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きたちゅー!  作者: こじまき
一年目
7/26

意図がわからない

仕事中、ふと気を抜くと「大沼さんが答案抜いたのかも」という葵ちゃんの声が蘇る。いくら大沼さんでもそんなことはしないと信じたい。いくら私の出来が悪くてもそこまで嫌われているなんて思いたくない。そう思いながらも、大沼さんの様子を窺ってビクビクする日々が続いた。


「今日は校舎の外出られるから嬉しい。ずっと中にいると息詰まらない?」と葵ちゃん。彼女は今日、校舎間会議に出席するために出張だ。普通は大沼さんくらいの、ある程度勤務年数がある社員が出席するのだけど、今回うちの校舎からは葵ちゃんが出る。


「それだけ校舎長に認められてるか、期待してもらってるってことだよね」

「そうだね、葵ちゃんは校舎内の会議でもいい提案して、いつも校舎長から褒められてるし」

「だよね。北見ちゃんは…まああと何年後かくらいかな」

「そう…だね」


葵ちゃんも見送ったあと、私文クラスの教室に各私立大学の案内パンフレットを設置しようと各大学に資料送付依頼の電話をかけていると、K大文系クラスの平岸さんが「きたちゅー!」とやってきた。


出席番号が後ろの方だから、成績下位の生徒だ。不真面目というわけではないけれど、やるべきことをやらずにフラフラとあれやこれや気が多いタイプの女の子。予備校に入ったのに、予備校の教材を信用せずに参考書を買い漁ってしまうような感じ。入塾直後の面談で「要注意人物だ」とマークしていた。


カウンターで何を言い出すのかと思ったら「きたちゅーかなりイメチェンしたね」とひとしきり私の外見を講評したあと、ようやく「日本史から世界史に変更したい」と本題を切り出す。受験までもう一年もないのに、よほどのことがない限り、そんな変更は不利にしかならない。はっきりそう説明したいが、平岸さんはまず自分が喋り切ってしまわないと、人の話を聞こうとしない。


「なんで世界史に変更したいの」

「日本史、おもしろくない」

「高校の時、世界史はどれくらいやったの」

「一年生のときに週二で授業受けてた」

「日本史は一年生と三年生でみっちりやったんでしょ」

「まあ、そこそこ」

「模試でも日本史の成績はいいじゃない。それだけの蓄積がある日本史を捨てる理由が、”おもしろくない”だけなのは納得できない。そんな理由で”わかった、世界史頑張ってみよう”とは言えない。賭けが過ぎるよ」


きっと、本当の理由は別にある。いつもより歯切れが悪い話し方から、そう判断する。不満げな彼女の顔を見ながら探るが、顔を見るだけでわかるはずもない。「日本史が難しくなってきてるの?滝川先生に一緒に相談にいってもいいよ」というと、彼女はビクリとして「それは嫌」という。


「もしかして、滝川先生と何かあった?何か言われた?」

「別に何も」


絶対に先生と何かあった。けれど何が?先生が、この子のためを思って厳しいことを言ったのかもしれない。でも、あの滝川先生が、生徒を傷つけたり、トラブルになるようなことを言うとも思えない…そもそも彼女は日本史は得意だから、成績について厳しいことを言われるとも思えないし。


滝川先生の名前が出て「とりあえず日本史頑張ってみる」と引き下がって自習室に向かう彼女を見送り、私は「滝川先生と話さなきゃ」と、先生が来るのを待った。


「ああ、平岸すみれ。世界史に変えたいって言ってきたのか」


厳しい顔をする先生。何か思い当たることがありそうだ。


「はい。もともとフラフラしがちなタイプではあるんですけど、今さら科目変更なんてあまりに突拍子がなくて。あの、授業中、何かお気づきの点はありませんでしたか」

「授業中っていうか」


彼女は滝川先生に「好きです。付き合ってください」と告白してきたと言うのだ。「生徒とは付き合えない」と断ったら、「卒業したら付き合ってくれ」と食い下がったらしい。正直少し羨ましくなるくらい強気だ。


「好きな人がいるって言って断ったんだけど。理由はそれだと思う。気まずい、みたいなこと」

「そうですか」


困った。理由は分かったけれど、彼女が日本史を嫌がっている原因が本当に失恋なら、問題を解決しようがない。先生に「彼女と付き合ってやってくれ」なんて言えるわけがないし。困り切った顔をして「ありがとうございました。ちょっとどうやって話したらいいか考えてみます」と言いかけると、先生が言ってくれた。


「とりあえず俺がもう一回話してみるわ」

「あ…ありがとうございます。先生、お忙しいのにすみません」

「いいよ、俺が蒔いた種だし」


数日後、彼女はニコニコ顔で「日本史頑張る」と報告に来た。滝川先生が何をどう言ったのかわからないけれど、ひと安心だ。先生に「どう説得したんですか」と聞いても、笑って首を振るだけで何も教えてくれなかった。


「ところで北見さん、今度A寺周辺に散策に行こうと思ってるんだけど、一緒にどう?」

「え…」

「懐かしいでしょ」

「まあ…はい」


A寺周辺は歴史が感じられる散策ルートで、大好きな場所だ。卒論のテーマに関係する土地だったので、学生時代はよく歩きに行っていた。就職してからは毎日残業、休日も疲れ果てていて、とんと足を向けていない。


「俺、火曜と日曜は講義がないんだ。休み合うなら、どうかな」

「あの…はい。来週の火曜日が休みです」

「良かった」


先生は「裏にプライベートの連絡先書いてあるから、登録しといて」と名刺を差し出した。


これはデート?でも先生は好きな人がいるって言ってたし、ただのフィールドワークの補助員?それとも好きな人がいるっているのは、平岸さんの告白を断るための嘘だったの?それか教授から、私を大学院に誘うよう言われたとか?


誰かに相談したいけれど、葵ちゃんはダメだ。講師とプライベートで出かけるのは禁止されてはいないけれど、何かあって先生に迷惑が掛かっては困る。


私は美桜にメッセージを送って状況を説明した。


"好きな人っていうのがよっつんのことなんじゃない?"

"それはまさかだよ あり得んでしょ リアルにかっこいい先生なんだよ ネットで検索してみてよ"

"よっつんは可愛いよ 目がなくなる笑顔が最高の癒しだよ あり得るって"

"可愛いとか言ってくれるの世界中で美桜様だけ”

”私はよっつん信者”

”ねえ、目名先生の差し金ってオチだと思うんだけど"

"ああ、先生よっつんのこと熱心に誘ってたもんね あり得るっちゃあり得る"

"だよね 期待したらダメだよね"

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