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きたちゅー!  作者: こじまき
一年目
11/26

本当の葵

今年度最終の模試。今度は答案があとから一枚出てきたりしないように、何度も何度も確認した。けれど、箱に詰める前に念のためもう一度確認しようと、答案を保管している部屋に入ると。


「野々ちゃん…?何してるの」


野々ちゃんがパッと振り返る。手は答案の山に向かって伸ばされている。


「違うんです北見さん!私は答案を抜いたりしていません」


疑わしいけれど、野々ちゃんがそんなことをするとは思えない。つい最近「大学続けることにしました。サークルに入って友達ができて、今は楽しくて。北見さんのおかげです」と言ってくれたばかりの野々ちゃん。私を陥れるようなことをするなんて信じたくない。


「じゃあ何してるの」

「あの…実はさっき池田さんが部屋から出てきて…池田さんは模試担当じゃないのに…それでもしかしたらって思って」

「葵ちゃんが」


答案を確認してみると、一つ番号が飛んでいる。足りない。「私が一人で葵ちゃんに話してくる。葵ちゃんが答案持っていくの見たとか、本人にそういう話しちゃだめだよ。絶対だよ。講師室に戻ってて」と野々ちゃんに言い聞かせて、自分の席で仕事している葵ちゃんに話しかける。


「模試の答案、一枚持ってたりしない?」


葵ちゃんは首を傾げてしばらく私を見つめた後、講師室の野々ちゃんをちらりと見て息を吐き、「持ってるよ」と言って机の中から答案用紙を出した。


「何で抜いたの」

「ごめんね。クラスの生徒に頼まれて」


科目のマークを間違えたかもしれないと言われて、確認のため抜いたという。


「抜かなくても、その場で確認したらこと足りるでしょ」

「ごめんって」

「それにそういう子に特別対応してたらキリがないよ」

「かわいそうだったんだもん」

「葵ちゃん、そういうのやらない主義だったでしょ。それに担当の私に断りもなく勝手に抜くなんて」

「だって、言ったら今みたいに特別扱いするなって言うでしょ。だから謝ってるじゃん。しつこいな、北見のくせに」


私たちの喧嘩のようなやりとりに静まり返ったフロアに、「北見のくせに」という葵ちゃんの声が響く。


「葵ちゃん、生徒もお客さんも来るから個室で話そう」


心配そうな目で見つめる野々ちゃんの横を通り過ぎ、答案を保管していた部屋に入る。


「本当は、答案を抜いたのは私への嫌がらせなの?」

「信じないんだね、私のこと」

「葵ちゃんは大沼さんにあんなことしたんだよ。信じられるわけない」

「ふうん、人がよくて素直だった北見ちゃんも成長したんだね。でもあんたは全部は知らない」


もう私の知っている葵ちゃんはここにはいない。綺麗な顔に意地悪そうな表情を浮かべて、私を見ている。


「全部って何…まさか最初の模試の答案…」

「そ」


「でもあれは、大沼のミスになればいいと思ってやったんだよ」と葵ちゃんは言う。大沼さんがミスを私に押し付けたことで、目論見が外れたのだと。「大沼さんのせいにするつもりだったって、それは前言ってた通り、私のためなの?」と聞くと、彼女は「半分正解かな」と首を傾げた。最初は純粋に、大沼さんが私にあまりに厳しく接するのでやめさせたかったそうだ。葵ちゃんは「だけど直談判したらさ、大沼、私に対してマウントしたの」と笑う。


「私と大沼だよ?あの将棋の駒みたいな顔して甘々の服着てる大沼。馬鹿なのって感じじゃない?自分の方が仕事できるとか、講師と仲いいとか、生徒に告白されるとか、もうすぐ結婚するとかさ。不細工のくせに。彼氏だって全然格好良くないし」


大沼さんを追い詰めるために私を変身させ、答案を抜いたのだそうだ。葵ちゃんは「大沼が北見に責任を押し付けてブチギレてるのにはウケたわ」とニヤリとして、椅子に座る。「北見も北見だよ、すすめられるまま何万円も化粧品買って。私あの美容部員の成績にめちゃ貢献したよね」と椅子をくるくる回す。


「ま、面白かったけどうまくいかなかったから、確実に息の根を止められる方法は何かなって思って噂を流してみたの」

「生徒に嘘までつかせて」


私のために噂を流したなんて、完全に嘘だった。「大沼さんに偉そうにされて気に入らないから」という理由で、そんな子どもみたいな理由で、生徒を巻き込んで校舎のみんな全員に迷惑をかけて。何より大沼さんの人生はめちゃめちゃだ。


「北見のくせに、私に意見するの?恩知らず」

「恩なんて」

「あるでしょ?私のおかげで可愛くなって、あの滝川先生と付き合えたんじゃん」


違う。樹はその前から私のことを好きだったと言った。「違う」と言いかけると、彼女は私を遮って「違わない」と言い切った。


「そうやって恩を忘れてるような態度をとるから、あんたにも思い知らせてやろうと思ったの。二回も同じミスしたらさすがにただじゃ済まないでしょ。でも野々ちゃんに見られてたんだね。失敗したわ」

「恩知らずなんて言いがかりだし、本当に私が恩知らずだとしてもそこまでする?」


「私、あんたのせいで古瀬先生に振られたんだよ!」と葵ちゃんは私を睨む。


「あんたが初心なのが可愛いとか言って。私はすれてるんだって。笑っちゃう。私の方が断然頭良くてスタイルも顔もいいのに。あんたなんてK大卒のくせして仕事もできないのに、いい子ちゃんみたいな顔してるだけじゃん」

「古瀬先生は女の人をとっかえひっかえ…」

「うるさいな、知ってるよ。けど私は、私だけは別格のはずだったのに」


どこからその自信がくるのかわからないけれど、葵ちゃんの内面は私の理解を超えている。


「北見のくせに滝川先生と付き合ってるって知って…別れさせようと思ったのに、滝川先生も北見ごときにベタ惚れって感じでさ」

「樹!?に何かしたの」

「迫ったんだよ。なのに全然だったんだもん。私だよ?この私が迫ったのにだよ?彼、性欲ないの?」


彼女は振られて傷ついているんじゃない。「北見なんか」に負けたことが悔しいんだ。地味で仕事もできなくて泣いてばかりの私に負けるのが。葵ちゃんがいないと服も選べず、化粧の仕方もわからなかった私に負けるのが。


「葵ちゃん」と声をかけると「そうやって葵ちゃんって呼ぶのやめて。寒気する」と睨まれた。


「言っとくけど、答案のことも大沼のことも何の証拠もないから。どうとでも言い逃れはできる。校舎長も地区本部長も私の味方だから、誰に訴えても無駄だからね。滝川先生のことだって、私が逆に迫られたっていえば、そういう話になるから」


そういって、葵ちゃんは部屋を出て行った。私は震えながら答案を束に戻して箱に封をし、樹に「話がしたい」と連絡した。終業時間を見計らって、「どうした?今日は泊りがけで学会に来てるから、電話でごめんな」と電話をくれる。声が聞けただけで、少し安心する。


「池田さんが大沼さんの件の黒幕?しかもよつばへの恨みで俺に迫ったって?」

「そう。本人が言う通り、何の証拠もないけど」

「で、校舎長も本部長も池田さんの味方?」

「って本人は言ってた。なぜかわからないけど、かなり自信があるからあっさり白状したんだと思う」


「とにかくこのままだと、また私は葵ちゃんに何かされる。樹だってどうなるかわからない。あの人は私の理解を超えてる」と私は電話口で震える。


「明日帰ったら、すぐ会いに行くから待ってろ」

「お願い、早く帰ってきて」

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