて逃げられたり、強そうだったからスルーしてきた。
日も落ちてきたので、そろそろ夜を明かす場所を決めようと、歩きながら辺りを見回していると、ちょうど良い木を見つける。
寝心地はあまり良くなさそうだけど、地面に横になるよりは、幾分か安全だろう。
夜に外で過ごすという事は、きっと、夜行性の生き物が目を覚まして活動を始めるはずだしな。
エンギは、木を登るのは少し大変そうにしていたが、俺が手伝ったり、道中でエンギのレベルも7になり、力が上がっていたおかげでなんとかなった。
どちらかというと、家に引きこもってばかりいた木登り初心者の俺の方が、大変だったくらいだ。
寝る準備ができ、木に背中を預けると、すぐに寝息が聞こえて来る。
今日はいろいろあったし、片腕を失った分、体力もだいぶ消耗していたはずだから、相当疲れてたんだろうな。
エンギがゆっくり寝られるようにするためにも、俺が見張りはしっかりしないとな。
こういう時、ダンジョンマスターの体は本当に便利だと思う。
睡眠も飲食も必要としないから、いくらでも夜営の見張りが出来るし、水を探す必要もなく、肉を焼いたりするための火も必要ない。
エンギに関しても、飲食は動物を狩ってその血と肉を喰らう事でどうにかなるため、特に手間も掛からないからな。
深夜には案の定、夜行性と思われるモンスター達が現れた。
暗くて姿は良く見えなかったが、ステータスを見たところ、ビッグボアや、ダークバット、ラクーンファングという名前のモンスターも見かけた。
それぞれ、突進や魔法、突き上げが特技だった。
とはいえ、木の上にいたため、特に襲われるという事もなく、俺はエンギと2人、夜風の肌寒さから逃れるように、寄り添いながら一夜を明かした。




