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きたちゅー!  作者: こじまき
一年目
6/26

あり得ないミス

「北見っ!まじでいい加減にしてよっ!」

「すみません」

「ありえないミスだから」

「はい」


模試の解答用紙をすべてまとめて郵送したつもりが、一枚ぺらりと後から出てきたのだ。何度も確認したはずなのに。


模試センターに平謝りの電話をして何とか後から一枚入れてもらってことなきを得たけれど、大沼さんの機嫌はめちゃめちゃ悪い。大沼さんも一緒に確認したのに、完全に私一人のミスになっている。「何が悪かったか言ってみな」と解答回収と発送に関わったスタッフ全員の前で断罪される。野々ちゃんも心配そうに見つめている。


「確認が不十分でした」

「正解。いくら忙しくて疲れてても、しめるとこはしめなきゃなの。私みたいにね」


「そうだよ、できる私みたいにね」という表情を浮かべて、大沼さんはみんなの前での北見断罪タイムを終了した。バイトさんは部屋から追い出され、大沼さんと私だけが残る。ここからはマンツーマンで怒られる時間だ。


「北見さ、もう私の手には負えないわ」

「すみません」

「何よりその態度が一番むかつくんだって」

「むかつく…」

「叱られたときに”頑張らなきゃ”みたいな顔するんだよね」


それがいけないことなのだろうか。意図が分からずに混乱する。


「ほら、その顔だよ。一生懸命頑張ってます、みたいな顔」

「え」

「まず言われたことを素直に全部受け入れて反省しなよ。変に抵抗しないでさ」


抵抗なんてしたことがない。いつも「すいません」と謝ってきたのに。


「私、抵抗しているつもりなんて」

「心の中のプライドが表情に出ちゃってるんだよ。そこが池田と違うとこだよね」


葵ちゃん。敵わないとわかっていても、比べられて落ち込む。葵ちゃんは仕事もできるし、先輩ともうまくやっている。講師とも仲がいいし、生徒にも慕われているようだ。せわしない校舎の中で、ちゃんと動けている。こんなミスなんてしない。そのうえ私の面倒まで見てくれて。


「色気づいちゃって、ちょっと竹浦さんや古瀬先生に褒められたくらいで舞い上がっちゃってさ。それでミスされたらたまんないんだけど」


嬉しかったは嬉しかったけれど、舞い上がってはいない。しかも今回の答案回収は本当に何度も確認したのだ。竹浦さんや古瀬先生に褒められたことと、今回のミスは関係ない。そう思いながら「抵抗するな」というさっきの言葉を思い出して、何も言えずにうなだれる。そもそも「見た目に気を使え」と言い出したのは大沼さんなのに。


怒られまくって部屋をあとにして講師室を通り抜けようとすると、教材研究をしにきた古瀬先生がいた。


「北見さん、どしたの?顔暗いね」


「あ、古瀬先生ぇ」と大沼さんが甘い声を出す。「北見、とんでもないミスやらかしてくれちゃったんですぅ。私が気づいて電話してことなきを得たんですけどぉ」とやはり私一人のミスだとアピールする。


「ドンマイ」と優しく言われた私が「ありがとうございます」と蚊の鳴くような声で返すと、古瀬先生は「励ましになるかわかんないけど、この間北見さんが企画してくれた特別ゼミ、生徒に好評だったよ」と言ってくれる。


「俺はいつでも歓迎だから、また必要なら声かけて」

「はい。ありがとうございます」


古瀬先生の優しさが身に染みる。大沼さんは先生に聞こえない程度の小ささで「ふん」と息を出した。


ロッカールームで落ち着こうとお茶を飲みに戻ると、葵ちゃんが心配して追いかけてきた。


「大沼さん、きっと北見ちゃんが思ったより綺麗に変身したから気に食わないんだよ。普段の倍くらい怒ってる感じだもん」

「そうかな…でもあり得ないミスなのは本当だし」

「っていうか、大沼さんがわざと答案抜いたのかもよ。嫉妬して、嫌がらせで」

「まさか!それに嫉妬なんて。だって大沼さん結婚間近の彼氏もいるし」

「そういう問題じゃないんだって、女の嫉妬は。あの人は、いつでも、誰に対しても、自分が一番じゃないと気が済まないの。だから北見ちゃん一人のミスにするんだよ、わかるでしょ」


そのあと葵ちゃんは小声で何か呟いた。


「なにか言った?」と聞くと、彼女は「なんでもないよ。元気出しなって」と綺麗な微笑みを私に向けた。


”先輩にズタボロに怒られた”

”そっか 仕事しんどい?”

”仕事の種類が多くて混乱しているうちに失敗しちゃって怒られて 今日もあり得ないミスだったんだ”

”よっつんはスペシャリストタイプだもんな 同時並行でいろんなことやんなきゃなのは向いてないのかもね”


大学時代の友人、美桜(みお)にメッセージを送って気持ちを吐き出す。美桜は製薬会社の営業、いわゆるMRだ。社交的でいつも明るくて、誰からも好かれる美桜と話していると、元気をもらえる。


”美桜は相変わらず元気そうだね”

”まあね この仕事向いてると思う そもそもメインの薬自体がトップシェアだし売るのに苦労がない”

”いいなあ 私選択間違えたかな”


しばらく間があって、返事がある。


”本当の本当にしんどかったら逃げてもいいと思うよ”

”辞めるってこと?”

”そう 今いくらでも転職できるじゃん 大学戻ってもいいし”

”でも生徒さんのこと考えたら難しい 投げ出すなんて”

”仕事の責任よりもよっつんの心と体の方が大切 仕事はひとつじゃないよ”

”うん”


けれど一年も経たずにやめてしまうなんて、やっぱり私には考えられない。


”本当に自分を大事にしてね またいつでも連絡して”

”ありがとう”

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